第三百五話 バルディアの獅子、登壇せり
第三百五話 バルディアの獅子、登壇せり
惑星イニーフィネの巨大大陸―――。地球でいうところの、かつての『巨大大陸パンゲア』に相当する巨大大陸。その周りを、かつて地球でも存在した『巨大海洋パンサラサ』と同じような巨大海洋が惑星イニーフィネにも存在する、いや『した』と言ったほうが良いだろう。
かつて、この惑星イニーフィネに降りかかった天災『白き禍』。そして、『世界統一化現象時代』を経て、この惑星は、五つの異能世界の領域を持つ『五世界』として、生まれ変わったのだ。
ここはオルビス。日之民が『月之国』とも言う昔日の人々の世界である。
オルビスの中で最も領域・国土が大きく強勢で強盛な、軍管区と属州による支配体制の、ルメリア帝国。
だがしかし、同地は、そのオルビス筆頭のルメリア帝国ではなく、オルビス第二の領国ノルディニア王国。
様々な国家や勢力が集まり一つの国を成す、すなわち領邦国家。神聖ローマ帝国のような領邦国家体制を敷く、ノルディニア王国の領邦の一つバルディア大侯国。
そのバルディア大侯国の都ウィンニルガルド。
バルディア大侯国の随一の洗練された城郭都市ウィンニルガルド。同地の小高い丘に建ち、設えられた白亜の城の玉座。その白亜の城に住まう城主は―――。
その、情景である。
「ユウェリアお嬢さま。アルスラン殿が面会を求められております」
一人の女性の声が、その部屋の扉の外から聞こえてくる。その、扉の外に立ち、『ユウェリアお嬢さま』と、部屋の外から声を掛けた者の声は、落ち着いた声質の若い女性の声だ、その声を聞いた限りでは。
部屋の中には、女性の姿があり。彼女は数名の侍女と思しき女性に囲まれて、椅子に腰かけ、その輝くような金色の長い髪を、その侍女達に結われている。
金髪の長い髪を侍女達に結われている女性。その彼女が、先ほどの一人の女性に、『ユウェリアお嬢さま』と呼ばれた女性であろう。
そして、きっとその部屋の扉の外側から部屋の中にいる主に『ユウェリアお嬢さま』と、声を掛けたのが―――、
「そう・・・っ。もう少し待ってくれるアンジェリカ? もう少しで支度ができるわ」
―――、アンジェリカという女性であろう。
「はっ、ユウェリアお嬢さま」
アンジェリカは、白銀の鎧を着込んだ女性騎士である。だが、その兵装は戦時の、全身を白銀の鎧兜に包んだものではなく、平時の護衛用の着こなしである。
アンジェリカの上衣は鎖帷子に胸当て、下衣は半鎧である。
「アンジェリカ。アルスに、もう少し待っていて、と伝えてきてくれるかしら?」
「御意、ユウェリアお嬢さま」
女性騎士、、、いわゆるノルディニア王国において、その官職として存在する『姫騎士』という存在であろう、このアンジェリカは。
アンジェリカは、主たるユウェリアの指示を聞き、その踵を返すのだった。
アンジェリカが、主であり自身の護衛すべき対象であるユウェリアの前から一時辞し、その彼女アンジェリカが向かう先―――。ユウェリアが住む豪華な白亜の宮殿の棟を出て、タイルが敷き詰められた廊下をしばし歩き、その別棟に至り―――。
そこには。
そこは、彼の者の城。いや、草原の民の出である彼。
「―――」
彼は己の出自を忘れることをよしとせず、自身が草原の民であることを忘れ得ぬために、外観は王城ではあるが、居住の空間は天幕と同じ仕様であるといえる。
天幕と同等の内装を施し玉座。その部屋の入口は、太陽が昇る東を向き、出口は太陽が沈む西を向く。
彼の者は、天幕調に施した円形の床の上に、羊毛製の毛氈の絨毯を何重にも敷き、その上に設けられた黄金製の椅子にその腰を掛けている。
その金に輝き煌めく椅子は、黄金製の仰臥椅子である。例えばもし、その上で寝転ぼうとすれば、その行為は容易にできるであろう。
その仰臥椅子の広さは、二、三人がその上に寝転べるはずであり、やはりその椅子の上にも、幾重にもふかふかな羊毛製の毛氈の絨毯が敷き詰められているのだ。
彼の者、いやその正体は、『バルディアの獅子』ことオテュラン家のアルスランと云ふ名の者であり、また人によっては、彼アルスランのことを、『剣獅子』と云ふ者もありけり。
この『獅子の間』には、アルスランの他に幾人かがおり、その殆どが若い女性である。
「ロサよ、その顔を見てオレは解るぞ。何がしかの良いことがあったようだな」
「うん、アルくん♪」
形式ばった、型にはまるような口調とその態度ではなく、その女性は、アルスランのことを『アルくん』と、そのように彼アルスランのことを親しげに呼ぶ。
アルスランに、『ロサ』、と呼ばれた女性は、その彼女の容姿は、背格好を観ると―――。ロサの身長は高くもなく低くもなく、だが、アルスランよりその背は低い。
凡そ成人男性であるアルスランがその場で立てば、そのロサの身長は、アルスランの胸の高さほどであろうか。
ロサという少女は、燃えるような真紅の色の髪と、紅い眼をしており、誰が見ても彼女ロサが、月之民ではないということは明白である。かと言って、ロサはネオポリスの機人でもなく、日之民でもないだろう。
「でも、私ほんとにアルくんに付いて来てよかった、・・・って、そう思うっ♪ だってアルくん優しいしぃー♡」
ロサの、この話題には脈絡もないその突然の告白にも似た言葉。
「そ、そうか、、、っ」
「あー、アルくん照れてるぅー♪」
「・・・っ///」
ロサのその言葉を聞き、しばし、まるで、照れ隠しのように、アルスランは思案顔になった。
「、―――、ところでロサよ」
「どしたの?アルくん。そんなに真面目な顔になって」
「そなたの祖母の。そなたに新たな報告を寄越してきたというそなたの祖母の、その友のことだ」
「『そなたの、そなたに、そなたの』って、なんかややこしいね、アルくん♪」
「、、、かもな。ではなく、そのそなたの祖母の、その友という人物は、真に信の置ける者なのか?」
ロサは、まるで自分のことのように、楽しげな雰囲気だ。
「うんっアルくん♪ 私のお祖母ちゃんが、魔法王国イルシオンの『五賢者』の一人ってことは知ってるでしょ?」
ロサは、野外活動が容易にできそうな、身体を動かしやすそうな服を着ている。下衣はズボンであり、上衣は真っ赤の長袖の服を着ている。
ロサは、さらにその上衣の上から、襟のある外套を纏い、、、一般に月之民が常用しているその衣服ではない。帽子は脱いで、ロサはそのふかふかの絨毯の足元に大事そうに置いている。ウィッチが被るような円錐形の三角帽である。その色は真紅。
アルスランは、ややっと、その背中を後ろの背凭れに倒す。
「あぁ、そうらしいな、―――・・・」
アルスランは、ふと物思いに耽る。彼アルスランは、ロサ達の祖母や母親に幾度か会ったことがあるのだ。
そのときの様子を、アルスランは思い出しているのだろうか?
ずずいっ、っと、ロサは、そのような黄金製の仰臥椅子に背凭れるアルスランに身を乗り出して。
「アルくんっ冷静すぎるよ!! 『そうらしいな』じゃっないってばっアルくんっ!! 五賢者ってすごくすごいんだよっ!? そんな私の自慢のグランマは正真正銘『五賢者』の一人『劫炎の魔女』だよっ!? 会ったことあるじゃんっ!?アルくんも私の祖母ちゃんに・・・!!」
「―――」
あぁ、っと、アルスランは静かに、ロサに肯くのであった―――。