第三百三十五話 来いっ試す者・・・ッ!!
第三百三十五話 来いっ試す者・・・ッ!!
もし、先ほどの念話のようなもののと同じように、同じ方法で、俺に女神フィーネが言った『もの』が、ここに来なければ、この絶壁を、『神雷の台地』を攀じ登ればいいだけの話だ・・・っ!!
そのときは、登ってやろうっこの―――、
「ッ」
ずあっ、っと、俺は空を、神雷の台地に向かって、今この大地に対して直角に聳え立つ絶壁を―――ッ
俺は仰望。
「―――、!!」
―――、空高く、遥か上空を、絶壁に沿ってその雲がかかっている天蓋のようなところまで見上げる。
さぁ―――っ、喚ぶぞ!!
「ッツ」
呼ぶ。喚ぶ。招く。俺は、絶壁に沿って空を見上げた。女神フィーネが神託で、俺に伝えてきた『彼奴』を召喚する!!
俺は、『神雷の台地』のその麓で、その絶壁の下で、口を開き、叫ぶんだ・・・!!
「来いっ試す者・・・ッ!!」
さぁ俺の、俺達のもとへ―――。
そして―――、俺達を神雷の台地まで。俺達を雷基理が在る場所まで連れて行ってくれ!!
バッ、っと、仰いだ空に、―――。ッ
「来た・・・ッ」
俺は直感で、その者の気配と言うべきか、氣を感じ取り、感じ取ったんだよ。
この目にまだ見えない。きっと、神雷の台地の上から、その雷雲垂れ込める上空からやって来るのではなく。
「ケンタ・・・!! 太陽を背に・・・っつ」
きっとアイナも全て解っているはずだ、アイナもまた俺と同じ、女神フィーネよりの神託により、あの情景を、チェスターが縡切れるまでを見せられていたのだから。
「あぁっ。いる!!」
俺はアイナに肯いた。
アイナは、自身の仇敵が、自分以外の誰かに討たれたことをどう思っているんだろう?いまは、、、訊かない、アイナにはまだ訊かない。
そんな軽々しく訊いてはいけないことだと、、、俺は思うから。
見上げるその方向を変え、俺は掌を太陽に翳し、、、―――
「―――!!」
いる!! 確実にいるぞっ。
俺は真昼の太陽を直視することはせず、その翳した右手で太陽を視る。太陽を背に、黒い点が。
こっちに、俺、いや俺達六人。『神雷の台地』のその絶壁の真下にいる俺達六人―――、俺、アイナ、アターシャ、サーニャ、羽坂さん、一之瀬さん―――、に真っ直ぐ向かって、太陽を背に降下してくる黒い点。
見かけ上、太陽の中にいる戦闘機のように、その黒い点は見える。
来る、来る、来るぞっ。
「―――っ」
ぐんぐん、と、太陽の中の黒い点は大きくなり、そして、それはやがて、ますます、俺達に近づいて降下してくることにより、ついに黒い点は、黒い影となり太陽の大きさを越える。
その姿は、そのシルエットは、ガンシップでも戦闘機でもなく、翼をはためかせている存在。
「『試す者』―――ッこっちだっ来い・・・ッ!!」
その黒い点の正体は『試す者』。
女神フィーネが、俺に見せた、託してきた『試す者』。どうやら、俺は、直接神雷の台地に立ち入ることを、女神フィーネに“認められた”らしい。きっと、俺が『祝福の転移者』であることも大きいんだろう。
ズゥン―――っ・・・。
「っつ」
地面が揺れた、と思う。そして、俺の、俺達の目の前に、目の前の地面には、ルストロさんがその手記『天雷山踏破録』にて、語っていた青黒い鱗の雷竜『試す者』が降り立ったんだ。
「、、、ほ、ほんとにいた―――、青黒い、竜・・・、が、、、」
わなわな、と羽坂さんの言葉が揺れる。
「―――・・・、、、っ」
一之瀬さんも、その身体を硬直させ、両の眼も見開いて試す者を見詰めている。
「えぇ、ナル、ハルカ。『彼女』が『試す者』です」
続けて、女神フィーネより智慧を授けられ、全てを知識っているアイナが羽坂さんに答えた。ちなみに、『試す者』は女神フィーネの下僕であり、そのためか生物学的には牝の竜だ。
ルストロさんの記していたとおり―――、
『飛翔する『ソレ』とは、紺色の、、、いや青黒い鱗に全身を覆われた大きな竜だったのだ。その空を駆ける青黒い竜は、二枚の翼を、つまりその背中に、二本の両腕とは違う独立した二つの大きな翼を持っており、羽搏き、滑空し、まるで空を駆けるかのように、その二枚の翼で飛んでいたのだ。青黒い竜のその前脚、つまり両腕のことなのだが、その手には鋭い鉤爪が生え揃い、後ろ足は、筋骨隆々まるで野太い広葉樹の樹木の幹のよう。おそらくこの青黒い竜は、地面に降り立っても、充分に歩けるに違いない。足にも、尖った鉤爪が数本生え揃っている。ヒトが、この竜に蹴られれば、一たまりもないだろう』
『青黒い竜の、鱗に覆われた頭には、二本の後ろを向いた角が生え―――。その眼は、黄金色で、まるで猫の瞳のよう―――。オオトカゲかワニを連想させる顔と頸元。時おり我々を威嚇するかのように開かれる青黒い竜の、その大口には尖った白い歯牙が並ぶ。背中には立派な二枚の被膜?の翼。その青黒い竜は、ずんぐりむっくりとした、肥えたような体型ではなく、青黒い鱗にびっしりと覆われたすらりとした背中、そしてまるで鞭のような、カナヘビに似た長い尾を持っていたのだ―――』
―――、俺の目の前に降り立った『試す者』は、ルストロさんがその手記に記したとおりの、正にそのとおりの姿だった。
首を垂れ、
“ぐるぐるぐる、、、”
と、懐いた猫が立てる音ような音を、この『試す者』もそのような声で鳴く。
「では、皆、征きましょう―――、っと」
先頭を切ってアイナがまず、試す者青黒い竜に、よっと、と攀じ登る。
「ん、アイナ―――」
羽坂さんはアイナに続き、次に。
「どうぞ、一之瀬さま」
アターシャにそうして促された一之瀬さん。
「―――!!あ、はいっ、津嘉山さん・・・!!」
ハッと気づいて一之瀬さんは、忠犬の“伏せ”の姿勢になった試す者の、その松の木のような後足から攀じ登り、羽坂さんの伸ばした手を掴み、その背中に、羽坂さんの後ろの位置に陣取った。
「では、失礼致しましてアイナ様」
「えぇ、従姉さんっ♪」
次にアターシャが。アイナと羽坂さんのすぐ傍らに。
先頭を切ったアイナはともかく、アターシャも、サーニャも、それに羽坂さんも一之瀬さんも、誰一人“竜に乗って落ちるのは怖い”と言う人はいなかった。
ヘリコプターや飛行機とは違って、生き物だぞ、竜は。それなのに、みんなすすっと、まるで車に乗るかのように。
「、、、」
なんか違うぞ、やっぱりこの世界は。現代社会の、というか日本で育った俺の感覚と、この五世界の住人達との感覚は。
一之瀬さんや羽坂さんなんて、普通に日之国の、警備局に属しているとはいえ、ふつうに学生をしているのに、さ。
「・・・」
こんなにも乗ってきて、この試す者は重くないんだろうか? 俺はそこも心配というか、気を遣うよな、試す者に。
だって、前回は、ルストロさんと正臣さんの二人だけだったのに。
「ケンタ殿、さっ早く乗ってください」
、っ。俺は、俺に向かって手を差し出す騎士姿のサーニャに促され、
「お、おうっ・・・」
ハタッと俺は気が付いたんだ。俺があれこれ思っている間に、殿のサーニャを覗き、みんなは既に試す者のその青黒い背に、びっしりと生え揃った青黒い鱗の背中に乗っていた。
「じゃ、失礼するぞ?試す者」
“くるる、、、”
「っ」
おっ、俺の言葉が解っているのか?試す者は、俺の言葉に反応してか、『くるる』っと、僅かに鳴いたんだ。
「さっ、ケンタ殿」
「おう、、、ありがとうサーニャ―――、」
よっ、っと。俺も、俺は、サーニャのその銀の右手の手甲に向けて、この手を伸ばし、、、。じゃあ、その右足から失礼して。と。
竜の身体に攀じ登り、見れば、
「・・・」
おーっ、まじででかい鱗だ。その色は青黒い色。食卓にのぼる鮭や鯛など、魚の鱗とはまるで違っていて、試す者の鱗は、なんだろ尖端が三角形の鱗で、
撫ででみよう。逆鱗にはならないように、っと。
なでなで、、、
「おっ、、、!!」
顔から尻尾に向かって、逆らわずにその脚の上の胴体を撫でると、めちゃ滑々だ。でも、固い、と思う。
“くるる、、、っ///”
「!!」
あっ、また鳴いた。試す者の、俺が撫でたときの音がかわいく懐いているように聴こえるのは、俺の気の所為だろうか?