第三百八十九話 予知夢、其の一・・・二
それらの街並みが、戦火で今もなお燃えていた。燃え続けて早三日。修孝と美夜妃が共にまるで逃げるように走っているこの日の日にちは―――、星暦一九八八年七月二十日。
だが、今、修孝が寝ていてこの夢を見ている日にちは星暦一九八八年二月の中頃のことである。いわば、これは予知夢の異能を持つ修孝が夢で視る“未来”の姿かもしれない。
~~~ッ♪ ~~~ッ♪ ~~~ッ♪
けたたましい音。風雲急を告げる警戒音。不穏当な空襲警報。
サイレンが、日下府の街中にけたたましく鳴り響き、日下国民に、日下府に住まう全ての領民に退避勧告・退避命令が、音として知らされる。
第三百八十九話 予知夢、其の一・・・二
戦時の街日下府。
戦時の日下国。
修孝と美夜妃が急ぎ走る石畳舗装の道は所々黒く焼け焦げて、その道端や道の真ん中には、もう既に動かなくなった人々の死骸が所々転がっている。
その人々の遺体には、傷痕があるものや焼け焦げた躯もある。そしてその中には、何か、獣のようなものにより、咬みつかれ牙跡がついた遺体。
啄まれて穴だらけとなった遺体。喰い千切られて肉片となり、臓物が散らかされたようにも見える遺体さえある。
そのどれもが、日下府の人のものである。
修孝は、そのような光景には、目もくれず―――、いや、視線を送る却って自身の行動の妨げになるので、できるだけ遺体と成った者を見なかった。
修孝は、戦時の街で、このようなことになった日下府で、許嫁である美夜妃の手を引き、彼女だけは護りたい、と足を走らせていた。
「、っ、もうすぐだ美夜妃・・・!!」
「はいっ、修孝様・・・っ」
修孝はずっと、その右手で美夜妃の手を握って、美夜妃の手を引いており、
後ろを、修孝に付いて走る美夜妃は、地面に転がっている石礫ほどの大きさの瓦礫を踏んでしまったのか―――、
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ―――、きゃッ」
―――、がくんッ、っと、美夜妃の身体が崩れた。
異変を感じ取った修孝は、咄嗟に脚を止め、後ろを振り返った。
「美夜妃・・・っ!!」
戦火により燃やし尽くされ、この変わり果てた街を。どこをどう向かっているのか、修孝には解っていた。美夜妃も解っていた。
いくら建物が焼け落ちたといっても、道や河川まで灰燼に帰するということはなく、修孝と美夜妃は、瓦礫だらけの石畳舗装の道を走り、走り、走り―――、そうしてようやっとのことで、許嫁の、美夜妃の実家に、大鳳家の家まで駆け、その屋敷が見えてきた。
「くそっ、まさかこんなことに・・・っ!!こんな現代に、まさかイニーフィネが武力で攻めてくるなんてな・・・!!」
「修孝様・・・」
「俺が、自分の夢を信じていれば―――、くそッ」
修孝は悔しさに歯噛みした。
星暦一九八八年七月十七日のことだった、数日前のことである。チェスター=イニーフィネ第二皇子を総指揮官とするイニーフィネ皇国軍は、電撃的に日之民居住地との境界を越え、隣接する日之国の日下国に突如として侵攻を開始したのだ。
日下国では軍人のみならず、民間人もが武器を取り、総力戦を展開していく。しかし、圧倒的なイニーフィネ軍の軍事力の前に、日下国の前線は徐々に後退していった。その状況の中で、日下国政府は、戦火を避けたい国民に対して、東の隣国日之国日夲への退避を勧告した。
七月二十日に日下国の西防衛線を突破したイニーフィネ皇国軍は、その日の内には日下国の首府日下府に迫った。
つまり、その街というのは、修孝や美夜妃達の住んでいる街日下府のことである。もちろん、修孝の幼馴染である三条悠や九十歩颯希も、その同じ街出身である。
地面に突如として、
「ッ!!」
黒い影。
それは、上空に、すぐ真上に飛んでいるヘリコプターのような飛行物体が作る地上への影である。その暗い影が、地上を走る二人に落ちたのだ。
咄嗟に空を見上げる修孝。
美夜妃も修孝同様に、空を見上げた。
「あ、あれは!! 修孝様っあれは―――ッ!!」
「なッ・・・!!」
その正体を見て、絶句した修孝。修孝と美夜妃は、自分達をまるで追いかけてくるように上空を飛んできた飛行物体を見て思わず脚が止まった。
黒い影は羽搏きながら、修孝と美夜妃の上空でその身を翻してUターン―――、一時は二人を追い越したものの、空中から舞い戻ったのである。
「「ッツ!!」」
ズゥン―――ッ、、、っと。地面が揺れた。その黒い影の正体が、地上に降り立ったのだ。舞い上がる土埃。吹き荒れる風。
[―――ッツ、―――ッツ]
ビリビリビリ―――ッツ
「「ッツ」」
空気を震わし、修孝と美夜妃の耳を劈くような獣声。
二人の目の前に降り立った[モノ]は、二枚の羽毛が生えた翼を持ち、獅子のような鬣と尾と手脚、、、つまり胴体を持ち、その顔は猛禽のような鋭い嘴と両眼を備えた姿をしていた。
だが、同時にまるで飼い慣らされた動物のように、そのグリフォンのような幻獣の頸には、首輪と手綱が付けられていた。
そして、そんな幻獣の手綱を握り、背には一人の男が乗っている。
「我が名は、イニーフィネ皇国軍獣師団戦獣隊隊長―――」
敵軍の兵士は言いかけて―――、
だが、そこにもう一体舞い飛んでくるやはり何某かの空飛ぶ獣のような大きな影。やはり、その背には一人の男が乗り跨っていた。
「ハッ、お前ら戦獣隊なんかに喰わせるかよッ!! やれっ炎息!!」
一人と一体、バサバサと羽搏くような音を立てて、
[ーーーッツ]
この空飛ぶ竜は羽搏きながら、その鋭角の牙を持つ口を開け、ギャーッツ、っと嘶く獣声で吠えた。
修孝と美夜妃が、この飛竜へ振り向いた瞬間。そこに見えたのは、鋭い歯の並ぶ開いた飛竜の口内―――。
そして、そこからゴアッ、っと、紅蓮の炎が吹き出した。
「「ッツ」」
修孝と美夜妃の目に映ったモノは、赤茶色をしたまるで竜のような獣と、その背に跨った敵であるイニーフィネ兵と思しき者の姿。
そして、修孝と美夜妃の二人は、竜のような姿をした獣が吐いた炎の息の中に、その劫炎の中に包まれ消えていった―――。
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「ッツ!!」
ガバッ、っと―――修孝は布団を跳ね上げる勢いで目を覚ました。
修孝は跳ね起きた状態で、上体を起こした状態で己の―――、
「―――、、、・・・」
―――、開いた両手を見て、己の身体も見て、確認し、、、。
大丈夫だ、身体はちゃんとある、存在している。飛竜の吐いた炎の吐息で、自分の身体は燃えて消炭なんかにはなってはいない。
「~~~っ」
はぁ~~~、っと一息、修孝はひとまず安心して大きな息を吐いた。
だが、よっぽど酷い夢を見ていたのか、首回りも汗でしっとりと、着ている寝間着もびしょびしょになるほどの寝汗をかいていた。
だが、着ているのが寝間着であり、紺色の道着ではなかった、あのとき『霧雨』の特訓中に倒れたとき、たぶん、気を失ってから寝かしつけられたとき、誰かが、たぶん美夜妃が自分を着替えさせてくれたのだろう―――、
ハッとして、修孝は。そういえば、先の夢。自分だけが、あの怪物のような竜の炎の息に巻かれたのではない。
「美夜妃ッツ!!」
シーン、、、と、屋敷は静まり返っている。美夜妃も、誰も何も修孝のその叫ぶような呼び声に反応する者はなし。シーンとした静寂と闇が支配する。
「っ、・・・。―――、、、」
修孝は、努めて冷静さを失わず、努めて冷静でありようと。そのように修孝は、父儀紹やその従者たる野添碓水に、日下家の剣士として、そして、“次期宗主”たるべくそのように教えられてきた。
いつあるときも、日下家の者は剣士として努めて冷静に、そして、何があっても、どんなことが起きようとも、感情的に取り乱さず、日下の者は、初代蔵人がそうであったのように。
「ふぅ、、、」
と、修孝は一つ息を吐いた。
そうすることで修孝は、己を取り戻して、すぐに冷静さも取り戻した。
見慣れた部屋。
「・・・」
さて、ここは。
ここが、自分が今居るこの場所は、和室であり修孝自身の部屋で、そして、修孝は自身の布団の中で目覚めた。
ガラス窓から見える外の風景は真っ暗で暗い。部屋の中も真っ暗。どうやらまだ夜のようだ。であれば、夜の、今はいつ頃だろうか?