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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三十二ノ巻
387/460

第三百八十七話 日下之太刀『霧雨』

 たぶん、日下蔵人自身その人物は、確かに実在はしていたのだろう、と、修孝は。だが、その日下国記の記述は、事実を荒唐無稽な突拍子もない事象に置き換えていたり、象徴が多次元同時存在のように、その記述が各所に散りばめられており、読むのも読み解くのも難しいものだ。


 日下蔵人の、イニーフィネ世界と日下国との垣根を創るために神刀を以っての地光り伝説や、皇女マヤ姫と二人でもって、日和国のちの日之国の軍勢を神刀の一振りで撃退する話など、大凡物理的には、そして、異能的にも到底為し得ることができない話が多々含まれている。


第三百八十七話 日下之太刀『霧雨』


 すっ―――、

「兎に角だ修孝。門外不出のこの日下の伝家の宝刀『霧雨』―――、」

 ―――、行晃は修孝に語りかけつつ、神坐にその両手を、左手を『霧雨』のその羽黒の鞘に、右手を『霧雨』の柄へと伸ばした。


 そして、ぎゅっ―――、っと、行晃は、しっかりとその両手で、大切なものを扱うような繊細さと、力強さが同居するような腕と手の動きで、『霧雨』を取り、左手でその羽黒色の鞘を。

 行晃は抜身の刀を右手に、鞘は左手に、キンっ、っと『霧雨』を鞘に納刀。大事そうに、鞘に納めた『霧雨』を、今度は、その懐に抱き締めるように持ち上げたのだ。


「お、おい―――、祖父さま・・・っ」

 修孝は、この祖父行晃の信じられないその行動に目を見開いた。刀というものを、抱き締めるという行為は、その刀に斬られてしまうかもしれない、というおそれがあるからだ。


「―――、修孝果たしてお前にこの日下の霊刀『霧雨』が遣えるかな?使い手を選ぶこの伝家の神刀を」

「―――っつ」

「修孝よ、お前に門外不出の日下の霊刀『霧雨』を遣い熟すことはできるかどうか、この祖父の私の目の前で試してみい」

「っ!!」

 なるほど、自分にこの『霧雨』をただ見せるわけではなかった、と修孝は悟ったのだ。

 祖父の行晃が修孝に言う、言ったこと。



「修孝よ、喜べ。お前は日下の主様に選ばれ、霊験(あらた)かなこの『霧雨』を試す資格を得たのだ」

「はぁ?」

 また日下の主様だと? なにか神がかったような、人知を超えるような存在でも、この日下の地にはそんのモノがいるのだろうか?と修孝は疑問に思った。


 だが、修孝の疑問を無視して、はたまた祖父は、修孝の疑問符に気が付いていないのか、行晃はその口を閉じることはない。

「日下の家の生まれ者でも、『霧雨』を扱い熟せた者は数少ない。修孝お前がこの『霧雨』の、蔵人殿の霊威に怖じ気づけば、霊刀『霧雨』にその魂を喰われるだろう。だが、そのときは、この私がお前の骨を拾ってやろう」


 魂は喰われ、

「骨は拾ってやる、、、だと? まるで俺のほうから『霧雨を試させてくれ』と、頼んだふうになっているな? 俺自らこの『霧雨』を欲したわけでもないというのに」

 魂がこの『霧雨』という太刀に喰われる? まぁ、それはともかく故事のようなものだろう、と修孝は理解させた。


 そして、自分は祖父に試されている、ということを、自身の力量を推し量られていることは十二分に理解した。

 そして、一方的に自分が選ばれたというのに、まるで自分から『霧雨』を乞うたような事実になっているという不満。


「ほほう、修孝よ。霊験灼かなるこの日下の太刀『霧雨』に臆したのか?」


 カチンと。

 祖父行晃のその『臆したのか?』という言葉が修孝の心に刺さった。修孝の琴線に触れた。

「、、、なにを、祖父さま」

 静かな感情の、激情には流されていない修孝の冷静な受け答え。

 修孝は、自身がムキになって祖父に答えを返せば、まるでそれは自分が本当に

“(妖刀霧雨に対して臆している)”

 と、捉えられかねないと、本当にただそう思ったので、静かに真顔に祖父に返したのだ。



「修孝おにいちゃん」

 きゅっ、っと、修孝の左手を握るしっとりとした温かい手。正体を隠して千歳いやクルシュは、修孝の左手を握る自身の右手に力を籠めたのだ。


 もちろん、修孝が自身の手を、力を籠めて握り返す千歳のその手の平の感触に―――、

「っ。―――」

 ―――、気づかないわけがない。


「大丈夫だよ、修孝おにいちゃんは。きっと万事うまくいくよ」


 そして、なぜか千歳の声に、本当に童女の彼女の、

「・・・、っ」

 その声色に、明確な理由はないが、きっと俺は大丈夫だ、と、そう思ってしまう修孝であった。



「・・・では、戻ろうか、修孝。道場に」

 行晃はくるりと振り返る。

「あ、あぁ祖父さま・・・」

 そして、修孝も踵を返し、紺色の道着の祖父の背中を追うように、そのあとを付いて行った。



 きゅっ、っとその小さな童女千歳の右手で―――、

 童女の(なり)をした彼女の心に去来する想いとは―――、

「・・・」

 ―――、クルシュは自身の、元の肉体の子孫たる修孝の手を優しく握るのであった。


 ―――、彼女自身どうして修孝にここまで心を許して、目をかけるのか。伴侶であった日下蔵人と自身の子孫の中で、どうしてこの修孝だけをこんなにも特別扱いするのか。彼女自身なぜなのか、永き刻を得た久留主摩耶であろうと、その答えを明確には判らなかった。



///



 修孝が帰宅した頃は、未だに青天霹靂だった。だが、時間が経ち、徐々に日は落ちてきていた。今から『霧雨』を用いた修練が始まる。まるで、良くないことの前触れかのように、夕刻の空には鉛色の雲が湧いて出始めた。

 夕刻に差すあかね色の日の光はなく、灰青色の曇天へと、天候の変わりし今は、その夕刻とも相まってよもや、夕闇の如く薄暗い。


 日下宗家のこの道場。

 その神棚を照らし出し、道場内を明るくさせるための龕灯(がんとう)に火が入れられた。

 龕灯は、道場内に複数設けられているものの、電灯やLED灯火のような眩いような光は発することはない本物の燃焼系の龕灯では、とてもとても道場の隅々までその橙赤色の照明の光であまねく照らすことはできてはいない。


 龕灯の揺らめく橙赤色の灯火の下、そのような日下宗家の道場の中。


「―――」



 祖父行晃、そして、今は転生してから間もない身で、まだ童女の形をしたクルシュの見守る中―――、修孝は祖父行晃より渡されたこの日之太刀『霧雨』を両手で持つ。


 真横に、太刀を一文字にし。

 日下之太刀『霧雨』を、自身の眼前に。左手で羽黒色の鞘の中ほどを握り、右手は柄の、鍔のすぐ手前を握る修孝。

「――――――」

 ス―――、、、っと、修孝はその自身の眼前で横一文字に持つ『霧雨』を抜いていく。修孝は、徐々に左右の腕を外側に開いていく。


 長大な日之太刀『霧雨』。常人ならば、この長大な太刀の抜刀の際に動きが淀むこともあろう。だが、それに見合う経験値を得て、なおかつ長身の修孝ならば、その抜刀も絵に成るであろう。


 現に修孝は、抜刀の動作に淀むこともなく、引っ掛かけ、引っ掛かることもない。

 まるで水を得た魚のように『霧雨』は、修孝の手によって、その見事な太刀魚のように、白銀に煌めくその刀身を顕わにしていく。


 『霧雨』の刃に、そのオタマジャクシのような形をした『蛙子丁子』のその見惚れるほどの美しい刃文。鏡のような鋼色の刀身は、龕灯の橙赤色の炎色の光を跳ね返し、『霧雨』はまるで橙赤に嗤うようであった。

「祖父さまよ、これでいいのか・・・?」

 修孝は祖父行晃に問うた。


 修孝は、行晃に言われたように、日下之太刀『霧雨』を抜刀して見せた。

 古の、龕灯の光に揺れる鏡色をした白銀の見事な太刀。その長大な中反りの刀身を、長身の修孝は苦も無く見事に、自身の目の前にて一文字に握り、それを抜刀して見せたのだ。


「修孝よ。変わりないか?」


 “変わりないか?”祖父の問い。その意味を忘れているような修孝ではない。先に、『霧雨』を取りに行ったときに、その宗主の部屋で行晃が『霧雨』に関して話したことだ。

「あぁ。祖父さま特には―――、」

 体調に変化はない、と修孝は答えた。


『私の祖母に聞いた話だ。この日之太刀『霧雨』は、な修孝。我ら日下一族の祖日下蔵人殿が遣っていたとされる、霊験灼かなる霊刀―――、あまりの強大な霊力に耐えられず、これまで幾人にも日下家の者の生命を縮めてきた、霊刀『霧雨』』


『―――、修孝果たしてお前にこの日下の霊刀『霧雨』が遣えるかな?使い手を選ぶ神刀を』



 などと、祖父行晃が修孝に話し、語ったことを、修孝自身は思い出していた。


 修孝から見て道場の奥、上座に立つ行晃。行晃は、修孝とは対面に佇んでおり、その和装の紺色の道着が生える。

 行晃はその腰に、立派な打ち刀を一振り差している。

「そうか。然らば修孝よ。その手にした『霧雨』を正眼に構えなさい」


 祖父行晃の丁寧な物言い。その変化を感じ取った修孝は、

 さ―――っ、っと、持ち替えて、そのときに抜身の霧雨を淀ませることもなく、流れるような動作で太刀を扱い、修孝は、自身の前で、祖父に向かって正眼に『霧雨』を構えた―――。

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