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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三十二ノ巻
386/460

第三百八十六話 日下宗家に伝わる宝刀『霧雨』

 襖を開けた瞬間。

「わーい修孝おにいちゃんだーっ、千歳と遊んでー♡」

 クルシュは童女を演じて修孝に話しかけた。

 今日のクルシュは、上は水色のセーターと下はえんじ色のズボンという洋服の装いである。


 遊んでと言われても、と修孝は思った。

「え、いや、今から俺は―――、っ!!」


 だが、聞く耳を持たずに、

 クルシュは、床を蹴り、勢いよく修孝に、

「修孝おにいちゃんっだーんっ♪」

 修孝のそのお腹の中に勢いよく飛び込んだ。


第三百八十六話 日下宗家に伝わる宝刀『霧雨』


 クルシュとしては、初めから行晃の傍にいながら修孝と一緒に、宗主の部屋に行くよりも、こうして偶然と無邪気を装い、ぶっつけ本番で自分が合流したほうが、自然であると修孝に思わせることができると思ったわけだ。

 無論、そちらのほうがおもしろそうという、いたずらっ気の気持ちもクルシュにはある。


 だーん、っと、自分のお腹に飛び込んできた千歳に、修孝は―――、

「、っ、」

 うぐ、、、っ、修孝とて、こうして何度も何度も、クルシュの熱烈なダイブをその身に受けていれば、この小さな童女のタックルなど避けることなど造作もない。

 だが、修孝はクルシュの突貫ダイブを避けなかった。


 避けるということは、修孝の頭の中で、

“この子の俺に対する好意を無碍にしてしまう”

 という心の作用が働いたのだ。



「修孝おにいちゃんっ遊ぶー♪」

 修孝の腕の中で、上目遣いで自身を見詰めるそのかわいらしい少女。しかも、この童女は自身への好意を隠さず、自分に懐いているのだ。

 ぐりぐり、、、っと、クルシュは頭を動かして、自分の顔を道着姿の修孝の胸に、その道着に顔を擦り付ける。


「千歳・・・、、、」

 修孝は、この千歳と名乗る童女を冷たくあしらうことはできなかった。


 そして、千歳(クルシュ)は修孝の道着にぐりぐりしていたその顔を上げ、かわいい上目遣いで修孝を見上げた。

「なに?修孝おにいちゃん?」


「・・・遊ぶのは、少し待ってくれないか? 今から俺は、祖父さまと刀を使った剣術の稽古があってな。それが、終わればきみと遊ぶことができる。そのときには美夜妃ももう帰ってきている頃だろうし、今はごめんな、千歳」


 修孝の優しい、童女の形をした自分を気遣うその言葉。

 きらきらきら―――、っと、クルシュの目が期待と感激に輝く。

「剣術の稽古っ?! 千歳も見てみたい!!修孝おにいちゃんが、剣術の稽古をするところっ」

 クルシュ自身、自分と日下蔵人の子孫である修孝が、伝家の宝刀日之太刀『霧雨』を遣い熟すというのを見てみたい、見届けたいという気持ちは確かにある。


 だが、クルシュは修孝の自分に対するその態度、気遣い、優しい眼差しに感激していたのだ。やはり、

“修孝こそが日下宗家の家督相続の筆頭者”

 と、した自分の目に狂いはなかった、と思う心も。



 すっ、っと修孝はしゃがみ、その場に腰を落とした。自分の目線を同じ高さになるよう修孝は、千歳の前にしゃがんで、その自前の鋭い視線を、できるだけ優しく、目の高さを、幼いなりのクルシュと同じ高さにしたのだ。そして、口元もできるだけ穏やかに、

「でも、俺は刀を振り回すんだ。もし、千歳に当たったら―――」


 クルシュは、そんな修孝に。クルシュは修孝の言葉を切って。

「大丈夫だよっ修孝おにいちゃん♪ 千歳、おとなしくしてるから、ねぇねぇ見てていいでしょ?修孝おにいちゃんが刀を振り回すところっー」

「んー、・・・祖父さま」

 堪らず修孝は、祖父行晃に困ったような視線を向けた。

「まぁ、よかろう。千歳はお利口さんだ、危ないことはするまいて」

 こうして、この場にいる人物の中で、この千歳と名乗る童女の正体を初めから知っている祖父行晃の鶴の一声で、修孝は折れたのであった。


 日下宗主の間にて、


「こ、これは―――、」

 修孝は驚きに目を見開いて固まった。

 祖父行晃の先導で、入室した日下家宗主、頭首の部屋。

 日下家を総べる宗主とその者が認めた者でしか立ち入ることを赦されぬ(へや)に初めて修孝は、その足を踏み入れたのだ。


 そんな修孝のその驚きの眼差し、その目は真っ直ぐに上座を向いている。上座のその背後。まるで神坐に祀られたように鎮座する一振りの長大な太刀に、その目は釘付けにされた。

「―――、祖父さま・・・、この太刀は」



 ざっ、っと、祖父行晃は一歩、頭首の座を越えて、その後ろに鎮座している『霧雨』の前に歩んだ。

「日下宗家に伝わる伝家の宝刀『霧雨』だよ、修孝。修孝お前さんが、この一振りを見るのは初めてであろう?」


 祖父行晃のその言葉に―――、

「、、、―――はい、祖父さま。よもや、、、・・・」

 ―――、よもや、、、と感激の吐息を。・・・このような古刀を今の自分が、間近で見ることが叶い、と修孝は呟き、その視線を、左斜め前に立つ祖父行晃に向けた。



「―――」

 クルシュはと言えば真剣な眼差し、全てを知識()っているその双眸で、修孝のすぐ左脇に立っており、きゅっ、っと、その小さな湿った童女の手で、修孝の左手を握り、修孝とクルシュは手を繋いでいる。



 祖父行晃は、徐にその口を開き―――、

「私の祖母に聞いた話だ。この日之太刀『霧雨』は、な修孝。我ら日下一族の祖日下蔵人殿が遣っていたとされる、霊験(あらた)かなる霊刀―――、」


 やはり、俺が見たとおりの年代物の古刀か、、、っ、っと修孝は思った、確信した。

「、、、っ」


「―――だが、あまりの強大な霊威に耐えられず、これまで幾人にも日下家の者の生命を縮めてきた、霊刀『霧雨』」


 所有者の生命を縮める刀、それはもはや、霊験灼かな霊刀ではない。

「はっ、祖父さま。それは、そんな代物はもはや霊刀ではなく、“妖刀”と呼ぶべきではないですか?」

 修孝は、ふんっ、っと鼻で呆れるように笑った。修孝自身、そのような眉唾物に該当する内容の逸話などあまり信じられないようである。


「笑止。修孝よ」

 祖父の、威厳を籠めたその声色に修孝の表情は引き締まる。

「っ」

「五世界が統一化へと向かう戦国の世・・・。我らが父祖蔵人殿は、皇女マヤ殿を匿い、この地に留まったとされる、我らが伝説の始祖。戦乱の世、故地を追われ流浪と成った日之民や、皇女マヤ殿を慕うイニーフィネの民が、二人の元に集まり出した。蔵人殿と皇女マヤ殿は、蔵人殿の姓より採り、この地を日下ノ国と名付けたそうだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、祖父さま」

「どうした?修孝よ」

「俺も日下蔵人の名は聞いたことはある、が、、、でも、刀の話から、世界統一化現象時代か、いきなり壮大な話になったな、祖父さまよ・・・」

 しらぁ、、、っと、祖父の説話を聞いた修孝は、俄かには信じ難いような白けた目になった。


「なんだ?その訝しげな顔は、修孝よ。まるで、この祖父の話が眉唾物と言いたげだな」

「いや、祖父さまよ、、、。世界統一化現象時代の話を今急に、俺に持ち出されても、そのようなもの大昔の話で」

「蔵人殿は、この霊刀『霧雨』を揮い、西より追って迫るイニーフィネ帝国を跳ね返し、東より圧し寄せる日之国を跳ね除け続けた。そして、霊刀『霧雨』は代々日下一のもののふに受け継がれていくこととなり、帝国も日之国もおいそれと日下国に手を出すことを控えるようになったと聞く。修孝よ遥かなり、お前にも、この私にも、そんな偉大な蔵人殿と皇女マヤ殿御二方の血が連綿と流れているのだ」


 行晃の言ったお二方とはいうのは、日下蔵人とイニーフィネ皇女マヤのことである。そして、その皇女マヤの日之民としての名前は、日之民であった彼女(マヤ/クルシュ)の母の姓を取り久留主摩耶。この場にて、修孝の手をきゅっ、っと握る千歳と名乗るクルシュのことである。


「・・・・・・」

 祖父の話を修孝は、全て信じることができなかった。修孝自身日下蔵人の名は知っていた。『日下国記日下ノ国造りの書』、、、いわゆる神話英雄伝説に登場する日下蔵人は、英雄的存在の人物で、その彼の叙事詩的な逸話である。


 たぶん、日下蔵人自身その人物は、確かに実在はしていたのだろう、と、修孝は。だが、その日下国記の記述は、事実を荒唐無稽な突拍子もない事象に置き換えていたり、象徴が多次元同時存在のように、その記述が各所に散りばめられており、読むのも読み解くのも難しいものだ。


 日下蔵人の、イニーフィネ世界と日下国との垣根を創るために神刀を以っての地光り伝説や、皇女マヤ姫と二人でもって、日和国のちの日之国の軍勢を神刀の一振りで撃退する話など、大凡物理的には、そして、異能的にも到底為し得ることができない話が多々含まれている―――。

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