第三百二十六話 魔法の重ねがけですっ♪ ふふ、くすくすっ♪ 『魔礫砂漣の三―――、魔巖纏装』
「フン―――、」
興ざめ。日下修孝は、ラルグスへの興味を失し、すっ、っと、そのラルグスの頸筋に当てた己の、『霧雨』の鋩を退くと、
「誓え、アネモネ。彼奴ら『理想への叛者』どもへの協力は辞め、彼奴らへの二重間諜を行なうと、この場で誓え」
第三百二十六話 魔法の重ねがけですっ♪ ふふ、くすくすっ♪ 『魔礫砂漣の三―――、魔巖纏装』
「クロノスさん―――、、、“はい”・・・―――」
アネモネは、日下修孝の問いに、諦めのその表情を浮かべてそう答え―――
ふっ―――、っと、日下修孝のその表情に、その口角に安堵の笑みが広がる。
「ふっそうか。導師よ、―――」
日下修孝は、仲間想いであり、十二傳道師達や導師からの信頼も厚い存在なのだ。
そして―――、
くるり、っと、日下修孝は、会合の場の部屋の上座にて、特務官に護られるように佇む導師に、まるで踵を返すように、振り返ろうと―――、
―――、したまさにそのとき、アネモネはその顔に不敵な笑みを湛えて、その口を開く。
「“はい”―――、と言うとでも思いましたか?クロノスさん。いいえ、日下さん、ふふっ♪」
アネモネの楽しそうな表情、その言葉。
アネモネの挑発的な言葉とその笑み。
日下修孝は、導師に振り返るのを即座に止めて、アネモネにその視線を戻した。
アネモネのその“ナメた”言動に日下修孝の、眉間に厳しい皺が寄ったのだ。
「なに・・・っ」
「あなた方に従うのなら、自決のほうを選びますね、この私アネモネちゃんは。ふふっくすくす・・・♪」
日下修孝の心の内に憤りの炎が点る、
「ッ。 ・・・なるほど、ならば―――」
ぐっ―――、っと、日下修孝は、己が霧雨の柄を握る右手に力を籠め―――、
「そう簡単にはいきませんよっ♪クロノスさん。魔法の重ねがけですっ♪ ふふ、くすくすっ♪」
ぱぁっ―――、っと。
アネモネの左手に持ったままの魔導書に、アネモネ自身のマナの、その活力漲る光が点る。アネモネの魔導書は光り輝き、彼女の次なる大地属性の土石魔法が行使される!!
「っ!!」
日下修孝は驚きに目を見開いた。アネモネには、さらなる土石魔法がストックとして在り、まだその奥の手を取ってあるのか、と。
「ふふっ♪」
パチンっ、っと、アネモネは、空いた手で、その右手で、その綺麗な親指と細い中指で指を弾くように鳴らせば―――、
「『魔礫砂漣の三―――、魔巖纏装』」
大地の魔法の行使である。
アネモネは、詠唱破棄で、『魔礫砂漣』? なにかの土石魔法を行使するようだ。先ほどはその口で、『魔法の重ねがけ』と言っていたが?
アネモネが右手に持つその自身の、大地の魔導書は、ますますそのマナの光を強め、彼女アネモネの黄金色の魔力の眩い輝きを解き放つ。
すると同時に、アネモネのマナの魔力に満ちたこの空間は、アネモネの意志に従い、大地の魔法発動・行使に励起されていく・・・!!
アネモネの地属性のマナの輝きに満ちたこのイデアルの会合の場の空間。その変容に、
「なに・・・!!」
日下修孝は、改めて驚き、その二つの眼を見開いた。
彼女アネモネは大地の魔法の詠唱破棄の行使を行なおうとしているのだ。
すると、アネモネの魔導書から光る気体の形状になった彼女のマナが、魔礫兵の、日下修孝の霧雨抜刀術により切断されたその両腕に纏わりつく!!
それと同時に、日下修孝に切り落とされ石の床に転がる魔礫兵の、左腕と右腕にもはっきりとした変化が訪れる。
なんと、転がっている魔礫兵の両腕は、空気中のドライアイスが自然とそうなるように、気体へと昇華し―――、
アネモネは不敵な笑みを浮かべる。
「くすくすっ♪」
―――、気体のマナの形状になっていく。
気体状になったマナは、新たに行使される土石魔法に使われるのだ。
ふわふわ―――、っと。
アネモネの黄金色の、まるで霧か霞のような淡く光るマナに包まれた魔礫兵の左腕と右腕に、昇華して気体状になった地属性のマナ(元・切断された両腕)が集まっていく・・・!!
すぅ―――、っと、日下修孝の目の前で己が、自身が自慢のその日之太刀『霧雨』で断ち切った魔礫兵の両腕が、新たな重ねがけの魔法により再構築されていく。
アネモネの地属性の土石魔法による魔法地物の再構築・再生である。
「な、ん・・・だと―――っ」
日下修孝の、それ以外のイデアルの者達も皆驚き、その二つの目を驚きに見開いた。
アネモネがその大地の魔法による造り出した地物。彼女の確固たる意志により魔礫兵の両腕が黄金色の、アネモネのマナに包まれたかと思えば、それは先ほどより、より強化されたかたちで、再構築・再生したのだ、と。
即ち、日下修孝に切り落とされ失われた魔礫兵の左腕は、その上腕部が、まるで剣の姿と獲って再構築されていく。『剣』と言ってもその形は『剣』のような形状ではない。アネモネが、森で小剱健太を鍛えたときと同じような、その剣の形状、刃渡りは、―――魚を捌く出刃包丁に近い。
即ち、日下修孝に切り落とされ失われた魔礫兵の右腕は、その上腕部が、まるで砲の姿に。魔礫兵の右手のその五本の指も顕在のかたちで、その手の甲の部分に、上腕部が、ぐぐっ、っとせり上がって丸い筒状の『砲口』が、右腕と一体化しているような右手の形状である。
魔礫兵の左腕は、頑丈なまるで戦斧のような、力任せに断ち斬るような魔礫の大刃。
魔礫兵の右腕は、頑丈なまるで大筒のような、戦車大砲を撃てるような魔礫の大砲。
「ふふっくすくすっ♪」
アネモネが不敵な笑みをこぼせば、その意志に呼応し、ぐぐ―――、っと、魔礫兵の右腕が上がる。
「くっ・・・、アネモネ、、、っ」
日下修孝は、厳しい顔で彼女の名を呟いた。
グググ―――、っと、戦車のその砲塔にように、動き―――、
丸い筒状の砲口の黒い穴は、その照準は日下修孝を向く、のである。アネモネは、日下修孝の、『小剱健太達への二重間諜せよ』との、要求をはっきりと断り、代わりに自身の魔礫兵を使って、その大砲で、日下修孝へと自身の反攻の意志を伝えるのだ。
「ケンタさまは、私のそれ『魔礫砲』を、易々と攻略しましたよ、クロノスさんっ♪ さぁ、あなたはどうされるのでしょうか? ふふ、くすくすっ♪」
アネモネは、苦渋の表情の日下修孝とは対照的な、愉しそうな笑みを浮かべたのだ。
キュオォォォォ―――っ、
何か高エネルギーのアニムス/マナが集束していく音、
魔礫兵の、右の巌腕の真っ黒い穴。砲口の奥が、アネモネの意志に応じて弾丸発射の呈を整え、推移していく。
アネモネの、大地属性のマナ。その黄金色に輝き、その魔力の光が、旭日のように砲口より溢れ出る!!
「『魔砲・魔礫弾』発射―――ていっ♪」
ていっ♪、っと、アネモネはかわいい声で、かわいいその仕草で魔礫兵に号令。
「ッツ・・・!!」
日下修孝は大いにその目を見開き、なんとかその霧雨に備わった『力』を以って、先ほどクルシュを守り抜いたその『水楯』を形成するも―――。
ダダダダダダダダダダダダダダダ―――ッッ
その直後、日下修孝に向かって魔礫弾の連射。まるで、機関銃のように、
魔礫兵の右腕の砲口から、ダダダダダダッ、っと、数多の魔礫弾が、日下修孝目掛けて連射された。
「―――、、、っ・・・ッツ―――!!」
数多に飛び散る火花と土煙。
弾幕、五月雨、瀑布―――。
魔礫兵は、石床の無尽蔵にある『石材』を用いて、石弾にそれを成型し、日下修孝を粉微塵にする勢いで、アネモネはその意志を以って、日下修孝を討ち据える。
魔石の魔礫弾を全て打ち終えて、その弾幕の土煙が晴れていくと―――、
「はぁ、はぁ、はぁ、、、・・・く、くそ・・・、はぁ、はぁ、はぁ―――、」
日下修孝は肩で息をしていた。魔礫弾を防ぎきるために霧雨の『水楯』を発動し続けていたためである。
霧雨の技を持続させるために、氣力と体力を大量に消耗し、だが、なおも、その鋭い視線は己の意志を放棄せず、眼前のアネモネを睨むように見つめていた。
がくん―――、っと、日下修孝は、体力と氣力の消耗に己が膝を着く。
パァンっ、っと、楯型の水が割れ、消耗しきった日下修孝では、霧雨の『水楯』を行使し続け、維持できる余力などなく、霧雨の異能の力は自然と解けてしまう。
「く、そ―――、、、」
「ふふっまだまだですっ♪クロノスさんっ」
アネモネが微笑むと、―――その意志を反映し、
ダンッ、っと、石床を踏み砕く勢いで、一歩。魔礫兵は、日下修孝に向かって踏み出した。
ズアッ―――、っと、土煙を上げ、魔礫兵はその出刃包丁のような形状の左の巌腕を、日下修孝の頭上高く掲げ挙げ―――、日下修孝を真っ二つに、兜割りにしてしまう魔巖の無骨な大刃。
「ッツ・・・!!」
日下修孝の、脅威に満ちるその眼、その顔、その表情―――。