第三十四話 五つの異世界の権衡者
第三十四話 五つの異世界の権衡者
「僕はふざけてないよ?健太、大真面目だよね? 至極真面で真っ当なことを言ってるよね?僕。」
「―――」
今の『魁斗』は俺が知っている『魁斗』のかたちをした別人だ。いつから幼馴染の魁斗は、俺の目の前にいるこんな『魁斗』になってしまったんだろう・・・。敦司、天音、真、美咲、己理、魁斗、そして俺―――俺ら七人幼馴染はいつも一緒に登下校をし、そしてずっとつるんでいたのに!! でもあの頃の小学生の頃の魁斗と、今俺の目の前にいる魁斗はなにかもが違っていた。
「―――ッツ」
俺はさっき、『うん・・・、アイナちょっと待ってほしいんだ。俺あいつに魁斗に訊きたいことができて・・・だから、俺の話が終わるまで、グランディフェルのことはちょっと待ってほしいんだ』と、アイナを止めた。
『魁斗達の理想とはなんなのか』それをまだ魁斗本人に訊いてはいない。それにアイナも殺させない!! ふざけるなッアイナを殺すなんて、彼女の生命を狙うなんてッこれは絶対に魁斗を正して止めささないといけないんだ、俺は!!
くそ・・・、俺は魁斗に対して渦巻く負の感情を抑えながら、魁斗に確かめないといけない。そう思って俺は口を開く―――
「魁斗お前のその・・・『理想』とはなんだ? 他の人をも犠牲にするほど、お前にとってそれはそんなに大事なものなのかよ?」
にこっと笑うなよ、もじもじ嬉しそうにもするな、魁斗。俺の問いかけに魁斗は嬉しそうに―――むしろ魁斗の奴は楽しそうに笑みさえも浮かべている。
「導師さんが僕に語るにはね、健太っ。『我々『イデアル』は五つ異世界の共存を図る者。我々『イデアル』は五つの異世界の権衡者―――五つの異世界が迎合・戦争することはあってはならない』んだって。違う異世界同士が出会えば、必ず衝突や戦争、迎合が生じる。その先にあるのは不幸しか存在しない。健太、地球の世界史はどうだったかな?よく考えてみてよ」
「―――・・・」
魁斗に言われて・・・じゃないけれど、世界史で習った有史で起きた事がふぅっと頭に浮かんだ。確かに地球上で人類は有史以来、戦いと和解と和平の破棄→戦い以下同順を今までずっと繰り返している。
「僕達『イデアル』は人員を入れ替えつつ、古来をより、うん、より正確に言えば、僕達『イデアル』は『世界統一化現象』を機にこの五世界に誕生し、そのときより連綿と受け継がれしもの」
「?」
『世界統一化現象』? すまん、誰か教えてくれ。俺には解らない。
「僕達『イデアル』は崇高な精神で『五世界』という枠組みを護る防人―――僕ら『イデアル』は五つの異世界の権衡者だ」
権衝者?そんな崇高そうな連中かお前らは。俺はあの街での惨劇と生ける屍達、さらにアイナの身内を殺したという奴のその行ない、それを知った今、魁斗の話す内容はうすぺっらくって全く信用できなかった。
「権衡者―――だと?」
「うん、そうさ。僕達は『五世界』という枠組みを管理し、維持させる存在。『五世界』の共存共栄という理想を成すためには、多少の犠牲は仕方ないと思ってるよ、悲しいことだけどね。むしろ強者の糧となったその弱き者達は、崇高なる理想―――素晴らしき未来の礎となったことを喜び誇るべきなんだ」
「―――」
その共存共栄を図りたいという気持ちは解るが・・・『イデアル』のやり方は気に入らない。
「ルメリアのラルグス義兄さんの口癖でね、『敗者は勝者の糧となれVictus pascere possunt,et qui vincit』ってあるんだけど、健太もそう思うでしょ? ねぇ、健太、聞いてほしい。大きなことを成そうとすれば、必ず多少の犠牲は伴うものなんだよ。それすらも僕達は乗り越えて征く。五つの異世界が同居するこの惑星イニーフィネをよりよい未来に導くために!! 僕達は『互いに干渉しない理想的な共存共栄の五世界』を造るために、この『五世界』を常に観測し、介入し、改変し、当事者同士が僕達『イデアル』の言うことを聞かないときには実力行使に出る『理想を成すために我々は在る』んだ―――!!」
魁斗必死過ぎ。そんなんだと、かえって焦っているように見えるぞ。それにお前の説得も長ぇよ。長すぎるんだよ。それで俺が心変わりするとでも思ってんのか、お前は―――。
俺は、魁斗にどれだけ説得をされようとも、どんなきれいごとを並べ立てられても、でも、やっぱり俺の気持ちは変わらなかったんだよ。俺の考えはお前とは違うんだよ、魁斗。
「・・・魁斗お前―――」
―――お前の言葉は俺の心に響かないんだよ。『敗者は勝者の糧となれ』?ふざけんなよ―――・・・。
確かに地球の世界史でもそうだった。違う文化や世界が接触し、不幸なことはたくさんあった。だから。魁斗達『イデアル』はそういうことにならないように、この惑星では世界的な活動をしているという。でも―――その目的のためならば、犠牲は厭わない、ということも同時に魁斗は言っている、ということだ。
奴ら『イデアル』の『理想』の犠牲になる人々―――俺があの街で見た死屍累々の住人達―――さらに死んだ彼らを、死してなおも、その屍術魔法で酷使する『イデアル』。そして、『イデアル』に敗れた者、弱者は『理想』の名の下に一方的に蹂躙される、するという導師率いる『イデアル』。そんな彼らと俺では考えが根本的に違う。
地球上有史以来違う世界同士が接触して不幸なことは山ほどあった。でも、いいことももっとたくさんあるんだって、世界中の人々が手を取り合って平和を成そうと努力している。世界中の人々がお互いに繋がりあえることさえできる。彼ら『イデアル』はそれらの考えをも全否定して自分の物差しで『争いのない五世界』を当事者達に圧し付ける。
「――――――」
俺はこの惑星イニーフィネとそこに住む人々にとっちゃあ異邦人の『転移者』で、関係はないけど、はっきり言ってこんな『イデアル』のことなんて警察みたい組織に任せておけばいい。そんな俺だけど、でも、このままここで魁斗を放っておいたら後味が悪すぎるし、きっとまだまだ犠牲者は増えていくだろう。
俺はこんなのは認めない。俺は『イデアル』の理念は認めねぇ!!
「―――」
ぎゅッ、俺は拳に力を入れる。あとは覚悟だけだ。俺があと一歩踏み出すだけのきっかけがあれば―――俺はこの手に―――・・・。
「解ってくれたかい健太。―――さぁ健太。僕達と君の旅の門出だ。まずはそのイニーフィネの象徴たるそのアイナ=イニーフィナを殺そうよ」
アイナを―――だと!? ぷつん―――っ
「ッ!!アイナを殺す殺すと何回も言うな!!魁斗ッ!!」
「おっと!!やっぱ彼女ほどの人物は殺すよりも利用しよう。うん、それがいいね。赤髪のメイドは殺して、黒髪のほうは生け捕りだね、ね、健太。アイナ=イニーフィナが僕達の言うことをよく聞くように、僕の異能『天王』で調教してあげるよ」
ズゾゾゾゾ―――・・・う゛っ―――やめろッ。想像させるな、魁斗―――堪え難い・・・!!
「ッ!!」
アイナを、魁斗は異能で調教するだと・・・!?それにアターシャは殺す? 正直魁斗のその言葉を聞いて俺は、魁斗のそのアイナへの調教行為とその様子を想像してしまい全身に寒気が走るとともに虫唾が走ったんだ。もちろん『イデアル』のその思想も俺が相容れないことだ。でも、それ以上に、俺はすでにアイナを愛おしく想っていて、アイナは俺にとってもうすでに『不可分』で・・・、俺がそんな気持ちをアイナに抱いているのに。そんなアイナを魁斗がそんなふざけた言葉で言うものだから、俺は―――。
「ふッざけるなよ・・・魁斗ッ―――!!」
そう、きっかけだ。これがきっかけだったんだ、俺にとってはさ。
「健太♪いったいどうしたのさ。なんでそんなに怒ってるの?ははっ♪」
「ッツ」
でも、頭に血が上った俺とはほんと対照的に、魁斗の奴はへらへらとしていてまるで本当に愉しいことがあったような、でも俺にとってほんとに俺の感情を逆なでにする言動だ。
「待っててね健太、きみの目を僕が覚ましてあげるからねっ」
「ッ」
「こわいなぁ健太。それとも僕はなにか健太を怒らせることでも言ったのかなぁ・・・」
「魁斗、お前―――ふざけるなよッアイナは俺の『彼女』だってずっと言ってんだろッ!!」
「さぁ、取り敢えず邪魔者は殺そっか健太」
こいつっ自分の言い分ばっかで俺の話を全然聞かないよな!! もういい解った、だったら―――
「―――お前がアイナ達をその手にかけると言うのなら、俺はお前を・・・いやお前達を全力で止めてやる―――!!」
「え・・・け、健太!? そ、そんな、ぼ、く―――・・・」
おろおろ・・・。うろたえてるんじゃねぇよ、魁斗。そんなショックを受けたみたいな顔をしやがって。俺の言葉がそんなにも、そんなにショックを受けるほど大きいものだったのか? いや、ううんお前それ絶対演技だろ、なぁ魁斗ッ!!
「なっなにを・・・い、いきなり何を言い出すんだい健太・・・しょ、正気かい?」
俺のほうこそ、お前正気か、魁斗!? そんなことを言うお前に俺はショックを受けたよ・・・ッ。
「お前のほうこそ正気かッ魁斗!?」
魁斗。お前のほうこそ本当に正気なのか!?
「僕達はよりよい未来を手繰り寄せるために粉骨砕身身を粉にして日夜奮闘しているんだよ? 五世界中を探しても、こんなに遣り甲斐のある生き方なんかないって!! だからね、健太。健太も僕達と一緒にやろうよ、ね、健太。『イデアル』になってよ、健太ッ」
「だから俺は、たとえ死んでも絶対に『イデアル』なんかに入らねぇっつうの!!」
「またそんなこと言って・・・健太。ひょっとして恥ずかしいのかな?健太ってばっははっ♪」
「―――」
俺は無言のままで口を一文字にしたまま、魁斗を睨んでいた。んっ?この足音は・・・まさかっ・・・あいつまで!!
「!!」
でも、そんなとき俺は気が付いたんだ。廃砦の奥、俺が夜から朝にかけていた焚火で暖を取った部屋のほうから足音が聞こえてきているということに。