第三百五十七話 娘の意志と父の心
それは、
「―――」
サーニャの冷たい褪めた眼差し。その視線は、その碧の眼は、チェスター皇子に附いてイデアルに入信した父親グランディフェルを、まるで蔑むもののよう。
俺だって、もし自分の親父が、怪しげな宗教団体や結社に入信して、家庭を顧みない、家族を犠牲にしたら、たぶんきっと今のサーニャのような気持ちになると思う。
第三百五十七話 娘の意志と父の心
(っつ、サーニャのやつ。だいぶ頭に血が上ってるな。でも―――、)
「っつ」
―――、きっと、サーニャのその褪めた白い目は、“怒り”というよりは、“蔑み”もしくは“憐み”の感情に近い、と、側で観ている俺にそう思えた。
ようやく、グランディフェルは、娘サーニャの無感情のその碧眼に気づき―――、
「わ、我が娘サンドレッタよ・・・?」
「父よ貴方は、母上が国辱と罵られどれほどの辛酸と屈辱を味わい、私がどれだけの恥辱を味わい、居たたまれなく思う辛い心で、臣民に申し訳なく思い続けたその気持ちも知らずに―――、“我が妻”“我が娘”ですか・・・。父よ貴方は、未だに棄てたはずの母のことを“我が妻”であると思っているのですね。・・・娘の私のことも」
「・・・っ、、す、すまん、すまない本当に―――、俺の所為で、この父の行ない所為でサンドレッタよ、、・・・」
「・・・。ですが父よ、私や母に謝るということは、貴方の主君たる“チェスター殿下”にあまりに不誠実ではありませんか? 父よ貴方は自ら進んで、チェスター殿下を止めるための進言もせず、ただアイナ様の父君ルストロ殿下と兄君リューステルク殿下を殺めた、貴方の主君たるチェスター皇子に附いていったのでしょう?」
「、、、っ」
「父よ貴方は、ルストロ殿下御一家を棄て、自らの家庭をも棄てて、チェスター殿下に附いていくほどの忠誠心がある方だ。だからこそ、私は貴方に、すまない、などと謝ってほしくはない。ここに現れたときに、『たとえ娘であってもお前を阻む』という意志を示し、堂々としてほしかった、私はっ。チェスター殿下の『正義』こそ俺の『意志』と言ってほしかった。己のチェスター殿下の『正義』のために、『娘であるそなたを討つ』と、言ってほしかったっ私は・・・っつ」
グランディフェルは、その碧の視線を彷徨わせ、最後にその視線を自身の足元に向けた。
「、、、お、お前を、う・・・討つなど。し、しかし俺は、殿下と導師よりそなたを、我が娘を、俺の娘サンドレッタを討ち取るか、もしくは、『理想の徒』への勧奨を成すこと、を仰せつかっている。サンドレッタよ、俺は娘であるお前を討ち取りたくはない。だからこそ、この父と共に、チェスター殿下の下に馳せ参じ―――」
ややしどろもどろに、グランディフェルは迷いがあるかのように視線を迷わせつつ、それでも、ようやく娘であるサーニャにその視線を向けたんだ。
「父よ、どうして貴方はそのように、まるで泣いておられるかのような、顔をしているのですか―――? 父よ、貴方は娘である私を討ちに、私を斬るために来られたのであろう!! そんな貴方がどうして、どうして、そのように、泣きそうな顔で、そのようなことを私に言われるのか・・・?」
「、っ―――。サ、サンドレッタよ・・・」
「チェスター皇子と共に謀叛を起こし、母と私を棄て皇国より出奔した貴方が、どうして、どうしてっ、その顔で、そのような顔で私の前に立っておられるのかっ。父よ、グランディフェルよっ貴方の正義はどこに行ったのですかっ!! チェスター皇子の近衛騎士ではなかったのですかっ!! チェスター皇子が抱いた“理想”と共に出奔した貴方が、なぜ棄てた娘の前で、そのように泣きっ面で、堂々と私に謝ろうとなさるのですかッ!!」
「っつ!!」
「父は私に、自分が若かりし頃、武に勇ましきチェスター殿下の目に留まり、近衛騎士団団長として抜擢されたということを、私が子どもの頃に自慢げに話してくれました」
「、、、ッツ、そ、それは・・・、サンドレッタ、、、よ」
「『そう俺の心と身体は殿下のものだ』、と。そして、『チェスター殿下は、この父にとっては太陽であり、何を以ても、何を措いても俺は近衛騎士として『殿下』のために殉じなければならないのだッ』と、勇んで自信満々に、父は幼き私にっ・・・!!」
「・・・、、、」
サーニャのやつ、、、親父さんに。
「・・・」
もうグランディフェルは、突っ立ったままで・・・。彼にはとっくに戦意というものを感じられない。
ぽつり、っと。
「、、、聞かせてくれ、サンドレッタよ・・・。アイナ様は『雷基』の要たる『雷基理』を、なぜ欲しているのだ? それを、、、その訳を俺に聞かせてはくれないだろうか・・・?」
グランディフェルは、娘のサーニャに呟いた。
「そ、それは、、、―――」
ケンタ殿下、と。すなわち俺に解答を求めるように、サーニャは。
「、、、」
ちらり、っと、俺に目配せを行なった。
そんなサーニャと俺は一瞬、視線が合った。アイナが欲したのではなく、本当は俺が『雷基理』を欲したからだ。
「「―――」」
たぶん、、、サーニャのやつは、この場にいる俺に気を遣っている。近衛騎士として、サーニャは、それを軽々しく、たとえ親父さんにも言わないんだな。
サーニャは、すぐに俺から視線を外すと父親グランディフェルにその視線を戻したんだ。
もうひと押し。グランディフェルは、その視線と言葉とを、娘サーニャへと。
「俺は導師に、アイナ皇女は恐らく、失われし七基の超兵器を全てその手中に収める気だ。その七基を以ってこの五世界に君臨し、恐怖に拠る統治を執行なう、と聞いた。本当の、お前達が知っていることを、俺に、この父に話してはくれないだろうか・・・」
「―――・・・」
俺は、再び目配せを行なってきた―――、
「―――・・・、」
―――、サーニャのその綺麗な湖のような碧眼と、その目と合った。父親に言いたい、アイナのことと俺のことを自身の父親に語りたい、のかもしれないサーニャは。
俺は、サーニャに肯きかけ、、、でも、やっぱり―――、“俺の企て”のちょうどいい機会が、それも向こうからその好機がやって来たんだろう。
ここで、俺の、俺が腹の中で温めていた“企て”を為す!!
「俺が言うサーニャ」
「ケンタ殿・・・―――」
サーニャは、俺を見ていて、
「ヶ、ケンタ殿下・・・?」
グランディフェルもその碧眼の視線を、娘サンドレッタから俺へと向けた。
俺は言うっ止められねぇ!!
「グランディフェルっ!!そもそも根底から違う!!『雷基理』を欲したのはこの俺だ!!アイナじゃねぇッ!! イデアルの導師が言ったことも、チェスターが話したことも全部真っ赤な嘘だっ!! アイナは、七基の超兵器を以ってこの五世界に君臨し、支配したいなんてこと微塵も考えてねぇーよ!!」
俺は叫んでいた。
そう叫んだ俺を―――、
「―――」
―――、グランディフェルのやつは、じぃ、っと、まるで俺の言葉を、その真意を探るような眼差しで見ていて。
(、、、)
そのおかげか、俺も少し冷静になれた、気がする。
「それと、グランディフェル―――、」
もちろん、適当な事、、、グランディフェル本人は、自身の主張を適当で言っているのではないのだろうけれど、俺から見れば、本当にグランディフェルは娘であるサーニャに適当なことばかり言っている。
だって、チェスターは―――。
「―――、チェスターは、もう死んだ」
「なッ、・・・!!」
グランディフェルの目の色が一瞬で変わった。もちろんそれは、驚愕に眼を剥くものだ。そのグランディフェルの視線は俺を捉えている。
そうさ、あいつに、、、アルスランにチェスターは―――。
「チェスターは、『バルディアの剣獅子』、、、アルスランに敗れ、討ち取られた。もう、あなたの主君はいない。だから、グランディフェルあんたが、『イデアル』に従うことも、『チェスター』に従うことも、もう必要ない。しなくてもいい。グランディフェルもうあなたは自由だ」
「なっ、なにをバカな・・・っ!!ケンタ殿下ッ、チェスター殿下が御隠れになられたなど―――!!」
「いや、チェスターは死んだ。オテュラン家のアルスランに敗れ、討ち取られた。チェスターはもう、この世にはいない―――、」
俺はグランディフェルの目の前で、軽く首を左右横に振った―――。