第三十三話 祖父ちゃんが俺のことを美化しまくって
第三十三話 祖父ちゃんが俺のことを美化しまくって
「はい。コツルギ=ゲンゾウ殿は、ゆくゆくはケンタ貴方が自身の跡を継ぎ、次代の剱聖となってくれればよいのだが、と常々言っております」
「え?」
剱聖? そんな話、祖父ちゃんからは一言も聞いたことないぞ、子どもの頃に。
「そして、ケンタ貴方が友人や祖父想いのとても優しい孫であるということや、その実力を鼻に掛けず、試合で勝っても負けても自分を負かした勝者や自分が下した敗者にも、敬意を表するようなとても素晴らしい孫であると、私はゲンゾウ師匠よりケンタのことをそういつも聞かされています・・・☆彡」
アイナ、目をきらきらさせて・・・。いやぁ・・・でもどうだろ? どうだったかな? うん、まぁ孫である俺のことを美化しすぎだと思うけどなぁ・・・祖父ちゃん。
「え、えっと・・・」
アイナは純真無垢な瞳で。ぜってぇ祖父ちゃんから聞いたという内容そのままを信じてるよなぁ―――。あのアイナの目をきらきらとさせた様子・・・。絶対祖父ちゃんは俺のことを美化しまくってアイナに吹き込んだに違いないって!!
祖父ちゃんは絶対誇張して俺のことをアイナに話したに違いない。祖父ちゃんの話は嘘の内容ではないけど、その話を聞いたというアイナは俺のことを疑うことなどなく、彼女は祖父ちゃんの言葉をそっくりそのまま信じたに違いない。
「・・・・・・」
そんな今のアイナの目は口程に物を言い、その瞳はきらきらしたものだったんだ。
「私は必ず憧れのケンタと逢えると確信していました。ケンタの征く道と私の征く道はきっと必ず重なり合うと。そして、事実私は話に聞いていた憧れのケンタにこの世界で会えることができたのですっ―――☆彡」
アイナさん俺を見る目がキラキラ・・・
「お、おう・・・アイナ」
「きっとこれは、私達の出会いは女神フィーネ様のお導きですね、ケンタっ」
女神フィーネ様か・・・―――、もしいるとしたらどんな女神様なんだろうな・・・。
「あ、うん・・・そう、だな」
アイナの言う女神フィーネ様の導きとか、そういうことは俺にはいまいち分からなくて実感にはないけど、一つ解ったことがある。たぶん、うん、女神様って言うアイナってロマンチストだ。
まぁ、それは置いておいて、アイナという女の子の本質は信じる人を疑わない純真な性格で、だから自分で一度決めたことに向かってまっすぐ進むような一面もあり、それが故に己の征く道を信じて疑わない―――そんな女の子。
「―――」
確かそういえばアイナは『幼き日の私は仇敵を討ち取る剣士を目指し―――』と自身で言っていた。そしてついさっき『私がまだ幼き日、『武装していなかった私の父と兄』を不意打ちのように殺めたチェスターは今、どこにいるのですか?』と、アイナはグランディフェルに問い詰めていた。
え・・・、アイナ―――まさか、そんな―――酷いあまりにも酷すぎるよ・・・!! と俺の中に一つの答えが生まれたんだ。
「―――」
『仇敵』=『父親と兄を殺したチェスター』がイコール同じで、それがもし、子どもの頃のアイナの目の前で起きたことだったとしたら―――。
うそだろ、俺だったら堪えられないよ・・・。
「―――ッ」
―――それはきっと、その惨劇は幼き日のアイナにとってそれは途轍もなく衝撃的なことだったに違いない―――はずだ。
そんな嫌そうな顔をするな、魁斗。そんなにお前はアイナの話が嫌だったのかよ。アイナの話が切れて俺がふと顔を上げ、対面に立つ魁斗を見たときだった、それは。
「君長いよ―――」
―――にやり。なんだ、お前その顔は!! アイナの言葉が切れたとき、魁斗はそれまでのうんざりするような顔から、口角に笑みを湛えたような顔になり、その顔のまま魁斗は語り出す―――。
「君の話が長すぎてさ、僕はうっかりぐーぐー居眠りしてしまいそうだったよ。なにせ僕と健太は昨夜あんまり寝てなくてね。でもね、僕達『イデアル』の絆は、君のそんな一方的でちんけな嘘だらけの感情よりもずっと強く太く固いんだ―――」
「―――」
こいつ・・・!!アイナの気持ちが一方的で嘘だらけの感情だと? もうお前喋るな、魁斗。俺の気分が悪くなる。
「―――僕達『イデアル』は『家族』という切っても切れない太く固い関係で結ばれているんだよっ。ね、そうだよね健太っ!!」
固い関係だよね?とか、俺に同意を求めるなよ。
なんか、魁斗は鼻息荒く感情的になり、多弁になっているように俺には見えたんだ。昨夜、生ける屍達の脅威にびくつきながら、地下隧道を歩いていたときや、子供の頃の魁斗はこんなにも感情的じゃなかったような気がする。
そして、俺の癇に障るあの言葉―――
「おい、魁斗。『ちんけな感情』って明らかに言い過ぎだ・・・!!言葉を撤回しろ・・・!!」
「やだよ。てへっ♪」
イラッ、なんだその顔―――俺をからかっているのか、お前は?
「~~~ッ」
魁斗は俺の撤回要求に応えることはなく、その口からぺろりと舌を出し、肩を竦めて場違いにもおどけてみせたんだ。
もう、お前ら帰れ。ていうか、言う。
「私の気持ちがちんけな感情・・・―――」
「っつ!!」
ハッ―――、として俺の気持ちなんかより、アイナだ!! アイナをちゃんと気遣ってあげないと!! アイナは俺の彼女なんだぞ!!
っ俺はアイナの震える声でハッと我に返った。魁斗の『ちんけな感情』という言葉が相当アイナの気に障ったのか、アイナはわなわなと全身を震わせていた。
そう、アイナだ。バカ魁斗の相手をしていてアイナの気持ちをすっかり置き去りにしていた・・・!! こんな腐れ縁なんかがほざいた戯言より、俺がいの一番に気に掛けないといけないのはアイナのほうだった。
そこへ主アイナのそんな憤りに震えるその様子を見て、今まで佇んで事態を静観していたアターシャがすすっとアイナに歩み寄る。そのときアターシャはアイナの元へ歩む前にちらりと俺を一瞥した。
「―――」
ありがとな、アターシャ。俺は心の中でアターシャに感謝した。
「・・・」
その眼の視線に籠められたものから、アターシャは俺を非難しているのではなく、『私にお任せを』と言っているように思えた。だから俺はアターシャに、ありがとう、ごめんという意味を籠めて一度頷いた。
「アイナ様―――お気を確かに。あのような者の言うことに耳を貸していけません。落ち着いてくださいませ、アイナ様」
「・・・そう、ですね・・・アターシャ。―――、―――、―――」
「おっ」
一緒だ、俺と。アイナは自分の胸に軽く握った手を置き、何度か息を吸って吐いてを繰り返したんだ。その呼吸法は俺も子供の頃に、祖父ちゃんから教わったものだ。昂った気と感情を一回リセットし、心を落ち着かせるためにするものだ。
「ケンタさまもあのような非合法な集団に靡くことはありませんね?」
「お、おう。俺としては魁斗達にもうお帰り願いたい」
アターシャの目力が凄くて、最初ちょっと口ごもってしまったっ。非合法集団か・・・っつ魁斗のやろう―――、思い出しただけで、なんかむかむかしてきた。
「魁斗。お前達があの街で犯したことは犯罪だし、頼むからあいつらを連れてさっさと出頭しろよ」
「うぅ・・・なんでさぁ、健太―――」
そんな泣きそうな顔を向けるなよ、なんなんだ魁斗お前―――、それともそんな泣きそうな顔を見せて俺の同情を誘うつもりか?
「なんでそんなことを言うのさっ健太・・・うぅ」
魁斗の表情は、顔は、本当に泣きそうな顔で―――。でももう俺は、あの街での出来事以外にもいろいろとやばいことばかりしていそうな、こいつら『イデアル』とは関わりたくないんだ。
「それが嫌ならもうあいつらを連れて帰れ。おとなしくしていてくれよ、魁斗。これ以上、波風を立てないでくれ、頼むよ」
あいつっ魁斗またあんな顔になってッ・・・!!
「っつ!! そうかそういうことか」
さっきまでの泣きそうな顔はどこにいったんだよ。そのとき魁斗の顔が、表情が怒りと憎しみに歪んだんだ。
「アイナ=イニーフィナお前の所為か。でも君は今から死ぬ。殺そう・・・。さぁ、健太、僕達と一緒にこのアイナ=イニーフィナを殺そう」
はぁ!?
「ッ・・・!!」
あいつ今なんて言った?アイナを殺そう?ふざけんなよ・・・―――魁斗ッ!! なんで俺が恋人のアイナを―――それだけはやらせねぇっ!!
「アイナを殺す・・・だと?」
ピクり―――と、俺の眉間がピクリと動いたのが、自分でも分かった。
「うん、そうさ。僕らの『理想』にとってこの女の存在は邪魔なだけさ。だからこの世から消すのさ、僕ときみの二人で、さ」
ギリ・・・ッ―――、ぐ―――ッ
「ッ」
魁斗のその発言を聞いて俺は歯を自然と食いしばった。そして右手の掌をぐっと白くなるまで握り締めたんだ。
「ふ・・・ふざけんなッ魁斗・・・ッ!!」
このやろう・・・―――、だれが・・・だれが自分の好きな人を、恋人を殺そうってッ!! しかも好き合っている俺に言うか?誘うか―――? おかしいだろ!?
魁斗の『理想』『理想』という、自分勝手で身勝手な言い分に、俺はなんか無性に腹が立った。そんな自分達の『理想』の邪魔になるから、アイナを殺す、だと!!ふざけるのも大概にしやがれッ。