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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三十一ノ巻
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第三百七十五話 彼の視る夢

「太刀筋に迷いがありますな、修孝殿」

 八相の構えのまま、野添碓水は修孝に問うた。



 上座の野添碓水のその言葉を肯定と捉えたのか、修孝は僅かに肯く。言葉は発さず、っ修孝は肯くだけに留めた。

「―――」

 すっ、っと、修孝は無言で、自身の真剣を、正眼の構えから下した。真剣を下段に構え改めたというわけではない、この修孝の行動は。

 刀を納め、野添碓水と斬り合いの修練を行なうことを、一時中断したということだ。


第三百七十五話 彼の視る夢


 修孝は正眼の構えを解いた―――。


 野添碓水に、そして、美夜妃にも聞かれてもいい、と自身で判断したのか、修孝はおもむろに、その口を開く。

「なぁ、碓水。俺の話を聞いてくれるか―――?」

「修孝殿?」

「あぁ、、、ぜひ碓水の意見を聞いてみたいんだ、俺は」


「―――」

 まさかの真剣稽古を一時取り止めてまでの、修孝のその思い詰めたかのような、目の色と声の色。

 野添碓水の知っている修孝は、たとえどんなに思い詰めていようが、その表情に判るほどの感情の色は出さない青少年である。


 野添碓水は修孝とは長い付き合いである。野添碓水自身、刃を交えていた修練のときより、この修孝の様子の変化には気づいていたようである。

「はい、もちろんですとも修孝殿」


「あの、修孝様。美夜妃は、外に―――」

 美夜妃は、座布団の上を崩し、立ち上がろうと、

「いや、美夜妃お前もここにいてくれ」

 だが、修孝に乞われて、美夜妃は座布団の上で崩しかけ、立ち上がろうとした足を元に戻し、座りなおした。

「はい、修孝様」

 修孝の自身への対応に、美夜妃が嬉しそうな表情になったのは、気のせいではあるまい。

 修孝は、自身に気を遣って道場から退室しようとした許嫁の美夜妃も一緒に居るよう留めたからである。

 美夜妃にしてみれば、『お前もいてくれ』と言ってくれた修孝のこの行動は、心を温かくするものであった。



 真剣な面持ちの修孝。

 ぽつり、っと―――。

「なにか、・・・きな臭くなってきたな。なにも起きなければいいが・・・」

 こう切り出した修孝は、そのやや心配そうな、物事を憂う眼差しになって、その視線をやや自身の足元に落とす。


「と、申されますと?修孝殿」

 対する、一方の野添碓水はというと、自身の仕える主日下 儀紹の息子である日下修孝を見詰めたまま、彼修孝の真意が読めず、野添碓水は、修孝のその言葉がすとんと自身の胸に落ちず、要領を得ないという具合である。


 そこで、修孝はそんな野添碓水に、

「政変だ」

 口を開いた。


「政変ですか・・・?修孝殿、、、」

 だが、野添碓水は言葉少ない修孝に、ややきょとんと見せた。野添碓水は、“それだけの言葉では解りかねます”、の、そのような表情を見せて、対する修孝に示して見せたのだ。

「隣の皇国、のだ」

 つまり、修孝の言う政変というのは、日下国のことではなく、日之国のことでもなく、五世界の一つであるイニーフィネ皇国の政変のことである。


 修孝達の住む日之国系日下国の隣界、イニーフィネ皇国内の不穏な動きのことである。

「あぁっ」

 ぽんっ、っとまるで相槌を打つように、合点が言ったとばかりに、野添碓水の中で、その出来事が繋がり、(のぞえ)は肯いた。


「今は、俺達や日之民に友好的なイニーフィネだが・・・。きっと―――、」

 きっと―――、皇族内の強硬派・過激派による軍事的政変が起こる、っと紺色の道着姿の修孝は呟いた。

 たったそれだけの修孝の言葉で、彼修孝が言わんとしていることを、野添碓水は理解した。そして、野添碓水は、口を開く。


 最近は在日下国イニーフィネ人の間でも、故国の政情に対する悪い噂を口にする。

 強硬派の実質上の頭目チェスター第二皇子が内紛を熾そうとしているとも、ルストロ第一皇子が、治安維持のために反体制・反融和派の者達を捕られて回っている、とも。


「まさか、修孝殿。万が一、武力による皇位簒奪(さんだつ)が起こり、対日之国強硬派の人物が皇国の実権を握ったとしても、いきなりの日之国への軍事侵攻はありますまい。きっとせいぜい我ら日下の民の、イニーフィネへの入境制限ぐらいでしょう」

 はははっ、っと野添碓水は苦笑交じりで。


 だが、修孝は納得できない、腑に落ちないと言ったような、その固い表情を崩さない。

「だと、いいがな碓水。―――、・・・」

 修孝は、ぎゅっ、っと、その柄を握る右手の拳に力を入れた。その視線は、未だに憂いを帯びたものだ。


 野添碓水は、修孝とは付き合いが長い。修孝の父たる儀紹より、“我が息子修孝の剣術指南役はそなたが務めよ”と仰せつかってより以来、修孝が幼少の頃より、彼のことを知っている。普段の修孝は口数少なく、誰かに、たとえ許嫁である美夜妃にも、自身の悩みを相談することはめったになく、悩みを内に溜める性分なのだ。

 彼修孝にはその性分は大いにあるだろう、だが、修孝はわざわざ自分に、自身のことを話して聞かしてきたのだ、と、野添碓水は、珍しく思った。


 だからこそ、野添碓水は、もう少し掘り下げてみてもよいか、と思って、その口を開く。

「修孝殿、なにか気にかかることがありますな?」

「・・・―――、」

 だんまり。

「その顔はそう申してありますぞ、修孝殿。何なりと、この俺野添碓水、修孝殿の恋の悩みを聞きましょうぞ。おっと恋の悩みであれば、近角信吾殿が適任ですなっはははははっ♪」


 一方で、

 ひゃっ、っとした人物が一名。

「こ、恋の悩みなのですかっ!?修孝様っ」

 やや焦った声色とその行動の美夜妃である。


「ふんっ、信吾、、さん、はもう日下国にはいない。だが、まぁそうだな、碓水。それから、美夜妃も。だが、俺の気掛かりは断じて恋の悩みなどではないが―――・・・、」

 そうして、修孝は、訥々(とつとつ)と、だが、はっきりとしたはきはきした口調で、野添碓水と、そして、許嫁である美夜妃に、自身が気掛かりに思うことを語り始めたのだった。




「ほう、夢を、ですか?修孝殿。それも、とても事細かに」

 修孝は、肯く、はっきりと。

「、」


 日下修孝と野添碓水。二人とも既に、練習用の真剣をその鞘に収めており、道場にて座布団の上で胡坐をかいて座っている。

 そして、修孝のすぐ左脇には、許嫁の美夜妃が座布団の上に正座をして、修孝の、そして、修孝の語りに相槌を打ち、二言三言返す野添碓水のその様子を見聞きしていた。


「日に日に鮮明になっていく、そんな夢を見る。―――、ここ日下の街が燃えている・・・赤々と、な。そんな夢だ」


「へぇ、、、夢見ですか、修孝様・・・」

 っと、美夜妃は、修孝と一緒に、修孝が毎夜見る夢のことを考え、


「ふむ・・・」

 野添碓水もまた、考える仕草を見せ、その右手の指を自身の顎を持っていった。


「あぁ、美夜妃。最初に俺がその夢を見たのは、十日ほど前だっただろうか・・・。初めは、赤々と炎が燃える、ただの”火”の夢だった。だが、美夜妃。日を追うごとに―――」


 修孝は、許嫁の美夜妃と、自身の御守役に等しい存在である野添碓水に自身の夢見を、訥々とまた再び語り始めた。

 自身がその火の夢を初めて見たのは、十日ほど前のことであり、日を追うごとに、それは鮮明な火事の夢と成り、

 三日前には、自身が夢で見る街が、この日下府であること。昨夜は最悪だった、、、燃える日下府、灼け落ちる街、古都である日下の街を舐める大火―――。

 火に覆われる、炎が舐める木造の伝統家屋。焼け崩れる馬車に汽車。そして、自身の日下宗家の屋敷も紅蓮の炎に包まれ、灰燼に帰す夢。そんな日下府の大火の夢。


「今日俺は、日下府の燃える様が、ただの火事ではなく、、、戦火であることを、悟ったんだ―――、」



「修孝様、、、」

「・・・」



「―――、俺は、毎夜見る夢が・・・。日に日に鮮明になっていく夢の光景が、戦火に燃える日下の街であるということを理解したとき―――、」

 修孝は言葉を選びつつ、

「―――、俺が、毎夜見るこの鮮明な夢は、ひょっとすると・・・、正夢かもしれんとそう思ったんだ」


「「・・・」」


「碓水。美夜妃。俺の夢の話を聞いて、お前達はどう思う?俺が毎夜見るこの鮮明な夢は、いったいなんだと思う? 俺は、俺の話を聞いたお前達の意見を知りたいと思ったんだ」


 美夜妃と野添碓水は―――、

「、っ、」

「! 、、、・・・、」

「・・・―――」

「はい、野添さま」

 ―――、目配せで互いの発言を譲り合い―――、

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