第二百八十六話 ひと時の団欒
正臣さんが記した手記。そこに書かれていたのは、まさしく空飛ぶ竜だ。竜蛇のような、日本の昔話に出て来る龍神のような細長い形態の竜ではなく―――、西洋の、ヨーロッパ的な爬行するドラゴンに近いと思う、正臣さんの、彼が遺した手記を読む限りでは。
俺は続いて、正臣さんの遺した手記『天雷山踏破録』を目で追うように、読み進め―――、
第二百八十六話 ひと時の団欒
「『すると、驚いたことに、私の目と、青黒い竜のその、猫の瞳のような、黄金色の眼の視線が合ったのだ―――。二枚の翼を広げ、我々の周りを飛翔する青黒い竜は、その鱗に覆われた頸を我々に向かって曲げ、その鱗に覆われ、鋭い牙がはみ出た顔を持ってくる。絶壁を登攀する我々。その青黒い竜の、頸を曲げ、首を我々に向けたその仕草は、明らかに我々を視認したものだった。そのとき、ルストロ殿下もそれを、その事実を、『おい、マサオミ。あいつは今俺達を見たよな?』と、私に同意を求められたので、私の見立てに間違いはないだろう』、―――」
「―――、『青黒い竜は、その黄金色の目で、猫のそれと同じような、縦長の瞳で、絶壁にしがみ付く我々を見止め、『凝視』したのだ。ルストロ殿下と私は、その青黒い竜と視が合ったということだ。』―――すごいな、、、これ―――、ものすごく詳細に―――」
思わず呟くように出てしまった、俺の言葉。ものすごく詳細に―――、の、その先。
―――竜との遭遇が記されてある。と、俺はその部分を心の中で呟いた。
正臣さんは、とても詳細に。その青黒い竜をとても詳細に描写し、それを記している。それだけ正臣さんにとって、この青黒い竜は、正臣さん自身の興味をそそる存在だったのかもしれないな。
俺は続けて、次の項を読んでいき―――、
「『神雷の台地の絶壁を、その岩壁を登攀する我々。ハーケンやザイルを駆使し、登攀する我々の周りを、羽搏き乍ら飛翔する青黒い竜。私は間近で、この竜を見て、初めてその青黒い竜の大きさが、ヘリコプターよりも大きな体躯を持っているということが、判ったのだ。ルストロ殿下や私が登攀する神雷の台地の絶壁の周囲を旋回する青黒い竜―――。黄金色の鋭い眼光。時折、歯牙の並ぶ口を開き、ぐるるる・・・っ、っと唸るような声を発する。私が見ても、その青黒い竜は、神雷の台地の絶壁を、岩壁登攀する我々に対して、苛立っているように見えたのだ。』―――ふぅ、、、」
少し、口が、喉が渇いた気がする。
っと、俺は一息入れ、、、。そうだな、口を潤すために、紅茶でも飲むか。
俺は、卓上の自分の白磁のティーカップに左手を伸ばす―――。
「どうぞ、ケンタ」
おっ、アイナが。
「ありがと、アイナ」
俺は、アイナが取り寄せてくれたティーカップを、左手に取り、くくっ、っと。僅かにティーカップの杯を口元に傾ける。
「いいえ、どういたしましてケンタ。ふふっ、そのように紅茶を飲む姿はとても理知的に見えますよ、ケンタ」
理知的?俺が?
俺は、薄い白磁のティーカップに唇を付け、戻し、
「そうかな?」
なんて、俺はアイナを見詰めながら。
「はいケンタ」
ぬるい。
「・・・」
うわ、もうだいぶ冷めてしまっているな、俺の紅茶。
すっ、っと、一応?上品に音も立てず俺は、円卓の上に置きっぱなしにしていて、冷めてしまった紅茶を一口吸い、口に含んで、こくっ、っと飲み込む。
ことっ、っと、俺は円卓の上に、ティーカップを。すると、給仕服姿のアターシャは、すっ、っとその優雅な動きで、俺のティーカップに、おかわりの紅茶を注いでくれる。
気が利くな。すごい湯気、、、あまりに熱い紅茶は、熱すぎて飲めないけどね。
「おかわりありがとう、アターシャ」
俺は、紅茶を注いでくれたアターシャにお礼の言葉。
「いいえ、こちらこそありがとうございます、ケンタさま」
「・・・」
俺は、アターシャから視線を切り、タブレット端末の画面に。さて、さっきの続きを読むか。
「アイナ様も」
「ありがとうございます、従姉さん」
「ハサカさまも―――、一之瀬さまも―――。サンドレッタ貴女は、珈琲でしたね」
「はいっアターシャどの」
「ありがとう、かれんねえさん」
羽坂さんは角砂糖三つとミルクの入ったミルクティーで、
「・・・(ちびちび)・・・っ。・・・あまい、おいしい」
かわいく小動物的な動きで、その甘そうなミルクティーを、ちびちび、と、飲む羽坂さん。
「ありがとうございます、津嘉山さん」
一之瀬さんは緑茶だ。すっ、っと、日本的な湯呑を手に取り、優雅に、一之瀬さんは湯呑をその口元で傾ける。
一之瀬さんの杯だけ、カップではなく和風な湯呑だ。
「~~~♪」
内心嬉しそうなサーニャは、アターシャが言った通り珈琲。ちなみにサーニャの珈琲は、ミルクと練乳と蜂蜜入り。
彼女サーニャが食べまくっているところを、俺は何度も見ているが、最初に、俺が会ったときと全く変わっていない体型のサーニャ。
サーニャは甘い物をいっぱい食べても、自身が以前に言っていたとおり、たくさんごはんを食べても、燃費が悪くて、サーニャ自身は全く肥えないそうだ。
実は俺も、甘いのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。激しい修練の休憩中に食べる甘い物は、めちゃくちゃおいしいよな。
「あんま~い、でござるっ・・・♪」
ごくごく―――、ごくんっ、っと、満面の笑みのサーニャは、まるで真夏の暑いときに飲む麦茶を飲むかのような、呑みっぷりで、珈琲を・・・。
「サーニャ」
「しっ失礼致しましたっ姫様っ!!」
「いいえ、サーニャ。そうではなく、日之国産の、唐黍の黒い甘糖です。それがあることを思い出したのです、サーニャ・・・っ。えぇ、貴女のために従姉さんに言って取り寄せましたよ、サーニャ♪」
「そ、それはまことでございますかっ?!姫様・・・っ」
「えぇ、サーニャ♪」
「はふぅ・・・、大好きですっ姫様」
「サーニャ、ありがとう。それと、取り寄せてもらったアターシャ従姉さんにも、お礼を言っておいてください」
「ハっ姫様!! ありがとうございますっアターシャどのっ!!」
すっ、っと、アターシャは、今一度姿勢を正す。
「サンドレッタ。敢えて精糖を充分に行なわずに製糖した唐黍の甘糖には、人によって少々えぐ味を感じることが、甘味に癖があるかもしれません。しかし、そのえぐ味は毒ではなく、それは灰汁の味といいましょうか、カルシウムイオンやマグネシウムイオン、、、つまり、身体のとって必須のミネラル分に近いものがあり、―――」
アターシャって、こういう時、講釈を延々と垂れるレンカお兄さんと同じものがあるよな・・・。
「・・・」
俺は、傍で繰り広げる、わちゃわちゃ、っとしたやり取り。彼女達の楽しそうな雰囲気を、肌で感じながら、俺は正臣さんの手記に意識を移し、その彼が遺した文章を読んでいく―――。
「『我々は、青黒い竜に対して―――、例えば、食品に飛んできたコバエを追い払うときにする動作『シッシ』などはせず、我々の周りを旋回する青黒い竜に対して注視はするものの、刺激はせずに、そのまま絶壁を登ることにしたのだ。神雷の台地の、霧に煙る、雷雲の雲海までは、もう目と鼻の先。我々は、青黒い竜の威嚇とも取れるその行動には構わず、絶壁の上。雷雲に煙るその地帯を目指す、目指そうとしたのだ』―――」
ちょんっ、と―――、俺は指でタブレット端末の画面を操作。次の『フォト』へ、正臣さんが記した手記を写した写真画像を次のページへ。
「『すすっ、っと、青黒い竜は、絶壁を登攀する我々より少しばかり距離を取るように、遠ざかり―――、ほっ、っと、ルストロ殿下も私も、『これでこの竜はどこかに行ってくれる』と、内心安堵の胸を撫で下ろした。だが、そのときだった。青黒い竜は空中を大きく旋回。まるで軽飛行機がそうするかのように、羽搏き乍ら姿勢も反転―――。大きくその鋭く尖った歯牙の生え揃った大口を開けて。青黒い竜の、その赤い舌が私に見えた。青黒い竜は『グォオオオオッ!!』と咆哮。びりびりびり―――、空気が震え、それはまるで、絶壁を登攀する我々を威嚇するかのような、竜の雄叫びだったのだ。『ッ!!』ルストロ殿下の―――、『はぁ―――ッ』、っと、息を呑む声が私の耳にも届いた、そのことが、私の先日の記憶の中に、とても印象に残っている。しかしながら、青黒い竜は、くんっ、っと反転したあとのこと。青黒い竜は飛翔する方向を変え、絶壁にしがみ付く我々に、肉薄する―――ぐんぐん、と。これは、本当に、危険な、青黒い竜の攻撃的な行動だ。人としての本能が、私に警鐘を鳴らす。明らかに、青黒い竜は、神雷の台地の絶壁を登攀する我々に対して『怒って』いたのだ。きっと今、これを記している私が思うに、竜はそう思っているに違いなかったのだ。』―――っ」
俺は、正臣さんの手記を読み進め―――、どうして先の、絶壁を登っていたはずの、正臣さんとルストロさんが、また元の神雷の台地の、絶壁の下の大地にいたのか―――。なんでだろうな、―――まだそこまで読み進めていない俺には判らない―――。