第三百六話 魔女達の企図
ずずいっ、っと、ロサは、そのような黄金製の仰臥椅子に背凭れるアルスランに身を乗り出して。
「アルくんっ冷静すぎるよ!! 『そうらしいな』じゃっないってばっアルくんっ!! 五賢者ってすごくすごいんだよっ!? そんな私の自慢のグランマは正真正銘『五賢者』の一人『劫炎の魔女』だよっ!? 会ったことあるじゃんっ!?アルくんも私の祖母ちゃんに・・・!!」
「―――」
あぁ、っと、アルスランは静かに、ロサに肯くのであった。
第三百六話 魔女達の企図
「その私のお祖母ちゃんの友達っていうか、、、幼馴染って言うか。うんっその人と私のグランマは、昔学び舎で同じ釜のご飯を食べた人なのっ。偉大な土石魔法の使い手だよっその人はっ♪」
ふーむ、、、と、ロサの話を聞き、アルスランは一考。
「なるほど・・・。では、オレは『その報せ』に心を致すとしよう、、、」
「『心を致す』だけじゃなくてっアルくん!! ちゃんと対策を立てておかないと、イェルハちゃんの危機だよっアルくんっ!! いいのっ!?イェルハちゃんが、敵にかどわかされるんだよっ!?」
「騒がしいぞ、ロサよ・・・、、、」
「私っアルくんに騒がしいって言われたっ!?」
「ほら、ロサよ、皆を見てみるがよい。特にイェルハは静かなものだ。静かに編み物をしている」
ふいっ、っと。
アルスランに話を振られてイェルハはその、かわいい顔を上げる。くりっとしたイェルハのその眼差しは、彼女のむじゃきなかわいさを引き立てる。
イェルハは、やや微笑で、その顔で、自身の義兄であるアルスランを視て、そのような顔をロサにも向ける。
「兄さん、私は嫌じゃないですよ?ロサさんが騒がしいのは」
彼女イェルハはその作業を中断させて顔を上げ、義兄であるアルスランとロサを見た、というわけだ。
そのようなイェルハは、ふかふかの毛氈の絨毯の上に小さな椅子を置き、その上に腰を掛けている。
「ふむ。・・・そうかイェルハよ」
「はい♪兄さんっ♪」
にこりっ♪ アルスランにイェルハに呼ばれたかわいらしい少女は、まだその少々あどけなさが残るその顔で、破顔一笑。
一方のロサは、少々不満気だ。
「むーっアルくん義妹ちゃんには、とくに優しいー。私も私もー」
「何を言うロサよ。オレはそなたロサも、イェルハも、ユウェリアも、そして姉上も等しく、オレはそなたらのことを女性として優しく愛している」
ドンっ、っと。
ここは中世世界の月之国。力ある者として、アルスランは、自身の大切な者に等しい愛を。彼アルスランは、皆を等しく愛しているのだ。
「ァ、アルくん・・・っ///」
「に、兄さん・・・っ///」
ロサとイェルハは互いに、その頬を紅らめた顔で視線を交錯させ、そして俯く。
それを機としてアルスランは、黄金製の仰臥椅子に背凭れていた姿勢から、その背を真っ直ぐにし、姿勢を正す。つまり、背凭れていた背中を起こしたのだ。
「つまり、ロサよ。オレは、そなたの進言を受け、此度の栄えあるルメリア遠征への参上を取り止めてイェルハの傍に居続けることを選んだわけだ。オレの大切なイェルハを凶賊から護り抜くために」
「っ/// (兄さん)」
ぽっ、っと。そのアルスランの、熱い炎を心の内で燃やし断言するかのような言葉を聞き、ますます、イェルハは頬を紅らめてしまう。
「うん、アルくんそうだね」
ふぅ、、、っと、アルスランは軽く吐息。
「だが、ロサよ。オレの大切な、オレが愛する義妹イェルハを狙う凶賊は未だに、このウィンニルガルドの王城に現れず―――。オレは即ちその、土石魔法の『五賢者』の一人『大地の魔女』。そのアネモネと云う者を、心から信用してよいものなのか、と、ロサよ。ロサよ、アネモネとやらは信用できる者なのか?オレはそれをそなたに問おう」
バッチリだよっ、、、と、ロサは底抜けの明るさで、
「うんっアルくん♪。アネモネさんは信用できる人だよ、アルくんっ♪」
あっさりと、屈託のない笑顔でアルスランに、言って示すのだ。
一方のアルスランは、努めて冷静なその態度は崩さない。
「では、それをオレに示せ、ロサよ」
アルスランは冷静に、ともすればやや独善的にも見え、もう一方の見方では“オラオラ”とした雰囲気でもある。
ロサは、そのようなアルスランの眼前で、ビシッと居住まいを正す。
「私、このロサ=デスピナ・ディ・イルシオンは、魔法王国五候家の一角デスピナ家の正統なる第一の後継者として、ノルディニア王国王家の騎士『剣獅子のアルスラン』に告ぐ。魔法王国『五賢者』の一角『大地の魔女』アネモネ=レギーナ・ディ・イルシオンを、我が同盟者として、信頼のおける魔女とする。約定を違えしときは、この私ロサ=デスピナ・ディ・イルシオンのマナを賭ける」
真面目に、本当に真剣で真摯な態度のロサであった。
アルスランは、縦に大きく肯いた。つまり、アルスランは、そのような態度のロサの宣誓を受けて、納得。得心がいったのだ。
「―――解った、大地の魔女アネモネを信用し、オレは、ロサよそなたの忠告に従おう―――、してアネモネは、次にそなたになんと言ってきた? 次なるアネモネの報告の、その仔細をオレに話せ」
「うん、わかったよアルくん。アネモネさんからの情報はねっ。アネモネさんからの通信魔法によれば、イェルハちゃんを狙う敵が既に、このウィンニルガルドの街に入ったって言ってるっ。その人数は、三人。うんっ、三人の敵がイェルハちゃんを狙ってるんだって―――」
///
「そうか―――、」
アルスランは、目を閉じ―――。
今しがた彼アルスランは、アネモネが寄越してきたという報せの内容を、ロサから聞き取り―――、アルスランは満足そうな表情になったのだ。
「アネモネから報せは、実に重要な報せだった。ありがとう、ロサ」
「ううん、アルくん」
「ふっ、くく―――」
アルスランは、くくっニヤリ、とした笑みをその口元に零す。
口角を吊り上げるその様は、その笑みは、頼もしくもあり、また、見る人によっては、―――危なく身の危険を感じる笑みであろう。
「―――くくく・・・っ」
アルスランは薄く不敵な笑みをその口角にこぼしたのである。
一方のロサと呼ばれた女性は、目をシラーっとさせてアルスランを見遣る。
「アルくん悪い笑み・・・」
だがロサは、アルスランのその口角を吊り上げる笑みを、全く危惧していない。
「ロサよ。悪い笑みだと?オレが?」
アルスランは、わざとらしくそのようにとぼけたのだ。
「うん♪すっごく悪い笑み。でも、素敵。考えを巡らす、アルくんって、かっこいい、かな」
「ふっ」
アルスランは乾いた苦笑を。
そして、自身の天幕の外に佇む人物のほうに視線を向けるのだ。
「オレ達の話を聞いていたのであろう?アンジェリカよ。そなたの密偵を送って、アネモネからの通信魔法の真偽を確かめさせろ。アネモネの報告の内容が真に確かであったのなら、すぐにオレは、腹案の企てを実行する―――」
「御意、アルスラン殿」
アルスランは、アンジェリカから視線を切り、再びその視線をロサに戻した。
「ところでロサよ」
「なに?アルくん?」
「そなたの双子の―――、なんと言ったか・・・。その妹は息災か?」
「リラちゃんのこと?」
「うむ、そうであったな。―――そなたの妹をここに呼び寄せてもオレは構わぬのだぞ?」
「うーん、、、それはもう無理かな・・・。 だって、リラちゃんは好きな人がいるみたいだから―――」
///
そして、その夜は。
さて、アルスランは、ユウェリアの護衛役の姫騎士であるアンジェリカに密偵を送らせ、アネモネの情報の真偽を確かめさせた。
アネモネの情報が、信頼できるもの、と踏んだアルスランは、次なる策を繰り出し、その一週間後の夜のことである。
アルスランは、とある者と席を同じくして夕食を摂っていた。
「さて―――、」
アルスランは、羊毛製の毛氈の絨毯を幾重にも重ねたふかふかの床に胡坐を組んで腰を下ろしている
その広間は、天幕を模した内調が施されたウィンニルガルドの王城の一室である。
「義兄上殿よ、オレは明後日の朝に襲撃を掛けさせる」
アルスランは言葉少なに、自身が義兄上殿と呼んだ男に事実だけを告げた。
「そうか」
義兄上殿、という男も、言葉少なに、ぽつり、とそれだけを答えたのだ。その義兄という男の顔に喜怒哀楽といった感情は現れておらず。
アルスランの義兄という男は、右手に玻璃の杯を持ち、静かに、そして優雅に、その薄い口元に、その右手に持つ杯を傾けた―――。