第二百八十八話 女神様より、貴方にもお伝えしたいことがあるそうです・・・
第二百八十八話 女神様より、貴方にもお伝えしたいことがあるそうです・・・
数日後。俺達は再び元の地点に、アイナの行使する『空間跳躍』にて、『神雷の台地』の麓に戻った。
仰望。高い。見上げた空。遥か空。
遠くの、空高く聳える絶壁を撫でるように、そよぐ風。
ひゅおぉおおぉっと、風音。
断崖絶壁の、『神雷の台地』の頂上は遥か上―――。
俺は、神雷の台地の絶壁を見上げ―――、
「―――」
まるで、天に吸い込まれるかのように、『神雷の台地』を形づくる断崖絶壁の『先』が切り立って天へと向かって伸びている。俺達の未来はそこに在る。そこの台地に在るんだ、在ってほしいと思う―――。
神雷の台地の大地を覆い隠すように、ちょうど絶壁の途中に、雷雲の塊が垂れ込めるところが僅かに視得る。その、雲海は、正臣さんの手記に書かれていた『雷雲の雲海』のことだろう。
―――神雷の台地の絶壁の途中、時折稲光が煌めき雷雲が立ち込める、その絶壁の先が見えなくなっている地点まで、―――
というくだり、正臣さんの手記『天雷山踏破録』には、そう記されてあった。
「この崖を、、、攀じ登るのか」
見上げた空に、聳える断崖絶壁を仰望し、俺は、一人呟く。
岩壁登攀を行なえる装備は持ってきた。きっと俺達ならできるさ、この『神雷の台地』を登ることはできるさ。ルストロさんと正臣さんもできたことが、俺達にはできないなんてことはないはずだ。
「えぇ、そうなりますね、ケンタ」
俺の呟きに答えてアイナは俺を。アイナの声調に悲壮感や絶望感などいったものは含まれていない。むしろ、『やってやりましょう』という気概が、そのアイナの声には含まれている、と俺にはそう思う。
「この『神雷の台地』の岩壁登攀。アイナの親父さんも、この崖を登ったんだよな・・・」
だったら俺達だって、同じことが、この絶壁を登ることができるはずだ。
一歩、二歩、数歩―――、アイナは進み出て。
「―――、、、」
静かに無言で進み出たアイナのその表情。そこに感情は乗らず。たぶん、とても、神妙な面持ちで。
すっ、っと、その右手を岩壁に向かって伸ばすアイナ。
アイナは、その自身の開いた右手を、その手の平を、『神雷の台地』の絶壁に押し当てたんだ。
「当代のイニーフィネ皇家の巫女姫として、私は女神フィーネ様に―――、祈りを、捧げ―――、」
「・・・っ」
女神フィーネの巫女。そうだ、アイナは、以前俺にその詳しい話を俺にしてくれた。
アイナは、その藍玉のような綺麗な目を瞑り―――、
「―――、・・・、―――、、、」
―――、ごにょごにょごにょ、っと口を。口内だけで声を小さく呟いているように、俺にはそのアイナの様子を見て、祈りを捧げている、と、そのように俺は受け取って感じた。
アイナは一言二言、、、いや、もっと。巫女姫であるアイナは、女神フィーネに小さな声で、その祝詞でも捧げているのだろう。
「・・・」
残念ながら、巫覡祭祀や審神者ではない俺には、アイナと女神フィーネとのやり取りは解らないし、聴こえない。
アイナは、その藍玉のような両眼を瞑り、未だ鎖したまま―――、
「『天雷岩』に、ですね・・・っ。はい、女神フィーネ様」
―――、やや、厳しい顔になるアイナ。
「天雷岩?」
俺は思わず、ぽつり。アイナが、『天雷岩』と言ったからだ。
アイナの様子を観るに、やはりアイナは、巫女として審神者として、『女神フィーネ』と交信をしているようだ。
「、、、」
アイナは『天雷岩』と言った。正臣さんの手記『天雷山踏破録』には、『その語』はない。どうして、アイナは『天雷岩』と言ったのか。きっと、アイナは、女神フィーネと交信していて、彼女女神フィーネに、その言葉を教えてもらったようだ。
アイナが、審神者として、巫女として、女神フィーネと交信を行ない始めて、どれくらいが経過したのだろうか?
五分?十分? 厳かな神域を満たす神氣のようなものに、俺は中てられて、正確なその時間は覚えていない。
だが、しばらくして―――、
ほぼ同時。アイナがその綺麗な藍玉のような色彩の両眼を開くのと、俺に振り向いたのは。
「ケンタっつ」
俺の名を発し、くるりっ、っと、アイナは俺に振り向く。
ややその焦燥感に駆られているような、アイナの表情と声色。
「っつ」
きっと何かあったに違いない。あった、と言うか、きっと女神フィーネより語られた御神託の内容になにか、とても重大なことがあったのかもしれない。
「女神フィーネ様より、ケンタにもお伝えしたいことがあるそうです・・・」
表情一転・・・、アイナは憂えるように視線を、自身の足元に落とす。
その間、僅か三秒ほど。
「アイナ? 女神フィーネが、俺に伝えたいことって?」
アイナはその視線を元に戻し、その意志の籠った藍玉のような視線で俺を見詰める。
「はい、ケンタ。貴方の手を、お貸しください―――」
手を?
「手を?」
手を貸す? 俺の力が必要ということか?それとも、単に手を伸ばして貸してほしい、ということ? どっちなんだ?
「はい。私と同じように、この『神雷の台地』の絶壁に、手の平を当ててください、『天雷岩』に、手の平で触れてください。そうすれば、『祝福の転移者』である貴方ならば、全てを理解することができます」
・・・。アイナの言うことに、今一つ要領は得ない、、、が。
「・・・」
隠されているようで、アイナのその言葉には、物事の大切なところが、要点が抜けてはいるが、、、まぁいい。アイナの言う通りにすれば、きっと解ることだろう。
俺は、アイナを信じている。
すっ、っと、俺は、先ほどのアイナの行動と同じように、右腕を上げ、開いたその右手の手の平と、『神雷の台地』の絶壁に押し当てた。ゆっくりと、手の平には、余計な力を加えず、撫でるときと同じくらいの力加減にしておこう。
神雷の台地の岩の絶壁は、まるで巨大な一枚岩のようであり、『岩』として見るに、その材質は肌理の細かい岩石のようだ。
これが『天雷岩』。その岩の感触は固く、やや、冷たい。
ぱりぱりっ、ぱちっ、っと、ときおり、軽い静電気に触れたときのような、雷電の氣の胎動を、手の平で感じられるのは、俺の気のせいではないはずだ。
「っ」
シーン、としていてなにも聴こえない。後ろに控えるアターシャも、サーニャも、後ろにいる羽坂さんも一之瀬さんも、この場の空気を読んでか、なにも言葉を発しない。
「―――」
俺は、有無を言わさないアイナのその言葉に、言われたとおりに『神雷の台地』のその切り立った絶壁に、こうして右手の手の平を押し当てたわけだが、その肝心の『女神フィーネ』の神託の、あのときの魁斗と戦ったときの最終局面で、まるで俺の頭の中に、直接語り掛けてきたときのような、『女神フィーネ』の『声』は全く聴こえない。
シーン、としていて、『天雷岩』を流れる雷電を帯びた氣の胎動しか、俺は感じ取ることができない。
「。。。」
どうなってんだ?アイナは、『手を触れれば全てが理解できる』と言っていたのだが?
「ケンタ―――、」
すっ、っと。俺の手の甲より重ねられる暖かい、彼女アイナの手の平。
「・・・!!」
台地の岩壁に、右手の手の平を押し当てる俺のその右手の手の甲の上から、アイナの手がすっ、っと、伸びてきて、俺の手の甲より重ねられた、というわけだ。
きゅっ、っと、アイナは、俺の手の甲の上から、その重ねてきた右手に力を籠めて、俺の右手を軽く握る。
まるで愛おしく、アイナのその俺への愛情を感じるような手の抱擁。
「・・・っ///」
「では、、、『往き』ましょうケンタ」
みわみわみわ、、、っと。アイナの周りが、まるで蜃気楼のように。
「っ!!」
そのときだった、変化が訪れるのは。
幾度となく俺がその様子を見てきたように、アイナとその周りの空間が、まるで漣立つかのように、みわみわゆらゆら、っと、揺らめいていく。
徐々に。その空間の揺らぐ、漣揺らめき歪む範囲・領域は徐々に拡がり、俺をも包み込む。
「・・・」
やや言いよどむように、だが、アイナは口を開き―――、
「、、、本来ならば、叔父チェスターの、このような異能『空間干渉能力』など、私は行使したくはなく、ですが、仕方ありません」
アイナのその様子は、アイナがいつも『空間』の『座標』を記憶するときと同じ様子、同じ言動、同じ光景だ。
「―――」
アイナは、この場の『座標』を『記憶』している、のか?
「いえ、ケンタ。そうではなく、私が積極的に、女神フィーネ様の御神託を受けようとするならば、女神フィーネ様と同調し、それ故に私は氣を高めなくてはならないのです」
俺は、その澄み、凛としたアイナの声に気づき―――、
「っつ」
―――、俺のすぐ脇に佇むアイナに振り向く。
「同調。ケンタも前に、あの『黯き天王カイト』との戦いで、女神フィーネ様の『その御力』に触れましたね?つまりあのときと同じであると思ってくだされば」
「―――っ」
あの『黯き天王カイト』、、、つまり俺の幼馴染だった結城魁斗との最後の戦い。俺も自身で、身をもって体験したあの『力の奔流』だ。この惑星イニーフィネの女神。女神フィーネと話ができた。
俺は女神フィーネと『同調』ができ、彼女フィーネの力を以って、自身の異能『選眼』を最大限に解き放ち、遣い熟した、俺は。
要するに、あのときと同じ気概で臨めばいいということか。
「女神フィーネと同調だな」
俺はぽつり、とアイナに問うた。