第三百五十九話 本当にあんたは愛娘を殺すのか? あの廃砦で涙をこぼして懇願していただろ?あんたは。その愛娘を、あんたはその手で、自らの手で斬り殺すのか?
「アネモネをその封殺剣を用いて捕らえるために、アルスランとの戦いをほっぽり出して戻ってきたチェスターは、グランディフェルあんたに『理想なる禊』をやって来いと言い残して、その異能『空間管掌』を行使してバルディアの獅子のところへ戻ったんだ、もう一度、アルスランと戦うために」
「。。。」
だんまり。グランディフェルも、
「・・・ッ」
日下修孝も、その視線こそ鋭く俺を睨んでいるが、こいつもだんまり。
第三百五十九話 本当にあんたは愛娘を殺すのか? あの廃砦で涙をこぼして懇願していただろ?あんたは。その愛娘を、あんたはその手で、自らの手で斬り殺すのか?
「俺が視たかぎり、チェスターは終盤、アルスランを圧していた。だが、俺の視立てではアルスランのほうが一枚上手だったと思う。アルスランは、矢筒に仕込んでいた鋭い刀、ヤタガンという名前の刀で、チェスターを刺殺した。それも、頸を。そして、施療院の床に崩れ落ちたチェスターを、アルスランはその得物『劫炎の剱』を揮いチェスターの首を刎ねたんだよ」
あのときの光景―――、、、勢いよく刎ねられたチェスターの首は、・・・、紅い血を転々と、ころころと―――・・・。
いや―――、もうあの見せられた光景を、思い起こすのはやめよう。
俺の話を聞いた―――、
「ッツ!!」
―――、グランディフェルの明らかな動揺。
一気にグランディフェルを畳み掛けるぞっ!!
「俺が女神フィーネからその精神感応で見せられた出来事の映像はそこで終わりだ」
しかも、唐突に、な。まるで、テレビの映像か、動画が突如そこの場面で終わるようだった。
「チェ、チェスター、、殿下―――は、もう―――、」
「あぁ、グランディフェル、、、。で、だ、グランディフェルあんたは本当に『理想なる禊』をやっていいのか? 本当にあんたはサンドレッタを、あんたは愛娘を殺すのか? あの廃砦でアイナに、涙をこぼして懇願していただろ?あんたは。その愛娘を、あんたはその手で、自らの手で斬り殺すのか?」
ハッと、グランディフェルは、その碧の眼を見開く。怒りや憤りで目を剥いたような様ではない。
「ッッツ・・・!!」
なにかを悟ったような、はぁっ、っと息を呑んだときと同じ仕草だ。
「俺は知っているぞ、導師とチェスターがあんたに言った理不尽な命令―――『理想なる禊』のことを。あんたは言われたんだろう?導師に。娘を勧誘か、それができないときは、殺せ、と」
「う、うむ・・・、、、」
「俺はそのイデアルの会合の場面も視た。娘サンドレッタをイデアルに勧誘するか、サーニャが拒否した場合は殺すように導師があんたに命じていた。俺は、あんたには娘のサンドレッタと斬り合いはしてほしくないと思っている。サーニャを殺すな。チェスター殿下は死んだ、だから俺は貴方に投降してほしいと―――」
できるか―――?今のこのグランディフェルを説得することは。
「その場面を見ただと?小剱・・・!!」
ざりっ、っと。
その声の主は、俺とグランディフェルの間に割って入ってきた者は、『先見のクロノス』いやその本名は日下修孝だ。
どうやら、俺に対して我慢の限界が来たらしい。
「日下修孝、、、―――」
俺が適当なことを、口先三寸で騙っていると思って随分と怒っているなぁ、日下修孝の奴は。
「チェスターが死んだ、だと?そんなバカなことがあるかっ、あいつは、あいつが『バルディアの獅子』に殺られるなど・・・っつ あいつはこの俺が・・・、この俺の―――ッツ」
キッ、っと日下修孝はその眼差し厳しく鋭く俺を睨んでいた。
「・・・信じられないか?日下修孝」
日下修孝は―――、
「ッツ」
―――、軽く舌打ち。
日下修孝は、忌々しく俺を見ていて―――
「、、、」
ひょっとしてこいつ。俺が“クロノス”ではなく、本名のほうの“日下修孝”と呼んでいることにひょっとして苛立っているのかもしれない。
「今頃きっとチェスターのやつは、『理想への叛者アルスラン』のその首を上げている頃だ・・・っ、そして『聖女』を新たなる我々イデアルの『十二傳道師』として勧誘している頃だろう・・・っ」
日下修孝は、またも軽く舌打ち。
「それは違う日下修孝。俺は女神フィーネからの念話を、映像をこの眼で視たんだ、チェスターは、アルスランに討たれ、もう既に死んでいる―――」
俺の言葉に、
「―――、ッツ」
グッ、っと、ますますその眉間に皺を寄せる日下修孝。
「埒が明かん、小剱。お前のくだらない戯言―――、」
そのままの表情で、日下修孝は、己の左の腰に差している得物にその左手と右手を伸ばした。
「―――、その魔法剣を抜け小剱。この俺が直々に、一対一で、小剱お前の話相手をしてやろう・・・っ」
相手をしてやろう、ときたか。こいつ、、、つまり俺のことを格下と見ていて、
「っ」
そして、目の前の日下修孝は、自身が絶対の正義で、自分が正しいと思っているんだな。
一対一の果し合い。
敗けられない日下修孝との斬り合い―――。いいだろう。塚本さんとの約束もあるし、そもそも俺も日下修孝を狙っていた。
「戯言は終わりだ、ってか?日下修孝。つまり、その太刀を抜くということは―――、」
俺をここで今すぐに斬り殺すということだ。
「導師はお前をすぐに『十二傳道師』に勧奨したいようだが、、、チェスターが死んだだと?あいつを葬るのはこの俺。だからこそ、俺はお前の言っていることを虚言であると思っている。真顔で虚言ばかりを吐く嘘吐きのお前の口を割り、その真意を聞き出してやろう。その上で、俺がそのお前の腐った根性を叩き直してやる。そのあとで、小剱お前を『イデアル』に勧召―――」
「あぁ、それはない。俺は『イデアル』に成るのは願い下げだ」
「、、、小剱―――、」
さぁ―――、っと、日下修孝の、彼奴が抜刀術の構えたその長大な日之太刀『霧雨』に、その鞘に湯気のような、霧のような―――、水氣が興る。
日下修孝がその得物『霧雨』の能力を解して放ったときと、時間にしてほぼ同じ時。
「、、、―――」
俺はこの『選眼』の一つ『先眼』を興し―――、
“日下流霧雨抜刀術―――、”
日下修孝の低い声。
もわもわ、、、と、濛々と白い、まるで高温の源泉の湯煙のような白い蒸気が、日下修孝の持つ長大な『霧雨』より立ち昇る。
「―――っ」
よく視れば、俺のこの『眼』で視入れば―――、その日下修孝の太刀『霧雨』より立ち昇る白い湯気のような『霧』には、氣が満ちている。
その『霧』の中に混じり揺蕩うその水氣。日下修孝の、彼奴自身から感じる氣。それと『霧雨』から立ち昇る、、、『水氣』。
二つ目の『氣』は、少し“感じ”が違っていて・・・。いや、この『眼』で視ても、可視化するとすれば、なんだろう、、、日下修孝のその鋭く、だが、落ち着きを払った氣と対照的に、霧雨の水氣には、剣呑な雰囲気を覚える。
俺の魔法剣『大地の剱』と同様に、『霧雨』は日下修孝の氣を糧に、その能力を、日下修孝は、己の氣をこの『霧雨』に喰わせて、『霧雨』の能力を解放するんだ。
つまりその類の日之刀は、前に羽坂さんが言っていた―――、ッ!!
俺は思考を中断。
来る・・・ッツ、日下修孝の斬撃が!!。
「ッツ」
俺は、あれやこれやの思考を止めた。
“「日下流霧雨抜刀術―――、『水刃』」”
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水氣の斬撃―――ッツ
「―――ッツ」
この『先眼』で僅かな未来を視れば、あと、コンマ数秒以下で、日下修孝が俺に斬撃を繰り出すだろう・・・ッツ
つまりそれは、俺と日下修孝の戦いの火蓋が切られたことを意味していて―――、だが。
っと、その前に俺は、サーニャとグランディフェルに俺の意志を伝えねば・・・っ!!
「サーニャッ親父さんを殺すなよっ!! グランディフェルも早まるなよッ!!」
「ケンタ殿。ですが、、、しかし、私は、皇国の、アイナ様の近衛聖騎士です。父がその炎煌剣を抜くならば、私とてこの聖剣パラサングを抜かねばなりませぬ。場合によっては、皇国の朝敵たる父を―――」
あぁっもう・・・ッツサーニャのやつも・・・ッ!!
「ッツ、あのときアイナはグランディフェルに―――、」
あの廃砦で、日下修孝は撤退すると言ったとき、アイナの前から辞するグランディフェルにもこう言った。
『私はグランディフェル貴方の手を取ることはしません。ですが、私は私人としては、貴方がチェスターとは袂を別って罪を償い、もう一度祖父の傍らに侍ることを望んでおります』
「―――、って言ってたッ!! だから、俺もグランディフェルには生きて罪を償ってほしい、っと思ってる・・・っ!! 俺とアイナからの頼みだと思え、グランディフェルがその気なら戦ってもいいけど、あくまでも自衛だッ峰打ちだッ父親を殺すなよッツ頼んだぞ、サーニャッ!!」
「日下流霧雨抜刀術―――、」
日下修孝の低い声。だが、格好の良いいわゆるイケメンボイスで。
ハッと・・・!!
「ッツ」
その声に改めてハッとして俺は。先ほど俺は、この『先眼』で、僅かな未来を視たその光景と全く同じだった―――。




