第三百十八話 死闘
すっ、っと、アルスランは、その左手の五本の指を、右腕を引き絞り自身のすぐ右側にきた魔法剣『劫炎の剱』の刀身に伸ばした。
劫炎の剱の、刃の鎬に、左手の五本の指を添えた、のだ。
第三百十八話 死闘
「「―――」」
両者は睨み合い―――、
アルスランは眼光鋭く、刺突の構えを、
チェスターは喜悦綻ばせ、兜割りの構えを、
―――、施療院を静寂が支配する。
『劫炎の剱』を構えたその銀色の刀身に、彼アルスランの横顔が鏡のように映る。
「―――」
アルスランは、その刀身の突起の鎬側に左手の五本の指を添え―――、ダッ、っと、足を踏み鳴らして、タタタタタッ、、、っと、駆ける。
自身の前方へ向かって加速し―――、
「ッ・・・!!」
―――、タタッ、、、っと、アルスランは、チェスター皇子に肉薄―――、その最後の、一歩二歩左脚右脚―――。
チェスター皇子にとっては絶好の、アルスランをカウンターで斬る機会が訪れたのである。確実に『封殺剣』を振り落とし、アルスランを叩き斬り屠る好機を捉えたチェスター。
ブアッ―――、っと、チェスターは、その肩の上に乗せた幅広の『封殺剣』を、より一層高々と掲げた。
烈しい斬撃を、自身の敵であるアルスランに見舞うべく、その右手にした『封殺剣』を、己の頭上高く掲げ―――、まるで猛々しい荒ぶる戦斧の、その『封殺剣』の重厚なる剣身の刃を敵の脳天に振り落とすが如く。
アルスランに兜割りを見舞うべく。
「そら・・・ッ」
その時間は、刹那の事。
確実に、自身の間合いの中に、アルスランが自分に肉薄してきた時を、チェスターは逸することなく。
あわよくば、アルスランがその手に持つ『劫焔の剱』をも叩き折れれば、重畳と。チェスター皇子は、ズアッ、っと、その『封殺剣』を、自身の頭上より高く、天に向かって掲げる。
自身の間合いの中に入ったバルディアの獅子アルスランを、叩き斬り殺す、その殺気を十二分に乗せたチェスター皇子の、『封殺剣』の斬撃は、アルスランの頭上に振り落とされた―――。
「―――、っ」
アルスランは努めて冷静に動く、自身の仇敵ですらない存在であるチェスター皇子。チェスターのような朝露の如き存在に、その感情を左右されず、されないように。
バルディアの獅子アルスランは、チェスター皇子に肉薄する―――、その駿足の最後の、一歩二歩左脚右脚―――。
ダンッ、っと、石床を踏み蹴り、チェスター皇子の懐に、その『劫焔の剱』を構えたまま、飛び込むのではなく―――、最後のアルスランの一歩。
ダンッ、っと、アルスランは、その最後の一歩。チェスターの懐のその手前にて、右に進路を変更。
と、それを行なうと同時に、頭上のチェスター皇子の『封殺剣』の、単調な『斬り降ろす』という斬道を予測し、なんと身体を逸らして、紙一重で、斬り降ろされた『封殺剣』のその斬道を躱して見せる!!
アルスランに自身が揮った『封殺剣』を紙一重で避けられて、
「な・・・にっ!?」
驚愕に目を見開くチェスター=イニーフィネ。
自身をイニーフィネ最強の剣士と自認してきたが故に、彼のその驚きは一入であった。
「―――っ」
ダンッ、っタッ、タ―――。と、アルスランは、まるで草原の狼のように駿足。チェスターの、そのがら空きとなった背後に回り込む・・・!!
ザ―――、
まるで、獲物を狙う一頭の狼のように、アルスランは息を潜め、その呼吸をも感じ取ることのできぬぐらいの、気配の殺し様。
「―――・・・」
アルスランは無言で、息を殺し、だが、その双眸に、力を湛えて刀のその鋭い三角の鋩を、敵であるチェスター=イニーフィネの背に向けて構える。
草原の猛々しく強き神聖なる獣、狼の眼のように、かの牙のように。その白銀に煌めく、力を封殺された『劫焔の剱』の、その鋭い鋩を、チェスター=イニーフィネの、その無防備な背中に向けたのだ。
「・・・」
ぴた、っと、アルスランは五本の指を、その中央ユーラシアの草原の民に広く用いられる刀剣の形状をした『劫炎の剱』の、その刀身の刃渡りのちょうど三分の一ほどの、突起の部分に添えている。
日本刀でいうところの“ものうち”の部分に相当する場所に設えられるMahmuzと呼ばれる突起である。
まるでスローモーションのように、
「・・・くっ―――、、、」
チェスターは、己の背後を振り向き、振り返る、、、。
そこには、自身に向かって、その『劫炎の剱』を、その鋭角の白銀に輝く鋩を、構えて向けるバルディアの獅子ことオテュラン家のアルスランの姿。
「咬み殺す。襲撃者―――」
ぽつり、っと、アルスランは静かに呟いた。
その直後、ふっ、っと、アルスランのその姿がぶれるほどの、駿足の足運び。
カッ―――、ッと。
「ッツ―――」
アルスランの攻撃は斬撃ではなく、刺突。その瞬間―――だった、『劫炎の剱』の鋭い鋩は、易々とチェスターのその背中に、白装束の皇衣を着たチェスターのその背に、肩甲骨と肩甲骨の間のやや左寄りに、ずぶり、と、吸い込まれ―――、
「グ、、、っ―――ぅ・・・―――、ハ、・・・、、、」
くるりっ、っと。
だが、チェスターはアルスランの『劫炎の剱』のその鋭い鋩が、自身の背中に当たった、もしくは押し当てられ、皮膚と肉が切り裂かれるという感覚を覚えるやいなや―――、
ぐるっ、っと、大きくその身を捻り、、、だが、じわり、と、紅色がその白い皇衣の中で滲み出るのだ。チェスターも完全にアルスランの、刺突を避けられたというわけでなない。
自身の必殺の刺突を紙一重で避けられたアルスラン。
「な・・・っ!!」
さしものアルスランも、そのチェスターの驚異的な身のこなしに驚き目を見開いた。
アルスランは必殺の刺突をチェスターが避け、できたその隙。その隙をチェスターが見逃すわけはなかった。
チェスターは、アルスランの刺突を間一髪避けた体勢のままであるから、その体勢は万全ではなく、やや体幹が崩れたものだ。
しゃがむように、アルスランの視界の下方にいるチェスター。
「うおぉおおおお・・・っ!!」
しかし、体勢が崩れたままであるというのに、チェスターは、咆哮と共に、その『封殺剣』を、ほぼ反射的に、と言える動きで跳ね上げた。
アルスランが初めて見せた自身の苦悶の表情。
「く・・・っ・・・!!」
必殺の一撃をチェスターに放ったあとに隙が生じていたアルスラン。だが、チェスターの斬撃の斬道、そして、その斬速。アルスランは、その双方をなんとか見切り後方へと跳びすさび、回避―――、
「痛っ―――」
だが、その跳ね上げられた『封殺剣』の全ての範囲から退避することは叶わず、跳ね上げられた『封殺剣』の鋩が、僅か数ミリといった長さで、アルスランの左肩先を掠めたのだ。
ザッ、っと、今一度アルスランは、チェスターと距離を置いた。そして、その崩れた体勢より立ち上がった彼の男チェスターを、まるで睨み付けるように注視する。
「貴公―――、、、っつ」
アルスランは軽く舌打ち。
「っ、、、やるなアルスラン。俺は嬉しいぞ・・・!!」
チェスターは、喜悦の薄ら笑いを浮かべ、アルスランを、この場に、『イデアル』の標的たるイェルハがいるにも係わらず、アルスランしか見ていない。
アルスランは、その眉間にやや皺を寄せる。
「、、、嬉しい、だと・・・?」
「あぁ。アルスラン。生身で、叡智の力を使わず、俺をここまで戦わせた、闘わせることができる者がいる、そのことが嬉しいのだ・・・!! やはり、俺が『イデアル』に成ったということは正しかった!! 俺はアルスランっお前という存在に、『真の強者』たるお前に出会えたのだからな―――ッ!!」
ダンッ、っと、チェスターは施療院の石床を蹴り、アルスランに突撃たる特攻。その『封殺剣』を、両手で持って掲げながらの突撃である。
「そら・・・ァッツ!!」
チェスターは、重々しい『封殺剣』を大きく振りかぶる・・・!!
「ッツ」
かたや、アルスランは、その幅広の大剣たる『封殺剣』の重々しい叩き落とすような斬撃を、自身の力の封じられただの刀剣となった『劫炎の剱』で受けようとせず、大きく跳び後ろへ回避―――。
その直後―――、チェスターの『封殺剣』の重い斬撃が迸るように繰り出され・・・―――!!