第三百十一話 開戦
その『劫炎の剱』に、その刀身に焔氣の魔力を取り巻いて纏うように、剱身にアルスランの氣を糧として燃え盛る魔法の火焔が渦巻く。
小剱健太の『大地の剱』と同じように、『劫炎の剱』の剱身が剱芯となり、焔氣が、もしくは魔法の火焔が、剱身を全体を覆う。
鋭く太く長大な、文字通り『劫炎の剱』である。アルスランの氣は焔氣と化し、それを纏いし真なる力が解放された『劫炎の剱』。火焔魔法を帯びた真なる魔法剣『劫炎の剱』の覚醒である。
第三百十一話 開戦
チェスターはもう慣れたのか、アルスランのその『劫炎の剱』を見詰めて、その威容を眺めても、もうその表情を一つも変えることはなく―――、
「アルスランよ、それが魔法王国イルシオンの『五賢者』の一角『劫炎の魔女』が、その火焔魔法で鍛えし魔法剣か」
―――、そのように、その言葉には、声には、感情を籠めず、淡々とそのように言うに留めた。
要するに、チェスター=イニーフィネのその態度から察するに、彼はアルスランの、『劫炎の魔女』が剱の魔法で鍛えた魔法剣『劫炎の剱』を畏れておらず、自身の脅威にはならない、と、そう思っているのだ。
アルスランは、チェスターの言葉に答え、
「そうだ、『劫炎の魔女』カリーナ=デスピナ・ディ・イルシオンが鍛えし魔法剣『劫炎の剱』だ―――、」
チャ―――っと、アルスランは、真の力を解放し、赤熱化した『劫炎の剱』を、肩に担ぐように、振り被るかのように構える。
「―――、逃れられぬと知れ、チェスター=イニーフィネ」
アルスランは、その表情をあまり変えず、感情に満ちたその表情ではない。だが、内に闘志を秘めている。
「ふっ、抜かせ、『バルディアの獅子』」
一方のチェスターは軽く嘲笑めいた笑みをこぼした。
「―――、、、ッツ」
アルスランは、自身のめいいっぱいの、渾身の『力と氣』を籠めて―――、熱く、熱く鋭く、―――!!
ゴアッ、、、っと、
橙赤色の爆炎を放つ『劫炎の剱』。アルスランの氣の高まりに応じて打ち震えるのだ―――!!
「カリーナの魔法の剱よ。敵を燀やし、灰塵に帰せ―――」
すっ―――、っと、アルスランは『劫炎の剱』を掲げ持ち上げる。
静かに、かの偉大な魔女が、その劫炎の剱の魔法にて鍛えし『劫炎の剱』を構え―――、
魔法王国五賢者の一角アネモネ=レギーナと旧知の仲であるカリーナ=デスピナが、その『剱の魔法』で鍛えし魔法剣『劫炎の剱』―――。
持ちやすく握りが外れないよう柄頭が湾曲したその柄。氣を糧にし燀やす『剱の魔法』の金属より鍛えられたその柄と四芒星に輝く鐔。そして、その剱身。
ザッ、っと―――、アルスランは、柄を握る右手を前に、左手は後ろに、順手で『劫炎の剱』の柄を握り締め―――、袈裟懸けに振り被る・・・!!
「『劫炎の剱』ッ―――・・・!!」
アルスランが力み、その剱に氣を籠めれば、『劫炎の剱』は、アルスランの氣を糧に、劫炎の魔法を行使する火焔の魔法剣。
魔法剣の真なる力が解放され、焔氣を帯びた『劫炎の剱』。
アルスランは、凄まじい炎を、劫炎を撒き散らすこの『劫炎の剱』を高々と降り上げ、その燀える鋩を、その刃を、チェスター目掛けて、焔氣すなわち焔の魔法を帯びた『劫炎の剱』を、袈裟懸けに右斜め上から左斜め下に斬り降ろす・・・!!
「―――、『劫炎の湖』」
ゴアァアア―――っと、アルスランのその氣を喰らって、『劫炎の剱』より火焔の魔法が行使される。
特大の、橙赤色の焔の輝きを放ち、メラメラ、カッカと燀ゆる焔氣の、三日月型をした火焔の斬撃が―――、
「―――ッツ」
チェスターは、その両眼を驚愕に見開き―――、
―――、ドウッツ、っと、燀える炎の斬撃。
着斬すれば、爆ぜる焔。焔戟。爆炎。まるで液体をぶちまけたかのように拡がる火の海。
チェスターのその体躯を確実に捉えたであろう、アルスランの、その魔法剣『劫炎の剱』よりの劫炎の斬撃の一振り。
メラメラと燀える火炎。炎の湖、火の海。
「―――、、、」
焼け焦げ、焦土と化した施療院の中庭。そこに立つ者はなし。チェスターの姿は影も形も既になく。
チャっ、っと、アルスランは振り下ろし斬ったその体勢より、カリーナの『剱の魔法』により鍛えられた『劫炎の剱』を水平に寝かして己の眼前に。
「ふぅ、、、」
アルスランの意思により、『劫炎の剱』は炎氣の輝きと熱気の、焔の魔法を解かれ、すでに綺麗な銀色の刃の刀に戻っていた。
すると、その行動に呼応し、それまで拡がっていた魔法の火の海は、たちどころに消え失せた。
アルスランの目の前の。
だが、チェスター=イニーフィネの、その姿は、その場に影も形もなく―――。しかし、アルスランは、その自らの手で、『劫炎の剱』より放った火炎魔法『劫炎の湖』により、チェスターが焼き尽くされたとは、考えられなかった。
「―――・・・」
よって、アルスランは慢心することなく、残心。周囲の気配を探らなければ、とその確認を怠ることはなく。
なぜならば、アルスランはロサの伝手を頼りに、アネモネからチェスターや他二名炎騎士グランディフェルや執行官の情報を、先んじて受け取っているからだ。
その『理想の決定権者チェスター』率いる彼ら『理想の行使者達』の此度の作戦内容も含めて、だ。
理想の行使者、、、すなわち『バルディアの聖女』イェルハの誘拐に向けての作戦の実行部隊、その三名。アルスラン達が、アネモネより受け取った情報はそれだけではない。
それぞれ三名『チェスター皇子』、『炎騎士グランディフェル』、『執行官』の、異能力、力の強さ、戦い方の傾向、性格、そして、彼チェスターの思想も、である。
無論、アルスランの伴侶である“彼女達”も、アルスランに同じ、だ。彼女達はアルスランと同じ情報を共有している。
アネモネは、『小剱健太の一団』と『オテュラン家のアルスランの一団』の協力を取り付け、彼彼女らを巻き込み巧みに誘い、そして、動かすのだ。
そして、ついにそのアネモネの目的は、ここに実を結ぼうか、と。終にアネモネ=レギーナ・ディ・イルシオンによる『イデアル包囲網』が、完成しつつある―――。
アルスランが、チェスターのその気配を探ることしばし―――。
「・・・ない。気配が、しない―――」
アルスランは、ぽつり、と、そうこぼした。
だが、しかし―――、
『ユウェリアお嬢さまっ!! イェルハ殿―――ッツ!!』
それは、若い女性の焦る叫び声。その声の主は、姫騎士アンジェリカのものだ。彼女アンジェリカの叫ぶ声、二人の名を呼ぶ声が、施療院の中から、アルスランの耳に聴こえてきたのだ。
「ッツ」
アルスランのその両眼が、驚愕に見開かれる。
『はぁあああああッ―――』
『せやぁああああッ―――』
戦いの声。張り上げるような烈しい女性二人の声。その二人の声が、施療院の中庭に佇むアルスランの耳に聴こえたのだ。
その声の主は、侯女ユウェリアと姫騎士アンジェリカである。
その彼女らの、戦いを告げる声は、施療院の中庭からではなく、施療院内からアルスランの耳に聴こえてきたイェルハの声だ。
先ほどまで、アルスランとイェルハ、そしてユウェリアとアンジェリカがいた施療院のその門扉の中の、建物内から聴こえてきた二人の闘志に満ちた声である。
それまで、自分と戦っていたチェスターは、その異能を行使し、施療院の内部に移動したのだ、と。
アルスランの頭の中で、一本の糸に繋がったとき、
ダンッ、っと。アルスランは中庭の地面を、勢いよく、まるで跳ねるように蹴る!!
二人の声が聴こえた瞬間―――、とほぼ同時に。
「しまった・・・ッツ」
アルスランはその表情を焦りのものに変えるやいなや、ダンッ、っと、中庭の地面を蹴り、施療院の中へと向かって駆けるのであった―――。
話は僅かに遡り、施療院の、入院患者達は違う場所へと退避させられ、その裳抜けの殻とされた建物内。先ほどアルスランは、『バルディアの聖女』と周りから持て囃される自分を護るために―――、
「兄さん、御武運を」
ぽつり、っと、その本人であるイェルハは、自身の願いを声にして出した。
―――、敵である秘密結社『イデアル』の刺客を迎え撃つために、出陣したのだ。
施療院内の、新鮮な空気を取り入れるために設けられたその窓。その窓から見える外の中庭の光景。緑の木々、かわいく可憐で色とりどりの草花が植えられた中庭。そこには休憩するために設置されたベンチも備えられている。