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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三十二ノ巻
385/460

第三百八十五話 日下密議―――四

 儀紹は思った。

 たとえクルシュがそのように動いていたとしても、ただの徒労、取り越し苦労に終わるだけだろう、と。

 まさか、この現代に、チェスター第二皇子が本気になって、日之国に対して軍事侵攻を行なうなど、と。

 前時代的で、有史の初めの頃には常識だった直接的な軍事侵攻を、『世界統一化現象時代』のような事をやってくるわけねぇだろ、と、内心ではそう思っていたものの。

 だが、儀紹はその内心を、その考えを口に出して、直にクルシュや父行晃に言うことは憚られた。


第三百八十五話 日下密議―――四


「うむ、儀紹よ。地(なら)しは、儂がしておいた。これより、そちは日之国の日府に出張り、日之国政府日夲と直に交渉せよ。実際にチェスターめが、ここ日下に攻めてきたときや、攻めてくる予兆があれば、すぐに(おんな)()どもを日之国へ退避させるための手順や、その退路。日之国軍の支援体制を確認し合い、確認書を交わせ。儀紹よ、もうお主は日下宗家の宗主じゃ。儂はお主と供に行ってやることは控えるが、儂は、第六感社より使える者を出そう」


 クルシュよりの直々の指示である。

「はッはい、主様。お願い致します」

 儀紹は、表向きは従順を示し、その頭を深く下げた。

 そして、自身にとって千載一遇の好機が向こうからやってきた、儀紹はこの機をうまく利用すれば、新たなコネを、その人脈を日之国政府内に作ることができるのではないか?とも思った。


「おっと、儀紹よ。忘れておった」

 クルシュは気づいたように、儀紹に改めて声を掛けた。思い起こしたことが、クルシュにはあったのだ。

「はい、主様」

「日府におる間。津嘉山の迎賓館は使うなよ」

「え?」

 なぜですか?というニュアンスを含んだ儀紹の言葉とその表情。

「あそこは、津嘉山季訓は皇国と内通しておる」

「えっ・・・!?」

 なんだと!?内通?日之国の日之民の津嘉山家が?―――、と、儀紹は今日驚かされることばかりであった。

 儀紹自身、その津嘉山家頭首である津嘉山季訓とは、何度か顔を合わせ、話をしたことがあったのだ。

 そのときは何も、津嘉山季訓の意見を聞いたときに妙な感じはなかったというのに。


「実はの、季訓の長子正臣の嫁は、皇族のルストロとチェスターの姉ウルカナじゃ」

「ッツ!!」

 マジかッ!!のような動揺する儀紹。そういえば、、、正臣と、その嫁さんには会ったことはあるが、、、そういえば、今思えば―――、正臣の妻彼女は日之民のような雰囲気ではなく、、、妙な雰囲気を覚え感じたな、と、儀紹は。


「ま、そういうわけじゃ。さて、お主ら早う今日から動くのじゃっ。儂がために動けよっ、かかかかっ♪」


///



 二月十四日。


「帰って来たか、修孝。さ、早く着替えて道場に来なさい」

「祖父さま・・・?」

 修孝は学校から帰って来ると、玄関先で待ち構えていた祖父日下行晃に声を掛けられた。美夜妃は、修孝とは違う学園に、所謂“お嬢様学校”に通っているために、特段用事が無ければ修孝とは別々に帰宅する。

 今日は、美夜妃とは特に約束がない平日だった。だから修孝は一人での帰宅だった。


 修孝の疑問のニュアンスが入り混じった返事に、

「うむ」

 と、大きく肯く祖父行晃。


 今は二月の厳冬。

「・・・、、、」

 黒色の学生服の上に、亜麻色のウールのコート姿の修孝は家に帰って来るなり、逗留中の祖父行晃に、いきなり道場に来るように言われて、やや戸惑い気味である。



 道場にて、そのように修孝は、祖父に言われるがままに、いつもの紺色の道着に袖を通し、

「―――」

 壁に掛かっている黒檀の木刀をその手に取った。それだけで、修孝自身の心が平時のものから、剣士のそれへと切り替わるのだ。

「祖父さまこれでいいか?」

 修孝は、自身の対面に佇み、何も言わず静かに己の成り行きを、その所作を見詰めていた祖父行晃に声を掛けた。


「うむ。―――、」

 対する祖父行晃も、道着姿であり、その道着の色は修孝と同じ紺色である。

「―――、だが、修孝よ。此度の稽古は、真剣を用いる」


 祖父の、真剣を用いる、その言葉は、修孝自身の心に僅かな緊張を走らせた。

「、っ―――・・・」

「ここではなんだ、私に着いてきなさい、修孝よ」

 祖父行晃は、孫修孝にそう告げると颯爽と踵を返した。


 真剣を用いた稽古は、通常であれば、今自分達のいるこの道場で行なうものだ。

「・・・」

 であるのに、祖父行晃は、自分に着いてこい、と言う。修孝は、それを淡い疑問のように思ったが、そういうこともあるのだろう、と、修孝は何も口に出さずに祖父の後についていった。


 日下流剣術の門人が集う別棟にある道場のほうではなく、日下宗家の屋敷にあるこの道場を退室し、

「うむ、修孝よ。まずはその真剣を、お前と一緒に取りに行こうと思ってな」

「・・・はい、祖父さま」

 日下風の、和の庭園の小径を抜けて、離れを横手に、祖父行晃はまだまだ歩いていく。


 その間にも、普段から口数の少ない修孝と、祖父行晃は互いに、砕けたような口調で会話を交わすことはなく、だが、修孝は、その内心では、こんなにも歩かされて、と、どこに真剣を取りに行くのだろう、とは思っていた。


 ひゅおぉ―――、っと、一陣の風。二月の夕暮れどきであるので、その風は冷たい。今は、道場と母屋を繋ぐ中庭を二人は歩いている。

「寒くはないか?修孝」

 行晃は、後ろを着いてくる修孝に声を掛けた。

「寒いな、祖父さま」

 取り留めて、特段祖父と孫は愉しそうな会話をせずに、二人は離を横手に見て、母屋を向かった。


 母屋に至り二人は、日本家屋のような日下屋敷のその奥の方へと木の廊下を歩いていく。左右には、襖、襖、襖、開け放たれている畳張りの和室より奥に見えるのは茶色い木の桟と白い紙の障子である。

 このような日本家屋の光景は、修孝にも、行晃にも見慣れた有り触れたものなので、特に目移りするものではないし、取り留めてそれらについて発言することもない。



「―――・・・」

 だが、一名。締め切られたとある和室の一室にて、その襖の陰に隠れて息を殺し、行晃と修孝の動向を盗み見るように注視している存在が居た。


 その者は、自身の素顔を、その本性を隠して、その見た目どおりの“幼女”を演じる者である。幼女ならぬ妖女である。かわいらしい童女のような、楽しそうにころころと表情を変え、修孝や美夜妃の前で、年端もいかぬ少女を演じる者。その名はクルシュ=イニーフィナ。大昔、真の肉の母が名づけたその名前は、摩耶。



 すたすた、、、っと、行晃は先頭に立って歩き、修孝はその祖父の後ろを着いていく。

「修孝よ、もうすぐだ。もうすぐ着く」

 日下屋敷の奥。

 居間を越えたその先にある部屋は、日下宗家宗主のために設えられた特別な間。

 もちろん、その間が誰のための部屋であるかを、修孝は知っていた。今は、日下宗家の宗主である父儀紹の部屋である。

「ここは、、、親父の部屋か」

「うむ、今は儀紹の部屋だな」



 一人して、彼ら祖父孫の到着を待ち焦がれていた者がいた。

 そわそわ、っと、今か今か。まだ二人は来ぬのか、とクルシュは。

「・・・」

 行晃と修孝の二人が、歩きこまれ、つるつるの光沢を放つ木床の廊下を歩いて、彼女が息を潜める部屋の襖の前を通り過ぎたときだ。


 すっ―――、っと、隠れ潜んでいた部屋の襖を左から右へと滑らせ開ける音。

 クルシュは自身の前を二人が通り過ぎたそのタイミングを見計らい、自分が隠れ潜んでいた襖を開けたのだ。



「、っ」

 むろん、その襖が滑り、その開く音に、襖が開いた音に修孝が気づかないはずはなく、もちろん行晃とて同じだが、

「・・・」

 行晃は事前にクルシュがこうして自分達に接触をしてくるという手筈を知っていたため、行晃はクルシュと共犯である。


 襖を開けた瞬間。

「わーい修孝おにいちゃんだーっ、千歳と遊んでー♡」

 クルシュは童女を演じて修孝に話しかけた。

 今日のクルシュは、上は水色のセーターと下はえんじ色のズボンという洋服の装いである。


 遊んでと言われても、と修孝は思った。

「え、いや、今から俺は―――、っ!!」


 だが、聞く耳を持たずに、

 クルシュは、床を蹴り、勢いよく修孝に、

「修孝おにいちゃんっだーんっ♪」

 修孝のそのお腹の中に勢いよく飛び込んだ。

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