第三百三十三話 決戦
チャ―――、
「オレは貴公を斬る。貴公は返り討ちに遭うだろう」
アルスランは、その刀剣力を封じられた『劫炎の剱』を、やや斜に構えた。
その柄を持ち握り締める手は右手。
反対の、左手のその手指は、柄を握り締める右手に上から重ね合わせて柄を握り締める。
第三百三十三話 決戦
ダダダダダダ―――ッ、っと、アルスランの元へと駆けてきたチェスターは、
ダンッ、
っと、勢いよくアルスランの数歩先で、施療院の石床を蹴り、跳び上がる!!
無論、その両手で柄を持つ『封殺剣』を、その銀色に輝く鋩を、刃をアルスランに向けて、だ。
「ハッ!!アルスラン・・・っ、そんな細い剣でっ、果たして俺の必殺の一撃が受け止められるのか?いいだろう、俺が、お前を剣ごと、この『封殺剣』で、叩き斬ってやる!! 堪えてみせろっアルスラン―――ッ!!」
おらぁッ、っと。ゴアッ―――、っと、
跳んで爆ぜ、空気を切り裂いてアルスランのその頭上より、チェスターは、己の『封殺剣』を真下のアルスランに、振り落とす・・・!!
「ふむ―――、」
アルスランは、鼻に抜ける声で、そう軽く呟いた。
斜に構え、袂に引き寄せている鋼色に輝くその『劫炎の剱』を、神速というべきその速度で、アルスランは眼前へと繰り出す。
アルスランは、突剣を用いる決闘のように、『劫炎の剱』を前に突く。その鋩を衝くように繰り出すのではなく、アルスランは『劫炎の剱』で、
カンッ、っと、己に真っ直ぐに向かって、落ちてくるような斬道の『封殺剣』のその幅広な剣身の横腹に、自身が繰り出した『劫炎の剱』を当てたのだ。
彼アルスランから見て、斜め右上から左下に抜けるような斬道になるよう『劫炎の剱』を持つ右手首を動かしてぶつけ、チェスターが振り落とし揮った『封殺剣』のその縦へ、上から下へと斬る軌道を変えるために、往なし逸らしたのだ。
チュイン―――ッ
剱筋が曲がる光の如く見え―――ッ
アルスランは、左手を柄より放して、巧みに右手だけで、右手首を素早く動かし―――。その当てた『劫炎の剱』の長い刀身で、『封殺剣』を絡め取るかのような、動きである。
その時間、僅か数秒、刹那。
アルスランの巧みな剣捌きにより、細く鋭利な刀剣である『劫炎の剱』が、撓るように振るえ、撓み―――、『封殺剣』の弧を描く斬道を逸らし変えたのだ。
「なっ、なんだと―――!!」
チェスターは、自身に起きた、封殺剣に起きた想定外の事態に驚きを隠せず、その目を見開く。
チェスターの封殺剣の斬撃は、アルスランの素早い搦めるように撓った刀剣の動きについてくることができず、『劫炎の剱』に往なされて、アルスランの身体に『封殺剣』は命中せず。
即ち、『封殺剣』を振り落としたが、チェスターのその斬撃は、アルスランの巧みな剱技によって軽くあしらわれたのだ。
即ちこの事実は、アルスランが『劫炎の剱』のその叡智の力にばかり頼り切った者ではなく、このアルスランという男は、真に自身の肉体を鍛え、体技や剣技にも磨きをかけ続けているという者であることが分かる。
アルスランは、チェスターの振り落とすという単調な直の動きの『封殺剣』を、『劫炎の剱』の剣身を当てることで往なし、その斬道を逸らしたのだ。
フっ、っと。
「ッツ」
アルスランは、体幹を左に反らし、その直後のことだ―――、
ブアッ―――。
アルスランの左肩口を僅か数寸のところを、逸らしたチェスターのその銀色に輝く刃の鋩は弧を描き、その『封殺剣』の銀色の斬動は通過、落ちていく―――。
ガンッ―――
またしても、チェスターは自身が斬り降ろした、いや、振り下ろされ勢いのついた『封殺剣』を、自身の腕力で止めることはできず、
「くッ―――、、、」
チェスターは己が揮った『封殺剣』を施療院の石床にぶつけてしまう。
疾―――
「終わりだ、チェスター」
この機を好機と捉えたアルスランは、チェスターの『封殺剣』を往なしたその『劫炎の剱』を、素早く切り返す―――、
ビュ―――ッ
―――、アルスランは、チェスターの頭を標的にし、右手に持つその『劫炎の剱』を真横に薙ぎ払う!!
チェスターは、眼前に迫る弧を描き薙ぎ払われる鋼色の一閃を、即ちアルスランの『劫炎の剱』の斬撃を、上体を反らすことでなんとか回避―――、
ピ―――ッ
「ぐっ―――、」
―――、だが、チェスターは、アルスランの『劫炎の剱』の、その鋭い斬撃を、その細く鋭利な鋼色の一閃を全て躱し、避けきるとは叶わなかった。
アルスランの、チェスターの顔面を、その目元を狙った、細く靭な刀剣の、鋭い鋩から繰り出された尖鋭たる斬撃を、彼チェスターは避けることができなかったのだ。
パパパパッ―――、
―――っと、チェスターの額より赤い鮮血が。彼チェスターの血飛沫が、左斜め下から右斜め上へと、真一文字に迸る。
「ッツ・・・!!」
バンっ、っと、チェスターは、開いた左手を自身の額に当てた。
自身の額には、横一文字に、刃で切り裂かれた傷―――、もうあと僅かで額の骨まで達しようかという斬り傷―――。
「、、、―――」
その開いた左手を、眼前に持って来て。
目の前の開いた手。そのチェスターの開いた左手の手の平は、赤。血の紅色に染まった手の平。
つぅー、、血が垂れる。
「・・・っ!! 血、、、俺の―――、よくも、この俺の顔に―――、、、」
チェスターが、このように自身の急所たる額に、刃創を負わされるのは、チェスターの人生史において、アルスランが初めてのことであった。初体験である。
「―――、この、、俺の、、、顔に傷を・・・」
わなわなわな・・・。
つぅ―――、じくり、、、っと。額より真っ赤な紅の鮮血が垂れて、そのチェスターの笹色の左眼を朱に染める。
「、っ、浅い・・・!!」
一方でアルスランは、悔しそうに歯噛みした―――。自身の斬撃が、その『劫炎の剱』の鋭い鋩が上手くチェスターの頭に届かなったかったからだ。アルスランにしても、このようなことは久方ぶりのことであった。
アルスランが、『敵を斬る』、と決めた自身の『強固な意志と正義』を振り翳したときには、いつも自分の一撃でアルスランの敵対者は、致命傷となって絶命している、はずなのに、と、アルスランは。
アルスランの理想では、このときチェスターの顔面に向けて放った先ほどの斬撃は、チェスターの頭を輪切りにし、血を噴かせ、脳漿をぶちまけさせ、頭を輪切りにし半分にする予定だったのだ。
訪れた想定外に、
だが、すぐにアルスランは気持ちを切り替え、今こそ自身に訪れた勝機である、これをみすみす逃すというのは、アルスランにとっては有り得ないことである。
「、っ」
バ―――、っと、アルスランは、チェスターの眉間を切り裂いたその『劫炎の剱』を手元に戻す。
斬り返し、今度こそ、チェスターを仕留めると、アルスランは。
チェスターを斬り、殺す、というアルスランのその覚悟の表れは、その目元に、その口元に現れている。即ちアルスランの強固な意志の宿ったその黒い眼の双眸は、意志の力を籠めたその眼と、その口元は、力強く。
「―――ッツ」
ぐッ―――、っと、アルスランは『劫炎の剱』の柄を持つ右手に、さらに力を籠め握り締めた。すっ、っと、その柄を握る右手に左手も重ね、その上から右手を包むように左手でも柄を握り締めたのだ。
大きく目を見開くチェスター。アルスランはこれで停まらない『俺を本気で斬り殺しにかかってくる』、と、チェスターは、瞬時に悟る。
「ッツ!!」
チェスターは、アルスランのその動きを観て、自分を本気で、斬りにくると一瞬で悟ったのだ。
チェスターは、石床に至っている『封殺剣』を、素早く手元に戻すことその時間は刹那のこと。
ギン―――ッ、ガッ、、、!!
「「ッツ・・・!!」」
両者は烈しく互いに斬り結ぶ―――!!
アルスランとチェスター。
「くッ・・・、貴公も中々にしぶとい男だ、、、チェスターよ。早々に地の底へと逝け。オレが貴公を死地に送ってやろう・・・ッ」
「うぐ、、、ほざけ、アルスラン・・・、俺は死なん!! 勝つのは俺、死ぬのはお前だアルスラン・・・ッ」
『劫炎の剱』と『封殺剣』。
アルスランとチェスターは互いに、全力でその自身の得物の柄を握り締めて、互いの生命を奪うために、斬り結ぶ!! 自身の『正義』を賭けて、
『叡智の力』を封じられているが故に、純粋に、己らの力だけで、彼らが斬り結んだ己の剱同士のその剣圧だけで圧し合う。
ぐぐ、ぐぐぐ―――
「くっ・・・!!」
苦悶の声とその表情は、アルスランのほうである。
アルスランは、チェスターの『封殺剣』の剣圧に圧され、上体を逸らしてゆく。
「ハハハハ、アルスラン・・・っ。どうやら勝負は、俺の封殺剣のほうに分があるようだな・・・っ」
チェスターは、自身の、大剣に属する幅広の重厚なる『封殺剣』を、その前部を押し出して被せるように、アルスランの『劫炎の剱』を圧するように、
「くそ・・・っ、剣の重みが・・・!!」
ぎりぎりぎり―――、と、チェスターはアルスランを圧し込んでいく。
ぐぐ―――、ぐぐぐ。
「―――!!」
ずずず―――、っと、アルスランは後退。そのぷるぷると震える両の腕にも後がない。
「はははっ、後がないぞっアルスランッ!! ちゃんと避けるよな?お前は、俺のこの『封殺剣』を・・・っ!!」
チェスターは前進―――。