第三十八話 愛娘は今どこに
第三十八話 愛娘は今どこに
キンっカチっ。鍔、切羽、はばきと鞘の鯉口が重なる音―――。なんの音だ? 見なくても音で分かるよ―――。
でも、思わず俺とアイナはその音の出どころを見た。
「「ッ!!」」
え?クロノスのやつ太刀を鞘に納めたぞ? なんでだ?
「っツ・・・!!」
しかも、なんかその満足そうに笑みを口角に湛えた『お前のことは理解した』というような感じのクロノスの顔がちょっとムカつく。くそっクロノスッ!!俺のことは全然眼中にはないんだな、お前はよ―――ッ!!
クロノスは姿勢を正し―――
「いい答えが聞けた。―――退くぞ。撤退だ、魁斗、グランディフェル」
退くぞ? 確かにクロノスは退くぞ、撤退って言ったよな!? 帰ってくれるんだよな、それがほんとなら。あぁ、よかった・・・、これでやっと気が抜ける・・・ん?
「?」
ん、グランディフェル? グランディフェルはゆっくりと俺達に身体を向け―――
「どうした、グランディフェル?」
クロノスだってそのグランディフェルの行動に疑問を覚えたみたい。
「クロノス貴公にとっては些細なことかもしれぬが、俺にとっては違う―――」
殺気や敵意みたいなのは全然感じないな、グランディフェルからは。グランディフェルは慇懃な足取りで俺達へと近づき、数歩手前で足を止めた。
「アイナ様。成長した貴女様に一目お会いすることが叶い、このグランディフェル大いに光栄でありました」
「炎騎士グランディフェル―――・・・」
アイナが小さくぽつり。
「お、おい、あんた」
ザッ。お、おいグランディフェルってばっ、そこまでの―――。グランディフェルはアイナの前で片膝を地面につけた。
「私はグランディフェル貴方の手を取ることはしません。ですが、私は私人としては、貴方がチェスターとは袂を別って罪を償い、もう一度祖父の傍らに侍ることを望んでおります」
「アイナ様―――」
眼を閉じて口を一文字に―――、グランディフェルあんた―――、俺にはそう言ってたけど、ほんとにあんたは自らの心を圧し殺してさぁ―――本当に不器用なやつだよ、あんた・・・。
「一つアイナ様に御伺いしたい儀がありまする」
「なんでしょうか、グランディフェル?」
「我が娘サーニャ・・・いえ、サンドレッタのことです」
我が娘!? グランディフェルってサンドレッタっていう娘がいたのか!? てっきりこんな堅物そうなやつだから、結婚って言うか・・・ううん、子どもなんていないと思ってたんだけど、俺は。
「このような、―――父親として我が娘サンドレッタになにもしてやることができなかった俺です。己の革命が敗れ・・・逆賊とされたチェスター殿下。チェスター殿下直属の近衛騎士団長だった俺です。俺がチェスター殿下に附いて出奔したおり、俺は地位を、部下を、家族を我が娘サンドレッタまでも棄てました。俺は出奔してからずっと、今の今までサンドレッタのことが気にかかっております」
「―――」
アイナそんなに冷たい視線で見下ろしてて・・・なんか俺はグランディフェルのやつが可哀そうになってきてさ。あ、でもアイナはチェスターに親父さんとお兄さんを殺されてるんだっけ・・・。俺は、・・・
「逆賊と云われる俺です。そんな俺の娘のサンドレッタ・・・。娘が生きているという期待はしておりませぬが、アイナ様。俺は、・・・どのような答えであっても覚悟はできております。もし、よろしければ、我が娘サンドレッタの消息を、このグランディフェルにお教えくださいませ・・・」
そんな・・・喉を引き絞りようにグランディフェル。そんなに苦しいなら、チェスターとかいう奴に附かなかったらよかったのに・・・ほんとあんたってやつは。
「―――」
アイナは無表情で。アイナは、相変わらず膝を地面に着くグランディフェルを見下ろしてて、あ、でも少しアイナの視線と目蓋が動いた。
「グランディフェル。『サンドレッタ』ではなく、私には『サーニャ』でかまいません」
ん?なんで? アイナのやつグランディフェルの娘サンドレッタを、親しみをこめて呼んだ? 知り合いか、なにかか?
「アイナ様・・・覚悟はできております・・・ッ―――、あの企ての後、我が娘サーニャは
どのように―――・・・娘はどのような末路を・・・」
「・・・心して聞いてくださいグランディフェル」
反乱を起こしたというチェスター。その部下だったグランディフェル。その娘がサーニャっていう子だろ・・・―――そんなの。
「―――」
自分の娘はもうすでにこの世にはいない、と覚悟はしてるんだなぁ、グランディフェル。グランディフェルは強張った顔で一文字に口を締めたんだ。
「あの大いなる悲しみが起きたあと、事実サーニャへの風当たりが強くなりました。私の母はすぐに貴方の娘サーニャを、―――ところでグランディフェル。日之国の『罪を憎んで人を憎まず』ということわざとその意味を知っていますか?」
「は、はい知っておりまする。聞きかじった程度ではございますが―――、とすればっ!!ま、まさかサーニャはっ!?」
「私の母はサーニャの身に迫る危険を察知し、私の近習の一人だったサーニャをその役職から解任しました」
近習・・・ってことはアターシャと同じような身分? 俺は、なんとなしにというか、ごくごく自然な流れで首と視線を動かし、アイナの後ろに控えるアターシャを見てしまったんだ。
「・・・」
あ、俺の視線に気づいたアターシャと目が合った・・・。
「―――」
こくっ。アターシャが俺を見て小さく肯く。
「それは―――」
おっとアイナがまた話し始めたぞ。でも、解任って・・・まぁ、仕方ないのかもな。サーニャは思いっきりとばっちりを食ったわけだけど、父親のグランディフェルの。
「解任されたサーニャは更迭の後、反乱幇助の嫌疑で拘束され、今もなお禁固刑に服していると―――」
「え―――」
反乱幇助って、・・・それって明らかに冤罪じゃないのかよ。
「―――ぐっ・・・サーニャ・・・」
「・・・」
つらいなぁ、俺。今のグランディフェルの顔を見たくないなぁ―――。それにしてもよくアイナってこんな淡々と喋られるよなぁ・・・。
「今もなお禁固刑に服していると、表向きはそのようになっています」
「ッ!!」
はい?
ほら、グランディフェルもびっくりして顔を上げたぞ。
「え?」
表向きは?ってどういうこと?
「先ほど私が言ったとおり、私の母はサーニャには罪はないとしました。母はサーニャいえ、サンドレッタ=アードゥルに対しては内々でしかるべき処置を行なった、と内外に発表しました」
「なっ、なんと・・・アイナ様―――・・・」
「じゃあ、アイナそのサーニャっていう娘は?」
「えぇ、ケンタ。ほとぼりが冷めてからサーニャは私の息がかかっ―――こほんっ―――」
そこでアイナはわざとらしくかわいく咳払い。おちゃめだよな、アイナってにやにや。
「―――私の知り合いが司祭に就くフィーネ教の教会に密かに匿ってもらいました。今のサーニャはその司祭さまに説法を任せてもらえるほどになりまして、先日も私とアターシャは足を運んでサーニャに会ってきましたよ」
「へぇ・・・」
やるじゃないか、アイナ。ほんとにすげーや、俺の彼女。
「・・・―――お゛ぉうぅっ・・・おぉっ、ふぐっ・・・おぉぅっアイナ様っ・・・―――っつ」
うおっグランディフェルの男泣きっ!!
「・・・」
「~っつ、~、~サーっニャっ、うぅサンっうぐっレッタうぅ・・・うぐっ・・・おれ、はっ、~っこの父をっ・・・!!」
あーもうっこんなに泣くならチェスターなんかに附いていくなよっあんたっ!! 顔を涙でそんなにぐしゃぐしゃにしてさぁっ。
「・・・あ、ありが、、、とうっ・・・ございっ・・・、サーっ、ひぐっニャをっ・・・、うぐっ、アイナっさま・・・お゛ぉうっ」
も、もう仕方ないな、もうっ。こんなものしかないけど・・・。と、俺は練習用の和装のままの懐に手を伸ばした。い、いつも木刀の刀身を拭く用のハンカチだけどさ。
「ほ、ほらよっ」
俺はぶっきらぼうに。
「おぉっ、ずびっ、かたじけないっ」
うっグランディフェルの鼻水が俺のハンカチにっ!! ひえぇっ涙と混じって透明の糸を引いてっ!!
「い、いやもうそれあんたにあげるから返さなくていいよ、っ」
うん、鼻水と涙まみれのをっ返されてもかえって俺がこまるかもっ(あせあせっ)・・・!!
「ケ、ケンタ殿下っ貴方様はなんとお優しいっ」
はいっ!?健太殿下!?貴方様!?
「健太殿下だってぇっ!?」
おい、さっきとぜんぜん態度が違うよなっ!?グランディフェル。
「う、うむっケンタ殿下貴方様はアイナ様の伴侶となられる婚約者であると、俺はアイナ様より聞いたのだっ!! では貴方様は、ケンタ殿下もしくはケンタ様と称するのが俺の道理でありまする」
婚約者、伴侶もちろんアイナの。でも、恥ずかしいぜ・・・なんか、それ、まだ、全然実感ないんですけど・・・。
「あ、お、おう・・・」
「貴方様から戴いたこの手ぬぐいは俺の、一生の宝となりましょうぞ!!」
一生の宝って・・・。すまん、やっぱりグランディフェルと俺はちょっとずれてるかもしれない・・・。
「あ、う、うん。だ、大事に使ってくれ・・・」
ちょ、ちょっとひいてなんて、ないよ?
「ケ、ケンタ殿下より賜った手ぬぐいを、つ、使うなど畏れ多いことでございます・・・っ!!」
涙と鼻水ででろでろなのにそんなに大事そうに折りたたんでっ俺のハンカチをっ。
「っつ(あせあせっ)」
ごめん、それほんとは俺の木刀を拭く雑巾のように使ってるハンカチでっ。でも、それしか拭うハンカチを持ってなくてっ!! 嫌味とか、嫌がらせでグランディフェルにわたしたものじゃないよ。ほんとだよ?