第三百七十九話 祖父の帰郷
「・・・、っ、、、」
そわそわと、修孝は右手をふらふらと、出したり引込めたり。。。
そんな様子の修孝を見て、美夜妃は。
「ふふっ♪修孝様っ行きましょう♪」
ぎゅっ、
「っ、っ/// お、おう美夜妃・・・」
っと、美夜妃は、修孝の、そのそわそわと、させる彼の手を取り、二人の姿は夕刻の雑踏の街中へと消えていったのだった。
第三百七十九話 祖父の帰郷
修孝と美夜妃この二人の放課後逢引より時間を遡ること、数時間前。太陽はまだ南天に向かって登りつつあり、まだ正午にも達していないときのことだった。
ちょうど今ごろの時間の修孝は、日下府にある公立の学校に、美夜妃は、私立の学園に通い授業を受けている頃だ。
修孝の通う学校は、ごくごく普通の公立の普通科高校である。修孝の友人である三条悠や九十歩颯希も同輩である。
一方、美夜妃の通っている学園は小中高一貫で、偏差値も高く、なおかつ親が高収入の家庭の子女が通う女子高である。
そのような十代の二人が、今はお互いの別々の学校に行っている時間のことであった。ちょうど日下宗家の屋敷の、その正門に一台の白い色の塗装の氣導乗用車が滑りこむように走ってきたのだ。
その白い塗装の乗用車は、屋敷の正門に近づくと徐々に減速、最後にブレーキをかけ、キっ、っと停まった。
その白い乗用車は、高級そうな見た目ではなく、外車のような立派な装飾の為された紋章も付いておらず、ごくごく普通の日之国製の乗用車である。
レトロな外装の氣導乗用車や、馬車、または鉄道のように、人荷を運ぶような軌道上を走る馬車軌道がまだ主流の日下国では、この日之国製の白い乗用車は、かなり珍しいものである。
白い車は、日下邸の正門前に停車してしばらく。
すると、がちゃり、、、っ、っと、後部座席の扉が僅かに外にずれる。乗用車の中から、乗っていた何者かが、外へと降りてこようとしているようだ。
白塗りの普通乗用車の扉が大きく外へと開き、、、、―――、タンっ、っと、軽快な音を立てて一人の人物が正門前の路上に降り立つ。
それは、赤い小さな履物を履いた小さな脚。
その人物は少女。それも、年端もいかない凡そその少女の年齢を見た目で推し量るとすれば、十歳未満であろう、しかも、その歳に届くか届かないかの幼い齢だろう。
その少女は、自身の身の丈の何倍もあるかという、まるで堅固に聳えるように建つこの日下宗家の屋敷の、まるで寺社の山門のような木の大きな正門を下から見上げる。
続いて車を降りる足音。それは大人のそれである。
少女はその人物を、自身の後からその白い車の後部座席を降りた初老の男を振り返った。
「、、、ふぅ・・・儂の供、ご苦労様じゃった行晃よ。あとで褒美を取らす」
初老の男は、自身の胸に手を当てて首を垂れる。
「勿体無きその御言葉っ。この日下行晃、有り難く頂戴奉ります、主様」
この後から車を降りた初老の男の名は日下行晃という。
「のう行晃よ。そちを、引退した自らの父を“でっち”に使うとは、儀紹の奴―――、くくっ」
赤い履物の少女は、その形には似ても似つかぬ、口角を吊り上げ狡猾な笑みを浮かべた。
「主様。貴女様をお出迎えするには、我が息子儀紹では少々、心許ないと、そう私が判断したしだいなのです―――、主様」
日下行晃は、この少女に取り成しの言葉を告げることもなく、ただただ彼行晃は頭を下げるに努めた。彼行晃はこの少女を妄信し、それはもう自身の中では崇敬、崇拝の段階に至っているのだ。
「さて、行晃よ。儂を案内せい」
「ハっ、主様。さぁ、こちらへ―――、」
「それにしても、・・・ふむ、いつ見ても大きいのぉう―――、くくっ儂の血じゃと思うと嬉しくなるわい、のう?行晃よ」
「ハっ、主様」
日下行晃―――。
それは日下儀紹の父であり、修孝の祖父である。年齢の頃は、耳順。白髪まじりの髪に、その口元には口髭。顎髭は剃られており、不潔感は覚えない。また彼のその服装は、江戸時代の剣客が着ているような和装であり、その腰には二振りの打ち刀が。いわゆる二本差し。
「この身体でここに来るのは初めてじゃ・・・」
一方で、この見た目に反して古風な言葉遣いの少女の容貌はというと、先に述べたとおり、歳の頃は十歳ぐらいだろうか。
この少女の前髪は、ほどよく真っ直ぐに、いわゆるぱっつんに切り揃えられている。また少女の後ろ髪は長く、少し色の付いた髪と眼をしている。
そして、左右の側頭部には、かわいらしくえんじ色の髪結いが留められている。
背丈はというと、この稚い少女は低い。その顔もかわいらしく、きっと笑えばもっとかわいらしいことだろう。
またこの少女が着ている服は、スーツような礼服ではなく、制服でもない。上下とも今の日之民が着ていないような和の装いである。つまり着物姿。その色は、桃色。
「さて、儀紹のもとへ案内してもらおうかの、行晃よ」
「ハっ、主様」
日下行晃の案内で、この年端もいかぬ幼い少女は、その白との濃淡の着いた桃色の小さなかわいい着物姿で、その桃色の裾をひらひらとさせながら、日下宗家の屋敷の門を潜ったのだった。
誰かがこの二人を傍から見れば本当に、孫娘を連れた祖父にしか見えないことだろう。
この少女と修孝の祖父行晃が、日下宗主の屋敷に到着してから―――、
―――、数時間後。
二月の冬の空は日が短く、太陽はもう沈み、辺りは既に薄暗い。ガス灯の灯火が、淡い黄色の光を灯して、日下府の街を淡く照らし始めた頃だ。
そのような中、美夜妃と一緒に、自宅に帰って来た修孝。その修孝の右手には封筒色をした紙袋。その紙袋には、衣料店のロゴマークが付いてある。
通用門をくぐり、その玄関先。
「・・・?」
ふと、修孝は。
修孝の視線が自身の足元の先へと下がる。修孝の視線は、玄関口にちょこんと置いてあった小さな草履のような赤い履物に釘づけとなったのだ。
いつもはこのような、小さな赤い履物など玄関口にはない。誰かが、自分の家を訪ねてきたのだろうか?それも、この履物の大きさならば、きっとその人物は小学校低学年ほどの子どもである。
「修孝様?」
修孝のすぐ後ろには美夜妃。
美夜妃は、先に玄関から屋敷に入った修孝の動きが止まったのを、やや不審に思って、彼に声を掛けたのだった。
「あ、いや美夜妃。ここに小さな赤い履物があるが、、、」
「え?」
ひょこっと、美夜妃は、その長身の修孝の背を越えて視線は追い越せず、修孝の右肩先から脇にその顔を出した。
「見てみろ、美夜妃。ほら」
「本当ですねー、修孝様」
美夜妃は、修孝の言うその赤い履物の存在を見止め、へぇ、っと肯いた。
「・・・」
誰か、おそらく小さな子どもが、家を訪ねてきたのだろう、と修孝は想像がついた。
「お客様ですよね・・・、修孝様」
「あぁ、たぶんな」
金曜日の夕刻。明日の土曜日は、学園は休み。学校帰りのウインドウショッピングから帰って来た修孝と美夜妃は、門の敷居を跨いだのだった。
「―――」
すたすたすたすた・・・、っと落ち着いたような静かな足音。
玄関にいる修孝には、その足音が、そして、何者かがこちらに、自分達のほうへと向かってくる気配に気が付いた。
その足音からは敵意や害意といったものは感じられない。敵意や害意を持つ者のその雰囲気と言おうか、そういった物々しく騒々しい足音には聴こえない。
木の床の廊下の角を曲がり、その足音の主が修孝の視界に入った。その者の齢は耳順の頃。いわゆる六十歳前後である。清潔感のある整えられた口髭。落ち着いた、だが修孝と似ている、少々鋭い眼差し。
「・・・っ、」
帰宅した修孝の姿を見止めると、その初老の男性の表情に、ニッ、っとした笑みがこぼれる。柿渋染めの着物で和装。足は白足袋。だが、丸腰で、今の、初老の男性こと行晃は腰に刀は差していない。
行晃は、修孝の祖父であり―――、
「っ・・・!!」
―――、修孝もよく知る人物である。