第三百二十五話 岩をも削る、水の滴。是、即ち霧雨の極意なり―――。日下流霧雨抜刀術、背水斬疾
―――ズドン。ぐしゃ、、、。ずるり―――、ガシャン、、、どしゃ、、、。
壁に罅を作り、アリサはそのままずり落ち、その場に崩れ落ちた―――、
「 」
―――、総司令官アリサは、ピクリ、とも動かず、、、機械のその身体でも、損傷の大きすぎるその身体はピクリとも動かせず―――。
第三百二十五話 岩をも削る、水の滴。是、即ち霧雨の極意なり―――。日下流霧雨抜刀術、背水斬疾
―――、土煙を切り払う、まるで、鋼鞭のように撓る運動をする物体、その七頭地虫の頸が、その魔岩の頭が、総司令官アリサのその鋼で構成され、アニムスを纏い強化された装甲に命中。
アリサの装甲を砕き、その勢いのままアリサを、このイデアルの会合の場のコンクリート製の壁にしこたま叩きつけた、ということだ。
さぁ―――、っと、土煙が晴れ、そこに立つのは、魔礫兵五体と七頭地虫。
それら、土石魔法で生み出し、六体の大地の地物を前面に配置し、
「ふふ、くすくす・・・♪」
魔法王国五賢者の一角、『大地の魔女』アネモネは、不敵な笑みを浮かべる。
ゆらぁ―――、っと、その多頭をくゆらす。一撃で解放状態のアリサを戦闘不能に追い込んだその張本人である、それのその姿が現れる。
それは、土石魔法の魔岩で構成された七つの胴体を持つ、『七頭地虫』。
「少し強くやりすぎてしまいましたねっ♪ すみませんアリサさんっ、ふふ、くすくす・・・っ♪」
ま、そのまましばらくおとなしくしていてくださいな―――、っと。
アネモネは、地面に斃れ伏したアリサを一瞥。その言葉を続けたのだ。
五体の魔礫兵達は、ネオポリスの総司令官たる機人アリサの高出力の、アニムス光学兵器の弾幕を、その集中砲火をまともに浴びても、喰らっても、その表面だけが、ガラス化し僅かに熔けている程度。
アネモネのアニムスというべき地属性のマナで強化された、六体の地物。大地の魔法で生み出された魔礫兵達を戦闘不能に追い込むには、総司令官アリサの“熱”は、少しぬるかったというわけだ。
この凄惨な現場、総司令官アリサの成れの果て、変わり果てた様を見て、怒りに打ち震える者がいた。
「アネモネ・・・、貴様―――ッ」
ダッ、っと。
日下修孝は、怒り心頭であり、その、ゆうに四尺はあろうかという日之太刀『霧雨』を構えて爆ぜるように跳び出した。
日下修孝が、跳び出すその先には、先ほどアリサを一撃で沈めた『七頭地虫』がいるところだ。
アネモネの大地属性のマナと礫で構成された地物『七頭地虫』。
「おやおや、クロノスさん・・・っ♪ ―――、」
日下修孝の、自身の地物への特攻を見止めたアネモネは、その口を続けて開き―――、
「―――、でも『その子』は、こう見えて意外と繊細なんですっ♪ 代わりに―――」
アネモネは、その意志で、その対象の『地物』に視線を送らずその一体を操る。
「―――、さぁ、『あなた』ね。さぁ行けっ『魔礫兵』・・・っ♪ 『先見のクロノス』を粉砕せよっ♪・・・ふふ、くすくすっ♪」
ゴゴゴゴ―――、っという擬音ではないが、アネモネを守護するように、前に佇んでいた五体の石人形、、、もとい『魔礫兵』のうち、向かって左端の、その一体が動き出す―――。
戦闘状態に入ったのは、『魔礫兵』五体の内、わずかに一体だけである。
『ッツ』
ダンッ、っと、アネモネ自身のマナと土石で構成された魔礫兵は、石床を激しく踏み締め蹴って割り、日下修孝へと跳びかかるかのように、駆け出す!!
ダンダンダンッ、っと、重量級の魔礫の塊魔礫兵は、烈しい大きな粉砕音の足音を立てながら石床の地面を駆け抜けるのだ。
その時間は僅かに数秒。この岩石の巨体でなお、この速力。
「ッ、―――」
さすがの歴戦の、数多の死線を潜り抜けてきた日下修孝も、魔礫兵のその運動能力に驚き、驚異に目を見開く、、、が、すぐに気を取り直して、
「―――、」
すっ、っと、日下修孝は、己の流派の抜刀術の所作へと移る。
日下修孝は、大きく両の脚を前後に開き、腰を落とす。その左脚は後ろに、右脚は前である。
己の左手は、その左の腰に帯びた日之太刀『霧雨』の鞘に、右手は柄を握り締め―――、
一方の、主アネモネの意志を受けて日下修孝を粉砕するべく突撃する―――、
『ッ』
―――、魔礫兵は日下修孝の目と鼻の先まで肉薄。そこに至り、その魔礫の右腕を引き絞り、、、―――。
日下修孝を打ちのめし、遥か後方へと彼日下修孝を吹き飛ばすことができるような、“ラリアット”の攻撃態勢を取る。
だが―――、
準備は万全。歴戦の剣士日下修孝に抜かりなし。
「日下流霧雨抜刀術―――、」
日之太刀霧雨を抜きし、日下修孝の前に立つ者はなし―――。
そして、魔礫兵の、空気を切り裂く魔岩の拳。空気を薙ぎながら唸りを上げる魔岩の剛腕―――。そのような、重さが百貫にも及ぶような、岩の塊が肉の身体にぶつかれば、人は一たまりもないだろう。
「―――、」
だが、日下修孝は、空気を裂きながら己に迫りくる魔岩の剛腕を恐れず、その抜刀術の構えを解かず、アネモネの魔礫兵の巌腕のラリアットを避けないのだ。
日下修孝は、己の剣技を磨き上げ、今もなお研鑽を積んでいるのだ、己の日下流霧雨抜刀術を・・・!!
好機と捉え、日下修孝は日之太刀『霧雨』を解き放つ―――。
斬。
白銀に輝く白刃が迸る。
「岩をも削る、水の滴。是、即ち霧雨の極意なり―――」
ぽとぽと、、、。
っと、句を読み、日下修孝が、振り抜き斬り終えた『霧雨』を下段に下せば、その白銀に輝く鋭角の鋩より、ぽたぽた、と、水の雫が数滴地面に落ちた。
その直後―――
『ッ・・・!!』
魔礫兵には、感情や、表情はないが、魔礫兵が驚愕の事実に打ち震えているように見えるのは、筆者だけであろうか。
ずず―――、っと。魔礫兵のそのラリアットげ引き絞った右腕の巌腕が、上下にずれ―――、
ズゥンッ―――、っと。
霧雨の、水氣の斬撃により切断され、石の床の上に轟音と土煙を立てて、魔礫兵の、ラリアットを行なおうとした右腕、肘から先が切り落ちたのだ。
その切断面は、まるで磨かれたように綺麗なものだ。花崗岩御影石で、設えられ、磨かれた石造物の、その表面のようだ。
続けて、日下修孝は、返す刀で振り向きざまに、
「―――日下流霧雨抜刀術、背水斬疾」
二斬目。
日下修孝は、返す刀で、白銀に煌めく氣を帯びた水の斬撃を、もう一度、二斬目を魔礫兵に浴びせたのだ。
日之太刀『霧雨』の、水氣を帯びた長大な刃が魔礫兵の今度は左腕を、まるで水を伴い梳くように―――、
ズゥンッ
―――、っと、切り落とす。
フッ、っと、日下修孝は。
「どうだ、アネモネよ。お前の自慢の魔礫兵はこの様だ」
剣士日下修孝。その二つ渾名は『先見のクロノス』。彼の前に、立つ者は無し。日下修孝と相対する者は、二斬でその生命を断ち切られ、散らすのだ。
「ふふ、さすがですね、クロノスさん・・・っ私の渾身の魔礫兵を」
「お前が今すぐに抵抗を止め、すぐにでも投降すれば、俺が導師にお前の取り成しをしてやってもいい」
「えっと、それは、、、クロノスさん―――」
「たとえお前に二心があったとしても、アネモネお前のこれまでの“貢献”には、目を見張るものがあると、俺はそう思う」
「てめっクロノスッなに勝手なことを言ってんだ?あぁん。 そいつは俺のもん、―――っ」
外野のラルグスは、日下修孝のその言葉に、その態度に食って掛かり―――、
「黙れラルグス」
ヒュ―――、っと、その彼ラルグスの頸元に、その筋肉形鎧の頸筋に―――。その長大な日之太刀『霧雨』の、白銀の、白刃の鋩を差し向ける。
ギラリ、と、ラルグスの顔に、反射する一筋の鋼色。
「―――っ。うっ、、、てめ―――ク、クロノス・・・」
ラルグスの頸筋の皮とは、ほんのもう一寸の距離もなく、目と鼻の先にその光を跳ね返す鋼の鋭い鋩はあった。
日下修孝が、わずかにでもその手の指を動かせば、ラルグスの首は地面に落ち、その石床の上に転がるであろう。
「アネモネの大地の魔法、それを見ただけで恐怖に慄き、部屋の隅でガタガタと丸くなって震えていたキサマには、発言権などというものはない、違うかラルグス」
ぴしゃり。
ラルグスには、返す言葉はなく、
「う、、、く・・・っ」
彼ラルグスは、悔しそうな顔をするも、それ以上の言葉をその口から紡ぐことはしなかった。
「フン―――、」
興ざめ。日下修孝は、ラルグスへの興味を失し、すっ、っと、そのラルグスの頸筋に当てた己の、『霧雨』の鋩を退くと、
「誓え、アネモネ。彼奴ら『理想への叛者』どもへの協力は辞め、彼奴らへの二重間諜を行なうと、この場で誓え」