第二百九十話 躍る理想の行使者。『導師』→『特務官』→『参謀』→『タブレット端末』→
「私が集わす十二席。私が全五世界へ、その隅々まで遣わす理想を体現した、我が『十二伝道師』は、五世界に暮らす全ての人々の幸せのために、平和と共存のために尽くす愛ある奉仕者にして、理想を体現した『理想の行使者』。―――争いのない五世界を創造するその『理想を成すために我々は在る』のだ―――」
と、再び導師が斉唱すれば、また同じように、『十二伝道師』も、導師の言葉を反芻・復唱するのだ―――。
第二百九十話 躍る理想の行使者。『導師』→『特務官』→『参謀』→『タブレット端末』→
導師は、この場に集う十二伝道師の者達の、互いに言葉を合わせ唱えた『イデアル』の斉唱に満足したのか、それとも満足していないのか、誰もその導師の心の内は分からない。
導師の能面のような、そのぴくりともしない彼の表情では、誰も導師の心の内を見透かすことはできないからだ。
続いて、導師は、その口を開き、饒舌に―――、
「―――我ら『理想の行使者』の五つの誓いの斉唱。この惑星に存在る五つの異世界が迎合・戦争することはあってはならず―――、」
「一、我々『イデアル』は、崇高な神の如くの思考にて、五つ異世界の共存を図る防人。五つの異世界の共存の使者。我々『イデアル』は、五つの異世界の権衡者である」
「二、我々『イデアル』は、崇高な神の如くの理念にて、五つの異世界の枠組みを護る番人。五つの異世界の均衡の使者。我々『イデアル』は、五つの異世界の権衡者である」
「三、我々『イデアル』は、崇高な神の如くの概念にて、五つの異世界を争いから遠ざける平和の使者。五つの異世界の博愛の使者。我々『イデアル』は、五つの異世界の権衡者である」
「四、我々『イデアル』は、崇高な神の如くの正義にて、五つの異世界の神罰の代行者。五つの異世界の神の如き雷の使者。我々『イデアル』は、五つの異世界の権衡者である」
「五、我々『イデアル』は、崇高な神の如くの仁慈にて、五つの異世界を救うための遣人。五つの異世界の救済の使者。我々『イデアル』は、五つの異世界の権衡者である」
「―――」
この場に集う―――、
「、、、」
―――、彼彼女ら十二伝道師の、十二人の構成員の中には、自身に与えられたその席にふんぞり返ったまま、冷めた目でなにも言葉を発することなく、『五つの誓い』を唱えない者もいるにはいるが、大半のここに集う者達が、その誓いを斉唱したのだった。
そのような、『五つの誓い』を唱えない者が十二名の中に居ても、『導師』は、その人物を咎めることはしない。当代の『導師』は、伝道師の心情を察することができる心の広い人物なのである。
「同志『監視官サナ』よ」
三頭に許されたその上座の真ん中の席に座す彼『導師』は、自身の右の席に座す女性の名を呼ぶ。その女性の名前は、サナであり、ネオポリスにおける『監視官』でもある。
導師に名を呼ばれたその女性は、
「はい、導師」
っと、答える。
サナ、と導師にその名前を呼ばれた女性は、端整な顔立ちで、まるで左右対称と思えるほどの美しい顔立ちである。
また、彼女サナの髪の毛は長く、おそらくサナ自身が、自身の長い後ろ髪を、人差し指で『くるくる』と、指に絡ませようとしたとすれば、後ろ髪の長いサナは、その行動を容易にできるであろう。
そして、監視官サナの服装は、畏まったような固い制服のような衣装ではなく、ラフな姿格好である。
サナは、上衣はフード付きのグレーのパーカーを着て、下衣は青い綿パンである。例えばサナが、その恰好で、服装で、日之国の商店街を、ウインドウショッピングしたとして、彼女サナが、このような非合法結社の一員であると、一体誰が想像つくであろうか。
次に、導師の左には、監視官サナとは違う、もう一人の女性が、その席に座す。その女性は無表情で、静かな雰囲気を醸し出し、己の席に着いている。
その物静かな女性、すなわち導師の左の席に座すその女性の容姿は、少女である。それも、十代後半頃の容姿に見える。
「―――」
その物静かそうな少女が、見た目どおりの年齢ならば、小剱健太やアイナ、そして、小剱健太の友人である稲村敦司と斎藤真などと同じくらいの歳に思うであろう。
やはり、その彼女のその顔も、導師の右側の席に座るサナと同じで、その少女の顔も本当に完璧な、驚くべき完全の左右対称で、誰がどう見ても、均整の取れた美しく端整な顔立ちをしている。
それと、その彼女のきれいな色のついた髪。ぼさぼさ髪では決してなく、すらりと長い後ろ髪。その少女の髪型も、顔の正中線を挟んで左右で全く同じだ。
そして、その無表情で物静かな印象を受ける、少女の両眼の色は、紫水晶のような色の瞳である。
この彼女は何も口に出さず、その紫水晶のような眼は、この場に集いし十二人を、静かに見ている様であった。威圧せず、微笑みもかけず、愛想もなく、労いのような表情もなく、彼女はただ静かに、この会合の場に集いし構成員を観ているだけだ。
「―――」
その彼女は、かつて、日下部市に現れ、『灰の子』三条悠と『不死身のラルグス』との戦いに割って入り、その戦いを中断させた者であり、
また、この『五世界』に突如転移してきた稲村敦司の前にも、その姿を現している。その少女彼女こそ、『特務官』その人である。
一方で、『監視官』サナと呼ばれた女性と違い、この『特務官』の姿格好は、この正式なる『理想主義者達』の会合に則した格好である。
かっちりとした固い軍服風の服を着て、頸筋を覆うほどの襟のあるその衣服。
皇国の『皇衣』のような機能を持つ『特務官』の兵服。おそらく、その特殊加工されているであろうその『兵装』ならば、彼女『特務官』は、その全力をめいいっぱい発揮できるであろう。
上座に座る三頭は、その真ん中には『導師』。その右の席には、『監視官サナ』。その左の席には、『特務官』。
監視官と特務官二名は、導師の二人の副官である。その三名の者は、全員がネオポリス出身の者であった。
次に―――、その三頭の前面、上座より眺めて、『コ』の字形に配された『十二』の下座を見てみよう。
その『コ』の字型に配された『十二』の下座に、腰を下ろしている者達が、五世界の権衡者を自認する『イデアル』の『十二伝道師』である。
まずは、上座の導師から見てすぐ左の席に、特務官が就く。そこから、下座の『コ』の字に配された席に移る。
特務官のすぐ左前の『コ』の字の席。そこは所謂『参謀』の座席である。
そこ『参謀』の座主は女性で、その者の姿形は、まだかわいらしさと、あどけなさが少し残るその面立ちをしている。
その女性の髪形は、前髪はほどよく、ぱっつんに切り揃えられていて、またその参謀の女性の後ろ髪は長く、少し色の着いた髪と眼をしている。
参謀の女性の背丈は、といえば低いだろう、少なくとも、成人女性の胸ほどの背丈しかない。おそらくアイナ=イニーフィナや一之瀬 春歌の背丈には遠く及ばず、羽坂奈留の背丈よりも低いことだろう。
この参謀の女性が、見た目どおりの歳ならば、学生である一之瀬春歌や羽坂奈留よりも、さらにいくらか若い歳の少女だろう。
「ふむ、久しぶりじゃの、サナ。儂の隣の彼奴は欠席じゃよ。研究とやらが忙しいようじゃ」
参謀の彼女はあいさつ程度で、あまり多くを語らない。
だが、そのような少女の見た目の彼女でも、日之国の巨大企業、『第六感社』の奥の院であり、同社を総べる者水木千歳という者である。
無論『水木千歳』という個人は、当代の『彼女の依代』であり、『彼女の本体』いわゆる霊体である彼女の本名はクルシュ=イニーフィナといい、混濁の徒『流転のクルシュ』その人である。
この議場に出席しているクルシュは、暗色の、第六感社のスーツを着込み、その参謀に許された『席』に座す。
その『流転のクルシュ』の左隣の『席』には誰も座ってはいない。ただその席の前の机上には、置かれたタブレット端末が、ただ立てられているだけだ。
次に―――、
そのタブレット端末の左には、一人の魔女がその席に就いている―――。
しかし、その一人の魔女に意識が及ぶ前に、この会合の場に集う『十二伝道師』のうち、一人の男が、その眠そうな眼を擦るのだった。
「くぁ、、、眠ぃぜ・・・ったく。こっちは遠征視察で忙しいってのによぉ、人様を呼びつけやがってよぉ、導師さまは。そんな『雷基』を狙ってる連中なんかよっ、みんな一人ずつ、ぶっ殺していけばいいんだよ・・・っ!!」
若干一名、『不死身のラルグス』という男が、ふてぶてしく退屈そうに欠伸をかみ殺すのだ―――。