第二百九十五話 或る研究者の生い立ち
「―――」
端末の液晶画面に映し出されし一人の男。彼こそが針崎統司であり、結城魁斗がその座席を失って、その名跡を襲った者である。
狂気の、まるで研究に取り憑かれたような人間であった彼針崎統司は、その人権すら無視し、常軌を逸したまでの研究とその成果において、それが『流転のクルシュ』の目に留まり、導師に新たなる『十二傳道師』として、推薦されたのである。
第二百九十五話 或る研究者の生い立ち
彼針崎統司の表の肩書は、『第六感社能力開発・育成部兼能力者捜索部所長』であり、『イデアル』は、『優れている』、、、と記せば語弊があるが、まぁ、ともかくそのような『凄腕の研究者』を、『イデアル』は、その中枢に招き入れることができたのである。
「お久しぶりです、導師。そして初めまして、私以外の『十二傳道師』の先達のみなさま」
画面の中の、この『イデアル』の会合に、リモート参加をしている男が、画面の向こうで語り出す。
「同志針崎 統司よ。貴殿が息災で何よりだ」
その導師自らの言葉は、導師による針崎への、いやみ、のようなものに聞こえなくもない。この男針崎統司は、いつも『研究が忙しい』、と、導師の会合への誘いを断るが故に。
「―――」
だが、針崎は、導師のそのような言葉を、その意味を、雰囲気を全く意に介せず、余裕の表情で、画面の向こうから導師を見ている。
「同志針崎統司よ、私から言っておいた『あれ』の進捗状況を、導師たる私に教えてほしい」
「あれ、の件ですか。導師」
二人の間だけの納得。
針崎統司が映る液晶画面の向こう側の風景は、実験室のようである。どうやら彼針崎は、自身の実験室に、パソコンを置き、そこからこの会合にリモート参加しているようだ。
また、針崎統司の実験室の室内にある薬品棚と思しき棚には、薬品が入っていると思われる茶色の瓶や、その他にフラスコやビーカー、メスシリンダー、漏斗など種々の実験道具が並ぶ。
そして、その横の観音扉の収納庫が中途半端に開いており、その、中棚には、注射器や縄、クスコ、手錠、ワイヤーのような銀色の金属製の器具が、背後に移り込み、さらにガスバーナーや蝋燭、純水精製装置のような設備も、この針崎統司の実験室にはあるようだ。
「そうだ、『あれ、の件』だ、同志針崎統司よ。すなわち私が貴殿に頼んでおいた件だ。同志針崎統司よ、機人に『異能力』は付与・搭載できそうかね?」
針崎は途端に、
「ふーむ、、、」
導師のその言葉を受けて渋面になった。
針崎統司の、そのリモート参加で会合に参加し、液晶画面に映るその彼のいでたちは、上衣も下衣も真っ黒のスーツを着ており、その上から化学者が着るような実験用の白衣を羽織っている。なお、その着丈は長く、その白衣を羽織っている針崎自身の膝よりも長いものだ。
針崎統司自身は若くはないが、老いてもおらず、その年齢は三十代後半から四十代といったところだ。
彼針崎統司のその見かけで、年齢を判断するならば、だが。
その顔は、優男風のしぶいイケメンである。若い頃の針崎統司を想像するに、きっと端整な顔立ちのイケメンであっただろう。
針崎は、導師の言葉に自身の、考察と意見を述べる言葉を続け、
「―――、・・・―――、それは、中々に―――、」
導師も、その針崎の言葉に耳を傾け―――、
「―――、なるほど、、、ところで、同志針崎統司よ―――」
また、導師は、針崎に己の疑問と質問を重ね、導師と針崎は、自分達の意見を交換していく。
「いえ、導師よ。それよりも、異能を持つ日之民を機人化したほうが、私は手っ取り早いと思いますがね」
針崎統司は、その人差し指を自身のこめかみ当てる。
「ほう?同志針崎統司よ。その心は?」
「はい、導師。その方法が、手っ取り早くて即戦力である。元から何の異能を持たない機人に、日之民の『異能の因子』を遺伝子操作で付与し、異能化機人を造るよりも、異能を持つ日之民を機人に改造するほうが、費用は安く済むと思いますがね、私は。つまり、日之民の機人化ですよ」
「―――」
導師は、静かに針崎の話を聞き、
針崎統司は、仰々しく両手両腕を掲げ、その両つの手を、幾度か揮う。
「そう、私はたとえ『イデアル』に成ろうとも、私は『強き日之国の信望者。強き日之国の信仰者』であることには全く変わりません。ここに集う『理想を思い求める』者達よ、貴殿らはきっと、この私、『十二傳道師』の一人、この針崎統司の話に感涙することでしょう。では、この私の素晴らしい『日之国強兵化論』それに基づく『日之国強盛論』をご清聴いただこうかッ!!」
針崎は、ふんふんっ、と鼻息荒く興奮しつつ、身振り手振りジェスチャーを混ぜ、饒舌に。言った、話した、語った、喋った、舌が回る。
針崎統司は、己の心の満足のいくところまで、自身の生い立ちから。両親は日府出身の優秀な研究者であり―――、
彼、針崎統司は、第六感社が運営する第六幼稚園に入園し、小学校も同じく、第六感社が運営する『第六学園初等部』へ。
自分は成長し、『中等部』で、既に他の学生より抜きん出た頭角を現し、『第六学園高等部』では、その実力は、共に文武両道。しかも、自分の容姿も、長身で眉目秀麗であり、いわゆる『イケメン』であることも語った。
周囲、そして、第六学園の教師達にその実力を認められ、『第六学園高等部』において、全学生を纏める第六学園高等部いわゆる高校の生徒会の生徒会長に抜擢されたこと。
その『第六学園高等部生徒会』は、実は、強力な異能を持つ学生よりの選抜であり、学内では『七人会』と呼ばれていたこと。その中では、自分は筆頭であったこと。
一種の、日府において『第六学園高等部七人会』は、警備局傘下である『警備学校』の『学生部隊』と、自治や治安維持の面で、街の地理的な棲み分けを行なえるほどの、実力があったこと。
「つまり私は、文武両道であり、この私の博識なる頭脳と、強大なこの異能は、常々無知の集団に悩まされ続けた、のであります。二十代の頃、第六学園大学院を優秀な成績で卒業した私は、そのまま親会社である第六感社に入社しました。配属先は当然、日夜研究を行なう部署であり、私は―――」
針崎統司は、それら自分自身の有りの儘の事実を、この『イデアル』の面々にアツく語ったのだ。
「―――」
退屈そうに、針崎の話が、右の耳から左の耳へとすぐに抜けていくものが約数名。その中でも、ラルグスは、その退屈そうな表情を隠そうとせず、
「変な奴が入りやがったぜ・・・」
と、彼ラルグスは流し目で呟いた。自身も、相当変な奴であるということを自覚していないのが、ラルグスのいいところ?だ。
「この私、針崎統司は、精一杯己が持てる『力』を、理想を追い求めるこの『イデアル』に提供する所存。私は新参者ゆえ、先達の皆さま方、この針崎統司をどうぞよろしく頼みます」
ぺこり、っと針崎 統司は、液晶画面の向こうの研究室で頷き―――、
「おっ♪ 中々礼儀がなってるやつじゃねぇか」
ラルグスは一転、針崎への評価を改め、
「では、私は研究が忙しい。失礼する」
ブン―――、っと、針崎の席の机上に置かれていた液晶画面の光が消え、針崎はこの会合の場を退場。画面を真っ暗に消し、その姿を会合の場より消したのだった―――。
そのように素っ気なく、また淡泊ともいえる針崎統司の言動を見たラルグスは―――、
「あ゛ぁん?あいつ帰りやがったのか? 完全にナメてやがんな・・・」
―――『新入りのくせに生意気』などと、ラルグスは、そう思ったのかもしれない。
ラルグスは、自身の顔を顰め、特に、眉間に皺が寄るほど力を籠めるラルグスであった。
「―――」
導師は針崎統司の帰投を受け、続いて今度は針崎統司の左隣の、その次の席を見遣る。
「次に、私が注文していたマナ結晶の件だ。その進捗状況を導師たる私に聞かせてほしい、同志ロベリアよ」
「えぇ、導師―――いひっひひひひひっきしししっ♪」
すっくと、その席の座主が、静かに席より立ち上がる。先のクルシュは、発言したときには、着席したままだった、だが、この席の座主である『屍術師ロベリア』は、自身の発言に際し、己の席より立ち上がったのだった。
要するに、針崎統司の帰投により、その発言の順番が『屍術師ロベリア』に回ってきたというわけだ―――。