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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第二十八ノ巻
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第三百二十九話 その魔法―――。実にくだらん“偽りなる強大な力”だな、、、

 ザッ―――、っと、足を出し、さらに前へもう一歩。


 チェスター=イニーフィネが二歩目を踏み出せば、全身が通れるほどに空間は割り裂け、まるでガラスの破片のように、周囲に飛び散って、だが、それは瞬く間に、“正常な空間”に溶けるように、なくなり消える。

 まるで、温かいお湯が満たされたカップの中に静かに落とした薄い氷のように、だ。


第三百二十九話 その魔法―――。実にくだらん“偽りなる強大な力”だな、、、


 今やその男。イニーフィネ皇国第二皇子チェスター=イニーフィネ皇子は、完全に、空間を超越して、長大な距離のある、オルビスのバルディア大侯国侯都ウィンニルガルドの施療院より、ネオポリスを僅かに切り取り設えられた、この『イデアルの会合の場』に現れた。


 睨む。睨み付ける、その鋭い眼差しで、眼光で。

 彼チェスターが、その顔を向けるのは、『イデアル』を裏切っていたアネモネではなく、

 石床は一部崩壊し、天井も崩れかけ、また、罅だらけとなった壁。そのような修羅場と化した会合の場の上座、真正面を向く。


 チェスターが睨むように見詰めるのは、特務官No.702に護衛されている『導師』である。

「・・・―――、ッ」

 チェスターは、命を賭ける自身にとって最も喜悦たる“生きる道”というべき、手に汗握る互いの生命を削り賭ける闘争を、半ば無理矢理『導師』から取り上げられて、とても不服そうな、不満ある憤懣やるかたないその表情を隠そうとはしない。


 むしろ、チェスターは、自身の気持ちを吐露するかのように、導師に見せつけているのだ。

 そんな気持ちのチェスターは己の口を開く。

「落伍者アネモネの捕縛のためとはいえ、俺はこのような茶番に付き合わされたのだ。つまり―――、」

 チェスターは顔を顰め、眉を歪めたその笹色の双眸で、導師のその二つの眼を見据え、口を開いたのだ。

 それとほぼ同時。同時進行のその動作にて、チェスターは、己の腰に帯びた封殺剣に手を伸ばす―――。


 さ―――、っと、チェスターは、己が左手を、自身の腰の得物『封殺剣』の鞘に掛け。


 直剣の形状の『封殺剣』を納めるその真っ直ぐな形状の鞘は厳かで重厚であり、その(こじり)即ち鞘の尖端、剣の鋩が収まる部分。

 その鐺には、橙赤色の輝きを発する丸く球体の赤い宝玉が、球体の半ばまで埋め込まれている。


 す―――、っと、チェスターは、今度は反対の手。即ち己が右手を、『封殺剣』の丸鐔の意匠の柄に添える。


 直剣の『封殺剣』の刃渡りは、長尺ではないが、無骨な様であり、その剣身の鎬の肉厚は太く厚い。その重厚さでいえば、まるで鉈か斧に近く頑丈な剣である。

 チェスターの野太い、剣によるたこが生じた五本の指が握り締めるその『封殺剣』の柄の頭にも、青緑色の輝きを発する丸く球体の宝玉が、球体の半ばまで埋め込まれている。

『俺はこのような茶番に付き合わされたのだ。つまり―――、』

 から先の自身の言葉を切り、チェスターは、アネモネを一瞥。己のもう一つの心の内を、吐露する。


「その魔法―――。実にくだらん“偽りなる強大な力”だな、、、アネモネ」


「チェ、チェスター―――っ」

 アネモネは、驚愕に満ちたその眼差しで、その大きく見開いたその二つの目で、チェスターを見。その視線は、この場に現れたチェスターを捉え、


 究極の誤算、導師は、自分自身のさらにその上を、裏の裏の裏まで読んでいたとは。アネモネの頭の中では、“同盟者であるロサを動かして、今頃、チェスターはアルスランと死闘を演じているはずだ”、と。



「―――」

 スゥ―――っ、っと、チェスターはまるで鞘から滑らせるように、『封殺剣』のその銀色に輝く剣身を、ゆるり、と優雅にも見えるその所作で、鞘よりそれを抜き放つ―――。


 『封殺剣』の『女神の聖なる白き禍力』を封じていた、鐺に嵌め籠められていた橙赤色の宝玉と、柄の頭に嵌め籠められていた青緑色の宝玉とを結ぶ“縛め”は解かれ、封殺剣はその女神フィーネの聖なる力の威力を解き放たれ、行使されるのだ。


 キン―――

 白き禍。女神フィーネの、静かなる寂しさ―――


 ―――っ、すると。辺りに、周囲に、会合の場、及びその敷地内全ての範囲に“女神の静寂”が齎されるのだ―――。

 それは、全ての『叡智の力』、即ち『異能』『魔法』『氣』、さらにそれらを組み合わせた『魔法科学力』『超科学力』の停止、封印、封緘、封殺―――。


 イニーフィネの、古き大イニーフィネ帝国時代に、普遍の猛威を振るった女神フィーネの、民を罰する聖なる白き力。『女神の神罰たる聖なる力』。

 女神の神罰たる聖なる白き力『白き禍』の機構を解し、それを以って創られた聖剣『封殺剣』。その聖なる『封殺の力』は、発揮され、周囲に影響を及ぼす形で行使される。



 キン―――、キュア―――っと、同心円状。瞬く間に『封殺』の範囲は周りに拡がる。


 チェスターの持つその『封殺剣』の剣と鞘が、互いに離れたとき、その『封殺の力』の真価が発揮されるのだ。


 女神フィーネの静寂なる『白き禍』を解した世界が拡がり、『封鎖された世界』において、『叡智の力』と、それに類する全ての力と事象は、真夏の炎天下の白い雪のように、その姿を保てなくなる―――。


 巌の不動明王のように、魔礫の仁王のように、どっしりと構えて譲らなかった『七頭地虫』も、『魔礫兵』も―――、


 さらさらさらさら―――、、、・・・。


 ―――っと、風の前の一握の砂のように、その大地の魔法に拠る体躯を、その形状を保てなくなり、巌のようながっしりどっしりとしていた身体も『封殺剣』を前にして風化し、やがて石の棒のように痩せ細る。

『―――』

 物言わぬ魔礫兵の、その痩せ衰えたその石の足の下には、単なるただの白い砂が円錐状に積もっており、魔礫兵は、嵩を増すその砂山の中に、その身体が融けるようにして、ただの砂礫に還っていった。


 七頭地虫も同じように、さーっ、っと、その擡げていた頸はただの砂礫に還り、会合の場に大きな砂山を作った。


 アネモネは、息を呑む。

「、―――ぁ、私の、大地の、魔法、、、が・・・、き、消え―――」

 無論、彼女自身が、その大地の魔法によって形づくり行使して顕現させた『大地に棲み駆ける者Tiara ve Talpamole』も、例外なく元の、ただの砂礫に還ってゆく。

 アネモネは、その大地の魔法を封じられ、もはや何の魔法も使えぬただの人になったのだ。


 だが、封殺剣による『効果』は、アネモネにだけ及んだわけではない。機人である『執行官』も、その導力源たるアニムスが『封殺』されることによって、完全に機能を停止。ただの物言わぬ鉄の柱のような存在となった。


 総司令官アリサも、『七頭地虫』による損傷を修復していたが、その修復機能も、途中の78.2%で、その動きを止めた。


 その他にも、日下修孝も、クルシュも、ラルグスも、ロベリアも、チェスターの『封殺剣』による効果により、その異能や氣、魔法を封殺された。


 そのような中、これを好機到来と捉えて―――、

「・・・っ」

 ダっ、っと、アネモネに向かって、いの一番に駆ける者がただ一人。その者は己の、力を封殺された日之太刀『霧雨』を携え、アネモネに肉薄。

 日下修孝は、アネモネを捕縛するべく―――、彼としては、自分自身がアネモネを捕縛せねばならない、と強く思ったからだ。

 アネモネに対して。


 万が一、捕える者が、、、カブルであれば、容赦なくアネモネを“ただ殺せばいい”という考えかもしれぬし、

 もしくは、ラルグスであれば、アネモネを捕まえ、“ただ己の慰み物”にしてしまうという恐れもある。


 また、屍術師ロベリアであれば、彼女自身なにをしたいのか、何をアネモネに施したいか―――、深く考える必要もあるまい。



 アネモネの傍まで駆け寄ると、

「もう休め、アネモネ―――」 

 日下修孝は、右手に持った霧雨を、巧みにくるりと反転―――。

「く、クロノ―――」

 斬るのではなく、その柄頭をアネモネに向けた。

「ふ・・・ッ」

 ドンッ―――、っと。


 日下修孝の一撃は、霧雨の柄頭に力を籠めての、アネモネへの鳩尾への一撃。柄当ての打倒。


 アネモネは、日下修孝に鳩尾をしこたま打たれ―――、

「カ、、、ハ・・・っ」

 アネモネは、肺の奥から空気を圧し出されるような、鋭い打つ一撃を喰らってその場に頽れた。


 石床の上―――、その砂山の上に、ドサっと彼女は崩れ落ち―――、

「、ン、、さま・・・―――、、、」

 終に気を失うその直前。アネモネは石床に倒れ、その虚ろな目で最後に、誰かの名前を、呟いたのだった。



 ざりっ、っと、石床に降り積もった砂礫を踏んで一歩踏み出す者がもう一名。アネモネを仕留めた日下修孝とは別の人物であり、その者は男だ。

 くつくつ、っと、男は下卑た顔で笑う。ルメリア帝国の最高軍司令官に相応しい筋肉形の鎧を着込み、その上には外套を着ている男。その男とはラルグスである。

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