第三百十四話 おめでたい奴め。お前は自分の異能や魔法剣に頼り切り、その威力を『自身の力である』と勘違いしているおめでたい愚か者だ、バカめ
「許さんぞ、お前達―――」
ゆるりと、挙げられたそのチェスターの右の手腕。
すぅっ、っと、その肘から先が消え失せる。
自身らの眼前で起きた事態に、その怪異にも似た現象に―――、
「「「っ!?」」」
―――、驚きに満ちるイェルハとユウェリアとアンジェリカ。その三名のその表情。
否―――、チェスターの右肘から先が、物理的に千切れるように消えてなくなったわけでも、チェスターの右腕右手が千切れて、もぞもぞと動き出したわけでもなく―――、
第三百十四話 おめでたい奴め。お前は自分の異能や魔法剣に頼り切り、その威力を『自身の力である』と勘違いしているおめでたい愚か者だ、バカめ
「『バルディアの聖女』よ、お前を連れていく―――」
はきはきとしたチェスターの意志を感じさせるその言葉―――。
―――、チェスターの右腕の肘の辺りの、見えているちょうどその右肘が、まるで霧がかかったかのようにぼやけて見えており、右肘から先の前腕が、まるで消失したように見えなくなっただけだ。
つまり、チェスターは、自らの異能『空間管掌』を、自身の右腕だけに発動・行使させたのである。
「え・・・、、、右手・・・?」
イェルハは、自身の近くに起こったその怪異にも似た現象に、その目を大きく見開き、空間を超越えて、自身の目の前で起きた現象を、その眼で目撃したのである。。
「ふっ・・・」
そして、その怪異に似た現象を起こしたチェスターは笑う。その笑みは、してやったりの、笑みである。
空間を超越えて、イェルハのほんの、目と鼻の先の何もない空間に、己の前腕だけを出現させたチェスター。彼の右手右腕は、ばっ、っと、その開かれた五本の指の右手、とそこに続く右腕は、肘からその先の前腕のみ。
その右の前腕は、空間を超越えて、チェスター自身の身体とちゃんと繋がっているのである。
チェスターの前腕が、その右手が、イェルハの上半身、掴みやすい彼女の肩先を今まさに掴まんと伸ばされた―――、そのとき―――
「くっ―――、これは・・・!!」
苦悶の表情に陥ったのは、自身の異能『空間管掌』を発動・行使させたチェスターのほうだった。
「ふふ、くすくす・・・っ」
イェルハは微笑み、笑う。
まるで、『してやったり』の笑みを、チェスターに意趣返しするかのような、そのような言動である。
ぱぁっ、っと。イェルハのその頸から胸を飾る、首飾りが淡い光を放つ、放ったのだ・・・!!
彼チェスターは苦しい表情を続け、、、
「ど、どういうことだ!? 俺の異能が、、、行使できない・・・だと? 消える!?いや―――、これは―――、この感覚は、俺の異能が、、、消える―――・・・」
キュー、、、っ―――、っと、強制的に、チェスターの異能『空間管掌』は、萎んでいき―――。
「―――、くっ・・・!!」
先ほどとは、反対の動きで、チェスターは、バッ、っ、っと、空間の中に突き入れた右の手腕を、亜空間より抜き去る。
その直後、チェスターの異能は消え去り、その効果は消え失せた。
そして、ちょうどそのとき、施療院の建物の中、療養室の、今は寝台は撤去されて、ただの大広間になっている室内に彼アルスランは中庭より戻ってきた。
そんなアルスランは、内心得意気に、だがその気持ちは表には出さず。
「チェスター=イニーフィネよ。『異能封殺』は、イニーフィネだけの業と思うてか? 『異能封殺』に特化し、それを行使できるのは、貴公らイニーフィネだけではない、ということだ」
アルスランの得意げな台詞に、チェスターは、怒りと悔しさに顔を顰め。
「、、、ァ、アルスラン・・・っ、くっ、その淡い光かっ。『聖女』が持つその宝玉―――」
チェスターの問いにアルスランは、一瞥しただけで何も語らず、
「―――」
その表情を、その視線をやわらかく優しいものとし、彼アルスランは、愛しい義妹を見詰める。
そのイェルハを見詰めるアルスランの表情は、優しさと慈愛に満ちている。
「兄さん・・・っ」
「イェルハよ。よく頑張り堪えてくれた、オレは嬉しく思うぞ、イェルハよ」
「はいっ兄さん・・・」
「無論―――」
アルスランの、その視線はチェスターを越え―――、療養室の中で立つユウェリアとアンジェリカのその姿を捉える。
「―――、そなたらユウェリアもアンジェリカも、オレのために励んでくれてありがとう。そして、このような危険に晒して申し訳なく思う」
アルスランは、僅かばかり目をつぶり、一礼。
「ふっ、ふふ―――、なにをいまさらアルス」
「アルスラン殿、この姫騎士アンジェリカは、光栄にすら思っておりますのに」
「―――ふっ」
アルスランは吹き出すように軽く、笑みを浮かべ―――、その視線を最後に。
厳しい眼差しとなったアルスランは、草原の神獣であるオオカミのようなその視線と表情を、彼の者へと向ける。
「―――オレは、オテュラン家のアルスラン。チェスター=イニーフィネ貴公を―――、」
施療院内の療養室に今まさに、満を持して現れたのは、『バルディアの剣獅子』こと我らがオテュラン家のアルスランである。
彼のこの姿こそが、本来のオテュラン家のアルスランである。自身の力を信じ、だが、己の力に慢心することはなく、
己の正義と意志を掲げて我が覇道を征くアルスランは、自身の前に立ちはだかる全ての敵を打ち砕き、負かし粉砕する。
そして、敵には厳寒な一方で、己を信じてくれる全ての者達、仲間達には暖かく、その固い信念を誓って、自分もそなたらを信じ、そなたらを護り切る、とアルスランは言う。
自身を頼り、救いを求めてきた手は拒まず、民にも良い政を成す、と―――。
ふっ、っと、チェスターの興味が、この場に現われしアルスランに移る。その隙を突いてイェルハは、ユウェリアとアンジェリカの下に退避。
それを見とめたアルスランは、
ザっ、っと、一歩チェスターへと踏み出し、
「―――、貴公を討ち取る者だ」
ザっ、ザッ―――、、、っと、アルスランは、前に向かって、足取り確かに、二歩、三歩・・・数歩。
彼『バルディアの剣獅子』は、チェスター=イニーフィネに向かって、その自身の正義と意志と闘志を燃やし、彼イニーフィネ皇国皇太子『封殺皇子チェスター』に、相対する。
「ほざけ。俺を討ち取る、だと?アルスラン」
アルスランの左手は、その腰に差す魔法剣『劫炎の剱』のその鞘に、
アルスランの右手は、その腰に差す魔法剣『劫炎の剱』のその柄に、
「そうだ、チェスター=イニーフィネよ。貴公は、ここバルディアの地で燃え尽き息絶える―――、」
すぅ―――、っと、アルスランはその腰に差す『劫炎の剱』を抜き切る。その湾曲部イェルマンの先にある鋭い鋩はチェスターを向くのだ。
「―――、このカリーナの魔法剣『劫炎の剱』によって」
ボッ―――。
アルスランの持つ一振りの魔法剣に、ボッ、っと、魔法の火が点る。アルスランの氣を喰らい、その氣を糧に火焔魔法が行使されるのだ。
アルスランが握るカリーナが鍛えし魔法剣『劫炎の剱』。
その柄から出でた魔法の火は、ボッ、っと、瞬く間に刀身全体へと拡がって、メラメラとその赤い炎が迸る。
劫炎の魔女カリーナ=デスピナ・ディ・イルシオンが、その『剱の魔法』で鍛えし魔法剣『劫炎の剱』。
その真の姿真価が発揮されたその状態で、彼アルスランは万全たるその勇姿をチェスターに示す。
対するチェスターは、アルスランの万全たるその姿を見ても、臆することはなく、むしろ嘲るような笑みを浮かべるのだ。
「はははっおめでたい奴め、アルスラン。お前は自分の異能や魔法剣に頼り切り、その威力を『自身の力である』と勘違いしているおめでたい愚か者だ、バカめ」
さ―――、っと、チェスターは、己が左手を、自身の腰の得物『封殺剣』の鞘に。
直剣の形状の『封殺剣』を納めるその真っ直ぐな形状の鞘は厳かで重厚であり、その鐺即ち鞘の尖端、剣の鋩が収まる部分。
その鐺には、橙赤色の輝きを発する丸く球体の赤い宝玉が、球体の半ばまで埋め込まれている。
チャ―――、っと、今度は反対の手。即ちチェスターのは、己が右手を、『封殺剣』の丸鐔の意匠の柄に添える。
直剣の『封殺剣』の刃渡りは、長尺ではないが、無骨な様であり、その剣身の鎬の肉厚は太く厚い。その重厚さでいえば、まるで鉈か斧に近く頑丈な剣である。
チェスターの野太い、剣によるたこが生じた五本の指が握り締めるその『封殺剣』の柄の頭にも、青緑色の輝きを発する丸く球体の宝玉が、球体の半ばまで埋め込まれている―――。