第三百二話 五世界の権衡者たる十二傳道師を、新たに加えるべく
「―――、我々『五世界の権衡者』たるイデアルは、一刻も早く、転移者小剱健太氏を、己が黒き野心の支配欲に燃えるイニーフィネ皇国皇女アイナ=イニーフィナの手より保護し、『雷基』をこの手中に収め、管掌しなければならない。それに当たって同志『不死身のラルグス』よ―――」
導師はラルグスに問うのだ。
第三百二話 五世界の権衡者たる十二傳道師を、新たに加えるべく
「おうっ導師・・・!!」
ラルグスは気前よく、導師に答え、
「我々『理想の行使者イデアル』は、我ら同志『土石魔法師アネモネ』の『雷基理奪取』への筋書を採り、先ほど同志決定権者ロベリアより報告が上がった『生体マナ結晶』。『屍兵化部隊』の準備完了。同志『不死身のラルグス』よ、貴公に委任した『魔吸の壺』の入手の報せだけが、まだ導師たる私に上がってきてはいないが、『魔吸の壺』の手筈はどうなっている?同志ラルグスよ」
「へへっ。そりゃあもう―――金、、、財力に物を言わせて、高く高価な―――、なんでも、どんなものでも吸える『壺』を用意しておいたぜっ導師!! ここに持ってきてあるぜ?」
とんとんっ、っと、ラルグスは、先ほど、人造肉が出てきた己の机を軽く指で叩く。
はたして、その薄い引き出しの中に、どうして壺のような丸く、体積が大きなものが収納できるのだろうか?
衣装ケースよりも小さな、その机の引き出しである。見た目では到底その中に、壺のようなものが入っているとは想像できない。
「うむ、よくやった同志ラルグスよ」
だが、導師は、ラルグスのその返答を聞き、満足そうに、その能面のような表情の、その口元を僅かに綻ばせた。
「へへっ」
ラルグスも、満足そうに笑みをこぼす。
「ところで、同志ラルグスよ」
「んぁ?導師」
「オルビスを総べようかというルメリア帝国の、その軍団を掌握する最高軍司令官としての同志ラルグス=オヴァティオスよ、導師たる私は貴公に訊きたい」
すると、ラルグスは、居住まいを正し、その眼差しは先ほどとは違い、眼光鋭く導師を見つめ返す―――。
「あぁ、導師―――」
「“進捗状況”は如何か?」
導師の言う“進捗状況”―――。
ラルグスは―――、
「首尾は万端だ。今、ルメリア帝国の精強なる十三軍団のうち八軍団を、予定通りノルディニア王国との国境沿いに駐屯させている。いつでも、『国境を越えノルディニア王国に侵攻できる』、という状況を造りだしている」
いわゆる陽動作戦である、ラルグスが最高軍司令官として行なっている事は。
ラルグスのこの真面目な、軍団の長としての姿こそが、本当の、真のルメリア帝国最高軍司令官ラルグス=オヴァティオスとしての姿なのだ。
「そうか、手筈どおりということか」
「あぁ、導師。なんなら事が終わるまで、国境沿いの軍団を冬営させてもいい、とすら俺は思っている」
「なるほど。ところで、同志ラルグスよ、“作戦”の現場での指揮官は誰か?貴公の真に信のおける者か?」
ラルグスは、導師の問いに肯き、
「あぁ、俺が『ここ』に来ることができるぐらい俺が信頼しているやつだ。俺が戦場を任せたそいつは、俺の父の代から任官しているやつで、コルヌス=ストラテゴスというやつだ。やつがこの作戦の指揮官で、副将はそいつコルヌス将軍の従弟のクレメンスだ」
「よろしい―――」
導師は、一度、その冷たさすら感じるその目を閉じ―――、
「―――では、次の。この会合における二つ目の議題といこう」
また、ややゆっくりとしたその仕草で、導師は閉じていた目を開いたのだ。
「『五世界の権衡者』たる『イデアル』の理想を体現する『十二傳道師』達よ―――、我々『イデアル』には、まだ足りていない役目の者がいる―――」
導師は『コ』の字型に配された席を、見回していく。
左から順々に、
初めに『特務官No.702』、
次に、下座の『十二傳道師』の席に、導師のその深慮遠謀なる眼差しの視線は移り、
『参謀流転のクルシュ』、『研究者針崎統司』、『屍術師ロベリア』、『中世中央ユーラシア風の黒髪の男』―――、と。
そして、『コ』の字の角を折れ、
『先見のクロノス』、『土石魔法師アネモネ』、『執行官』、『総司令官アリサ』―――、と。
そこに至り、また、『コ』の字の角を折れ、
『不死身のラルグス』、『炎騎士グランディフェル』、今は久闊中の『紅のエシャール』、此度は欠席の『封殺のチェスター皇子―――』、と。
そして、最後、自身の右隣に座す『監視官サナ』へと。
導師は、その視線を持って来て、誰も取りこぼす者は無きように、自身の視線を送っていったのだ。
満足のいく意志を面々から感じ取った導師は、その口を開き―――、
「久闊中の同志エシャール卿のことや、任務遂行中のため欠席している同志チェスター皇子のことを、導師たるこの私が言っているのではなく―――、神の如くの思考と理念を合わせ持ち、『五世界の権衡者』である我らが『十二傳道師』は、素晴らしい『カリスマ性』と『権能』、『民への理想力』その三つを併せ持ち、この五世界からの強者の選抜―――」
導師は、まず自身の右斜め前、座主のいない席を見詰め、
「イニーフィネ皇国からは、その正統なる血統を生まれ持つ、同志チェスター=イニーフィネ皇太子―――、」
続いて導師は、その対面となる座主、左斜め前に、左にその首を振る。
「エアリスからは、同国の裏に君臨する、したる女帝同志クルシュ=イニーフィナ。そして、日下国の正統なる王位の血統同志日下修孝こと『先見のクロノス』―――、」
導師は、今度は自身の真正面に視線を送り、
「魔法王国イルシオンからは、その五侯家の血統レギーナ家の姫君にして、イルシオン五賢者の一人。同志『土石魔法師アネモネ=レギーナ・ディ・イルシオン』―――、」
導師は時計回りに視線を動かし、
「―――ネオポリスからは、『マザー』直属の麾下である『総司令官』、『執行官』、『特務官』、そして、『監視官』の領域を帯びた者達―――」
一通りその『十二傳道師』の者達を見回したのち導師は、その視線を、自身の、卓上の両肘を置き、胸の前で交差した手元に、視線を戻す。
「―――無論、同志『不死身のラルグス』も、オルビスのルメリア帝国の全十三軍団を率いる同国最高軍司令官であり、同志『屍術師ロベリア』も、魔法王国では、公的に禁忌の魔術とされている『屍術』を極めた大魔導師であり、この二名も類稀なる『カリスマ性』と『力』を持っている」
「五世界の権衡者たるイデアルを導き、『理想の五世界』を追い求める導師たる私は常々思っていたことがある。この『イデアル』には、オルビスから同志ラルグスが、我々のこの『理想』に共感し、『イデアル』に馳せ参じてくれてはいるものの、やはり、オルビスから賛同してくれる『理想の行使者』を増やさなくてはならない、と私は考えていた。オルビスから新たな『理想の行使者』として、オルビス出身の『カリスマ性を持つ者』が、この『五世界の権衡者たるイデアル』には必要である」
「導師よ、一つよいかのう」
挙がる手。その手は、ここに居並ぶ『十二傳道師』の中で一番小さく細い。だが、その権限と力は、『十二傳道師』の中で最も大きく太い。その人物による挙手である。
「『十二傳道師』、参謀の同志クルシュよ、挙手による貴女の発言を、導師たる私は許可しましょう」
「うむ、そなたの演説に水を差して、すまぬの。導師よ」
「いえ。悠久の時を渡り歩き、永きに渡り、この『イデアル』を、その頭目たる歴代の導師を、永年に渡り、支えてくれている同志クルシュ、そのような貴女の言葉をどうして、導師としては新参の当代の導師たる私が、遮ることができましょうや」
クルシュは、ばつの悪い顔に、その表情になる。
「あー、うむ、、、そのように畏まられると、儂は却って話にくいのう―――。まぁよいか」
「はい。同志『流転のクルシュ殿』よ、気にしないでいただきたい」
「ふむ。要するに、じゃ。簡単に言えば仲間を、新たなる同志を、この『十二傳道師』に加えたいということじゃろう、導師よ」
「はい、そのとおりです。同志『流転のクルシュ』よ。今や、同志エシャール卿は、異能返しに遭って血封され、その主たる同志チェスター皇子も、『捨て置く』との判断を下した今、我ら『十二傳道師』のその席の数は、欠いています。我ら『イデアル』にとっては、その状態は『完璧』ではありません、常に瑕疵のある状態となっています」
「うむ。して、導師よ。そなたの意中の者を招き入れるための、その準備をラルグス同志が、先陣を切って進めておるのじゃったな。儂もそなたの意見には全面的に賛成じゃ。もし、そなたより儂に声が掛かれば、儂も全力を以って力を貸そう」
クルシュは、導師に助力を約束し、対する導師は―――、
「ありがとうございます、同志『流転のクルシュ殿』よ―――」
導師は首を垂れ、クルシュに向かって深々とその頭を下げたのである―――。