第三百三話 征こう、我らが十二傳道師達よ・・・、その『理想的なオルビス』に向かって―――
「うむ。して、導師よ。そなたの意中の者を招き入れるための、その準備をラルグス同志が、先陣を切って進めておるのじゃったな。儂もそなたの意見には全面的に賛成じゃ。もし、そなたより儂に声が掛かれば、儂も全力を以って力を貸そう」
クルシュは、導師に助力を約束し、対する導師は―――、
「ありがとうございます、同志『流転のクルシュ殿』よ―――」
導師は首を垂れ、クルシュに向かって深々とその頭を下げたのである。
第三百三話 征こう、我らが十二傳道師達よ・・・、その『理想的なオルビス』に向かって―――
クルシュは―――、
「導師よ。きっと、ここにいる『十二傳道師』の皆が皆、そう、、、そなたや儂と同じ思いのはずじゃて―――」
導師に一番近い位置に、導師から見て、すぐ左隣の特務官No.702に、一番近い参謀の席の座主である流転のクルシュは、自身から見て左へと円のかたちに、その視線を、議場の出席者を見回していく。
そして面々を一周。クルシュは、また導師へとその視線を戻したのだった。
この会合の場に居並ぶ『十二傳道師』からの、異議はなく。
導師はまた流暢に説話を始めるのだ―――。
「日之国や魔法王国イルシオンとは決定的に違い、オルビスは内輪揉めや紛争が続き、未だ統一されておらず、同志ラルグスや、同志に準ずる『賓客』であるルメリア帝国皇太子ステファヌス殿が、オルビス統一に向けて力を尽くしてくれてはいるが、未だオルビスの諸勢力のいくつかは、ルメリア帝国の支配を受け入れてはいない。この五世界の一つオルビスは、平和と安寧と共存という『理想』とは、全くのかけ離れた相容れぬ状態である。―――、」
導師は憂いを帯びたその視線を、袂に落とした。
導師は袂に落としていた視線を上げ、『十二傳道師』の面々を、順番に見つめながら。その口を止めることはない。
「―――、ルメリア帝国の手で、オルビスを平和統一させるために、私は、オルビスに『理想の行使者』を遣わし、我々はその『理想』を成そうとしている正に今はその最中である。その矢先に、同志『土石魔法師アネモネ』による重大かつ重要な、最優先に我々『イデアル』が、理想たらしめるべき『アイナ=イニーフィナの謀略』の一報が齎された、というわけだ。―――、」
「―――、いま現在、我ら『五世界の権衡者たるイデアル』は、本格的にオルビスの事象に介入している最中である。私が信を置く『十二傳道師』であり、同志不死身のラルグス以下、同志チェスター皇太子、同志炎騎士グランディフェル、同志執行官、のその素晴らしい彼ら『理想の行使者』の手により、オルビスにおいて『理想を成そうとしている』―――、」
カッ、っと、導師は、その冷たさを覚える切れ長の眼を見開く・・・!!
『!!』
導師が、このように自身の感情を、面に出すというのは、この議場に集う『十二傳道師』にとっては、かなり珍しいことなのだ。
「―――、神の如くの思考と理念を併せ持つ我々『イデアル』は、全力を賭してオルビスにおいても、『理想の行使』を続けなければならぬ。我々『五世界の権衡者たるイデアル』の救済を待つ無力な人々は、この五世界の一つオルビスにおいて数多に存在する―――、」
「―――、『五世界の権衡者』にして、平和・共存・発展という『理想的な五世界』を目指す天導者たる我々『イデアル』を待つ無力な人々が、戦乱の続くかのオルビスには数多にいるのだ。その人々のために、民草のために、我々『イデアル』は、アイナ=イニーフィナの一件だけにかかずらっているわけにはいかないのだ―――、」
「―――、オルビスの平和のために、発展のために、オルビスの人々が戦役に巻き込まれることのないような、オルビスの人々が悲しみに涙することのなきよう、オルビスの人々が怒りに囚われることのなきように、オルビスの人々がいつも笑って暮らしていけるよう、平和と安寧秩序ある豊かな暮らしを行なえるために、我ら『五世界の権衡者たるイデアル』が、オルビスの民草のために、愛ある奉仕を、『この理想』を実現するために、我々『五世界の権衡者たるイデアル』は、オルビスにおいても、『理想の行使』を続けなければならないのだ―――、」
「―――、我ら五世界の権衡者たるイデアルは、『理想的なオルビス』を実現するために、オルビスの、ノルディニア王国のバルディア大侯国に居る『類稀なる癒しの力』を持つ者を、我らが『理念』を勧奨し、『理想』を勧告し、必ず『イデアル』に勧誘する―――、」
「―――、『類稀なる癒しの力』を持つ者。その彼女である『バルディアの聖女』は、神の如くの思考と理念と志を併せ持つ我々『イデアル』の、この五世界への『愛ある奉仕』に感銘を受け、彼女は必ず我らイデアルとなるであろう。さすれば、新たなる『十二傳道師』の誕生である―――、」
「―――、その彼女『バルディアの聖女』を、オルビスの『象徴的な存在』として、我らに必ず招き入れよう。その『類稀なる癒しの力』を持つ彼女を、『理想的な聖女』として祀り上げ、民の信仰を集め、そのお布施を基に、我ら『五世界の権衡者たるイデアル』は、必ず、オルビスをルメリア帝国の手で平和裏に統一させる。戦乱に荒れ果て、民草の疲れ切ったそのオルビスを、我ら五世界の権衡者たるイデアルは、必ず復興させるのだ、征こう、我らが十二傳道師達よ・・・、その『理想的なオルビス』に向かって―――!!」
おぉ―――っと、どよめき。
自身の熱く長い演説を終えた導師に、
『―――』
パチパチパチっ―――、っと、『十二傳道師』の各面々から、万雷の拍手が送られる。
「導師よ、導師よ―――、・・・、この全世界が、争うことの、ないために、、、。為そう、、、成そうではないか―――っ」
特にその中でも、日下修孝こと『先見のクロノス』は、導師の言葉に、心から感銘を受けたのだろうか、その両目から感極まって大粒の涙を流し、こぼしている。
「・・・」
だが、中には、ラルグスや中央ユーラシア風の衣装に身を包む男のように、形だけの拍手をしている者もいるにはいるのだが。
導師は―――、
「―――」
―――、自身の『右側』に当たる、久闊し、『休止符』欠席となっている席を見遣る。
導師自身の右側とは、導師から見て、『流転のクルシュ』が座る席とは反対側の席である。導師に近いその二つの席には、誰も座っていない。その席の座主はチェスター皇子とエシャール卿の席である―――。
導師は、おもむろに視線を横にずらす。
「同志『炎騎士グランディフェル』よ―――、」
ザッ、っと、この議場にはいない主に代わって、己の席より立ち上がる者がいる。
「ハッ、『導師』よ―――」
その者は導師に、名を呼ばれた者である。
その者グランディフェルは、己の席より立ち上がる。
彼グランディフェルは、この議場にはいない者チェスター皇子の忠臣であり、全身鎧ずくめの、白銀に輝く甲冑に身を包んだ、元・イニーフィネ皇国近衛騎士団団長のグランディフェルは、導師に名指しされ、己の席から立ち上がった、というわけだ。
「神の如くの思考と理念を併せ持つ、崇高なる『十二傳道師』の一人、高潔なる炎騎士同志グランディフェルよ」
「ハ・・・っ、導師」
「ルメリア帝国最高軍司令官である同志『不死身のラルグス』は、自身のルメリア帝国の精強なる十三軍団のうち八軍団を、予定通りノルディニア王国との国境沿いに駐屯させている、と、私に語った。いわばそれは、『理想的』な『秩序あるべき姿の理想あるオルビス』へと向けた『理想の行使』の始まりの布石であり、私が遣わす『理想の行使者』として素晴らしいはかりごとの進捗状況の報告と、さらなる援助の申し出までも、同志ラルグスは私に齎してくれた」
「はい、導師」
グランディフェルは、導師に向かって敬礼。
「同志グランディフェルは、導師たるこの私に、なにを齎してくれるのだろうか。問おう同志『炎騎士グランディフェル』よ。オルビスにて『五世界の権衡者』として『理想』の行使中であり、忙しい身であるその最中―――、この急な会合に呼び立ててすまない、、、。同志グランディフェルよ。同志チェスター皇子と同志執行官。そなたら、導師たるこの私が信頼を寄せる『十二傳道師』のその面々に任せておいたオルビスにおいての『理想の行使』の首尾はいかがであろうか? そのいきさつは? 進捗状況はいかがであろうか?―――、」
「―――、此度の、そなたらに任せた『理想の行使』である『バルディアの獅子の暗殺』。理想に仇なす『バルディアの獅子アルスラン』を討ち取り、彼奴を、この五世界から抹殺することは為せたであろうか? そのことを導師たるこの私に、その報告をお願いしたい」
導師の問いに対して。
「・・・」
自分達の成果を期待しているであろう導師のその自分自身に対しての問いかけ、グランディフェルは、なぜ導師の同郷である『執行官』に、尋ねなかったのだろうか、と、心に思う―――。