第三百十六話 激闘
チェスター皇子は、アルスランの胴を斬り、真っ二つにするつもりだったのだろうが、我らが『バルディアの獅子』またのを『剣獅子』―――、
オルビスにおいての主人公たるオテュラン家のアルスランは、数多の死線を掻い潜り勝利を収めてきた。その白兵戦や格闘においては最強。百戦錬磨の強者である。
「どうしたというのだ?チェスターよ、そのように目を見開き驚いて。オレが貴公の斬撃を易々と避けたことが、そのように驚くことか?」
アルスランの、その言葉を受け、
チェスターはその目元を鋭く、
「、っ―――」
再び元の厳しい、冷たい眼差しに戻した。
第三百十六話 激闘
アルスランは、先ほどチェスターが放った『封殺剣』の斬撃に対して全く怯まず、
「では、オレも征くとしようか、チェスターよ―――」
むしろ、楽しそうにアルスランは、その口角を吊り上げた。
オテュラン家のアルスランその二つ名は『バルディアの獅子』。復讐という炎に身を焦がすアルスランは、戦場にその身を捧げ、数多の戦場で『己の正義』と『復讐』を掲げ、相対する敵を討ち破り、降し、勝ち上がり、バルディア大侯国のその政権の中枢へと。
そして、そこで政敵を排して、のし上がり、バルディア大侯国侯女ユウェリアの心を手に入れ、また、今生の別れと思っていた義妹イェルハも見つけ捜し出し、その手中へと。
さらには、魔法王国五賢者の一人カリーナの孫娘の心も手に入れ、自身と半分血が繋がっている姉スゥをも、アルスランは我が後宮に住まわせている。
そのように自分自身の強く固い意志と信念と正義を掲げる男である、オテュラン家のアルスランは。
今のアルスランの肩書は『ノルディニア王国王家の騎士』。それをも手にした男でもある。
未だ、まだまだ見果てぬ夢への、その途上である彼アルスランは、ルメリア帝国への復讐を果たすまでは、このようなチェスター如きの俗物なる者に敗けるはずがないのだ・・・!!
話を、二人の闘いの場景に戻そう。
つまり、チェスターが放ったそのような単調な斬道の剣の斬撃など、百戦錬磨のアルスランにとっては、取るに足らない斬撃なのだ。
たとえチェスターが、その『封殺剣』にて『叡智の力』すなわち異能や魔法を封殺しようとも、アルスランの体力や技量、経験までは封殺できぬ。
アルスランとチェスターとの、互いの肉体と刀剣を賭けての一対一の勝負、一騎打ちというわけだ。
タンッ、っと。
「・・・っ」
アルスランが動く―――!! 刀をその手に、軽やかに、施療院の床を蹴り。彼の者は跳び、そして軽やかに舞うかの様・・・!!
アルスランは眼光鋭く、『劫炎の剱』を構えチェスターに斬りかかる・・・!! 右手にした『劫炎の剱』の鋩は、アルスランの背後を向き、アルスランの顎先には、自身の直角に曲げた右肘。その右手は『劫炎の剱』を水平に構えているというわけだ。
即ち、アルスランはチェスターを真一文字に薙ぎ斬り、その肋骨付近から一文字に斬り、上半身と下半身を生き別れにする、という斬撃をチェスターにお見舞いするべく。
「フ・・・ッ―――」
バルディアの獅子アルスランの、鋭い左から右へと真横に薙ぐ斬撃―――。
チェスター皇子は、厳しそうに顔を、その眼で、顰める。
「く・・・っ、、、」
かの皇子は、上体を大きく背後に逸らし、、、そうしたことで、チェスター皇子はアルスランの真一文字に薙ぐ斬撃をからくも回避。
その鋭い速さの鋭角の鋩と湾曲部の刃先は、チェスター皇子のすぐ胸元の手前の空気を、鋭い風切音と立てて切り裂いていく。
アルスランは、僅かに―――
「・・・っつ」
表情を、その眼を、驚嘆に値する動きだ、と言った具合に見開く。
「くれてやる、アルスラン―――ッ」
アルスランの『劫炎の剱』の白銀の斬撃の斬道を、からくも避けたチェスター。上体を反らしたままのその不安定な体勢のまま、チェスター皇子は、自らの手にした『封殺剣』を建て直し、なんとか、アルスランを斬り返すことができる位置にまで上げた。
「!!」
チェスター皇子を薙ぎ斬った―――、そのアルスランの『劫炎の剱』の振り抜かれており、アルスランの右腕右手は『劫炎の剱』を持ったまま、伸び切った状態。
その状態のバルディアの獅子アルスランに対して、チェスター皇子は、そのアルスランの右腕を斬り落とすべく、その『封殺剣』を上から下へと降り落とす!!
ガン・・・ッ―――
金属製の刀剣の刃、その双方が激しくぶつかる金属音。
アルスランは、神速の神業の如き早業にて、『劫炎の剱』を斬り返して、チェスターの『封殺剣』の威力を相殺。
両者アルスランとチェスターは、お互いに斬撃の応酬を繰り広げる。
ブゥン―――!!
アルスランは、『封殺剣』を躱し、そのチェスターの剣が空を切る。
ザスっ
お返しにと、アルスランは、『劫炎の剱』を前に出し、その鋭い鋩による衝きを、
ギンッ
だが、チェスターは、その『封殺剣』の肉厚なる剣の横腹にて、アルスランの『劫炎の剱』の鋭角の切っ先を受け止め、
ガンッ
「「―――ッツ!!」」
両者は、顔を合わせ、互いに斬り結ぶ。
ギャリンッツ
チュイーン―――ッ
「「!!」」
まるで弾けるように、両者は跳び荒び、二振りの剱が、その刃を滑らせて金切り声を上げた。
ザン・・・っ
ザり・・・っ
「ッ・・・!!」
「ッツ」
バルディアの獅子アルスランとチェスター皇子のお互いの激しい剣戟の響きが、施療院内にこだまする。
此度の観客は二名。
「兄さん・・・っ」
「イェルハ。アルスは必ず敵に勝つわ」
「はいっ、ユウェリアさんっつ」
観客は、アルスランの伴侶であるバルディア大侯国侯女ユウェリアと、アルスランの義妹イェルハである。
ガッ・・・!!
「「ッツ」」
数度に渡る激しい剱のぶつかり合い、アルスランとチェスターとの互いの刃を交えた斬り合いののち―――、
ギャリンッツ・・・!!
両者はまたも激しく斬り結ぶ・・・!!
「アルスラン・・・ッツ」
チェスターは、やや激しい感情を面に出したような顔を、
「―――、、、ッ」
アルスランは、だが彼は、努めて冷静に、淡々と、斜交いとなった刃の向こう側のチェスターを注視している。
ギギギギギギ―――
「「―――ッツ!!」」
交差させた互いの『劫炎の剱』と『封殺剣』。互いに鎬を削り、斜めに斬り結ぶその刀剣の、斬り合いの果てに、両者アルスランとチェスターは、互いに睨み合うのだ。
チュイーン―――。
実力の拮抗した両者は、ある意味で互いの意を察し合い、反発し合う磁石の同極ように、互いに後ろへと跳びすさぶ。
「「―――」」
互いに間合いの外へと、両者距離を取り合うアルスランとチェスター。
アルスランは、すっ、っと、その刀剣の形状をした『劫炎の剱』を、剣術でいうところの、『八相の構え』に近い格好で構え持ち、
チェスターは、ドッカ、と、その大剣に近い幅広の『封殺剣』を、まるで右手に持った薪割り斧を右肩に担ぐかのような構えで、
両者はそのような最中、突如。チェスター皇子は、その顔に笑みをこぼしたのだ。
「くく・・・俺は楽しいぞ。愉しくなってきた。お前もそうだよな?アルスラン―――。まさか、お前が、この俺の動きについてこられるとはな・・・っ!! それが、俺は嬉しいっ愉しいぞ・・・!!」
アルスランは、自身の大切な者を護り抜くために、自身が『斃れる』ことはあってはならない。そのような、心持のアルスランには、チェスターのような、『愉しい』という感情は湧いてこず。
「貴公ら『イデアル』は、なぜ―――」
ぽつり、と、アルスランは言い、チェスターに問うのだ。
「―――オレ達を、このバルディアを狙うのだ? オレはなにか、お前達『イデアル』になにかしたか?」
アルスランは、彼自身にとっては、至極もっともな疑問をチェスターに投げかけた。
アルスランの言葉を受け、
「・・・、―――」
対するチェスターは、意味が分からない、という風に僅かに。その顔を、感情をむき出しにしたものから、きょとん、っとさせた。
ややあって、チェスターは。
「―――。あぁあ。そういうことか、アルスラン」
アルスランの質問や疑問を納得。にやり、と、口元の口角を吊り上げて、その顔に笑みを現す。
「俺にとっては、『お前』や『バルディアの聖女』が、どうなろうと知ったことではない。ましてや、この大侯国が消えようと、ノルディニア王国へ呑合されようとも、俺には全く関係ない。むしろさっさと、ルメリア帝国に統一されろ。俺にとっても『敵』が統一されるのは、いろいろとやりやすい」
にやり、と、その口角を吊り上げたまま、『封殺剣』を自身の肩に担いだまま、チェスターは愉しそうに語ったのだ―――。