第二十九話 彼女の生きる道
第二十九話 彼女の生きる道
「・・・」
アイナと鎧男二人の関係はどういったもので、過去になにがあったんだろう・・・ちょっと知りたいけど、アイナの心にずかずかと土足で踏み入るのはちょっと違うって。
俺はそれを、―――きっとアイナは俺に話してくれるときが必ずくるって―――。俺はアイナと鎧男の過去を少し知りたいと思ったんだけど、いつかアイナが俺に話してくれるだろうと思い、今はなにも口を挟まずアイナの動向を静観することにしたんだ―――。
「それより―――グランディフェル=アードゥル、私は貴方に訊きたいことがあります」
グランディフェル!!そうだ、そんな名前だったわ、クロノスが言っていたのは。アイナが言ったアードゥルというのがこの鎧男の姓かな?
「!!」
そのアイナの淡々とした口調で話された言葉を聞いて、俺はその鎧男の名前を思い出したんだ。そう、思い出した。『銀色の甲冑に身を包んだ人』と魁斗から聞いたクロノスはその人物のことをグランディフェルと言っていて、魁斗のやつは『グラン義兄さん』と言っていた。アイナも、グランディフェルと今さっき口に出した。魁斗とクロノスが言ったグランディフェル。アイナの今さっき言ったグランディフェル。それは目の前にいる、この銀色の西洋鎧のような鎧を纏う『鎧男』と同一人物であることは間違いないはずだ―――
「・・・」
でも、アイナはなにを訊きたいんだろう?このグランディフェルに。俺もそれを、アイナがグランディフェルに訊きたいことをちょっと知りたいかな。
「俺に訊きたいことですか? それはいったいどのような御用件でしょうか、アイナ様」
「グランディフェル。あの街を、ここから歩いて半時ほどにあるあの街を滅ぼしたのは、貴方がた『イデアル』ですね」
あの光景か―――アイナが言う、あの街を滅ぼした、とは。俺があの街に来たときに、日本から転移したときに初めて見たあの街の住人達の変わり果てた姿―――。
「―――」
なんとか言ってほしいな、グランディフェルには。でもアイナの問いに、この鎧男改めグランディフェルは厳しい表情でその眼差しには力を籠めたまま何も答えず口を閉ざし、ただアイナを見つめるだけだった―――
「グランディフェル=アードゥル。貴方が未だイニーフィネ皇国の『騎士』としての矜持があるというのなら、この私の問いに答えられるはずですね? 貴方がた『イデアル』はあの街の住人達を惨殺し、その者達に禁忌の魔法である『屍術』をかけた。違いますか?炎騎士グランディフェル=アードゥル」
驚いた。アイナってばそこまで、『屍術』のことまで見抜いていたのか!! 魁斗は昨夜俺に『能力』で操ってた、とか吹き込んできたけどな。
それと炎騎士?グランディフェルのなんだろ?『炎騎士』というのはグランディフェルの称号かなにかかな?
「―――」
それでも、グランディフェルは手甲を着けた拳を握り締め、口を一文字に閉ざしていた。なんとか言えっての。アイナの二回目の問いにもグランディフェルは答えることはなく、ただただ俺達を前にして黙っている。
「あの街の住人達をその手に掛けたのは、貴方とチェスターですね?」
「―――アイナ様、お言葉ですがチェスター殿下はそのようなことは致しません」
おいっグランディフェル。自分の主のことになると、そこはちゃんと答えるのな。俺のときもそうだったよな。だったら最初からアイナの質問を無視すんなよ、答えろよ。
思わず俺は心の中で突っ込みを入れてしまった。
「チェスター殿下は無力な者に剣をあげることなどしないということ、それをアイナ様でしたらよくご存知のはずです」
え?アイナはチェスターのことも知ってるのか、なんかそんなグランディフェルの口ぶりだけど・・・。えっと?グランディフェルが言うにはチェスターは『殿下』で、じゃあそんな『殿下』と知り合いっぽいアイナっていったい―――・・・アイナって何者なんだろ?
「チェスター殿下が武装もしていない一般市民を手に掛けることなどあり得ません、アイナ様」
「っツ」
アイナ・・・? どうしたんだろ?今一瞬アイナの顔が強張ったような・・・。
「!!」
俺がアイナの身を深く考えようとアイナをより意識して観ようとしたとき俺は見てしまったんだ。グランディフェルの返す言葉に・・・たぶん、一瞬だけ、アイナは眉間に皺を寄せ、顔を悔しそうに歪ませたんだ。でも、アイナはすぐに元通りの澄ましたような表情に戻ってしまった・・・。
「では、グランディフェル答えてください、チェスターの居場所を。あのとき、私がまだ幼き日、『武装していなかった私の父と兄』を不意打ちのように殺めたチェスターは今、どこにいるのですか?」
「ッ!!」
アイナの親父さんとお兄さんを殺しただって!!しかも丸腰の状態の!? アイナが言ったことがほんとだとすると―――(俺は当然アイナのほうを信じるぜ)―――グランディフェルが言った『チェスター殿下が武装もしていない一般市民を手に掛けることなどあり得ません』の言葉と、めちゃくちゃ矛盾するんですけど。それともチェスターっていう奴は矛盾だらけの、主張や言動が一貫していないような説得力に欠ける人間なのか、どうか・・・。
もしかしてそれが原因でアイナの顔が一瞬強張ったのかな・・・。でも、こんなデリケートな話を『親父さんとお兄さんはチェスターに殺されたのか?』みたいなことを今のアイナには訊けないって。もっといい雰囲気のときに・・・ううん、やっぱ俺がアイナにもっと信頼されるようになって、アイナのほうから俺に話してくれるのを待つかな。そういえば、今のアターシャは?
じぃっとアターシャを見つめるのもなんかあれだし、ま、一瞬だけなら大丈夫だろ。俺がアターシャに一瞬だけ視線を持っていけば、アターシャはほんとに悲しそうな顔でその視線を伏せていた。
「―――ッ」
やっぱアイナの家族が殺されたってのは、まじなんだ―――。それがグランディフェルの主人のチェスターとかいう奴―――。アイナ、悲しかったんだろうな・・・、つらかったんだろうなぁ・・・、だってもし自分の身にそれが降りかかったら、きっと悲しいことだもん。
アイナを『仇討』に駆り立てたのはチェスター・・・―――。チェスターという『仇』を追うアイナ。チェスターは『イデアル』で―――、だから出会った当初のアイナはいきなり刀を抜くし、俺のことを『貴方は『イデアル』ではないのですか?』って訊いてきたんだ。そっか、アイナ―――
「グランディフェル、この私にさえもチェスターの居場所は言えませんか?」
おっと!!俺はアイナの凛とした言葉で、現実に引き戻されたんだ。
「それは、いかにアイナ様であろうとも、俺の口からは教えることはできません」
「・・・そうですか―――」
諦めの落胆の表情になったアイナは左手をすすっと、その腰に差してある日之刀の鞘に持っていった。って、それって、まさか・・・アイナッちょっそれは早まりすぎだって!! そんな、アイナに人なんか斬ってほしくなんかないよ、俺は。
「ちょっアイナ。まさかグランディフェルを斬るつもりか!?」
そのアイナの危なげな様子を見て、俺は思わずアイナに声を掛けた。すなわち刀の鞘に手を掛けるということは、アイナはその打ち刀でこのグランディフェルを斬ろうとしているんじゃないのかって。
「まさか、ケンタ。・・・確かに私はチェスターの従者であるグランディフェルにもいろいろと思うところがありますが、私一人の独断では彼グランディフェルを私刑にはできません・・・」
「ほ・・・」
その、独断では私刑にはできないという言葉をアイナから聞いて俺は自身の胸を撫で下ろすかのようにちょっと安心した。でもアイナ、ちょっと残念そう。
うん、でもアイナが人を斬るところなんて正直言うと、俺は見たくない。好きな女の子が復讐のために人を殺めるのは嫌だ。アイナの気持ちを考えると、やっぱ俺はちょっと複雑な気分になるけど。
「イニーフィネ皇国近衛騎士団元・団長『炎騎士グランディフェル=アードゥル』―――。すでにチェスターと貴方にはイニーフィネ皇国と、皇国より要請を受けた日之国、ならびにイルシオン王国では犯罪者として捕縛状が出されています。チェスターの居場所を私に教えられないというのなら、今、この場にて即刻出頭する意をこの私に示しなさい」
「・・・」
アイナ・・・、グランディフェルに自首するように説得してくれるんだ、はぁよかった。いきなり『成敗!!グランディフェル』とか言い出さなくて。
アイナの強い意志を感じさせるその眼差しとその凛とした声めちゃくちゃかっこいい。アイナの堂々としたその態度を間近で感じ、俺はそれをとてもかっこよく思う。アイナのその所作、物言い、雰囲気は、その彼女の身に備わった偉容と威厳はまるでやんごとなき御方のように―――。少なくとも俺にはそう見えていた。
「アイナ様。アイナ様より命じられたその御言葉をこのグランディフェルは辞退いたします。俺は何を以てもチェスター殿下の剣であり、楯でございます。その俺がチェスター殿下の意に反して出頭することはあり得ません」
おい。なにが辞退する、だ。頼むから出頭すると言ってくれよ、グランディフェル。また振り出しに戻るだろ!!
「そうですか。―――さて、では、どうしましょうか・・・」
グランディフェルのその答を聞いたアイナは思案顔になり、そんな表情のアイナと俺の視線がかち合った。
「この場でグランディフェルを生け捕りにできればいいのですが・・・」
「っ!?」
こんな白銀に輝く甲冑を身に着けた大男グランディフェルを生け捕りにっ!? 見てる感じだと、このグランディフェル―――(白銀の鎧を身に着け、腰には幅広で長大で、意匠の凝った洋剣)―――めちゃくちゃ強そうだけど―――!? そんな生け捕りになんてできるのっ!? めちゃくちゃな戦闘になりそうなんですけどっ!?
思案顔のアイナは俺を見ながらその、グランディフェルを生け捕りにしたい、とぽつりとこぼした―――んだ。
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つまり、俺は、俺の筆を置いた俺のもとへ向かってくる殺気のない人の気配を感じたわけだ。よしそれじゃあ、と俺はその人を迎えるために筆を持つ手を止め、椅子から立ち上がったんだ―――・・・。
俺のアイナへの想いが固まったときってあのときなんだよなぁ・・・。なんか、なつかしいよなぁ。
「―――・・・」
「ケンタ進んでいますか『剱聖記』は?」
あ、アイナ。それとアターシャまで。
「あ、うん、まぁまぁかな・・・」
俺が振り向くと、すでに道場の入り口にアイナとアターシャの姿があったんだ。そんなアターシャは俺の姿を見止めて深々と腰を折った。
ちょうどアイナと両想いになったところだよ、なんて言おうものならそのときの俺の気持ちをアイナにいっぱい訊かれそうだから、むずがゆいし、恥ずかしくなるから、てきとうにぼかしちゃったよ。
「そうそうケンタ―――」
「・・・」
やっぱ新鮮だよなぁ、そのアイナの髪型って。アイナの今の髪型は俺的には嫌いじゃないよ?
今の、家にいるアイナってシニヨンの髪を解いてるからさ、その黒髪は腰まで至る美しく長いストレートの黒髪なんだよな。
「―――ケンタ貴方にいい報せがありますよっ♪」
そんな、にこにことアイナ。よっぽどうれしいことなのかな?俺にいい報せって。
「それって?アイナ」
アイナは道場の入り口で靴を脱ぎ、俺のもとへと一直線で歩いて向かってくる―――。
「えぇっケンタっ♪」
もうアイナってばかわいいなぁ。俺がその報せに喜んでくれると思って、あんなにもアイナははにかんで―――。
『イニーフィネファンタジア「-剱聖記-第三ノ巻」』―――完。