第三百十七話 『真の強者』
ややあって、チェスターは。
「―――。あぁあ。そういうことか、アルスラン」
アルスランの質問や疑問を納得。にやり、と、口元の口角を吊り上げて、その顔に笑みを現す。
「俺にとっては、『お前』や『バルディアの聖女』が、どうなろうと知ったことではない。ましてや、この大侯国が消えようと、ノルディニア王国へ呑合されようとも、俺には全く関係ない。むしろさっさと、ルメリア帝国に統一されろ。俺にとっても『敵』が統一されるのは、いろいろとやりやすい」
にやり、と、その口角を吊り上げたまま、『封殺剣』を自身の肩に担いだまま、チェスターは愉しそうに語った。
第三百十七話 『真の強者』
チェスターの、アルスランへの挑発とも取れる発言と行為は、失策。失態。失言。
かつて、イニーフィネ皇国第二皇子としてチェスター皇子は、比類なき高度な教育を受けてきた。そのチェスター皇子は、今や自身の愉悦、楽しみに目が眩み、大きな失態を、失言をしてしまったのである。
千慮の一失である。
ある意味で嘲りであり。アルスランは自分を、そして、彼自身が不可分と捉える大切で愛する存在である義妹イェルハとユウェリア侯女、ならびにバルディア大侯国を軽んじるような発言をしたチェスターに対して―――、
ギリ・・・ッ、
「・・・(ッツ)」
っと、アルスランは怒りの歯噛み。
アルスランの中で、沸々と怒りと憤りの気持ちが沸き起こる。
―――だが、バルディアの獅子アルスランは、その感情を面には出さず、内々にて、その内心で、チェスターへの怒りと憤りは、激情に変わり、アルスランは激しい闘志を燀やすのだ。
なぜならばアルスランは、このバルディア大侯国も、そしてノルディニア王国にも大変な恩義を感じているからである。
かつて、重傷の自身を助けてくれたこのバルディアという国、その国に住む領民。全てを失いその元凶であるルメリア帝国への復讐に燃え駆られる心を隠したアルスランを、自身の親衛隊に登用してくれたユウェリア侯女殿下。
義妹イェルハと再会し、全てを洗い浚い白状したが、それでもなお、自身を受け入れてくれるユウェリアを、アルスランは、『オレの人生を、全てを賭して手に入れたい女性だ』、と形容しているのだ。
アルスランとチェスター。
『バルディア大侯国』と『イデアル』。
双方の、その考え、思考、行動、理念、思想は、決定的と言えるほど、乖離しているのだ。
チェスター自身は、自称イニーフィネ皇国皇太子として、『古き大イニーフィネ』の復活と復興を掲げ、他の四世界を『イニーフィネ帝国』に呑合し、完全支配下に置き、羈縻統治するという、そのような権威的な思考・思想を持っているのだ。それこそが、チェスター=イニーフィネの『正義』。
「、、、」
アルスランは、改めて己自身とは相容れぬことのない敵であるとチェスターを認め、彼者チェスターを、斬り殺し、討ち取る意志を固めた。
「―――。ッ」
先ほどまでは、手心を加え、捕縛に留めてやろうか、としていたその心を打消し、チェスターを討ち取り、誅すというその覚悟を、彼アルスランは心に決めたのだ。
チェスターは、アルスランの心情の変化を知ってか知らずか。また、アルスランの心情など最初から露ほどにも思っていないのか、その心は彼自身チェスターしか知り得ないものだ。
「続きだ、アルスランッ。俺は久方ぶりに愉しくなってきたぞっ!! まさか、アルスランっお前が『真の強者』だったとはなッ!! お前の『叡智の力』を封じてこの強さ、そして、お前のその戦闘技能。よもや、オルビスにお前のような『真の強者』が居ようとはなっ!! おもしろい。おもしろい・・・!! 俺は久々におもしろいぞっアルスランッ!!」
激しい感情を見せるチェスター。チェスター自身が、戦いにおいて、このような自身の感情を面に出すことになど、本当に久方ぶりのことであった。
この五世界においてその異能や魔法の強さを“鳴らしひけらかしている”『強者』などは、チェスター自身にとっては、“強者”などではない。
自分がその者の所へ出張って行って、この『封殺剣』を行使すれば、すぐに終わる。だが、アルスランはそうならなかった。
「さぁっ俺達は全ての力を燃やし、死力を尽くし合おうではないかッ!! そうでなくては愉しくはないっ!! さぁっアルスランッ思う存分俺と闘い斬り合おう・・・ッツ」
チェスター自身の思想・『正義』において、アルスランのような者は『真の強者』である。彼チェスターの中では、アルスランは『真の強者』に分類される。
叡智の力の威力ばかりに頼り切らず、己の肉体と精神と技量を鍛え、生身の身体でも充分に戦える強き者。
そのような存在こそが、チェスターの中では『真の強者』であり、チェスター殿下の『己の正義』。
だからこそ、チェスターは、自身の信条を捻じ曲げられ、己の強力な異能『空間管掌』を、使わせた者に対して、怒りと憤りを覚えるのだ。
だが、激しい感情を面に出すチェスターとは対照的に―――、アルスランは、その表情を殆ど変えていない。
相変わらずアルスランは、チェスターを観るその眼は草原の神聖なる獣、狼のように鋭い。
「―――・・・」
内心呆れ果て、チェスター皇子の長話に辟易していたアルスランは、改めて自身の本気を、八割ほど出して見せ、戦い自体に愉悦を覚えるチェスターとの一戦を早々に決するべく、その心を研ぎ澄ましていた。
先ほどアルスラン自身が抱いた決心を、
『チェスターを、斬り殺し、討ち取る』
という意志を、躬行すべく―――。
タンタンっ、っと、アルスランは、チェスター皇子との距離を測り、つかむかのような足捌きで。
アルスランがその手に持つ刀剣は―――、
チェスター皇子の持つ『封殺剣』の『叡智の力を封殺する効力』により、『力』を封じられし『劫焔の剱』。
―――、魔法王国イルシオン五賢者の一柱『劫炎の魔女カリーナ=デスピナ・ディ・イルシオン』が、その『剱の魔法』にて、鍛えて生み出した一振りの火炎の魔法剣。
たとえ、チェスターの持つ『封殺剣』の効力により、その『叡智の力』を封じられようとも、バルディアの獅子アルスランが会得した、その戦闘体験と記憶、つまり経験値と技量は、『封殺』できぬ。
アルスランは、己の持つ刀剣に意志を籠める。
「征く。チェスターよ、オレは今から貴公を斬る」
アルスランが持つ“力を封じられた”『劫炎の剱』。そのイェルマンの湾曲部と、その三角の鋭い鋩は、己の敵チェスター=イニーフィネを向くのだ。
「さぁ来いっ剣獅子・・・!!斬るか斬られるか、だっ。俺がお前の首と胴を生き別れにしてやろう・・・!!」
対するチェスターは、どのようなアルスランの攻撃斬撃にも応えることができるような、『封殺剣』の構え方だ。
チェスターは、右手に持った『封殺剣』を、袈裟懸けの斬撃でお返しできるようにその右肩に、改めて『封殺剣』の鎬を置く。
まるで、戦斧のように叩き斬るような構え方にして、
“『攻撃こそ最大の防御』お前が俺の間合いに入った瞬間に斬り落とす”、
と、言っているような、『封殺剣』の構えである。
封殺剣は、剣の刃渡りこそ長くはないが、剣身の幅が広く、その肉厚も太い直剣。大剣に属すであろう『封殺剣』を軽々と操るチェスターのその様は、この男チェスターの生き様を垣間見ることができる。
彼チェスター=イニーフィネは、カウンターとなるであろう、互いの剣戟を、自身だけはアルスランの斬撃を避け、勢いを付けた斬り返しを見舞い、アルスランを斬殺できると、そう確信しているのだ。
それこそ傲慢である。バルディアの獅子アルスランは、―――今のチェスター皇子が行なおうとしているのと同じ事を、かつて巨大な戦斧を持つニコラウスという者に―――、斬られた経験があるのだ。
アルスランはもう既に、チェスター皇子の叩き斬る『それ』を、身をもって経験済みなのである。
「―――、っ」
威風堂々と、強い意志の籠ったその眼差しを、双眸を、己の敵チェスター=イニーフィネに向けつつ、バルディアの獅子アルスランは、その両の脚を止め、まるで弓を射るときと同じように右脚を引く。
次に、柄を持つ右手のその右腕を、まるで矢を番えて弦を引き絞る動作のように、右腕を大きく後ろに引く。
すっ、っと、アルスランは、その左手の五本の指を、右腕を引き絞り自身のすぐ右側にきた魔法剣『劫炎の剱』の刀身に伸ばした。
劫炎の剱の、刃の鎬に、左手の五本の指を添えた、のだ―――。