第三百六十四話 日下流霧雨抜刀術、霧雨水燕番い燕、背水斬疾
第三百六十四話 日下流霧雨抜刀術、霧雨水燕番い燕、背水斬疾
「小細工は通じんぞ、小剱。秘刀―――霧雨水燕」
ヒュン―――
斬―――。
日下修孝のやや苛立ちを含んだ声。その奥儀の口上を聞き―――、
俺は、すぐに思考を切り替えた。羽坂さんとのやり取りを思い出していたことを止めて、目の前に集中。
「ッツ!!」
日下修孝の霧雨の濃霧の、その虚霧の煙霧を、ボフッ、っと。その内から切り裂いて、三日月型の水氣の斬撃『水燕』が飛んでくるッツ!!
シュバン―――ッ
バツィィィィン―――ッ
「、、、っ!!」
ずぞぞぞぞ・・・!!
烈しく恐ろしい、、、水の音。
たとえば、バケツ一杯の水を堅い、たとえば手近の地面やコンクリート壁にぶち撒いて、“バッシャーンっ”と、いう水塊が弾ける音の勢いの範疇を既に超えていて、まるで災害級の高圧水流、、、。
岩や鉄板を削り圧し潰すほどの強い勢いの高圧水流の斬撃が、俺のいわば岩板楯である『魔礫牆、六角充填』にぶち当たり、楯を揺らし、しとどに濡らす。
『魔礫牆、六角充填』の岩楯にぶち当たり、水滴と飛沫になった日下修孝の『霧雨水燕』は、再び霧氣となり、その状態になった『水燕』は、日下修孝の『虚霧』の結界へと還流していくようだ。
日下修孝あのやろう・・・、、、。
あんなとんでもない勢いの水の斬撃を、『魔礫牆』に止め処なく打たれたら、こっちがどんどんジリ貧になっていくってのっ!!
こっちは、ずっと氣を『大地の剱』に供給しながら、しかも『魔礫牆六角充填』を行使し続けなければならないのに・・・!!
俺の氣と体力の消耗が半端なく大きい・・・っ!!
「く、そ・・・、、、」
さて、こっちは、どういった手で打って出るか―――。
例えば、『魔礫牆六角充填』の外に俺が出て、土石刃を撃てば、、、。そうすれば、必ずあいつは、俺のその隙を突いて、また、さっきの鉄砲水のような勢いで、それが一点の刃の斬撃に集中しているとんでもない威力の水氣の斬撃を繰り出してくるよな?
う~ん、、、そうだな。
だったら―――
「まだだ小剱、俺の業を耐えて見せろ―――ッ。『霧雨水燕―――」
と、俺が思案を巡らしているまさにそのときだ。
「ッツ!!」
『霧雨水燕』という日下修孝の口上。しかも、自信満々と言った声色で。それが俺の耳に聴こえたんだ。もちろん、あいつの霧の世界の『虚霧ノ郷』その濃霧の中からその声が。
ヒュンヒュン―――、長大な太刀を揮う空気を切り裂く音が、霧に煙る日下修孝の『虚霧ノ郷』の内より聴こえた。
「―――番い燕、背水斬疾」
ボウッボウッ・・・、っっと日之太刀霧雨が造り出した日下修孝の霧杳なる結界『虚霧ノ郷』を、切り裂いて、その内より二振りの水氣の斬撃が飛び出してくる・・・!!
無論“そんなこと”解ってるッ!!日下修孝は本気で、
「ッツ!!」
俺を“斬り裂き殺す”水氣の斬撃を放ってきたってことぐらいは、なッ!!
シュバン―――ッ
バツィィィィン―――ッ
ビシ―――ッ
(なに・・・ッツ)
俺の魔礫牆がッツ!!
六角形のその表面に亀裂!! 日下修孝の『霧雨水燕』のあまりの水氣の勢いに、その斬撃に。
「っつ・・・、」
嫌な音がしやがった・・・っつ。
それは、日下修孝の『水燕』着斬線から。魔礫牆のそこに走った一筋の罅。岩が水の衝撃に悲鳴を上げ、削れ、割れたときの亀裂音。
でも―――、
ん?
気配がしたんだ。俺はその気配を辿り、、、
「??」
いや、後ろ・・・?背後??
俺は、振り返り・・・。『魔礫牆六角充填』とは、正反対つまり、日下修孝と相対している前方ではなく、俺の後方を―――。
「ッツ!!」
見れば、、、もう一つの水氣の斬撃が・・・!! 今まさにその斬撃が、俺の背後から飛来していてきたんだ!! まるで攻撃ドローンのように気配もさほどなく、静かに、でも、確実に。そして、かなりの疾さ!!
『選眼』の一つ『先眼』を行使しても、、、水氣の斬撃『水燕』の速力はかなり速い!!
「―――、、、・・・ッツ!!」
これは当たる・・・!! 確実に俺の、振り返ったちょうど俺の右肩先に、そして、水燕は。俺の心臓を断ち斬り、左胸肋骨を断ち斬って、、、。
このままいけば、この水氣の斬撃を放っておけば、、俺は、日下修孝の『水燕』の前に即死だ。
ギャリンッツ
「ッツ!!」
咄嗟に、振り向きざまに日下修孝の『水燕』を薙ぎ払うッツ!! 氣を高め、大地の剱に魔砂を通わせ、日下修孝の『水燕』を迎え撃つように薙ぎ払った。
ぼごっ、、、っと。
俺の、魔砂を伴った大地の剱の斬撃と交錯した水氣の斬撃『水燕』。その三日月型の水の中に砂が混じり、、、
「・・・」
いや、違うか。砂が水を吸うように―――、乾いた夏の砂浜の上に、水を落としたのと同じように、日下修孝の『水燕』を相殺。
なんともなってないよな? 水氣に触れてただ大地の剱が濡れただけだ。
びゅ―――っ、
「―――」
っと、俺は、刀に着いた血糊を払うのと同じ動作で、日下修孝の水氣を振るった。
だが、今の水氣の斬撃『霧雨水燕』を、、、。それをうまくしのげたから良かったものの―――。
「、、、」
俺の背筋を伝う汗、、、。つぅー、っと、嫌な汗。
あいつのあの斬撃が俺の身体に当たっていたかと思うと恐ろしい。だって、あいつ日下修孝の霧雨抜刀術の水氣の斬撃は、俺の『魔礫牆、六角充填』を切り崩し、切り割くほどの斬撃の威力だったのだから。
「どうした小剱―――、もう終わりか?」
そんな時、虚霧の幽世のその内から、日下修孝が俺の名を呼ぶ。
「、、、日下修孝・・・」
「―――、小剱お前の『魔礫牆廻輪尖射』だったか。俺達『十二傳道師』への、先ほどの威勢はどこにいった?動きが止まっているぞ、小剱。よもや、俺を倒せまいと思ったのなら、俺が執り成しをしてやろう。小剱健太お前は、十二傳道師と成るべき男だ」
っつ饒舌な奴。
「俺が降参?まだだ、日下修孝」
そんなに俺の『魔礫牆廻輪尖射』が見たいだと? それとも俺が『廻輪尖射』を撃つのを誘っているのか?こいつは。
まぁ、いい。今の、霧雨を用いて造り出した“虚霧の中”にいる日下修孝に、俺の『廻輪尖射』の、土石鏃の雨霰を避ける術はねぇ・・・っ。
だったら、お前を、お前の『水楯』もろともその濃霧ごと蜂巣砲で蜂の巣にしてやる・・・!! そして、その爆風で『虚霧ノ郷』を消し飛ばしてやるっ。
よしっ!!まずは―――、俺の作戦は決まった。
それと、だいぶ氣力も消耗したよな。すこし身体が重く、感じるこの疲労感。
ラルグスの『氣刃投射』を防ぐために張り巡らされた『魔礫牆』。魔餓尽基を撃ちまくった『魔礫牆廻輪尖射』。それと、試す者から落下したときに行使した『魔砂の抱擁』、、、。
かなり、氣を消耗したはずだ。
皇衣の内衣嚢の中には、魔導具の小瓶。
きゅっ―――、ポンっ、っと俺はまるで薬品瓶のような中栓を抜くと、
「・・・、、、んぐ、んぐ、んぐっ―――、(ごくりっ)」
っと、マナ=アフィーナの、氣に満ち足りたその新鮮な果実を嚥下した。
ベリーの果実のような、やや青臭いが、その酸味と甘みの効いた口応えが俺の空腹と氣力を満たす。
「さて、と―――、日下修孝。そんなに見たいのなら、」
じゃり、、、『大地の剱』のその柄を握り締める手に砂の感触。
眼前には、この『選眼』でも、霞がかったのように視得る霧雨の虚霧の内に潜む日下修孝。
さらさらさら―――
手から、指の隙間から、さらさらと、手の平からこぼれ落ちる砂のように、砂丘の戴で握り持ち上げ、梳くように流れる流砂のように―――、
サラサラサラ―――、、、
俺の持つ大地の剱が、まるで俺の意志を反映するように―――。その直刀のような外観の剱身に黄金色の砂氣が舞い出でて、刃を伝う。
そして、その黄金色の砂氣は、前で展開させてある『魔礫牆六角充填』に纏わりつき―――、
やってやる―――ッツ
「、っ、見せてやるよ、日下修孝」
あとで吠え面を掻くんじゃねぞっ、日下修孝―――!!
「、、、我が名は『普遍く視透す剱王』。我、小剱健太の真名の下に我自身が命じる―――魔法剣『大地の剱』よ、我とアネモネ=レギーナ・ディ・イルシオンとの盟約に応じ、我らが力に応え、―――」
パァッ―――
砂氣を纏った『大地の剱』が黄金色の光の輝きを放つ。
すると、その魔力の高まりに呼応して、俺の目の前に、日下修孝の『霧雨』の虚霧との隔たりのように展開させてある『魔礫牆』も励起するように、黄金色の大地属性のマナの光を放った。
黄金色の光る大地属性の氣の靄は、眼前の『魔礫牆』へ至り、纏わりつき、『魔礫牆』は黄金色のマナに包まれ光り輝く!!