第三十一話 互いに名前を呼び合うという事の深層
第三十一話 互いに名前を呼び合うという事の深層
「ッ」
魁斗は俺の淡い期待をあっさりと裏切り、笑顔でさも楽しそうなことだったよ、というような声の雰囲気で『あの惨状』の張本人が自分達であることを認めたんだよ。
「うん、大事の前の小事ってやつだね。次の僕達の偉業達成に向かって、つまりロベリア義姉さんは屍兵の補充が必要不可欠だったし、ラルグス義兄さんは秘宝の件もあってさ。そこのグラン義兄さんもいろいろとね、また詳しく教えてもらうといいよ、健太」
「・・・??」
大事の前の小事? 偉業達成に向かっての屍兵の補充と秘宝の件・・・?
あの惨状が『大事の前の小事』っなんて・・・ありえないし、魁斗が言っていることも、そのへらへらと愉しそうに笑える様も俺には全く理解できない。こいつらは街の人々全員を手にかけて、さらに『屍術』で生ける屍達に変えて―――それを『大事の前の小事』と、あんな大惨事を小事と、はははっと楽しそうに笑いながら言い切って―――。
なんで魁斗はこんなにへらへら笑っていられるんだ?
「―――」
「ケンタ、彼は貴方にあんなにも親しそうですが、彼は貴方の知り合いですか?」
アイナは眉を顰めて・・・、だよな、俺もそうだ。魁斗の態度を不快に思ってるんだ、アイナも。俺はそんなアイナに共感できる。俺に、そんな藍玉のような眼の視線を向けるアイナに。
でも、アイナそんなに眉を顰めたらきみの端整な顔が台無しになってしまうって。
「―――あいつも俺と同じ転移者で―――、うん」
俺はそんなことを思いながらでも無言で、俺に声をかけてきたアイナに小さく肯いた。
「・・・それにあいつは俺の幼馴染の一人でさ・・・アイナ達が行ったあと、生ける屍達だらけのあの街で・・・俺はあいつと再会したんだ・・・。昔は―――子どもの頃の魁斗はあんなやつじゃなかったのに・・・でも今の。この五世界に転移してからのあいつに何が起きたのかなぁ・・・。友人―――」
友人?ううん、今の魁斗はもう友達と思えないよなぁ・・・。
「昔は、子どもの頃は友達だったのに、気心の知れるさ。でも今は、今のあいつは―――・・・」
アイナにそれ以上俺の言葉は続かなかった。だって信じられるか?子どものころ七人で遊びまわった幼馴染の一人の魁斗が―――。あんな惨劇をさも平然とした態度で行なうような魁斗に変貌しているなんて。
「もう『魁斗』は俺が知っている幼馴染だった『魁斗』じゃない、のかもしれない」
がっくり、と。俺は肩を落とす。
「・・・やはり彼は貴方の知己でしたか。しかし、ケンタ貴方の友人はもはや―――・・・」
アイナは俺に気を遣ってくれたのかなぁ。―――アイナは自ら発した言葉を最後まで、結論まで俺に言うことはなく、そのアイナの言葉も尻すぼみになって消えていった。
やっぱり俺、もう一度魁斗と腹を割って話がしたい。あいつのほんとの気持ちを聞いて―――ちょっとでも分かり合えるならさぁ。それで魁斗にはここで帰ってもらおう。俺はがっくりと項垂れていた首を戻し、アイナを見つめた。
「・・・、アイナちょっと待ってほしいんだ。俺あいつに魁斗に訊きたいことができて・・・だから、俺の話が終わるまで、グランディフェルのことはちょっと待ってほしいんだ」
「・・・わかりました、ケンタ」
ありがとう、アイナ。アイナきみの心遣いはほんとに嬉しいよ。このままグランディフェルとも戦わずに『イデアル』には帰ってほしい。
「―――」
俺はアイナの厚意に無言で肯いた。魁斗―――と、俺は魁斗に視線を送る。
「かい―――。っ・・・!!」
―――えっ!! なんで!? なんであんな表情をアイナに向けられるんだ、魁斗!? それは俺が『魁斗』と声をかけようとしたときだ。
「その、君さぁ―――」
そのときの魁斗の顔の表情が―――
「ッツ!!」
なッなんだよその厭そうに歪んだ顔は魁斗―――!!そんな顔はやめろって。アイナは俺の、俺が好きな人なのに!! アイナは俺の『彼女』なんだぞ!? 魁斗お前がそんな顔だと俺の立場がなくなるじゃねぇかよ・・・!!
魁斗はアイナを見止めて、突然不快なものを見る目で眼と眉を歪め―――
「え?魁斗・・・?」
「君だよ―――」
魁斗が視線を向けているのは俺じゃない、アイナだ。魁斗のその厭な唾棄するような表情の視線はアイナを向き、そしてその右人差し指でアイナを指差したんだ。
「その、君さぁ―――」
「ッ!!」
魁斗お前―――・・・ッなんなんだよっその態度は!!アイナにあまりにも失礼すぎるだろ・・・!!
「ッ」
魁斗がアイナに向けたその顔つきとその指差しの言動を見て、俺はこいつに怒りを覚えた。こんな失礼なことをされたら誰だって怒りや憤りといった感情を覚えるはずだ、たとえ友人でも。自分が好意を寄せる人に対してこのような、敵対心丸出しの態度を取られたら誰だって不快に思うもんだ。
そんな魁斗の歪んだ顔は昨日のあの街でのとても人が好さそうでかっこいい魁斗とは全く別物の、それの対極に位置するような、まるで人を蔑ろに扱き下ろすような表情だった。
「君さぁ、僕達の会話に邪魔なんだよね。僕と健太の会話に割って入らないでくれる? なんなの君?空気読みなよ、バァカっ!!カスっ!!」
なッ!!
「ッ!!」
アイナにバカ?カス?・・・だと!? ふ、ざけんなよ、魁斗―――ッ!!
「―――。それは失礼を」
すごい。ほんとに人ができてる彼女だ、アイナは。こんな汚い言葉とぞんざいな態度を取られても冷静でいられるってすごいよな。でも、俺は違う!!
「バカ?カス?俺の彼女に向かって何言ってんだ、魁斗―――?」
ぎゅっ、俺は右手の拳を握り締める。くそっ殴りてぇ!!
「―――健太。君は騙されているんだ、この女に」
騙されている?俺がアイナに?
「アイナのことをよくも知りもしないで、でたらめを言うなよ、魁斗!!」
そんなことない。アイナはそんなことをする女の子じゃない。
「け、健太っ!? そ、そうか、よくも僕の健太をッアイナ=イニーフィナ―――ッ」
すっ。俺は一歩足を進めた。少しでもアイナの楯になれれば、と。
「―――」
魁斗が憎悪で意識を向ける、その・・・アイナの身が危なくなりそうで―――そんな嫌な予感もするし。
「ケンタ、私のために・・・」
「ううん、アイナ。俺はアイナのことが大切だから・・・」
にこっ。俺はアイナに微笑みかけた。
「―――・・・っ///」
あらら照れちゃったよ、アイナ。
「っ―――」
そんな顔を俺に向けられたら・・・俺―――・・・、ますますきみのことが・・・。
「ケンタ・・・私は言っておかなければならないことがあるのです」
っつ、アイナの笑顔が消えていく―――、でもアイナの言いたいことってなんだろう?
「―――・・・」
笑みをただし、すぅ、とアイナの視線が魁斗に移った。
「ユーキ=カイト貴方に言っておかなければならないことがあります。貴方は先ほど私にこう言いました『会話に割って入らないでくれる?』と、ですが、私のほうはそうもいかないのです」
「そうもいかないだって? はぁ?君はいったい健太のなんなのさ? なんの権利があって僕達の仲を引き裂こうというんだよ、君は・・・!!」
「『君はケンタのなんなのさ』?貴方のその言葉に答えましょう。私はケンタの婚約者ですっ!!」
ドン!!っと自信満々なドヤのアイナさんっ!!
「っ・・・///」
アイナが俺のことを自分の『婚約者』と魁斗に―――しかもこの場にはグランディフェルまでいるんだぜ? さすがにそう改めて堂々と他人に宣言されると、驚きとむずがゆさで悶えてしまいそうだぜ、俺―――。
「ふ~ん―――婚約者ねぇ・・・きみが―――」
じろじろ。アイナの頭から首、胸、お腹、脚へと魁斗の視線が下りていった。物珍しそうな好奇な視線でアイナを上から下へとじろじろ見るなよ、魁斗。なんか嫌な気分になるわ、俺―――。
「ですから私が、私の伴侶となるケンタを悪に引き摺りこもうとする輩の陰謀を、婚約者として阻止することは当然のことですっ」
「―――って、えっ!!君の健太の婚約者だってっ!?」
ビビってるよな?さすがの魁斗も。
「・・・」
さすがの魁斗もその事実にはビビったみたいだ。事実なんだよ、魁斗。でも、いきなり言われたら、ビビるよな。俺も最初婚約者と言われたときはビビったよ。
「ふ、ふんっばかばかしい。それとも君の頭の中はお花がいっぱい咲いていて君は妄想と現実の区別がつかない人間なのかい? 君のおめでたい妄想には付き合っていられるほど僕達は暇じゃないんだ」
なんだよ、それ魁斗―――おめでたい妄想って!! アイナのことをバカにしてんのか!?
「―――」
だが俺は無言を貫いた。今の魁斗の、アイナに対する発言を俺はもちろん不快、不愉快だ。でも、今はまだ何も答えず、俺はアイナと魁斗を見ているだけだ。
だって、なんかアイナがまだなにか喋りたそうな顔をしていたからだ―――。
「ケンタと私は運命共同体、すなわち互いに親しみを込めて名前を呼び捨てで呼び合う間柄です。そのような仲の親しい関係は―――」
「―――うん?」
?? アイナの『運命共同体』発言にはちょっと驚いたよ? でも『運命共同体』と『呼び捨てで呼び合うこと』って関係あるか?
俺達の呼び捨ての間柄をなにか特別そうにしゃべってアイナのやつ? 別にそんな、親しい相手とか彼氏彼女だったら、下の名前で呼び合うことは普通のことなのに・・・?