第三百七十七話 父の秘計
美夜妃は嬉しそうに、自身にこう言ってくれる。修孝は常々、自身で、美夜妃は自分にとっては過ぎたる嫁、、、いや自身にはもったいないほどの許嫁であると思っている。
「そう、だな。だが、、、俺はどうも、、、。自分の事だが、どうも・・・」
自身の異能に関して、しっくりとしない、もしくは納得がいかない修孝だ。
自身の『予知夢』で、自分と、美夜妃の未来を視てしまうという恐怖―――。
第三百七十七話 父の秘計
ずずいっ
「修孝様っ美夜妃は貴方様の許嫁っ。遠慮なさらずにこの美夜妃を使ってくださいませっ!!」
「・・・っ」
美夜妃には、すこし、ちょっとだけ、おせっかいなところ、甲斐甲斐しく自身を世話しすぎるところにすこし鬱陶しさ覚えるが、そこは、かわいさがあっての一興。
「ささっ修孝様っさっそくお眠りいたしましょう♪ さ、ねんねねんねっ♪」
ささっささっ、これまた一枚座布団を手で取って、身の丈六尺の修孝でも余裕に寝転がれる座布団合わせて四枚を、道場の隅に敷いた。
茶色と紫色の座布団を交互に並べて、美夜妃は―――、
ポンポンっ、っと、座布団の上を軽く叩いた。
「はいっ修孝様っ♪ 寝床の準備ができましたよっ♪」
美夜妃は、楽しそうに自分が敷いて並べた座布団をその右手に叩いて、修孝に座布団並べて四枚の上に、寝転がるように促した。
美夜妃のその様子を見た、見ている修孝。
「、、、・・・おいこら、美夜妃」
修孝は、・・・・・・、っと、半ば呆れたようなその眼差しになり、美夜妃を見た。
「修孝様? ―――・・・っ!!」
ハッと美夜妃。
修孝に指摘されて、されたときには、なぜ自身が修孝に“おいこら”と言われたのか、その理由が解らなかったが、すぐにハッと、美夜妃は、なぜ修孝が自分自身に注意をしたのかを理解した。美夜妃は、聡いのである。
「枕ですねっ修孝様っ」
聡いが、その考え出す答えは、浮世離れしたかのような少し斜め上をいっているのが、美夜妃のいいところで、修孝自身が内心で、かわいいな、と思っているところでもある。
ささっ、っと、美夜妃は流れるような美しい動作で正座から立ち上がり、敷いた座布団の上座へと。ちょこんっと、美夜妃は、座布団の端に正座した。
どうやら、枕がないので、その代わりに自身の膝を枕代わりに使えということらしい。
「ささっ修孝様っ美夜妃の膝へどうぞっ♪」
修孝、、、。
だが、どうやら修孝自身の考えは、“美夜妃よ、枕を寄越せ、そなたが俺の枕になれ”ということではないようだ。
「、、、いや、だから美夜妃よ・・・」
修孝は、やや呆れ顔になり、左手で修孝は自身の鼻骨を挟み、押さえつつ、、、
「はい?修孝様・・・?」
彼女自身は、大鳳家の家に生まれ、日下家に嫁ぐことが“家”により宿命づけられていた。
日下国にある大鳳家も旧い家である。
大鳳美夜妃というこの彼女は、日下修孝という、日下国の国主の血統たる彼に嫁ぐことが、周りの両親を含めた“大人達”によって決められていた。
年頃になったときに、いつでも日下家嫡男である修孝に嫁いでもいいように、俗にいう“花嫁修業”という旧家ならではの、旧い風習にも似たしきたりを叩きこまれたのである。それにより、修孝に限ってだが、聡いのだ。修孝という人間の心の機微が解るのだ。
彼女大鳳美夜妃は、日下修孝という彼のことが好きである、それは愛していると言って過言ではない。日下修孝と初めて出会った、、、いや、大鳳家の大人達によって引き合わされたのは、まだ彼女自身も、彼修孝自身も、幼いときのことであり、ちょくちょく、度々会っては、大人達は度々幼い二人を会わせて、二人の相性の良さや二人の仲の感触を測ってきた。
結果、修孝と美夜妃二人の相性は、悪くはなかったのである。むしろ、美夜妃のほうが修孝に惹かれた、といってもよいだろう。
三年前よりこの大鳳美夜妃という少女は、日下宗家の屋敷に住んでいる。今や、日下家の皆々、そして、修孝の、三条悠や九十歩颯希をはじめとした彼の友人達の間では、大鳳美夜妃という少女が、“修孝の許嫁”であることは周知の事実である。
「寝んぞ、俺は」
そう。美夜妃の行動原理の中心には、彼女の真ん中には自分日下修孝という人間がつねに居る。これだけ、俺の為に尽くしてくれる美夜妃、ということが、修孝の心の中にはあった。
修孝の初恋の相手が、美夜妃という女性でなくて、九十歩颯希という人間であっても、既に修孝の心の中は、颯希よりも美夜妃という女性の存在のほうが大きくなっている。
「修孝様。美夜妃の異能を使えば、修孝様は自身の本当の異能を知ることができますし、美夜妃は修孝様の役に立てて嬉しいですっ♪ いわば、ウィンウィンの関係っ 修孝様と美夜妃の愛ある好き好きの関係っ きゃーっ♡♪」
そして、美夜妃のこの発言。
「・・・っ/// ん゛、、、いや、美夜妃。本当にいいんだ、俺は。美夜妃お前の異能は、貴重ものだ。このようにみだりに使うな。・・・俺は、お前のその気持ちだけで、充分嬉しい・・・っ///」
修孝のこの発言。美夜妃は、修孝のために自身の貴重な異能を使うほど修孝を慕っており、彼のために尽くしたいのだ。
この美夜妃の気持ちを修孝は理解しているからこそ、修孝は恥ずかしそうに赤面したのである。
「修孝様、、、」
「、っ、///・・・―――」
美夜妃の気持ちを知っているからこそ、修孝はその頬が、にやりと綻んでしまうのを、咳払いで誤魔化し、己の表情の変化を必死に我慢していた―――。
///
修孝と美夜妃、そして野添碓水。この三名が集まって修孝が自身の夢のことを話した数日後のことである。
野添碓水は、主たる日下儀紹と密談できるように、儀紹に段取りをつけてもらい、今はその両者が互いに話し合っているその場面である。
「ほう、修孝の異能が『予知夢』であるとな」
「はい。おそらくは、お館様」
その夜半のこと、野添碓水の姿は日下 儀紹の側にあった。日下 儀紹という人物は、野添碓水自身の主であり、修孝の父親でもある。
「でかした碓水、褒美を取らす」
「ハっ、有り難き幸せに御座います」
正座の野添碓水は、綺麗な所作で、上座の自身の主に首を垂れた。
「なるほど、碓水よ。アレの異能は―――、『予知夢』、、、か」
にやり、、、っと、修孝の父日下儀紹のその右の口角がやや吊り上がった。父儀紹の言う“アレ”とは、自身の嫡男である修孝のことである。
「お館様、修孝殿の異能が『予知夢』だとして、その修孝殿が毎夜見る夢ですが・・・」
、、、野添碓水の言葉は尻すぼみとなり、だが、腹心の部下である野添碓水の言いたいことは、日下儀紹には伝わっているようで、ややっ、っとおもむろに彼は口を開く。
「火事、、、いや、大火。それも戦火に舐められる我らが日下の首府の、夢か―――。碓水」
「はい、お館様」
「、、、」
ふぅむ、、、っと、修孝の父である儀紹は、自身の胸の前で両腕を組んだ。今の季節は初春の二月、夜も更け儀紹が着ている朽葉色の冬物の着物が映える。
「―――碓水よ、イニーフィネ皇国で起きようとしている内紛。それはチェスター第二皇子率いる強硬派による事変。そして、信吾からの報告にあった日之国政府中枢の不穏な動き・・・」
「お館様?近角殿よりの?」
「うむ、碓水、数日前のことだ。日之国政府警備局の内部に潜入している信吾より、日之国政府指導部が、第六感社中枢と水面下で度々の接触をしている、との報告があった」
「なんと第六感社、、、ですと!? あの表向きは真っ当な企業に見えて実は軍需企業の?」
「そうだ。そこにきて我が嫡男修孝の異能予知夢の発現か、、、。これはひょっとすると、修孝を巧く使えば、状況の先手先手を取れ、我が敵となる者の裏をかくこともできるやもしれんな。・・・っ」
にやり、、、っと、儀紹のその口角が吊り上がり、愉しそうな悪い笑みを浮かべる。
「、、、」
野添碓水は、儀紹の言葉に耳を傾け、だが、ある意味でそれは修孝に、彼の望まぬことを強いるものであるかもしれない、ということを理解したのだ。
「碓水。我が嫡男修孝の、夢の進捗状況を訊きとり、アレのその様子をいつも気に掛け、逐一私のところに、修孝の夢の報告しにくるように。いいな碓水」
「ハっ、お館様」
そうして、野添碓水は、見事な所作で、主の前から音もなく足を立て、辞しようとしたときだ。
「待て、碓水」
儀紹はハッと思い浮かべたことがあり、自分の前から下がろうとした野添碓水を呼び止めた。
「はい、お館様」
「アレに修孝に、口止めをさせておけ。自身の異能が『予知夢』かもしれないということを。知られれば邪な、修孝を利用せんとする輩が近寄ってくるかもしれぬ、だから気を付けるようにと、アレに言っておけ」
「ハっ、畏まりました、お館様」
そしてすぐに野添碓水は、音も立てずに主である日下儀紹の自室を辞した―――。