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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三十一ノ巻
372/460

第三百七十二話 或る剣士の半生を語っていこう―――

 右を振り向いている右の男子生徒、悠というやつのその横顔が俺に見える。なぜなら、すぐ脇に追いついた先ほどの女の子、、、たぶんその名前は颯希というんだろう、その女子生徒と話をしているから。

「いや、ほんとの話。お前なら力ですぐ俺達に追いつけるだろうって」

「私の“力”はそんなに安くないんですー、べぇーっ!!」

 少女颯希は、だが楽しそうに、右の背の低いほうの男子悠に向かって、あっかんべー。


 やがて、歩いていくその三人の姿は遠くなり、小さくなって、俺は彼ら三人の姿を見失ってしまったんだ。



第三百七十二話 或る剣士の半生を語っていこう―――


「えっと―――、ッつ」

 ハッと、俺は気づいて。


 のんびりとこの三人の楽しそうな様子を眺めているわけにはいかなかったっ!!

 そうだ!!あいつらに、ここがどこなのかを訊きに行くんだった!!

 俺は足を踏み出し、しばし経ち、

(そういえば、さっきの三人はここの路地を左に曲がったよな?)

 俺は三人が見えなくなった地点まで歩いて至り、、、そこは、この赤煉瓦拭きの商店街の道が途切れて、十字路になった交差点付近だ。頭上のアーケードがなくなる商店街の端。


「いない・・・」

 でもすでに、あの三人の姿は見えなくなってしまっていた。まだ、きっと遠くには行っていないだろうけど、まぁいいか。捜すのも苦労するだろうし。手短にいこう。

 仕方ない。道行く他の人に訊くか。


 おっ、ちょうどいいところに、身なりのいいスーツ姿の三十代くらいの男の人が、かつかつ、とその黒い皮靴の足音を響かせ歩いている。

 口髭を蓄え、頸元は蝶ネクタイ。その手には黒いステッキ、そして、形が整い堅そうなシルクハットを頭に被った若い男性だ。

 そして、その暗色のスーツの上から、丈の短いマントのような衣服も着ている。

(なんか、ちょっと少しモダンなスーツ姿の男の人だな)


「あの、すみません―――、」

 俺は適当に、近くを通りかかったその人を呼び止め―――、



「―――」



 すたすた―――、とだが、俺のすぐ脇を通っていくこの男の人は、俺の呼び掛けに立ち止まることはなく。

「―――、あれ?」

 ―――だが、すたすたと去ってしまったぞ?

 スーツ姿の男性通行人は、俺をちらりと見ることもなく、一瞥することもなく、立ち去って行ってしまった。

(ひょっとして俺の声が、聴こえなかったのか?)

 俺を無視するにしては、あまりにも反応がなさすぎる。まるで俺の姿が見えていないかのような全くの無反応ぶりだ。


 それとも―――、

「まさか、俺が観ているこの光景は幻か?」

 ん。確か天雷山の参道は、あのごつごつと礫だらけの道。俺はあそこにいたはずだ。神殿に向かって急いで走っていたはず!!

 だったら足元の感覚は、礫、石ころだらけの歪な足裏の靴底のはず!!

「―――」

 俺は目を閉じ、、、足裏の靴底の感覚に、神経を集中させ―――、

「ない・・・」

 あの天雷山の神雷の大地の、荒涼とした高山の土地。そのごつごつとした礫を踏む感覚もなければ、その靴底の感触も足裏で感じない。

「・・・っ!?」

 どうなってんだ!?俺は確かに今まで神雷の大地にいたはずだ。


 まさか―――、そんな―――。

「ッツ」

 ダッ、っと俺は弾けるように飛び出した。上半身が前のめりになるほど、足がもつれそうになるほど全速力で。

 ―――。俺は気づいたんだ。

 脚を交互に前へ前へ、と急ぎ駆け、俺は走った。

 走った。走った。駆けた。駆けた。

「うそだろ・・・!!」

(そんなバカな―――!!)

 焦り。

 焦燥感。

 危機感。

 恐怖感。


 俺自身が“まさか”と思ったその事象から逃れるため、逃げるために、俺は、この煉瓦敷きの商店街を、ここから抜け出すためにだけに全力で、全速力で走った。


 この商店街のその終わりのないアーケードの道を抜けんとし、この『幽世』の、その綻びを視い出し、視つけ出し―――、

「っ!!」

 ホォ―――、っと幽かに、この『選眼』で視出したこの向こう側の、『現実の場所』の風景。荒涼たる高山の大地。そこは、天雷山の、神雷の嶽の光景。


 シメた!!視得たっつ。


 俺が必死に視た視得た“霧の見せる夢”のようなこの世界の向こうに、現実の世界が。

 俺のこの“眼”に視得てきたんだ、現実の世界が。

 今まで俺が、俺達が『十二傳道師』達と戦っていた本当の世界。

 天雷山という高山気候の紺碧の青い空。

 その赤茶けた大地。 


 俺がさきほどまでいた神雷の嶽という本当の世界だ。女神フィーネの聖なる神域、その雷基理を祀る白亜の石造り神殿さえも、遥か遠く白けた今俺がいる世界の向こうに薄らと視得る。


 俺は解った悟った理解した。この事象を。俺が今どこに居るのかも。

「ふっ、ふざけんな日下ッ―――」

 お前が俺に見せたお前の世界。あんな平和で平穏な世界がいいと言うのなら、あの学生服姿の男女の三人。あの仲に日下修孝という人間は居たんだ。

「―――、それが望みだというのに、なんで今お前は『こんなところ』に居るんだよッ!! 答えろっ日下修孝ッ!!」

 俺はそいつに向かって、この『幽世』を産み出した本人に向かって大きな声で叫んだ。



 サァァァ―――、


「追う霧は、人の夢をば、霧の郷―――。日下流霧雨抜刀術。『幽世夢霧ノ郷』」



 だが、背より掛かる彼奴の声。その彼奴日下修孝の、はっきりとした力強い声。それでいてどこか、もの悲しさをも覚えるその声音―――。

 奴はどこにいるッ!!

「ッツ!!」

 バッと、勢いよく、後ろを振り返ってみても、日下修孝の姿はなし。


 白く深い霧が再び、天雷山の神雷の嶽を、いや、正確には俺と、そして、日下修孝を、その“霧が魅せる夢”に。彼の者日下修孝の“夢霧”に鎖す。


 白。白。白。

 霧。霧。霧。

「・・・、、、~~~」

 肌に纏わりつくような、服を湿らせるような、深い霧。肌に、そして、心に纏わりつく不快な湿気。


“じぃ―――、、、”

「っつ」

 くっ、何者かに、陰から密かに見つめられている嫌な感触。

(当然これは、日下修孝が俺を見つめている彼奴(みちたか)の視線だよな)


 こんな深い白い闇のような霧の中から日下修孝が、

(まさか、斬り掛かってくるとか、か?)

「―――」

 神経を集中、俺は周りに意識を高める。

(どこからくる!!日下修孝ッ)

 この夢霧とかいう濃霧の中、いつ日下修孝が俺に斬り掛かってきても、その日下修孝の抜刀の氣の流れ、その仕草が、所作から出る僅かな音をも漏らさないように。


 サァ―――、、、っと。

 だが―――、

「!?」

 俺の予想を裏切るように、濃い霧が、薄くなって晴れていく。


「ここは、、、」

 今度はどんな光景を俺を見せようというんだ、日下修孝・・・!! お前は一体なにをしたいんだ?俺をこんな幽世みたいな空間に鎖して、こんな光景を俺に見せて。

(なんとなく、、、ほんとになんとなくだけど、なんで俺の実家に似ているんだよ、日下修孝の家っ。でも、俺ん家よりもずっとでっけー!!)


 白い濃霧が晴れて次に、俺が佇んでいたのは、和風の家。俺はその家の中庭から大きく空を見上げるように仰望した。


 空はどんよりとした鉛色の雲に覆われた曇天。青い空も太陽も、その日の光もない。いつ大粒の雨が降ってきてもおかしくはない濃い曇り空の天気だ。

 そして、めちゃくちゃ大きな木造の旧家。

「―――」

 燻銀の色をした瓦で葺かれた、とても大きな日本家屋のお屋敷だ。一方で中庭より後ろに目を向けると、その中庭には点々と平たい石が埋め込まれており、そこを歩いて屋敷内に入るようだ。

 そして反対側、その点々と続く石の道を外へと辿れば、大きなまるで山門のような木材でできた扉へと続く。


 ぎぃ―――、っと扉がゆっくりと擦れて開く音。

「っ!!」

 大きな木の門の、向かって左側には、小さな勝手口が着いている。そこが、古い木材が、そこに備わった、古くやや表面が赤茶色く錆びた蝶番(ちょうづがい)が擦れるような、ぎぃ、っという開く音がしたんだ。

(日下修孝だ!!)

 制服姿の日下修孝が、その勝手口を外から開いて帰ってきたんだ。



 てくてくてく―――、、、っと。

「・・・」

 木の門扉を潜り屋敷内に入ってくる、、、いや帰って来る人影だ。



「あいつ、やっぱり・・・」

 無言の日下修孝だ。脇にいる俺に、視線を向けることはおろか、瞬き一つしない。

(やっぱりこの学生時代の日下修孝には、俺の姿は見えていないんだな。いや、『今の俺』を感知できないのかもしれない)

 日下修孝は、相変わらず俺がいることには気づかないようで、たぶんこの光景は、妖刀霧雨が俺にだけ見せる『過去視』のようなものだろう、きっと。

 っつ。

(ひょっとして、、、干渉できないか?この妖刀霧雨が造り出した『幽世夢霧の郷』に俺は、干渉できないんだろうか・・・?)



 てくてくてく、っと、ここに佇む俺を追い越して、いや、屋敷の中に帰宅しようとしている、日下修孝のその学生服のその背中に、その肩に―――、

(手で、日下修孝のその肩をたたいてやろうか?)

 俺は自分の何一つ変わらない開いた右手を顔の前に出して見詰める。

「―――」

 ―――、この手で、あいつの右肩を叩いて、日下修孝を俺に振り向かせることはできないのか―――?

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