第三百三十四話 或る闘争の、その帰結
ぐぐ―――、ぐぐぐ。
「―――!!」
ずずず―――、っと、アルスランは後退。そのぷるぷると震える両の腕にも後がない。
「はははっ、後がないぞっアルスランッ!! ちゃんと避けるよな?お前は、俺のこの『封殺剣』を・・・っ!!」
チェスターは前進。
第三百三十四話 或る闘争の、その帰結
アルスランは後退。
「兄さん・・・ッツ」
義兄の危機にイェルハは堪らず叫んだ。
一方で、
「アルス―――、」
ユウェリアの静かな声。義兄想う必死なイェルハの声とは対照的に、ユウェリアのアルスランを想う声は凛としていて静かな声だった。
「―――。貴方にルーンのまじないをかけてあげましょう。―――“智略”のルーンを識りなさい。誰よりも“智将”になりたければ、それは今。事が終われば、バルドの女神に捧げものを贈ることを約束なさい。そして、貴方はバルドの高貴な乙女の親愛なる接吻を得るのです。さすれば、きっとバルドの女神は貴方に微笑むでしょう―――」
口ずさみ、ユウェリアの詩の言葉は、この戦場に流れた。
ユウェリアの、言葉を、その声を聞き、アルスランは、“必殺”は、今この刻であると。ユウェリアの、合言葉にも似たその烽火にて、アルスランは勝機を確信した。
「―――。オレは、チェスターお前如きには敗けん。この場にて屍となるのは、貴公だ」
アルスランは、終に心を決めたのだ。
「ははは、バカめ・・・、状況が見えていないのは、お前だアルスラン」
斬り合いにおいて、アルスランを追い込んでいるのは、まさに自分のほうであると、チェスターは確信しているのだ。
「く―――、」
さっ、っと、アルスランは左手を柄より放した。
右手だけで支える『劫炎の剱』への剣圧が増すのは自明の理。
「―――、、、っつ、・・・!!」
ブツっブチぃっ―――、っと、アルスランの腕の腱の切れる音。
ますますもって、片腕で『封殺剣』を受けることが苦しくなり、アルスランの苦痛と苦悶が増すのは道理。
ん?
「?」
そして、だからこそ、チェスターは、アルスランが左手を柄より放した、というその行動を不思議に、不審に思った。
そのおかげか、アルスランの、戦場における“突飛”な行動は、一瞬だけチェスターを困惑させたのだ。
早く、速く、疾く、と―――、早く事を為すために、アルスランは。
「―――、」
アルスランは、自身の腰元に、柄より外した左手をやった。目的のものが、あるはずだ、と、アルスランは。
アルスランは、黒き瞳をチェスターから一時も視線を逸らすことなく、僅かに左手を自身の腰元で動かす。
「っ」
あった、目的のものが見つかった、とばかりにアルスランは、自身の矢筒に手を伸ばす。
そして、そのその革製の帯に括り付けている、帯びている自身のもう一振りの得物の在処を弄り当てたのだ。
ぐ―――っ、っと。
それは、矢筒の中に忍ばせた“ヤタガン”と呼ばれるやや細見の剣の柄であった。アルスランは、ヤタガン刀の柄を左手の手中に収め、それを握り締める。
ヤタガンという剣は、その大抵が、真っ直ぐ鋩へと向かう刀身の刀剣であり、日本刀とは違い、刃でなく鎬の側が、僅かに反った形状をしているのが特徴的な、中央ユーラシアで用いられている刀剣である。マムルークの兵士もよくその腰に帯びている刀剣である。
ヤタガンの鋩は鋭い鋭角であり、刀身はやや細身。また鎬の側が僅かに反っているため、鎌のように、ものを刈り取るように切ることもできる、クルチ/キリジに比べると、やや短い刀身の刀剣である。
「オレは万全足る姿になることができた―――、」
アルスランは、左手で探り当て、矢筒に隠すように持っていたヤタガン刀の柄を握り締め、それを素早く目にも留まらぬ速さで抜き―――、
「―――、それは一度、離れた貴公のおかげだ」
ドス―――ッ、
―――、アルスランは、チェスターの皇衣より見える、皇衣によって隠されてはいないその柔らかく血色のよい喉へと、その銀色に輝く鋭利な硬い鋼の、ヤタガン刀の鋩を衝き立てた。
「、ッ―――ガッ・・・!!」
「さらばだ、チェスターよ。オレの勝利だ―――」
ずぶ、ずぶずぶずぶ―――
チェスターの頸筋の皮を破り、肉を裂き、筋を斬り、骨を割り―――
「、、、ッ・・・、―――、カ、ハ、、、ッツ」
急速に、アルスランが右手で握る『劫炎の剱』が受ける『封殺剣』の剣圧が減り、なくなり、そして、チェスターは『封殺剣』を取りこぼしてしまう。
カランコロン、っと、『封殺剣』はチェスターの足元へと転がった。
ぐぐ、ぐぐぐぐ―――、っと、アルスランは腕に、全身に籠めた力を抜くことはせず、彼の最期のときまで。。
「―――ッ」
無言で、だがアルスランは、チェスターの頸に衝き立てたヤタガン刀を握るその左手に力を籠めるのだ。
どさり、、、、っと、終にチェスターは、全身の力を失い、その場に崩れ落ち、るのであろうが、ヤタガン刀を持つアルスランがそれを赦さない。
「礼を言うチェスターよ」
ブシ―――ッ
アルスランはさらに、左手に力を籠めていき、そのヤタガン刀の鋩は、刺さったほうとは真逆の、チェスターの頸の後ろより、その真っ赤に染まった鋭利な鋩を覗かせたのだ。
「、ッ、、、―――、、・・・ッツ!!」
ぴくぴくっ、っと、チェスターの、左と、右の半ば開けた手が、痙攣のように、その指が動く。
「―――」
アルスランが、その左手で衝き立てていたヤタガン刀を、素早く思い切り抜けば―――、
プシャアァアアアア―――ッツ
喉を、ヤタガン刀に衝かれ、刺され、切り裂かれ―――、喉を潰された所為でチェスターは、最期の声も上げることができず、その紅の血潮を当たり噴く。
「、、、―――、っ」
ごろごろ、、、どさ―――っ、、、
チェスターは、頸筋より多量の紅を噴き上げながらもんどりうって、崩れ落ちるかのように、施療院の石床の上に転がった。
チェスターの返り血を浴びたアルスランは、どこか慈悲を浮かべるかのような優しい表情になって、
「貴公が一度、どこかへ行って、、、いや、貴公が帰ってくる間に、おかげでオレは、万全に足りる準備をすることができたのだ」
だらん、、、っと、転がるチェスターは、力の入らなくなった身体を、その全身を力なく弛緩させ―――、
「、、、・・・、―――」
既に、チェスターは縡切れる一歩手前であり、アルスランの言葉を聞けてはいるものの、その視線も、アルスランの姿を捉えることはできず、虹彩の消えゆくその笹色の瞳は、まもなく永久にその光を放つことはなくなるであろう。
「・・・」
すっ―――、っと、アルスランは、その腱に傷を負った右腕を動かして、その右手に持った『劫炎の剱』を、チェスターのその白く血色の褪せた柔らかい頸筋に持っていく。
鋼色に煌めく『劫炎の剱』の湾曲部とその鋭角の鋩。
アルスランは、その自身の手は、チェスターの頸筋に刀を、その刃を掛けたまま―――、
「我が名はオテュラン家のアルスラン。その渾名は『バルディアの剣獅子』。貴公を討ち取り、この戦いに勝利した者の名だ。チェスター=イニーフィネよ、その武勇のみに逸った貴公が、しっかりと天神の元へ逝けるよう、オレが丁寧に葬ってやろう―――、」
―――、斃れ伏すチェスターに優しく、慈悲すら感じさせるその表情と口調で語り掛けた。
「―――、さらばだ、イニーフィネ皇国皇子チェスター=イニーフィネよ」
力を籠め、貯めて、右手に左手も添え、振り翳し―――。
勢いよく振り下ろすは『劫炎の剱』―――。
―――ッ
勝者たるアルスランは、斃れ伏す敗者チェスターの、その首と胴を生き別れにした。
『バルディアの獅子』ことアルスランは、手にした『劫炎の剱』でチェスターの首を刎ね、この闘争における“自身の正義”を完遂し、名実ともに完全なる勝者と成ったのである―――。
―――ANOTHER VIEW バルディア大侯国の都ウィンニルガルドの風景―――END.
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―――Kenta VIEW―――
「―――・・・」
チェスターが死んだ。バルディアの剣獅子アルスランに討ち取られ、殺された。俺の婚約者アイナがその仇として追う者。アイナの父と兄を殺した者。
そいつチェスターが、アルスランに討ち取られ殺されたんだ。
『ケンタ、愛しい貴方。私が、ケンタ貴方に『女神フィーネ様』が視識る御神託をお伝えします―――』
アイナが俺に言ったあの言葉―――。
「―――、、、」
俺は静かに目を開いた。
女神フィーネの御神託。魁斗を倒したときには、その優しい女の人の声だった。俺に語りかけてきた女神フィーネの声。
今度の、御神託は、直接女神フィーネの、その優しい声ではなく―――、映像のような、この惑星イニーフィネに起こったことを録画したかのような『映像』―――。
俺の頭の中に直接流れ込んでくる、『女神フィーネが視識り、記憶したもの』の、映像を、女神フィーネその人から見せられて。
だから俺は、自分が為さねばならないことは、全て識っている。
「、、、」
本当にここに来るのか? 一抹の不安が俺の心に過るものの―――、そうしなくては始まらない。
俺は顔を上げ、空を見上げた。
神雷の台地の絶壁は、その途中で、雷氣漲る雷雲の雲海に阻まれて、その上は見えない。
もし、女神フィーネが言った『もの』が、ここに来なければ、この絶壁を、『神雷の台地』を攀じ登ればいいだけの話・・・!!
「ッツ」
呼ぶ。喚ぶ。招く。俺は、空を見上げて、女神が神託で伝えてきた『彼奴』を召喚する!!俺は、『神雷の台地』のその麓で、その絶壁の下で、口を開き、叫ぶんだ・・・!!
「来いっ試す者・・・ッ!!」
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つらつら、つらつら―――、・・・、、、。っと俺は筆を取り、書き進めていく。
「・・・」
俺は小さく息を吐き―――。俺達の行動の裏で行なわれていた『イデアル』の謀を記した節を書き終えた。
「―――、」
アルスランあいつは、アイナの宿願を永久に奪ったんだ、アルスランがチェスターを討ったことで。
でも、俺はそれのほうが良かった、と内心では思っている。
「・・・」
だって、アイナが、好きな人が、仇を討つ、、、チェスターを殺すところなんて見たくなかったし、場合によっては、アイナのほうが、、、
「いや、それは」
俺は、首を横に振った。
さて、次の
「ふぅ、、、よくここまで書いたよな・・・」
俺は、自分自身のことだが感嘆。
次巻『二十九ノ巻』は、やっと俺だ、俺達だ。今度は『神雷の台地』で繰り広げられた俺達の闘いを記していこうと思う―――。
『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山編-第二十八ノ巻」』―――完。