第三百二十七話 真打出陣「我が名は―――、」
ズアッ―――、っと、土煙を上げ、魔礫兵はその出刃包丁のような形状の左の巌腕を、日下修孝の頭上高く掲げ挙げ―――、日下修孝を真っ二つに、兜割りにしてしまう魔巖の無骨な大刃。
「ッツ・・・!!」
日下修孝の、脅威に満ちるその眼、その顔、その表情―――。
第三百二十七話 真打出陣「我が名は―――、」
「もっもうよいッアネモネ・・・っ」
そこへ、アネモネと日下修孝の戦いに割って入るの者は、その声の主はクルシュである。
「おやおやクルシュさん♪」
どうなされました? っと、アネモネはそのような含みのある笑顔でクルシュに言葉を返した。
「このとおり修孝はもう満身創痍じゃっ。勝負はついたっ。もうやめるのじゃっアネモネ・・・!!」
「でもでも、クルシュさん。クロノスさんは、まだまだ戦うそうですよ? ふふ」
「うっ、、、・・・、し、しかしじゃ―――」
よろよろ、、、っと。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ―――、下がれ、、、クルシュ。『イデアル』こそが真の正義だ。『イデアル』こそが、俺の存在できる場所―――。俺という存在を証明できる場所なのだッ!!だから―――、だから俺は、まだだ。まだ俺は戦う、この生命があるかぎり俺は戰い続ける―――」
「修孝・・・、、、」
ぽつり、と、“この男は儂が止めてもその歩みは決して止めぬ者なのか”―――と、諦めの感情を抱いてクルシュは呟いた。
「さぁ、来いアネモネ・・・!! その木偶人形を使って、俺を叩き潰してみせろ・・・!!」
アネモネも、日下修孝の覚悟を知り、その心に、日下修孝を叩き潰す、という覚悟の日を点す。
「―――解りました、クロノスさん」
魔礫兵が、魔礫刃と化したその左腕を頭上高く振り上げ、眼下の日下修孝を捉えたとき―――、
ダッ、っと、石床の地面を勢いよく蹴りつけて駆ける者が一人いた。
「「っ!!」」
アネモネも、日下修孝も、クルシュも、その動きに気づき、その人物も見止めた。
その者は、黒鋼に身を包む者。ネオポリスの『執行官』であった。
「むん・・・っ」
言葉少なに執行官は、術者であるアネモネを護るような陣形にて要塞のように立ちはだかる魔礫兵の一体に飛び掛かった・・・!!
ドガ・・・ッ、、、っと・・・!!
「“―――っ”」
おとととっ、っと、左端。執行官に、しこたまタックルされたアネモネの魔礫兵はよろめき、ドゴンっ、っと、盛大に尻餅をついた。
その衝撃で石床に何条もの罅を走らせ、石床を砕いて尻餅をついた魔礫兵には、執行官は目もくれず、その横に控えるもう一体をその視界に収め、執行官は向かう。飛び掛かる・・・!!
物言わぬ魔礫兵のその一体を、その右肩口より見舞った黒鉄の鋼の一撃で吹き飛ばすと、執行官は、さらにその右のもう一体に、今度は掴みかかった。
「ぬうぅんッ・・・!!」
「“―――ッ”」
執行官と魔礫兵は、がっぷり。互いに、黒鋼の両手と魔礫の両手で組み合う。
~~~っ、~~~ッ。“―――”!!
ぎゅ~~~っ、ぐぐぐっ、“このやろう”、、、っと。―――互いに圧しつ引かれつ―――取っ組み合う!!
そしてもう一名。この戦列に加わるべくその腰を上げる者がいる。
ざッ―――っ、っと。一歩。
冷静さを面に出しつつ、その者は征く。
「―――ワタシも出陣よう」
ざっ、ざっ、ざり・・・っ。
二歩、三歩、数歩。男は―――、心静かに、だが、戦いに逸るその者は、中世中央ユーラシア風の衣装を着た、月之国オルビス出身の男であった。
その男は、無表情に近い感情を極力抑えたような表情をしており、また、その切れ長の黒い眼の眼光も鋭いのだ。
そして、なによりも、その男の腰には、彼の得物である独特の形状をした刀を帯びている。それは、アルスランも帯刀していた中央ユーラシアで広く用いられているクルチもしくはキリジと呼ばれている刀剣である。
容姿として、
その男は黒髪黒目。髪の長さは、短くもなく長くもない。ただ、辮髪のような、頭の後ろ後頭部の髪型に、二条の辮を垂らしている。
外衣のその下の服の上から、革帯でそれを留め、その帯留めは黄金製である。腕には甲を装着し、服の袖は、手の甲まで伸びている。
頭には茶色の毛氈の山高帽を被り、その両端より、黒髪を覗かせているのだ。
中世中央ユーラシア風の男の出陣を見止めたアネモネが、その口を開きかけたとき―――、
「貴方は―――、」
だが、そのアネモネがこの男の名を言おうとしたときだ―――、
「我が名は―――、」
―――、彼は、アネモネの言葉を遮るかのように、名乗りを上げた。
「―――カブル。天神の遣わし神牝狼の血を統く勇ましき草原の民アカティル部のカブルだ」
この、中世中央ユーラシアの衣装を着た男の名は、アカティル部のカブルという名の者だ。
「真打ち登場、というわけですね♪ カブルさんっふふ、くすくすっ・・・♪」
「落伍者アネモネよ、そなたは、我が部族の宿敵たるエヴル部のアルスランと内通する卑しく醜い臆病な地の魔女。尊き勝利を齎す天神とワタシは、地魔の遣いのごときそなたを決して赦さぬであろう。落伍者アネモネよ―――、貴公のその生命はないと思え・・・ッ」
静かな怒りに打ち震えているかように、中世中央ユーラシア風の男、、、もといアカティル部のカブルの全身より、淡く光る闘氣が、ゆらゆら、と揺らめき立つ。
しかしてそれは明確な、オルビス出身の者としての『力』、闘氣となりてカブルは、自身の光り輝く氣を奮い立たせて、それを全身に纏う・・・!!
すぅ―――、っと、ゆるりとした所作で、その手と腕の動きで、彼カブルは、己の左腰に帯びている刀剣を、湾曲した鞘より抜いていく。
カブルが手にした刀剣。それは、中央ユーラシアにおいて広く用いられて刀剣でクルチ/キリジという。
カブルの持つ刀剣は、アルスランの持つ刀剣『劫炎の剱』と同じ形状であり、四芒星に輝く鐔Balçak.そして、白銀のやや幅広の刀身は、その中程から反りが入り、鋩から刀身の三分の一程は、斬撃速度を速めるためにやや肉厚の鋩刃Yalmanの形状となっている。
刀剣の突起Mahmuzより先は湾曲してYalmanと呼ばれており、そこから先はやや刀身が肉厚となっている。
クルチはその湾曲した鋩刃Yalmanの重さで、遠心力を増して斬撃速度を速めるという造りになっているのだ。
「むん―――ッ!!」
カブルが己の氣を籠めた刀剣を揮えば―――、
ヒュン―――。
カブルの氣の斬撃が放たれる。三日月型のその氣の斬撃は、真っ直ぐに飛来し、『七頭地虫』に命中―――。
斬―――
ズズン―――ッ、
っと、盛大な轟音を立てて、『七頭地虫』の一つの首が、滑って落ち、石床の地面に倒壊した。
カブルのその、三日月型をした淡く光る氣の斬撃は、七頭地虫の一つの首に直撃し、それを一つ削ぎ落としたというわけである。
「これは、カブルさん・・・!!」
アネモネの、いつもなら『喜と楽』の表情しか読むことのないできない、そのアネモネの表所が明らかに変わる。
やや余裕のなくしたそのような焦りのようなものが現れている、今のアネモネの表情である。
「フンっ、落伍者アネモネよ。人を食うような不快な笑みがなくなったな。笑う余裕もなくしたか?」
「、っ、・・・―――かもしれませんね♪カブルさん。ふふっくすくす・・・♪」
ぴく。っと、カブルは、その鼻を引くつかせた。
「全くもって不快な笑みだ、悪しき地の魔女め。―――ッ」
カブルは、その淡く光る自身の氣を通わせた刀剣を、水平に持ち替え―――、
ビュッ、っと、凪いだ。
ピ―――ッ
カブルの刀剣より走る一閃。放たれた氣の斬撃は、七頭地虫の、今度は真ん中に近い一つの首に、光の一筋が刻んだ。
ぐらり―――、と崩れるようにその首が、ぼとり、と落ち―――。
ドゴン―――ッ、、、っと、その直後、大きな音と砂煙を上げ、ただの大きな岩と化しした七頭地虫の二個目の首が落ちる。
続いて三斬目―――。
カブルの闘氣を纏った鋭い斬撃は、アネモネの魔力ごと七頭地虫の首を切り裂く。
カブルの氣の斬撃は、真横に一文字、薙ぐようにアネモネの大地属性の魔力ごと、魔礫の七頭地虫の首を、その一つを一刀両断し、両断された七頭地虫の頸は、ずずっ、っと、その首を滑らせて石床に落ちて、ただの礫の塊へとなり果てたのだ。
ダンッ―――、っと、その瞬間だ。
「!!」
カブルに氣の斬撃を放たせ続けるのは危険だ、七頭地虫が保たない、というアネモネの意志を反映し、日下修孝の相手をしている魔礫兵以外の、残った魔礫兵の一団四体全てが同時にカブルに跳びかかった。
カブルは魔礫兵の自身への特攻に対して瞬時に、即応。
「ワタシが終わらせる。―――ッツ」
刀を構えたが早いか―――、カブルは、ひゅんひゅんひゅんひゅんッ、っと、縦横無尽に刀を撓らせ振り回して、魔礫兵のその頸を、胴を一刀殲滅すべく、五月雨と鞭のような数多の斬撃を迸らせ―――、