第三十六話 そして戦端は開かれた
第三十六話 そして戦端は開かれた
「よく聞いてください、グランディフェル―――」
「アイナ様・・・?」
ほら、直々に名前を呼ばれたグランディフェルだって動揺しているよ?まぁ、グランディフェルの表情を見て俺は勝手にそう思えただけ、だけどさ。
「アイナ・・・?」
そんなアイナのその声は凛々しく力強くもあり、また俺には慈愛すらも感じさせるその表情で、グランディフェルに諭すように語りだしたんだ。
「私とアターシャの主従関係は、グランディフェル貴方が考える従属的な関係と同じものではありません。貴方とチェスター間だけで発生している従属的な関係を他者の主従に押し付けることはあってはならないことです。この言葉は私の祖父から教え聞いた言葉であり、その者の言葉ととってもらってもかまいません、イニーフィネ皇国近衛騎士団元・団長『炎騎士グランディフェル=アードゥル』」
「―――・・・」
あ、グランディフェルが固まった。アイナの言葉にグランディフェルは固まったまま何も言えなくなり、グランディフェルは俺達三人の前で突っ立ったままになったんだ。
「アターシャ―――、そして親愛なるケンタ。さ、帰りましょう―――」
―――、その雰囲気。アイナ皓々と。全てを包み込む優しい皓々とした・・・光みたいに。なんて言ったらいいんだろ・・・。あれ?うまく言葉にできないや俺。
グランディフェルから向き直り、アイナは先ほどまでの美しく凛々しい表情と姿勢を正し、俺とアターシャに淡く微笑んだんだ。
差し出された両手を取ればいいんだよな?
「私の手を―――」
アイナは左と右の手をそれぞれ俺とアターシャに向かって差し出した。その両手を差し出す様子は、『はい、ほらよ』などとぶっきらぼうに差し出すのではなく、優しくゆっくりとまるで俺達を抱き留めるかのような、聖なる母が愛する子達を抱き留め包み込むような両腕の仕草だったんだ。たぶん、当の本人であるアイナはそんなことなど意識はしていないと思うけど、少なくとも俺には、ひょっとしたらアターシャも俺と同じようなことを思っていたのかもしれないな。ううん、アターシャのアイナを見つめる眼差しを、俺は見てアターシャの心が解ってしまった。
「アイナ様―――」
たぶんきっと今のアターシャはアイナの皓々とした気に中てられたのか、アイナを盲目的に想いながら、その様子でその手を取ろうと―――
「アイナ・・・」
でも俺は今のアターシャみたいな盲目的な感情じゃなくて、アイナが愛おしく、アイナの優しさに触れて自身の右手をおずおずとアイナの左手に伸ばしていった。
「グランディフェルの立場を利用し、やつを丸め込むのがお前の自己満足か?アイナ=イニーフィナ」
ク、クロノス―――っ・・・こんなときに!! その無粋な男の声の正体はクロノスだった。
「ッツ!!」
ま、まさかっお前―――やめろッ!!
クロノスはその腰に差している、アイナの打ち刀よりも長大な太刀を手に取り、両腕をめいいっぱい開きながら、その白銀に輝く太刀を鞘より引き抜いた。その太刀の長さはアイナが持つ彼女の打ち刀よりも少し長い。
「ッ」
その瞬間―――クロノスは、まるで獲物を見つけた猛禽が空高くから地上の獲物に向かって勢いよく突っ込むかのごとく―――クロノスはダッと勢いよく地を蹴り、その右手に持つ太刀を横に薙ぐ―――
「―――」
「アイナ様ッ・・・!!私が・・・っ!!」
アターシャ?アターシャは給仕服の中に手を入れた?なにか出すのか?
「―――」
でもアイナはアターシャの前に左手を水平に出して―――アターシャを制止した?
「っつ!? し、しかしアイナ様・・・!!」
もちろんそれに相対する俺達も無策というわけじゃなくて、クロノスの攻め手の動きを察知したアターシャが何かの迎撃の動きをしたんだ。でもアイナが、クロノスの迎撃をしようとしたアターシャを制したんだ。
アイナやっぱりっつ―――!! アイナはその腰に差している打ち刀を瞬時に抜刀した。
「ッ!!」
「ッ!!」
ギンっとクロノスの横薙ぎの薙ぎ斬りとその斬撃の侵攻を止めたアイナの刀、両者のものうちが火花を散らす。
「アイナ=イニーフィナ・・・―――」
クロノスの目が鋭く、そしてすぅっと細目になった。
すぅ―――、と柄に左手も添え―――万全な構えになるアイナ。
「『先見のクロノス』貴方の相手はこの私が―――」
「・・・いいだろう、アイナ=イニーフィナ。お前の実力をこの俺が測ってやろう・・・!!」
ッ―――!! また火花が散った。大丈夫かな、アイナ―――!! 斬り結ぶ。やっぱりクロノスの太刀のほうが長い!! ハラハラ。くっアイナ・・・!!
そうやって斬り結ぶアイナとクロノスは互いの相手と認め合う。刃二つが火花を散らすように、擦れあい―――ううん、アイナとクロノスは間合いを意識し、互いに距離を取ったんだ。俺はじとっと汗ばんだ右手をぎゅっと握っていた。
「!!」
まただ、アイナとクロノスは―――斬り結び!!
「「ッ」」
ギンッそれは剣戟の激しい響き。アイナとクロノスはまるで反発し合う磁石同士のように、お互いの距離を取り合ったんだ。そして―――アイナもクロノスもお互いが摺り足で得物の勝機を狙い―――
「「―――」」
アイナとクロノスは互いの構えで得物を構え、アイナは八相の構えだ。
一方のクロノスの構えは独特のもので柄を右手で握って、その太刀を水平に留めて右腕を脇に捩じるように左脇腹へ、そして鋩を己の後背に向けたんだ。すぅ―――それからクロノスは空いた左手をそうっと、柄を持つ右手の右手首から柄にかけて添えたんだ。
アイナは打ち刀でクロノスは太刀だ。打ち刀と太刀は互いに単品ずつで見れば、その違いなんてあまり見止められないけど、こうしてお互いが近くにあれば、その違いがよく判った。
はじめにアイナの得物打ち刀はクロノスの得物太刀に比べ、やや刀身が短く、そしてクロノスの得物太刀よりも反りが弱い。
「「―――」」
アイナとクロノスは互いに睨み合い―――お互いが摺り足で己の勝機を見極めようとしている。
「っつ」
うぅ見たくない。きっとクロノスは勢いに任せてその太刀を左から右に薙ぐはずで、・・・もしもクロノスの刃がアイナの間合いを抜けてアイナのその身に届いたとしたら―――アイナの胴が生き別れに―――。ぶんぶん。俺は首を左右に振った。
アイナの傷つくとこなんて見たくないよ、俺。
ただ、アイナの得物のほうがクロノスの得物より短いといっても、それが不利になるわけじゃないと思う。クロノスの太刀は長いからその分、きっと扱いづらいはずだ。間合いが長い太刀は騎兵や騎乗の武士が扱いやすいように、騎兵が使うのに特化した武器だ。
一方の打ち刀は徒戦の白兵戦向きだ。あの白兵戦が主体だった戦国時代や幕末の動乱期でも、銃は使われたものの打ち刀も一定の戦果を挙げ続けた。だから決してアイナが不利というわけじゃない、と思う。
それが、俺の希望だよ。
「アイナ様・・・しかし、微力ながらもこの私もアイナ様に助太刀致します」
アターシャきみがアイナに助太刀してくれるのなら、きっと!! クロノスと静かに睨み合うアイナのもとへアターシャが音もなく近寄っていく。
「―――」
でも、打ち刀を構えるアイナは、同じく太刀を構えるクロノスから一切視線を逸らさなかった。つまり自分の侍女であるアターシャのことを一切見なかったというわけだ。
「いえ、アターシャ。貴女は手出し無用です。貴女の異能による支援も要りません」
「ッ!!」
え?なんでだよ、アイナ!! なんでアターシャの申し出を断ったんだ!?アターシャが加わったら二対一になるというのにさ。
「―――ッ!!」
それにはさすがのアターシャも驚いたようで、アターシャは目を見開いたまま一瞬固まった。それは俺も同じことで、まさかアイナがそんなことをアターシャに言うとはつゆも思っていなかったんだ。
「―――し、しかしアイナ様」
「アターシャ。貴女は、私がクロノスとの一対一の真剣勝負を続けられるように、周囲を全力で支援してください、お願いします」
「ア、アイナ様・・・わ、わた、私は―――」
アターシャはアイナに断わられて悲しいんだ。俺は―――。
「ちょっアイナうそだろ!?なんで不利になるのに・・・!!」
一対一だって!?アイナきみはこの日之国三強の一人らしいクロノスと一人で戦うのか!?
「ケンタ、アターシャ。私のことを心配してくれてありがとうございます。でも、ううん私は剣士として―――」
「アイナ=イニーフィナ―――」
ちょっ待てクロノス!! 太刀を薙ぎ斬るつもりか!? アイナは俺と喋ってんだぞ!? まだ―――
「アっアイナックロノスがッ!!」
「―――」
こくっ。と、アイナは俺に言われるまでもなく相対するクロノスの動きにもちろん気づいていた。
「っつ」
でも、ううん私は剣士として―――と、なんだろ?なにを言おうとしてるんだ、アイナのやつ・・・。おい、クロノスお前のせいでアイナの言葉を最後まで聞けなかったじゃねぇか!!
ギンッ。アイナとクロノスが斬り結ぶ剣戟の音―――、よかったアイナ・・・。クロノスの薙ぎ斬りを受け止めたぞッ!!
「ですが、私はアイナ様に―――」
ざりっ―――アターシャ? 眼に力を籠めたその強い眼差しは―――そっかやっぱりきみは、アイナに断わられても助太刀するんだな。
アターシャはざりっと一歩踏み出したんだ、アイナのほうへ向かって。アイナのほうはクロノスにかかりっきりで、アターシャを観るような余裕がないみたいだけど・・・。
「待たれよ、ツキヤマ殿―――」
それはグランディフェルだ。グランディフェルはアターシャに声をかけたんだ。