第三百八十八話 予知夢、其の一・・・一
修孝から見て道場の奥、上座に立つ行晃。行晃は、修孝とは対面に佇んでおり、その和装の紺色の道着が映える。
行晃はその腰に、立派な打ち刀を一振り差している。
「そうか。然らば修孝よ。その手にした『霧雨』を正眼に構えなさい」
祖父行晃の丁寧な物言い。その変化を感じ取った修孝は、
「・・・」
さ―――っ、っと、持ち替えて、そのときに抜身の霧雨を淀ませることもなく、流れるような動作で太刀を扱い、修孝は、自身の前で、祖父に向かって正眼に『霧雨』を構えた。
第三百八十八話 予知夢、其の一・・・一
「―――」
修孝のその意志の籠った眼差しが見詰める先には祖父行晃。
「―――」
行晃も真っ向からその力の籠った眼差しで孫修孝を見詰める。
「これで、よろしい、ですか?祖父さま」
修孝も丁寧な、これまでの祖父と孫との普通の会話から、師弟のそれへと頭を切り替えた。修孝自身は独りで剣術の稽古をすることも多く、あまり敬語や丁寧語には慣れていないのだ、実は。
「よろしい。では、修孝よ」
「はい」
「その日下之太刀『霧雨』は、我らが初代、蔵人殿が遣い熟していた霊刀。修孝よ、『霧雨』を、蔵人殿を、そして、その奥方皇女マヤ殿を、我らの父祖の方々を深く想い念じなさい」
祖父行晃は、まるで孫を諭すように言葉を紡いだ。
「・・・深く想い念じる?」
修孝は、きょとんとした眼差しになって、祖父に言葉を返した。
想い念じる?それは、いったいどういう意味だ?
「うむ。―――、」
行晃は肯いた。
「―――、異能をより強く行使させるとき同じだよ、修孝。想いの力とは強き意志。『霧雨』は、使い手の強く想う力を、“それ”と願う心を、使い手の氣を糧に、神通力を発揮する、という霊験灼かな神剣霊刀」
本当にそんなことが、異能発現のときと同じように、この『霧雨』を強く想えば想うほど・・・、
自分の氣を糧に神通力を発動させる? こんな、ただの古刀が? 祖父の言う抽象的なことはあり得るのだろうか?
「、、、」
修孝は、その視線を自身の足元よりやや前に落とすように、自身の目の前に佇む行晃から視線を切って、己がその両手にしっかりとその柄を握り、正眼に構える『霧雨』を見遣った。
「『霧雨』を自分の身体の一部とし、静かに、冷たく、激情に流されず、それでいて、心に篤き想いを熾し点しなさい修孝。半端な氣の熾し方では霊威に中り、『霧雨』にその魂を喰われてしまう。目を瞑り、氣を高めて心を強く持ち、その手に持つ『霧雨』を己に従えなさい」
「っ、はい、祖父さま―――、」
祖父行晃に言われたとおりの心構えで、修孝は目を閉じた。
「何か、お前の身に危険が迫れば、すぐにこの私が助けてやろう」
「――――――・・・」
修孝は、祖父行晃に言われたとおりにして、目を瞑り、そして、『霧雨』を、心が想う中心に据え―――、念じて、氣を高めて、まるで『霧雨』を自身の身体の一部のように捉えて、己の氣と意識を集中していく、させていく。
くる、来る、來たる―――。
ざり、ざり、ざりっ―――。
遠くから、近くに、近づいて、―――。
「ッ、・・・!!」
ハッと。
修孝は、驚いた。その驚きに、思わず目を開けてしまいそうになったが、修孝は、なんとかその気持ちに蓋をして堪えた。
ギュッと。
その代わり反射的に修孝は、正眼に構えた『霧雨』を、その柄を握る両の手に、さらに力を籠めて握りこんでしまった。
誰かが、、、
何かが、、、・・・。
視得ざるモノが、
まるで霊異を、齎すナニかが、
そのような視得ざるモノが、『霧雨』に触れた修孝に近づいて行く。
そのような妖しいモノが自分に近づいてくるような気配。
自分に、人ではないモノが近づいてくる鋭い氣配。“剱氣を漏らし”、視得ざるモノが近づいてくる。
「、・・・っ」
正眼に構え立つ修孝に近寄っていくナニ某か。ソレが醸し出す剣呑な気配を、修孝はその感覚で感じ取っている。
ただ、まだ『霧雨』に居るモノを、そのモノを興した際に生じる“霊威”。“ソレ”を修孝が感じることができるのは、内面、精神の中でのことである。
“ソレ”より生じるものを、“外”にいる行晃やクルシュが直接肌や心で、『ソレ』を感じることは、まだできていない。まだソレは、外に出てきていないからだ。
修孝はすぐに気持ちを切り替え、今度はその“視得ざる何某かの気配”を探るように、自身の氣を高めて張り巡らす。
「―――、、、」
―――“霊威の存在”は、向こうから近づいてくるのか?それとも俺のほうから近づいていくのか?修孝自身それは分からなかった。
ただ、その視得ざるモノの気配が徐々に、どんどん自分の中で濃く強くなっていくことは判った。確かに修孝は、己の内面から、精神で、氣を媒介して『霧雨』本体に近づいていくような、状況に陥っていたのだ。
キュオ―――、、、ッ
それはまるで自分の大切な何かを『霧雨』に吸い取られるかのような音―――、だった。
否―――、修孝は、自身の氣を霊刀『霧雨』に吸い喰われて。
「、う、うぉ、、、ぐ・・・ッ―――、」
苦悶の表情になる修孝。思わず苦悶の表情で片目を開いてしまう。
「―――、っつ!!」
そのとき目を開いて修孝は、初めて己の持つ『霧雨』に、目に見えてはっきりと判る変化が起きていたことを、視て知る。
『霧雨』のその、
もわもわ―――、っと、太刀から。修孝が正眼で構える日下之太刀『霧雨』の刀身より、白い湯気のようであり、もしくは霧か靄のような気体が立ち昇っていたのだ。
もわもわ―――、っと、濛々と白い、まるで高温の源泉の湯煙のような白い蒸気が、修孝の持つ長大な日下之太刀『霧雨』の刀身全体から立ち昇り―――、
ボウッ―――!!
―――、突如、その蒸気はまるで濛々と、水氣の濛氣が、まるで間欠泉のように噴き上がる!!
ぶわッ―――、っと。
道場の木の天井まで噴き上がるほどの勢いの強い水氣の濛氣。
濠ッ、っと、水蒸気爆発のような湯気が濛々と吹き荒れて、天井に至った。
己の使い手である修孝自身の氣を喰らい、『霧雨』は、それをその濛氣へと変換たのだ。
「、ぐ―――、、、ッツ」
苦しそうな、精も根も尽きたような苦悶の表情の修孝。
がくがく、、、
ブルブル・・・
修孝の膝が笑う。
霊験灼かな霊刀『霧雨』を覚醒させたその代償に、修孝は自身の氣をほとんど『霧雨』に吸い喰われたのだ。
「・・・か、、、っ、は・・・―――」
ずる―――、と、力の抜けた修孝の手の中から『霧雨』は滑り落ちていく―――。
ドっ―――、っと、惚れ惚れするようなその落下で『、霧雨』は、道場の木の床にその鋩から刺さった。
一瞬遅れて―――、
「「修孝・・・っ!!」」
―――、血相を変えて、行晃とクルシュが、道場の木の床を蹴り、修孝に駆け寄った。
「くそ、、、」
意識が飛ぶ寸前―――、修孝は、床に倒れゆく自分に血相変えて駆け寄ってくる二人を見たのが最後。
がくんっ、―――どさっ、っと、
修孝は、道場の床に鋩から刺さったその『霧雨』のすぐ横に、膝から崩れ落ちたのだった。
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予知夢、其の一・・・一
これは修孝が視る夢。『霧雨』を取りこぼし倒れ、気を失った彼が視ている夢―――。
ダダダダダ―――っ、
タタタタタ―――っ、
「、っ、はっ、はっ、―――、急ぐぞ、美夜妃・・・!!」
「はっ、はっ、はぁ、―――はいっ修孝様・・・っ」
修孝と美夜妃は、タタタタタッ、っと二人して、息を切らせて駆けていた。
二人は、まるで何がしかの恐ろしい存在から逃れるために、急ぎ全速力で駆けているように見える。
二人が駆ける街の風景は―――、
朱。赤。赫。
火。炎。焱。
燃える。燀える。灼ける。
流れる血。流れる涙。崩れ焼け落ちる街。
それらを舐め焼き尽くす戰火。
―――、このように燃えた木造家屋。日下の街の家屋。日之民が、日下の街の家屋を見れば、誰もが郷愁の念を抱くだろう、そのような雰囲気を醸し出す古都の街並みを形作る造りの和建築。
それらの街並みが、戦火で今もなお燃えていた。燃え続けて早三日。修孝と美夜妃が共にまるで逃げるように走っているこの日の日にちは―――、星暦一九八八年七月二十日。
だが、今、修孝が寝ていてこの夢を見ている日にちは星暦一九八八年二月の中頃のことである。いわば、これは予知夢の異能を持つ修孝が夢で視る“未来”の姿かもしれない。
~~~ッ♪ ~~~ッ♪ ~~~ッ♪
けたたましい音。風雲急を告げる警戒音。不穏当な空襲警報。
サイレンが、日下府の街中にけたたましく鳴り響き、日下国民に、日下府に住まう全ての領民に退避勧告・退避命令が、音として知らされる―――。