第二百九十九話 剣士、愛とはなんぞや、と
一方でアネモネは、
「はい、、、。もう、ケンタさまは・・・、はぁ~」
そして、極めつけに、最後に大きな溜息を吐いたのだ。
第二百九十九話 剣士、愛とはなんぞや、と
「はぁ、、、もうっ、ケンタさまは・・・。 だから♪、今のケンタさまは剱術より、アイナさま一択って感じです、、、。薬草ひろいに森に入っても、そこで私がケンタさまの真後ろで、給仕服から薬草ひろいの服に着替えていても、ケンタさまは、私の着替えを覗き見る絶好の機会だと言うのに、私なんか眼中にないって感じです、、、アイナ、アイナ、アイナーって、周囲はおのろけばかり聞かされて、ふふっくすくす、、、。はぁ、私ってそんなに魅力がないんですかね・・・しょぼーん」
しょぼん、っと、アネモネは。
勿論、小剱健太のことを気にかけ、彼のことを意識しているアネモネは、日下修孝を油断させるためで、その行為だ。
だから、アネモネは日下修孝こと『先見のクロノス』に、そのような戯言を吹き込んだのである。
「あの小剱が、、、おのろけ、ばかり、だと―――、いったい剱術は、、、剱士を、なにがどうして、そうなったというのだ・・・」
まさか剱士を辞めたのか?バカな、、、っと言うように日下修孝は、、、視線を自身の手元に。
「クロノスさん、、、あぁ、もうケンタさまは、よよよよ。はぁ~、みんな、カノジョができればあんな、ケンタさまみたいに、万年お花畑と言いましょうか、気持ちが常春にいるかのように、そのようなものになるんですかねー」
そういうものなんですかぁ? と、アネモネは口には出さないが、そのようなニュアンスを含んだ視線で、小剱健太と同性である日下修孝を見る。
「知らんな。少なくとも俺は、小剱とは違う」
我らがミント、いや魔法王国イルシオンの『五賢者』の一角アネモネ=レギーナ・ディ・イルシオンは、全くの物怖じはなく―――、日下修孝こと『先見のクロノス』に、話しかけることをやめることはしない。
表情を、その顔を興味深そうにし、アネモネはそのいたずらっぽい魅惑的笑みを浮かべ、日下修孝に。
「ふふっ♪クロノスさんは、カノジョさんとか、その・・・、一生の伴侶さんは、いたりしないのですかぁ?ふふ、くすくすっ♪」
「知らんな。そのような者は俺にはいない」
だが、きっぱり。
日下修孝は、そう話を締めくくろうと、そのような話を終わらせたいのだ。日下修孝は、そういう気持ちもあってか、鋭い視線で、すぐ左隣に座るアネモネを、改めて一瞥する。
日下修孝は暗に、『アネモネよ、俺にくだらない事はもう訊くな』と、でも、そう思っているのであろう。
だが、アネモネは、日下修孝の心情の変化に気づいている。しかし、全くのどこ吹く風の如くの表情で、そのかわいい口を開くのだ。
「えーっそうなんですか!?クロノスさん。クロノスさんってかっこいいのにっ?! ほんとにいないんですかぁ?カノジョさん好きな人?」
仕方なく―――、
「ふん・・・っ、好きな者などをつくっても、自身の足枷となるだけだ、違うか?アネモネよ」
―――、日下修孝は、ぶっきらぼうにアネモネの問いに答えた。
「ぶーっ、確かにそうですけどー」
「そういうわけで俺には―――」
「じゃじゃあ、昔とか、カノジョさんとか、好きな人はいなかったんですかぁ?クロノスさん」
「、、、。いいだろう」
アネモネの質問に、はぁ、、、っと、日下修孝は、やれやれ、と言ったばかりに軽く溜息。
「いいだろう? 私に教えてくれるんですか?好きな人。やたっクロノスさんっ♪ ふふっくすくすっ♪」
「違うアネモネ。『別に』いいだろう、と俺は言ったのだ。『俺のことは、もう放っておけ』と言う意味だ」
「ぶーっ、ケチです、クロノスさんケチですっ」
「ふん・・・っ」
日下修孝は、アネモネから目を逸らしてそっぽ向いた。だが、しかし、日下修孝こと『先見のクロノス』の、その視線の先、前方の席にはクルシュがいる。
「そういえばクロノスよ。お主、お前さんが、まだ童の頃の話じゃ。昔儂に言わんかったかのぉ?」
日下修孝が不遜な顔をしてそっぽ向いた先にいた者は、いやらしく、ニヤッとその口角を擡げ、その表情で日下修孝に話しかけたのだ。
そう、そのような日下修孝に声を掛けたのは、その主は、日下修孝から見て、右前方、一時の方向の一番前の座主である。
その座主は参謀であるクルシュ=イニーフィナその人だ。
「、、、言うな、クルシュ」
「ほほう・・・、『お、俺だって好きな女ぐらいいるさ』と、のう?かかかかっ、お主がまだかわゆい童のときじゃ♪ 儂の問いに、お主はそのように言うたではないか。かかかっ、あのお主の言葉は嘘じゃったのかのう?」
その、愉しそうにからかうクルシュの声を聞いて、日下修孝の顔が苦々しく歪む。
「・・・やめろ、クルシュ」
クルシュと長い付き合いになる日下修孝は、クルシュの次の手を、既に予測しているようだ。なまじっか、自身の幼い頃をよく知っている者には、自分が成長しても対処しにくいと聞く。
いわゆる『ほんとあなたには敵わないですよ』と、言った具合だ。
そういうような人物に限って、成長した自分のことを『いつまでも子ども扱い』するものだ。
「かかかかっ♪ あれからすこぶる成長したとはいえ、お主はまだまだ、初のぅ初のうかわゆいのう、修孝坊よぉ。儂がそなたに会ったときと、なにひとつ変わっとらんのう。久しぶりに、こうして十二人、皆が会ったというに。ちとは成長したかと、儂は思うておったというのに。のう、修孝坊よ。儂から見れば、修孝坊よ。お主は父の儀紹坊とご母堂殿に手を引かれていた童のときと、なんら変わっとらんわ、今でものう―――かっかっかっ♪」
心底満足そうに、頬を綻ばせたクルシュは大きく高笑い。
日下修孝は、苛立たしく舌打ち。
「っつ、―――」
チャキ―――、っと、そうして日下修孝は―――、
「誅す」
―――、その左手で『霧雨』の柄を握り締め、握り締め拳とした左手の親指の、その親指の間接を、指弾を放つときと同じ動作で、鯉口よりその銀色のはばきを見せる。鯉口を切ったのだ、日下修孝は。
クルシュは、日下修孝の、クルシュ自身を、自分自身を斬殺しようと、しようかという動作を見たのだ。
「ほっほう―――、」
だが、クルシュは、日下修孝に怯えることも、怯むこともなく、むしろ日下修孝のその自身を殺そうとする行動を、まるで感心したかのように。
むしろ、クルシュは、そのような感心している自分自身の表情と言動を、反対に日下修孝に見せつける。
「―――、その名刀『霧雨』で、儂を『殺』してくれるのかのう? お主が儂を『斬殺してくれた』暁には、そなたの初恋の相手の姿で儂は、修孝坊の、お主の前に現れてみせようぞ、くく、くくくっ―――かかかかかっ♪」
くつくつ、後半は高らかに妖しく笑うクルシュ。まるで妖女のそれである。
キン―――、日下修孝は、くそ・・・っ、と小さく絞り出すような一言。その直後、『霧雨』を鞘に納刀する。
「―――ッツ」
日下修孝の、その顔は苦々しく、感情を、悔しさを圧し殺したそのような、唇を一文字に噛み締め、眉間にも皺を寄せ、そして、鼻をぴくぴく、と。そのような、日下修孝の苦渋に満ちた顔である。
アネモネは、日下修孝の恋話に興味津々であり―――、
「で、クルシュさま。幼い日のクロノスさんが、貴女さまに告げた好きな人というのは、いったい誰だったんですか?」
―――、アネモネは、よりもっと、日下修孝の情報を集めんがために、あわよくば手熟練れの剣士である日下修孝を牽制できるかもしれない、というその考えを、心の内に隠し、アネモネはクルシュに問う―――。