第三百三十七話 ここが、『雷都』―――、、、
試す者の背に乗ることしばし、遥か空に浮かんでいた垂れ込めるような天雷の雲海も、もはや俺達の目の前に迫っていた。
天雷の雲海は、ときおり紫電が走り、その雷光と雷鳴―――。
「ケンタ―――、皆も、まもなく天雷雲に突入します」
アイナのその言葉。アイナはそう言った。
確かに目の前はもう、アイナの言ったそれだ。天蓋のように空に灰色に垂れ込め、ところどころに紫電が走る雷雲塊はもう目前、目と鼻の先、
第三百三十七話 ここが、『雷都』―――、、、
目前の天雷の雷雲塊を前にしても、試す者はそれになんの躊躇いも戸惑いもなく―――、
「―――っつ」
灰色の雷光と雷鳴轟く雲の中に突入する瞬間―――、俺は不覚にも一瞬目を閉じてしまった。
―――、俺達を乗せ、天雷雲のその中へ、神雷の台地へと至る天蓋を突き破り、紫電迸る雷雲の中へと試す者は突っ込んだ。
ビカッ―――ドウッ!!
バウ―――ッ、、、ゴロゴロッ
雲の中はまるで雷の巣だった。
物凄い紫電が左右上下縦横無尽にを飛び交い、走り、迸る。
「ッツ」
これが天雷雲の雲海の中―――ッツ。女神フィーネの神域神雷の台地を護り、邪なる者を阻む女神の結界。天雷岩の断崖絶壁が第一の難関だとすると、この天雷雲海は第二の難関、、、いや第二の結界といったところかもしれない。
「くッ・・・!!」
こ、こんな雷雲の中で振り落とされたら、落ちたら一たまりもないな!! 思わず、俺は試す者青黒い竜のその頸筋を抱く両腕に力を籠めてしまった。
ふと、アイナはどうなんだろう?と、俺は。俺はやや首を後ろに、アイナに視線を送った。アイナを観た。すると、アイナは。
本当に、冷静に、その藍玉のような綺麗な両眼を閉じず、瞑らず、なにも語らず―――。
「―――」
アイナは唯、試す者青黒い竜が進むその先を、力強い意志を感じさせるその双眸でまるで睨むように観ていた。
「・・・」
すごいな、アイナのやつ。俺と違ってまるで恐怖心や躊躇がない、のかもしれない。
でも、アイナのそのそれ。その容貌は、綺麗で、まっすぐで、ちょっとかっこいいと思う。アイナは、学生服のような色合いの紺色の皇衣を着ていて、風に流れる黒髪はとても美しい。
っ///そんなアイナは、俺の、俺だけのお姫さま―――
ん?というようにアイナのその藍玉のような眼が動く。
「ケンタ?」
アイナは、真正面を観ていたその視線を俺へと動かしたんだ。どうやら俺が、アイナを視ているということが、アイナ本人にばれたようだ。
「あ、いや・・・、なんでもないよ。ただ、その凛としていて綺麗だな、と思ってさ、アイナが」
少し正直すぎだったかな?俺。
「も、もうっケンタっこのようなときに・・・っ///」
「ははっ」
紫電煌めく稲光雷光。雷鳴轟く天雷雲海を、試す者の背に乗って征くことしばし、おそらく高度を上げていっているのだろうが、危なっかしくて、皇衣の中から電話を取り出し、今いる場所の高度を調べる―――、なんていうこと、俺にはそんな勇気が出なかった。
雨が上がる寸前の明るくなっていく空の様子―――、とでも言えばいいのか。鉛色の雲中、迸る雷光と轟く雷鳴が減り、空が明るく白くなっていく。
「出ますケンタ、この女神フィーネ様の天雷雲から―――、あと三十秒」
「・・・っ」
まるで、、、アイナのやつ。全てを解っているように、知識っているかのように。アイナのその口から流れるかのように。アイナは言葉を紡いでいく。
「十、九、八、七―――、、、」
アイナのカウントダウン。アイナのその言葉はまるで、預言のようだ。
「―――、三、二、一・・・!!」
アイナの言う通り、そのカウントダウンのほぼ同時に、天雷雲が切れ―――っ
サァ―――っ、っと、視界が―――、
「―――っつ」
―――、晴れた。
太陽。青い空。白い雲。
下はどうなっている? そして、俺は視線を上から下に持っていけば、
「・・・」
眼下には、先ほど俺達が抜けてきた鉛色の天雷雲。後方の、雲の中では稲光雷光が走り、雷鳴轟く音がまだ俺の耳に聴こえてくる。
俺達をその背に乗せた『試す者青黒い竜』は、神雷の台地の絶壁を横目に、その後も旋回を続け乍ら上昇を続け―――、
くる、来る、來る、来たる―――。
「っ」
ついに、神雷の台地の、天雷岩で構成された断崖絶壁の終わりがくるとき。台地であれば、岩壁登攀で登り終える地点は平地だ。
断崖絶壁の神雷の台地の頂上。そこは、緑の大地が拡がっていた。ついに台地の頂上まで、試す者は至る。だが―――、
ばさばさっ、っと、青黒い竜は羽搏きながら―――、ぐんぐん、と、高度を上げていく。まだまだ上昇を続ける。
「―――っ」
神雷の台地が、その平面の緑の大地と同じ高さに試す者が至っても、まだまだ終わりじゃない・・・!!
このまま、試す者が俺達を、最奥に至るところの女神フィーネの神域まで連れて行ってくれるのだ。
眼下に見えるは、眼下に広がるものは―――、その情景は―――、
「すげぇ、、、」
思わず俺はそんな声が漏れてしまった。
試す者の青い鱗の頸筋を抱きながら、眼下に見るその景色、光景は圧巻のものだったんだ。
一面の緑の中に城壁都市。円形の壁に囲まれた古代の都市。
ところどころに緑の集まった林や森があり、緑の草原。城壁都市から外に向かって石畳の街道が伸びている。
城壁に尖塔ある城門らしい施設も、一、二、三、四、、、時計回りに数え、・・・えっと全部十六の城門か。
その城門は、
「関所のような施設か?」
円形の城壁の凡そ、等間隔に、十六方位に尖塔のある城門が備えられている城郭都市。木々多き、緑の海に、自然に抱かれた古き大イニーフィネ時代の街が眼下に広がっていた。古き大イニーフィネ帝国時代の石造りの城郭都市。
松や杉のような針葉樹林ではなく、もこもことした広葉樹の森が外延部に拡がり、城郭のすぐ外側は、草原地帯だ。
観てもいても、この古き大イニーフィネ時代の遺跡には全く廃墟感は覚えない。この街は、ちゃんと、整然と整備されていて、上空から石造りの家々や、きっとあの、街中に見える大きな尖塔の建物あれは女神フィーネを祀る教会だと思う。
「、、、」
他にも、試す者の背中の上に乗っている俺には、城郭に囲まれたこの古代都市の大きな石畳舗装のメインストリートや石造りの城、水道橋などの建造物なんかも見える。
古代都市の大通メインストリートは、円形の城壁を越えてずっと長い、森の手前まで伸びていて―――、
「え・・・?」
誰もいないのに? この街は、、、生きている。上空から見下ろしている限り、まったくといっていいほど、人影は見えないのに?
そのメインストリートの真ん中に、二本のレールとおぼしき二本の線が見え、そこに沿って無人の細長い筐体が走っている―――。
見た目は、俺が故郷の街、日本の街では普通の、日常の光景だった電車か汽車か、
「いや、見た目で一番近いのは―――、」
―――、かもめのAGTか。
かもめのAGTにそっくりの見た目だ。その眼下に見える無人の“電車”は、ゆっくりとした速さで、メインストリートを左に折れていく。
駅のように見える場所に停まっても、誰かが、乗客が乗り降りしているようには見えない。無人の電車と無人の駅。
そして、人っ子ひとりいない無人の城郭都市。
「・・・」
なにか、ちょっともの悲しいよな・・・。
それらを後目に、どんどん、街の、その中心街の真上を試す者青黒い竜は、飛翔し、だが、通り過ぎていく。
ぽつり、っと、アイナは、
「ここが、『雷都』―――、、、」
試す者が飛翔しながら通り過ぎていく刹那、そう呟いた。
「雷都・・・?」
俺は、神妙な面持ちのアイナに聞き返すように彼女に訊いた。
「えぇ、ケンタ。正確には、ここは古の、まだ一つだった頃の、古き大イニーフィネの聖なる都の一つ『雷都』があった場所、、、かつて、神聖なる女神フィーネ様の雷氣により栄えた都、だったのです」
「へぇ―――、こんな神雷の台地の上に」
やっぱあれか?俺が以前ふと思ったこと―――、
「えぇ、ケンタ」
///
ひょっとして、、、あの台地―――、俺も正臣さんの言葉を引用して、『神雷の台地』は、俺の考察だが、ひょっとして、『世界統一化現象時代』より以前の、あの乗っかった台地は、『大イニーフィネ』だったときの地面だったりして・・・。
なんとなく俺は、そう、旧時代の遺物の残滓と思ってしまった。
///
「―――、つまりあれかアイナ。『ここ』は、『世界統一化現象時代』よりも前にあったという『古き大イニーフィネ帝国』時代の―――、」
俺は、試す者の背に乗ったまま、眼下の、この景色を再び、今度は、過去に想いに馳せて眼下を見下ろした―――。