第三話 無人の街
第三話 無人の街
―――俺は、自身が剣術の修練を行なうときに着ている和装姿でふと首をかしげた。
「こ、ここは、どこだ―――?」
俺は剣術修練用の硬い本赤樫でできた鞘付き木刀を握ったまま、この変わった洋風の街中で茫然と立ち尽くしていたんだ。
「――――――・・・」
この洋風の街はなんだ?ここはいったいどこだ? 俺はいったいどうなった? なんで俺はいきなりこんな街の中に立っているんだ? それとも俺は幻でも見ているのかな・・・。
「―――」
俺は唖然としてしばらく立ち尽くしていた、と思う。ヨーロッパの雰囲気が漂うこの街で俺は呆けるようにして、どれだけぼうっと立ち尽くしていたんだろう? だってさっきまで家の道場で木刀を振り回していたんだぜ? それが、気づけばこんな街中の中に突っ立っている俺。
「ん? ん? ん・・・?」
突如、身に降りかかった不可思議現象に際して徐々に俺は正気を取戻し、自身の視界に入るその光景を意識し出したというわけだ。
俺が今立ち尽くす場所―――そこは普段の生活している日本の街並みの風景じゃない。俺は突如身に降りかかった不可思議現象に、目をきょろきょろさせながら自身の周りを見てみた。
その、俺が今立っている街は、煉瓦と石材、木材を用いて建てられた洋風の建物の街並みが広がり、足元の地面は石畳だ。そんなとんがり屋根の家はヨーロッパに行くか、もしくは日本のテーマパークでしか見ることのできないような街並みだ。
「ん~・・・」
俺は思わず唸ってしまった。俺が今立つこの洋風の街中には煉瓦造りや石造りの家が見え、その他にも塔のような建物も見える。石畳の洋風の大通りを、そのまままっすぐ遠くに目をやれば視線の向こうに、円形にこの街をぐるりと取り囲んでいるであろう城壁も見える。
「俺はいったい―――・・・?」
つい先ほど―――ほんとにそれは数十秒前のことだったんだ。俺は自分の家の道場で、一週間後に迫った剣術の本大会を勝ち進むため、鞘付き木刀で打ち込みの練習をやっていたんだ。それより少し前に行われた剣術の予選大会を順当に勝ち進んだ俺は、一週間後には本大会が迫っていたというわけだ。それだというのに―――なんで俺はこんな風変わりの街に独りで佇んでいるんだ?
家の道場で今まさに、眼前には試合相手がいて、そして主審の号令があるぞ、と俺は自身の頭の中で想像していた。いわゆるイメージトレーニングというやつだ。そこで、俺は腰を落とし、左脚を半歩後ろへ、左手で木刀の鞘を握り、右手で木刀の柄を握っていたはずだ―――・・・。そして、まさに木刀の鞘から刀身を抜き放とうとしたとき、それが起こったんだ。
「―――」
俺が修練していた家の道場のどこからその淡い白い光を放つような妙な靄が湧いて出てきたのか? 俺は剣術の修練に集中していた所為で靄の発生時を見ていなくて、いまいち分からない。とにかく俺は走って逃げる間もなく、俺の身体はその光る白い靄に纏わりつかれ、気が付くと俺は、この洋風の、見たこともない街の中にただ羽織を着て、袴を穿いた格好で木刀を右手に持って佇んでいたんだ。俺に纏わりついてきた、その淡く光を放つ白い靄のようなものは、今はもうすでに消えている。
「あ・・・そういえば」
そこで俺はハタッと気が付いたんだ。そうだ。俺の電話だ。俺は電話を取り出すために、電話を入れてある右ポケットに右手を伸ばし―――
「あ、そっか・・・」
いつも剣術の練習をするときは道場の隅で俺は着替えて、普段着の服とズボン、もしくは学校の制服と一緒に電話もそこにそのまま置いているんだった―――。だからつまり今の俺は、今自身が佇むこの場所や位置情報も調べられないということだ。
「あれ?」
と、思っていたら今日は袴の衣嚢が膨らんでいて、なぜか俺の板状の電話が入っていた。今日に限って剣術の修練を行なう際に電話を衣嚢に入れていたらしい。
俺は右の衣嚢から電話を取り出すと、そのままさも普通の行為で流れるような動作で、手の平に電話を納めて指で画面操作をする。画面が光って電源が入り―――
「えっと今の場所は―――え?」
俺は位置情報のアプリを起動させたところで、ここが、今俺がいるこの場所が圏外だということが判った。
不審に思った俺は、そのほかのアプリを起動させて―――具体的にいうと検索画面だ。そのアイコンを指で触って『ここ 場所』と指で打ってみた。
「―――」
電話の画面が検索のままかたまって動かなくなった。画面を指でタップしてもうんともすんとも言わない俺の電話。しまいには『応答を待っています』『ネットワークに接続していません』のお報せが表示されてしまった・・・。
ここが日本だとしたら―――今の日本には圏外の『街』なんていうものは、もうほとんどないだろう。でも、俺の電話は実際この街では圏外になっているということで、俺の電話の故障ではない限り―――。じゃ、ここはヨーロッパのどこかの街なんだろうか? あっ、そっか海外で使える契約をしていないから、俺の電話は圏外になってるのかな?電話が使えないせいで、移動距離や移動履歴なども、なにも分からない。
「はぁ・・・」
俺は疲れたようなため息をつきながら・・・まさかそれとも、このヨーロッパのどこかの街に至るまでの記憶を俺は失っている?
「そんな、まさか・・・な」
一抹の不安を覚えた俺はため息を一つ。仕方ないこの足で歩いて周りの情報を探るとするしか手段はなくなった・・・。
「はぁ・・・」
この場にじぃっと突っ立っていても仕方ない。はぁっと疲れたようなため息まじりで、日本ではまずありえないこの風変わりな街―――。俺が今いるこの洋風の街は、俺の電話ではオフラインで、ネットも繋がらないそんな街だ。
「仕方ない・・・」
右手で電話を、左手で鞘付き木刀を握りながら、途方に暮れていた俺は一歩また一歩と踏み出したんだ―――。
幸いこの街の気温は暑くもなく寒くもない。普段着と比べてこの若干スースーするこの和装姿でも平気な気温だ。この今、俺がいるこの洋風の街は、日本の晴天の春か秋ぐらいの気温で過ごしやすいところだ。あとは食べ物と飲物があればいいんだけど、この外国の街で日本の通貨『円』って使えるのかなぁ・・・って俺財布持ってないわ。右手で握っていた電話の電池切れを心配して、電話はもう俺が今着ている剣術着の右衣嚢に仕舞ってある。電池が切れると、時間すら分からなくなるしな。
「・・・」
俺は困ったようにもう一度はぁっとしたため息を吐くと、とぼとぼとその柔らかい陽光が降り注ぐ洋風の街を歩いていた。街並みは縦横整然としていて、赤煉瓦がふんだんに使われており、とても綺麗な街並みだ。ただ、路地などに視線を移せば、そこは人一人がやっと通ることができるほどの建物と建物に挟まれた隙間のような小路もある。
「・・・?」
歩き始めてしばらく、圏外電話の時計は生きているから時間は分かる。俺が最初の場所からまっすぐに歩き始めて五分ほど経った頃、ふと俺は気が付いたんだ。この洋風の街は『そのくらいの規模』つまり煉瓦造りの家々が連なり、塔なども見えるのに、この街には人っ子一人いないんだ。それは老若男女を問わず、街中には誰も歩いていない。 犬猫すら見当たらない。
「誰かいますかぁ?」
俺は大通りと思われる真っ直ぐの道から細い路地裏に顔を突っ込んでみても、やっぱり人っ子一人誰も見かけなかった。なんでだろ? ここまでくると、なんか薄気味悪くなってくる。そうまるで―――
「まるでゴーストタウンみたいだ・・・」
まるで街の住民がそっくりそのままどこかへと消えてしまったみたいだ。大通りの両サイドに軒を連ねる日本でいう長屋のようになった煉瓦と石造りの建物は市場みたいになっていて食料品を売る店や衣服を売る店、料理店、家具屋、雑貨屋などが並んでいた。
「う~ん?」
なんでだろう?店頭の前の道に散乱している売り物の商品なども目立つ。あそこの魚屋で店頭に並べられている魚は氷が解けて水の中でひたひたになっていた。
魚屋の店頭に近づいてその売り物の商品を見てみれば、そのどれもがもうハエがたかるような商品価値のないものに成り果てていた。
「・・・」
その傷んだ魚の臭いが俺の鼻をついた。その横の八百屋で売られ、店頭で並べられている野菜や果物の外見上は、まだ鮮度を保っていると思う。でもいくつかの野菜や果物は地面に落ちて潰れてぐちゃっと中身を飛び散らしていた。いや、違うな、あの潰れた果物の様子から見て明らかに誰かによって踏みつぶされた跡だ。あっちはリンゴ、こっちはカボチャ―――、カボチャは地面の上で割れて転がり、さらに踏まれてその黄色い中身を見せていた。
「カボチャ・・・」
俺は売り物のカボチャが散乱していた地面にしゃがみ込んだ。そのカボチャはツルクビカボチャのような日本在来のカボチャではなくて、丸い西洋カボチャのような形をしたカボチャだ。他にも地面で踏みつぶされ、そこを真っ赤に染め上げたトマトの残骸もある。
「誰がこんなことを―――」
どう見てもこの行為は人為的なものだ。なぜかと言うと、潰れたトマトに靴の足型が刻まれているからだ。そして、俺はすっくと立ち上がった。
「行ってみよう・・・なんか嫌な予感がする―――」
それは直感的に悟ったものだ。トマトを潰した足型の向きから見て足跡の主は街の中心に向かったようだった―――。