第二百九十六話 『理想の行使』の『理想の決定権者』の座を射止めし者
「―――」
導師は針崎統司の帰投を受け、続いて今度は針崎統司の左隣の、その次の席を見遣る。
「次に、私が注文していたマナ結晶の件だ。その進捗状況を導師たる私に聞かせてほしい、同志ロベリアよ」
「えぇ、導師―――いひっひひひひひっきしししっ♪」
すっくと、その席の座主が、静かに席より立ち上がる。先のクルシュは、発言したときには、着席したままだった、だが、この席の座主である『屍術師ロベリア』は、自身の発言に際し、己の席より立ち上がったのだった。
要するに、針崎統司の帰投により、その発言の順番が『屍術師ロベリア』に回ってきたというわけだ。
第二百九十六話 『理想の行使』の『理想の決定権者』の座を射止めし者
「ひひっ・・・きししししっ―――♪」
ロベリアは、その顔に妖しい、見る人が見れば、怖いとすら感じるその笑みを貼り付かせて、にたぁっ、っと笑う。その眼の異常なまでの輝きも怖い。
「―――ひひ、、、いひひひっ・・・♪ ひひひひひっヒーヒッヒッヒっ!♪ キャハハハハハっ―――」
突如ロベリアは箍が外れたように、腹を抱えて笑い出す・・・!! その様子は全くもって、周りの人目を気にしない憚らない態度だ。
ぴた―――。っと、だが、ロベリアは、まるで急に正気に戻ったように、その奇声を止めた。
「もちろんっ♪ ちゃぁんと雷基理奪取に備えて、大量のマナ結晶を精製しておきましたよー、導師ーっ」
「ほう。そのマナ結晶の量はいくらほどかな?同志ロベリアよ」
「ひひっデスピナ候領の街一つ、そこに住まう虫けらちゃんどもをぉ♪、この私ロベリアちゃんの、包囲屍術でぇー、みーんな屍体化マナドレインしたんだもんっ♪ あはぁ~っこれだけの量の生体マナ結晶があればぁ、屍兵化部隊を無尽蔵に動かせるしぃ♪ これであいつら、アイナ=イニーフィナの一団も―――いひ、ひひひひっ、きゃはははははっ一網打尽♪って感じぃっ」
「うむ。よくやってくれた同志『屍術師ロベリア』よ。『理想の行使』により、死した民草も『崇高な神の如くの理想』の礎と成れたことを喜びに思うであろう」
「いひっきしししっ―――♪ ねぇ、当然導師ぃ♡、ここまでの『理想を成した』私にぃ、ご褒美くれるんでしょぉ♡? ねぇ導師♡―――っ」
ロベリアから導師への秋波。
ロベリアの導師に対して、媚びたような眼差しと、その言葉、そして、その態度である。
ロベリアに誘惑されたからというわけではない。だが、導師は、ロベリアの『理想の行使』のその成果に大満足だった。
「いいだろう、同志ロベリアよ、きみには、此度の作戦においての、『理想の行使』のその現場での決定権を与え、『理想の決定権者』としよう」
簡単に言えば、『理想の決定権者』とは、捜査や任務などにおける現場の総指揮官のことだ。つまりロベリアは、此度の『理想の行使』の『理想の決定権者』の座を射止めたということになる。
こうして、『屍術師ロベリア』は、導師の言う雷基理盗掘を目論んでいるとされるアイナ=イニーフィナ率いる一団に対する『理想の行使』の、現場における『理想の決定権者』に任命されたのだ。
「わーいやったー導師愛してるー♪」
『いひ、きゃはははははっ♪』っと、そのロベリアの愉しそうな、愉悦さえ感じるその狂気じみた笑み。
「それは照れるな、同志ロベリアよ」
無論、ロベリアの冗談交じりの発言であるということを、『導師』は理解している。
一方―――、その『屍術師ロベリア』を、彼女自身から見て、右斜め前二時の方向に座るロベリアを、じっと見詰めている女性がいる。
「―――っ、・・・、、、♪」
その愉しそうに導師と談笑するロベリアを見詰めているのは、魔法王国イルシオンの正装に身を包んだ『土石魔法師アネモネ』である。
ロベリアのこの発言―――
『ひひっデスピナ候領の街一つ、そこに住まう虫けらちゃんどもをぉ♪、この私ロベリアちゃんの、包囲屍術でぇー、みーんな屍体化マナドレインしたんだもんっ♪』
―――を聞き、聞かされて、一瞬固い顔になったアネモネだったが、周りの『十二人会』の構成員の視線を気にして、アネモネは瞬時に『作り笑み』の表情に戻る。
「―――っ」
だが、『コ』の字の配置されたその机の下で、彼女アネモネは自身の膝の上に手を置き、ぎゅっ、っと、その両手を固く結んだのだ。
そして、アネモネは、自身の見聞きした情報を伝えるために、土石通信魔法の『土竜』を密かに行使する。
そうして、アネモネの掴んだ、その情報が、彼女アネモネの共闘者や協力者に伝えられるのだ。
「ロベリア同志に、異議ありっ―――」
その女性の声に、その発言者本人以外の、この会合に集まった十四人の二十八の目と、その十四の視線が集まる。
異議あり、と発言をしたのは、アネモネから見て、左の座主『執行官』を挟んで、その左隣の座主である。
「『導師様』っどうか、私の異議を、発言をお聞き届けてくださいっ。くっ『導師様』・・・お願いいたしますっ・・・!!」
その『異議あり』と発言した声の主は、『特務官』に、『総司令官』と、ぽつりと呼ばれた女性である。
異議あり、の総司令官の声に―――、
―――。
―――、一瞬静まり返る議場。『イデアル』が集う会合の場
「はぁ~!? なにいきなり、私に意義ありとか、言い出すんしっ。あんた空気読みなよ」
名指しされたロベリアは、表情を歪めて、唇を突き出し。
「ロベリア貴女に話しかけているのではありませんわ。私は『導師様』に話しかけているんですの。貴女など私の眼中にはあり得ませんわ。首を洗って出直してきてくださいませ」
「あ゛? てめ、なんだって?」
途端にロベリアの口調が、まるでどこかの輩のように変化する。その、眉と眉間を歪めたその表情も、だ。
「フンっ―――、貴女臭いますわ、甘く爛れたような酷い臭いを放っていますのよ、貴女。その自覚はありまして?」
ヒクっ、っと、総司令官アリサは、嗅ぐような動作で、その形のよい、すらりとした鼻をヒクつかせる。
「あ゛?なんだって?もういっぺん言ってみろ」
「貴女は臭いのですわ、ロベリア。貴女から漂う臭気の原因物質が既に基準値を超え、カプタン類も検出しましたわ。その臭気のおかげで、この神聖な議場の空気が汚染されましたの。貴女、ちゃんと人間らしく、身体をシャワーで洗浄したのですか? それとも屍術師的な死臭ですか? とにかく鼻につく甘く爛れた酷い臭いです、貴女がこの場で放っている死臭は」
「はぁ? 死臭じゃねぇしぃー、それは香水の匂いですぅバカ女。あんたは、いつも『導師』に媚びばっか売って、錆てんじゃないの?その頭。いひっきししししっ♪」
フンっ、っと、ばかりに総司令官はそっぽ向き、その視線を、『コ』の字型に配された席ではなく、前に、上座へと向ける。
そんな彼女『総司令官』が見詰める先、そこに座る三頭の真ん中に座す者を見詰め、『総司令官』は、
「『導師様』っ彼女ロベリア同志が言った『導師さまを愛している』などと言う発言、それは『屍術師ロベリア』の甘言ですわっ。『屍術師ロベリア』の術中。聞いてはなりませんっロベリア同志の房中術などに嵌ってはいけませんの・・・っ///」
総司令官は、必死に。
だが、導師は、
「同志アリサよ」
落胆しているような声色でもなく、さりとて、嬉々とした言葉でもなく、あくまで淡々と、いつもの調子の声色で、導師は『総司令官』の真名、『同志アリサ』と、彼女『総司令官』のことを、そう呼んだ。
「は、はいっ『導師様』っ///」
「ネオポリス軍の『総司令官』たるきみに、この私の身を案じていただけるのは、私にとってはとても光栄なことだよ、同志アリサ」
「そっそんなお褒めの言葉を、導師様・・・っ///」
アネモネから見て、左の座主『執行官』を挟んで、そのさらに向こうの左の席に座る者。『導師』と会話するその座主は女性であり、彼女は、『総司令官』アリサという者である。
彼女『総司令官』アリサは、導師や『監視官』サナ、それに『No.702特務官』、『執行官』と同郷のネオポリスの者である。もちろん、機人としての『No.』も、もちろんアリサには付けられている。
アリサは当代の『導師』の陶酔者でもある。アリサは導師を『愛』しているのである。『イデアル』の構成員は、個々様々な思惑を持っているものの集まりである。
『導師』に心から陶酔している者。また、己の目的を達成する近道として『イデアル』を利用している者。そして、『イデアル』の理念と、己の理念とが合致がするがゆえ、同組織に迎合している者。
様々いる者達の、その中で、『総司令官』アリサ彼女は、『導師』を『愛』している者である―――。