第三百九十一話 進み出す彼の物語
修孝は、夢見が悪かった、お前がイニーフィネ軍の竜が吐いた紅蓮の炎に巻かれて死ぬ悪夢を見たせいだ、などとは美夜妃に言うことは、とても話し辛く。
そして、美夜妃は修孝自身の異能が『予知夢』であるということを、以前に自分が美夜妃に話したことで、彼女は修孝の異能を『予知夢』であると知っている。
修孝は自分が美夜妃に話すことで、彼女は近い将来において自身が“死ぬ”ということを確信してしまう、ということを、修孝は簡単に想像できたのだ。
いわゆる『死亡預言』。
“お前が死ぬ予知夢を見た”と、口に出すことで、修孝はそれが本当に成就してしまいそうで、美夜妃に話すのが怖かった。
かと言って、修孝は美夜妃に強く当たるような口調で、煩いと撥ね退けるような理由有耶無耶にする、ということもしたくはないし、許嫁にはそのように当たり散らしたくもなかった。
第三百九十一話 進み出す彼の物語
「―――、修孝様?」
「・・・、、、」
そんな折、一人進み出てる者がいる。
彼女自身は童女の形をしているが、その精神は並みの大人以上であり、その実、長い年月を生き永ら経て、まるで二つの尾となった猫や、銀毛九尾となりた狐のような、とても老巧な者である。
そんなクルシュもまた、美夜妃同様に、修孝のまるで思い詰めたようなその表情に、何か感づいたのだ。
「修孝おにいちゃんなんか怖い顔してる。どうしたの?」
さも、稚児の童女のその声色で、そのくりっとしたかわいいあどけなく、大人を無警戒にさせるような言動を装い、クルシュは修孝に、彼の深そうな悩みを美夜妃に代わって自分が聞き出してやろうと思い、彼に訊いてみた。
子どもの姿の無邪気な自分であれば、きっと修孝は儂に心を開いてくれるであろう、と、クルシュは内心で自信満々だった。
「・・・、あ、いや千歳。本当に大したこと―――、」
だが、修孝の答えはそれで。
クルシュはその首を横に振った。
「ううん、修孝おにいちゃん。なんか―――、そうだ千歳がね、修孝おにいちゃんの困ったを聞いて上げる♪ なんでも話してよっ♪」
「―――、いや、なんでもないさ、千歳」
修孝は、子どもがなにを言ってるんだ、と思った。
だが、千歳に対して邪険に対応するのではなく、ただやんわりとした口調で、千歳という小さな女の子が傷つかないように気遣いつつ言葉を返したのだ。
「えーっ修孝おにいちゃんっぜったいそんなことないもんっだってだって千歳見たんだもんっ!! 修孝おにいちゃん怖い顔してたよ?!」
仕方ないもうちょっと、断る言葉を踏み込んで千歳に話してやろうか、と修孝は。
「・・・そうだな、千歳。きみがもっと大きくなったら―――」
優しい顔になってしぜんと修孝は、千歳に右手を伸ばした。上体を起こした状態で、同じ目の高さの千歳へと、艶々としたその亜麻色の髪を、その頭を優しく撫でた。
「―――、千歳が大きくなったら、俺の話が解るかもな。そのときなったら、そうだ、きみが大きくなったら話してあげよう。そのときまで待ってくれるかな?千歳」
なでなで・・・、と修孝は、その手をクルシュの頭より下ろした。
「・・・。(ッ、、、なんじゃと、修孝のやつ儂をそこいらにいる稚児と同じように扱いおってからにっ儂の齢を言うてやろうか!! おもしろい奴じゃっそちに教えてやろうかいのっ儂の齢を!!)」
と、当初自分が訊き出してやろう、と、絶対の自信があったのに、クルシュは内心で、一編の感情も面には出さずそう思った。
修孝に罪はなく、ましてや落ち度も全くない。だが、修孝のその言葉を聞いて、クルシュは内心―――、稚児扱いしおって儂のことを、儂はの、あのときから永遠に、転生を繰り返し生き続けておる、いわば仙人のような存在なんじゃぞ、っと、心の中で呟いた。
「・・・っ」
ムッと、しつつ、同時に、この童女の形では警戒はされないが、却って信用されぬじゃと!?―――っとも。
なんじゃと修孝よ、と、今すぐ儂の正体を話してやろうか、教えてやろうか、と、この修孝という童に。クルシュはその言葉が、喉元まで出かかったが、なんとかそれを堪えた。
「、、、」
だが、同時に、自身が愛した男―――、あの世界統一化現象時代という戦国の世に、イニーフィネ帝国の皇族とただの転移者のエアリス人の母との間に生まれた自分を匿ってくれた男日下蔵人が如何なく扱っていた神刀『霧雨』を、この子孫の男子修孝は、一瞬といえども扱うことができたのだ。
クルシュ=イニーフィナ、その本姓は久留主摩耶。『混濁の徒』という汚名を着せられ、当時のイニーフィネ帝国宮廷より、放逐された自分を救ってくれ、匿ってくれた男日下蔵人。
彼は、日之民の来訪者(初期転移者)。白き禍の折に、白き闇の向こうから現れた来訪者であった。
クルシュが、己が子孫のこの男子日下修孝に、何か“光るもの”を感じていたのは事実であった。
修孝は、童女の千歳からその視線を切り、隣に座る美夜妃にその視線を向けた。
「美夜妃。・・・まぁ、そのなんだ、、、すまん、忘れてくれ。予定通りに母と一緒に、親父を迎えに行ってくれ」
「、、、はい」
美夜妃は、要領を得ることができなかったが、そのように修孝に肯いた。
「その、なんだ、、、暗い部屋に一人だったから。子どものときのように、な・・・。少し寂しかったのかもしれない」
修孝は取ってつけたような言い訳を美夜妃に話した。その修孝の言葉通りに、彼の心に嘘はなかったが―――、
自分が今しがた見た夢。その予知夢で、敵のイニーフィネ皇国軍に属すると思われるイニーフィネ皇国軍獣師団とかいうのが現れるのを夢で見た。
まさか、明日。そんなものが、隣界を越えてこの日下国に現れるはずはない。きっと、まだずっと先のことだ。
修孝は、明日明後日でそんな奴らが来るわけはない、と。しかも、あのとき敵に殺されたときは、自分と美夜妃の二人だった。
美夜妃の言う予定。それは、修孝の母と美夜妃の二人で、修孝の父親を迎えに行くとのこと。明らかに自分が今しがた見た予知夢の内容とは違う。
修孝は、考え、思考を巡らしたのだった。
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夜。その日の夜のことであった。修孝と美夜妃と別れたクルシュは、従者である行晃と会っていた。
「主様。なにか修孝が主様に粗相でもなさいましたかな?」
行晃は下座に、
クルシュは上座に。
そして、クルシュの背後に、『霧雨』を、元の位置に戻してある。
「いんや、行晃よ。そのようなことはないぞ。修孝はのう―――、」
目を覚ました修孝と会い、安心した美夜妃と風呂を終わらせたクルシュは、その美夜妃と別れ、日下宗主の部屋にて、自身の従者たる行晃を連れてきた。
くくくっ、っと、不敵に、満足そうに、クルシュはその口角を吊り童女の形で、妖しい笑みを零す。
「―――、修孝は、あの目つきといい、醸し出す雰囲気といい、儂の蔵人殿によく似ておるわ。勿論お主の若い頃もな」
「は、はぁ、それは、、、なんと言えばよいのか、孫の修孝を気に入っていただきようございました。―――」
主様の子々孫々でありますが、と行晃は小さく付け加えた。
「ところでのう、行晃よ。その件の修孝のことじゃ」
「はい、主様」
「ふむ、行晃よ―――、」
上座のクルシュは、その童女の顎に右手を添えた。童女の姿に、その様はひどく不釣合いで、その表情は、思慮深いまるで老巧な者のようであった。いや、クルシュ自身その肉体は転生に転生を重ね征く、若いものであるが、その霊体と魂はその真逆で、その言動や思考は老巧な古強者である。
「―――、どうも修孝は深き悩みがあると見える。いんや悩み―――、というよりも、あの顔は、なにか深く、まるで思い詰めたような顔じゃったの」
「ほう」
行晃は相槌を打った。
「で、じゃ。修孝の胸に一物あり、と踏んだ儂は、彼奴に訊いてみたのじゃよ、修孝に、の」
「えぇ」
「したらばじゃっ。修孝のやつっ童の儂には己の悩みは解らぬ、と言いおったのじゃっこの儂にっ!!この儂じゃぞ!? この儂がかわいくぷりちぃに、修孝の悩みを訊いてやろうとしたというのにじゃっ!! おうおうっ行晃よっ一体全体、日下長者たるこの儂のどこが、信じるに足らずと言うのじゃ―――」
ったく修孝のやつは、こんなにもかわゆい儂を、と―――、、、ぶつぶつ、ぶつぶつっとクルシュは不機嫌そうな顔をして行晃に話して聞かせてやった。
傍から見れば、このクルシュの言動はかわいく思えてくるだろう。
少なくとも、見た目どおりの老獪な者が、このように文句ばかり言う様とは違って、クルシュのそれは見た目が幼く、傍から見ている限りではかわいく思うだろう。
「―――・・・」
行晃、触らぬ神に祟りなし、、、と、沈黙は金雄弁は銀なり、、、とも、思いその口を閉じた―――。