第三百八十二話 日下密議
第三百八十二話 日下密議
室内。畳。襖。龕灯。薄暗い和室。密議―――。
その光景は、何も知識らない者が傍から見れば、奇妙なものに映るかもしれない。小さな年端もいかぬ童女を、まるで君主のそれのように、中年の男と初老の男がその童女に傅いていた。
童女は、徐にそのみずみずしい唇の小さな口を開く。
「と、まあ―――。儂は彼奴ら修孝と正儀の二名の人となりを観てみたのじゃが。やはり・・・そうじゃのう―――、」
平日。この昼間の時間ともなると、学生の修孝も美夜妃も、学校に行っている頃だ。この声の主年端もいかぬ人物の性別は女性である。
その容姿は年端もいかぬ少女。修孝の祖父である行晃が、この日下宗家の屋敷に連れてきた千歳と名乗る童女その人である。
修孝、美夜妃。議題に挙げる二人が不在のこの好機を狙い、童女とその配下二名は密議に及んだのである。
上座の童女は、妖しい雰囲気を醸し出し、またその目にも妖しい光を灯して、下座の二名を睥睨する。
「―――、行晃よ、儀紹よ」
呼んだのは下座の人物の名前である。
日下行晃は修孝の祖父。日下儀紹は修孝の父。
そして千歳という名のこの童女は、この日下宗家の屋敷の上座の座主であり、下座に腰を下ろしている二名に。日下行晃すなわち修孝の祖父と、修孝の父の名を呼んだのだ。
「「ハっ、主様」」
行晃・儀紹父子が、上座の少女にその首を垂れる。
チャ―――、っと、上座の少女はこの二人を睥睨したまま、右手を後ろ手に回して、童女自身の背後に鎮座しているように置かれている一振りの日之太刀に手を伸ばした。
童女は、その一振りの長大な日之太刀に触れ、ぐぐ―――、っと、その右腕だけで太刀を持ち上げようとしたが、その日之太刀は、子どもの身体の筋力では持ち上げるのには少々重かった。
「、っ、くっ、、、この転生したばかりの幼い身体には、ちと重いのう」
童女の様子に、
「「!!」」
ハッとして、この行晃・儀紹父子。忖度するには少し遅かった。
「儀紹」
父行晃のその目配せと諭すような声色。その自身を呼んだ声に―――、
「はい、父上」
ざっ、っと、儀紹は下座より立ち上がった。ささっ、っと綺麗な剣士然としたその俊敏でいて足音も立てないその足捌きで、儀紹は、畳の縁を踏まずに、この上座の、千歳を自称する童女に駆け寄った。
「さ、主様。私が」
儀紹は、この童女のことを主様と呼ぶ。
「うむ、大儀である儀紹」
「ハっ」
儀紹は、千歳と名乗る少女の背後に置かれている一振りのその太刀に手を伸ばして、太刀を丁重にその手に取った。
ざっ、っと、儀紹は、すぐに千歳の目の前で片膝を着き、両手でその日之太刀を持って、千歳に日之太刀を献上するかのように持ち掲げた。
「主様。お取りくださいませ」
だが、じとぉ、っと、千歳はその目を細めた。千歳は白い目で儀紹を見詰める。
「―――。じゃから、言うたであろ?儀紹よ。今の儂のこの身体は代替わりしておるのじゃっこのちっこい身体ではその日之太刀『霧雨』は重すぎて持てぬのじゃぁっ!!」
稚児の形をした千歳を名乗る少女のその様は、その言動は本当にかわゆい。
思わず、儀紹はそんな千歳の様子と言動を見て―――、
「ぷっ」
―――、吹き出してしまった。
「な、なんじゃぁ?吹き出しおったのかっ!?儀紹よっ」
「っ、こ、これは滅相もありませんっ!! 大変な失礼をっ主様っ!!」
ははぁ―――、っと、儀紹は、その内心に、この目の前に座る日下の影の主である童女に、自身の反逆の思いをひた隠しにしながら、外面では、この、かつて彼儀紹自身が『阿婆擦れ』と呼んでいたこの童女に平身低頭。
儀紹は『霧雨』をその両手に掲げたまま、
「、っ、―――」
行晃は自身の息子儀紹がこの千歳という童女の不興を買ったと思って、父子そろって、その場でその額を畳に擦り付ける勢いで、面を下げた。
だが、永き時を生き続け、人としてのその器は仙人の域に達していようかというこの童女。極度に達観しているこの童女は、この程度の些細なことで、本気で怒ることはない。
「よい、行晃よ、儀紹。面を上げい、儂は怒っておらぬ」
おずおず、、、
「「―――、、、」」
行晃・儀紹父子はおずおずと面を上げた。
「行晃よ、お前が剣術の師として孫の修孝に、この霊刀『霧雨』を試してみい」
童女の宣言。それが意味するところは。
「っ!!」
行晃のその両目が開かれる。
一方の息子の儀紹は、ずずい、っとその身を乗り出し、その所為で儀紹の着物の袂が揺れた。
「で、では、主様っ日下宗家の跡取りは、甥の正儀ではなく、我が嫡男修孝ということになるのですか・・・!!」
儀紹は嬉しかった、自身の息子である修孝が次期の宗主である内定したからだ。
儀紹は内心で思ったのだ、これで息子修孝の未来を知る異能『予知夢の能力』を存分に使ってもいい、という大義名分ができた、と。
行晃は、嬉しがり有頂天となりかけていた我が子を制するように、その視線を息子儀紹に送った。
「そう急くな、儀紹よ」
「ち、父上っしかし―――、」
う~ん・・・むむむ、っと。だが、千歳という童女は、その小さな額に、その眉間にかわいく皺を寄せて、深く考えるように、またその両手は、小さな胸の前で両腕を組んだ。
「儂は修孝のほうが良いな。修孝は嫌な顔一つせずに稚児のなりをしている儂と戯れてくれる。正儀はのぅ、彼奴は・・・、」
千歳を名乗る童女は、まるで言葉を選ぶかのように、口を開いて言葉を紡いでいく。
「・・・、正儀はちと冷たいのう。断わりよった儂の逗留のこともそうじゃ、“僕は無駄なことはしたくはない”とな・・・、―――、」
「―――、正儀は、自分に関係ないと思うた事には無関心すぎるのじゃ。“火中の栗は拾わぬ”“触らぬ神に祟りなし”―――、儂はそれでもよいと思うのじゃが、どうも正儀には人情や人間味が足らん。儂は次代の頭領に修孝を推そう。行晃よ、そちは修孝が『霧雨』を遣い熟せるかの指南をいたせ」
「ハっ、主様。この行晃しかと心得ました」
行晃は恭しくその白髪交じりの首を垂れた。
「うむ、頼んだぞ、行晃よ」
「はは・・・!!」
先ほどまでは身内の中の、日下宗家の次期当主の話題だった。次は、外で起きている現在進行中の話題である。
童女はこの日下の主は、再びむむむ、、、っとその額に、その眉間に皺を寄せ、そのかわいい童女の顔を顰める。
「さて、次は難解な話じゃ―――、」
そして、おもむろに、千歳と名乗る少女は、行晃から視線を切り、その左横に正座している行晃の子儀紹にも、交互にそのかわいらしい顔が顰める視線を向けた。
「行晃、儀紹お主ら今イニーフィネ皇国の宮廷内が二分されていることを知っておるか?」
千歳と名乗っている日下の影の主のその言葉に―――、
「「・・・、、、」」
―――、行晃と儀紹父子は互いに顔を見合わせ、両者は首を傾げた。
行晃のほうはともかく、儀紹は自身で張り巡らせた諜報網、、、すなわちその自身の“腹芸”で、ある程度のイニーフィネ皇国の内情を、本当は知っているものの、
“なんのこと?私は知らぬ存ぜぬ”
の態度を見せ、それをしれっと貫いている。
「主様―――、」
行晃は言いかけ、
「・・・。皇国の宮廷内が二分? 主様それは、いったいどういったことですか?」
儀紹は、父に遅れること一拍、その口を開いた。
行晃儀紹父子、目配せの末に、儀紹のほうが、千歳と名乗る少女、自身も“主様”と呼ぶ少女に問うた。
「やはりのう、そちらも知らぬか。ま、あちらさんも、そうそう易々と己らの内情の事は表に出さぬだろうしの」
「「・・・?」
ん?っと、互いに視線を合わせた父子。だが少なくとも、ある程度の皇国の内情の事を、息子のほうの儀紹は知っている、が。