第三百三十一話 炎騎士よ。そなたは再び、『理想なる禊』を受けなければならない
「だが、同志チェスターよ、忘れるな『バルディアの聖女』は必ず連れ帰れ。いいな? 類まれなる異能を持つ、彼女を新たなる十二傳道師と成すために」
「俺に任せろ、導師」
チェスターが、その立派な封殺剣を、鞘に納めたとき―――、
キュン―――っ、っと。
―――、再びその封殺剣の縛めは為され、全ての『叡智の力』が戻る。
第三百三十一話 炎騎士よ。そなたは再び、『理想なる禊』を受けなければならない
「ぐぅ、、、」
執行官も、機械の身体の動きを取戻し―――、
「よくもこの私を―――、このような埃まみれに、、、くっ、アネモネ・・・。ふぅ、―――まったくっ、私のこの服も、このようにボロにして―――」
がらがらっと、自身に降り積もったコンクリートの瓦礫を押し退けて、完全復活した総司令官アリサも這い出してくる。
パンパンっ、っと、アリサは、ところどころ破れができた自身の服の埃をはたく。
「―――、ッ」
そして、あの男が自身の目の前にいるということに、アリサは気づいた。
びくっ―――。
「チェス、、、っ―――」
っと、そして、気づくのだアリサは、自身の天敵のような存在たる封殺剣を持つチェスターに。
「ガラクタ人形風情が、人様に対して立派に口を利くな。またお前、俺にバラバラにされて逝かされたいのか?」
チェスター=イニーフィネは、その心底機人を嫌う蔑視の眼差しで総司令官アリサを見て、侮蔑的に言葉を吐き棄てた。
「ひぃ―――ッ」
びくぅ、、、総司令官アリサは恐怖に、過去の記録が脳裏によみがえり、その両眼を見開き、まるで人がそうなるように恐怖に慄いた。
「ふんっ、つまらんなガラクタ人形を相手にするのは」
チェスターは、すぐに己の異能『空間管掌』を発動。彼の周りの空間が歪んだ。
その様子を見て、また自身の主たる殿下がどこかに行ってしまう、と、一人危惧した者がいた。
「で、殿下―――。俺も、バルディアに連れて行ってください」
チェスターのその様子。『空間管掌』の異能を発動させた、主の威容を目にしたグランディフェルは、言った。
だが、チェスターは、冷たいその視線で、自身の臣下たるグランディフェルを一瞥。
「グランディフェル、、、お前はここに残れ―――」
「で、殿下!?チェスター皇子殿下っなぜですか!? 俺は貴方様の第一の臣下。近衛騎士ですぞ!?」
「黙れ、グランディフェル。お前は、俺の愉しみを邪魔するつもりか?この愚図がっ!!」
チェスターは吐き捨てるように、グランディフェルに言った。
「で、殿下。俺は殿下の邪魔をするつもりはありません」
「ふんっどうだかな」
「同志高潔なる炎騎士グランディフェルよ。その主へと逸る心を抑えて、少し待ちたまえ」
すると、導師は目敏くグランディフェルに語りかけた。
「ど、『導師』まで。なぜ―――」
「私は同志には、此度の『落伍者アネモネ捕縛』という『理想の行使』を伝えなかった。解るね、同志グランディフェルよ。同志チェスター皇子も、それを了承済みだ」
彼グランディフェルだけが、この事を“知らされていなかった”のである。答えは明白。彼グランディフェルの身内が、血を分けた実の娘サンドレッタが、導師の言う“アイナ=イニーフィナ率いる賊徒”の、その中にいるからだ。
導師は、『落伍者大地の魔女土石魔法師アネモネ』と通じているグランディフェルの実の娘サンドレッタと、グランディフェルは、実は内で通じているかもしれない、と疑っているからである。
「、っ。で、殿下も、、、了承・・・済み、、、」
自身だけが、この『イデアル』という秘密結社の中で“蚊帳の外”という事実が、グランディフェルの心を覆う、覆っていく。
疎外感、仲間外れ、という事実を、彼グランディフェルは感じたのである。
「同志グランディフェルよ。そなたは以前、賊徒アイナ=イニーフィネを庇い、導師たる私が次代の導師と定めていた黒き御子同志『黯き天王カイト』の企図を、水泡に帰させ、そして、その結果たるや惨敗。次代の導師『黯き天王カイト』という類稀なる存在を、我々『イデアル』は、永久に失うこととなった、と私はそう周知している。大変残念なことだった・・・」
「ッ!! そ、それは―――、」
「よって、同志高潔なる炎騎士グランディフェルよ。そなたは再び、『理想なる禊』を受けなければならない」
「『理想なる禊』、、、ですか?導師よ」
導師は、胸の前で自身の腕を組む。
「うむ、そうだ同志炎騎士グランディフェルよ。その手で、賊徒アイナ=イニーフィナに組するそなたの娘サンドレッタを討ち取るか、もしくは、『理想の徒』への勧奨を成すことができれば、そなたは真の『同志』と成るであろう」
「ど、導師よ・・・、、、」
どうしよう、どうすればいい俺は。導師は、まさか自分の娘を俺に、親に殺せと言うのか、と、グランディフェルは、心の内、内心で憂うのであった。
もしくは、娘もイデアルに、、、である。導師が言うには。
一方のチェスターは、今は煩わしいと思っていた臣下近衛騎士グランディフェルを引き剥がすことができて、それも嬉しくもあった。
もはや、チェスターは、自身の臣下グランディフェルのことなど、どうでもよく。
「ははっははははっ待っていろ、アルスラン・・・っ」
チェスターの頭の中には、アルスランと闘うことでいっぱいである。血沸き肉躍る、瞬時の判断が互いの命運を別ける、そのような力が拮抗した闘い、闘争、命の駆け引きである。
そして、チェスターは、アルスランに負わされた自身の創傷を治癒もすることなく、空間を歪める『空間管掌』を行使し、月之国のノルディニア王国に瞬間移動。この会合の場を後にするのだった―――。
―――ANOTHER VIEW バルディア大侯国の都ウィンニルガルドの風景―――
万全たる準備を整えて終わらせ、また体調や調子は十全な状態となっていたアルスラン。
「ふむ―――」
左右の手首を、ふりふり、くりくり、と、円を描いて捻ってみたり、また、グーとパー結んで開いて、その状態を確かめていた。
「兄さん。どこか腕とかに変なところ、違和感はないですか?」
―――先ほどイェルハは、
『治癒が終わりました』
と、チェスターに負わされた義兄アルスランの左肩の剣創傷を、“癒した”ところだった。
「あぁ。いつもありがとう、イェルハよ。お前は俺にとってとても大切な義妹だ。イェルハよ、オレはそなたイェルハを愛おしく思うぞ、故に、今宵そなたと―――・・・」
故に、―――。っと、アルスランはイェルハのその細い腰に右腕を回し引き寄せると、彼女イェルハの耳元で熱い愛を囁いた。
同時にアルスランは伸ばしたその左手を、その開いた左手で、イェルハのその綺麗できめの細かい色の着いた髪を、その側頭部を愛おしく数度撫でた。
また、イェルハに向けるその慈愛に満ちたアルスランのその優しい眼差しは、先ほどチェスターと闘っていたときの表情とは別人のようである。
「・・・やんっ///兄さん―――くすぐったいのっ///」
きゅんっ/// と、イェルハは僅かに身じろぎ。その頬を紅潮させた。
「アルス―――、」
アルスランに声を掛けたのは、ユウェリアである。
「―――、私にもなさい」
「、! ユウェリアよ、そなた―――」
アルスランはみなまで言わず。だが、
「―――、近こう寄れユウェリア」
アルスランは、イェルハを羨ましく思っての、ユウェリアのこの言動であると見抜いていた。
「えぇ、アルス。私とてイェルハを護ったのです。アルス貴方は、私も愛でなくてはならないはずです」
「うむ。貴女の言葉には一理あるというもの。すまぬ、ユウェリアありがとう。そなたはオレの最も大切な姫君だ」
「アルス、、、っ///」
「兄さん」
「無論、イェルハも。そなたはオレの最も愛する義妹であるぞ?」
「兄さん、、、っ///」
一方の、
「、、、」
アンジェリカはと言えば、アルスランとイェルハ、そして、ユウェリアが互いに戯れているのを見ながら傍らに佇んでいるが、ただただ、その心を内に留めて面には出さず。彼女もアルスランにその頭を愛おしく撫でられたい、と、そう思っているのだろうか?
さわさわさわ―――
そのような時―――。施療院のその屋内。療養室の中。アルスラン達がいる空間で異変が生じたのだ。
「む―――っ!!」
僅かに生じた空間の異変、歪みに気が付いたアルスランは、顔を上げた―――。