第二百八十五話 空飛翔るもの
「、、、」
―――、そう、だから俺は、円卓の上のタブレット端末を、羽坂さんと一之瀬さんが見えやすいように、ちょっと傾けてあげる。
俺は、口を開き、また先ほどと同じく、まるで独語のように声に出しながら、正臣さんの手記『天雷山踏破録』を読んでいく。
第二百八十五話 空飛翔るもの
「『それは『岩壁登攀四日目』のちょうど昼頃のことだった。ルストロ殿下と私は、先攻後攻を順番に変えつつ、そのときはちょうど、私が台地の絶壁を先攻して攀じ登っていたときのことだった。ついに我々は、神雷の台地の中腹、時折稲光が煌めき雷雲が立ち込める、その雷雲のせいで絶壁の先が見えなくなっている地点まで、神雷の台地の岩壁を登攀できたのだ。女神の雷が、台地の岩壁を登攀する我々、ルストロ殿下や私に落ちてしまう、いわゆる我々が岩壁の避雷針となってしまわないことを願うだけだった。』・・・っ」
別に、手記を読んでいても、変な記述はないよな?
それにしても、稲光が煌めくというか、岩壁にそんな雷鳴が、ずっと轟いているようなエリアが存在するんだな、『神雷の台地』の断崖絶壁には。
ひょっとしてそこが、神雷の台地と、この地上との、何がしかの境界になっていたりするのかもしれないな。
そして、この先に正臣さんが記した、なにか、とても重要なことが―――、重大なことが書かれている・・・?
「・・・っつ」
俺は、心の中で気合を入れ直して、さらにその先の手記の記述に目を通していく―――。
「―――、『昼食を取り、と言っても我々の昼食は、スモークチーズとサラミだった。旨い高カロリーの脂が、身に沁みてとても美味かった。そう、まさにそのときだったのだ。昼食後は、先攻してルストロ殿下が前を征き、私が後攻だった。我々がまさに、天雷山の、その神雷の台地の、霧に煙る、いや雷雲の雲海と呼んでいいのか、断崖絶壁の中腹辺りの、その地帯に入ろうか、というまさにそのときだった。初めに、異変に気づいたのは、ルストロ殿下だった。殿下の、驚くような、『おい、マサオミっあれを見ろっ!あそこだっ!!』の、殿下の慌てたような私を呼ぶ声だ。私も、何がしかの異変が起きたのだ、と悟った。殿下は水平に遥か遠く、ザイルを握り締めつつ地平線を見詰め―――。私は、殿下が睨むように見ている方角を把握。遠く、遥か遠くに私も『ソレ』を見出したのだ。』ソレ?」
ソレ、と、記してある・・・。
ソレってなんだ? 正臣さんは、自身の記した手記の中で『ソレ』と敢えて強調するかのように、書いてあった。
俺は、また正臣さんの手記に意識を戻す。
「『『ソレ』は、空を駆け、近づいてきたのだ。神雷の台地の絶壁を登攀する我々を、きっと『ソレ』は目敏く見つけ出したのであろう。ぐんぐん、と『ソレ』が、我々の目に、はっきりと見える位置まで近づいてやって来たとき、ルストロ殿下と私は、空を飛翔する『ソレ』が何者であるかを、知ることができたのだ』―――、、、飛翔・・・って」
まさか、なにかのミサイル的なものか?それとも、、、もしくは祖父ちゃんの夜話の中で、祖父ちゃんが俺に話してくれたネオポリスの空飛ぶ機人か?
「、、、」
えっと、祖父ちゃんは『特務官』って言っていたっけ? イデアルの戦闘部隊十二人会の一人である月之国にある大国、ルメリア帝国最高軍司令官ラルグスを一発で沈め、、、空を飛んで連れ帰ったという、『特務官』―――。
まさか、そんなやつが?正臣さん達の前に現れた・・・とか?
えっ、。でも。ここで、このページの記述は終わりか。
「・・・」
俺は、タブレット端末の画面を、指で操作。次の写真を画面に出す。
「『飛翔する『ソレ』は、紺色の、、、いや青黒い鱗に全身を覆われた大きな竜だったのだ。』」って竜!?」
青黒い竜って―――っつ。マジかっ!? 驚いて、声が上ずってしまったわ・・・っ!!
「えっ竜!?ってアイナ」
アイナきみは、俺よりも先にこの、正臣さんの手記を読んだんだよな? ―――という意志を籠めた目で、俺はアイナやアターシャ、サーニャを順に見て、、、。
「・・・はい、ケンタ。『ソレ』です、私が憂える『モノ』の正体は、、、」
「お、おう・・・、でも、まじか? 竜なんて、ほんとにいるのか・・・? 竜は想像上の生き物で―――、、、」
竜という生き物は、想像上の生き物だ、そのはず。翼がある種類とか、泳ぐウナギのような形をした種類もいて、火を吐いたり、水を呼んだり、特に神話や英雄伝説、そこから派生したファンタジー系の小説やゲームでよく出てくる存在。
いや、でも待てよ。
俺は、左手を自分の顎に添え、、、。
「ふーむ、、、ほんとに、まじで・・・」
―――いるのかもしれないな。
この『五世界』には―――、そんな幻想種、、、というか。幻獣や、地球では、もうすでにいなくなった絶滅種、、、例えば恐竜や翼竜が、この惑星イニーフィネでは普通に生きていて。
そういえば俺、調理されたアンモナイトやベレムナイトを食べたわ、アイナの宮殿で。タコやイカそれらと、ちょうど貝の、中間的な味がして美味かった。
「ケンタさま。父が、事実を捻じ曲げて曲筆するとは思えません」
ずずいっ、っと、アターシャは。しかも目力を籠めて俺を見詰める。
俺が、正臣さんのことを“うそつき”もしくは、“ペテン師”扱いをして、それを俺が、そう考えていると思ったのかもしれない、アターシャは。
「ケンタさま。真面目一徹だった私の父が、面白半分に、また事実を誇張して、記録を残したとは、到底私には思えないのです。きっと―――、父は、父の手記は、事実を語っていると私は思います、ケンタさま」
アターシャは、先ほどの俺の発言に気分を害したようだった。
「まぁまぁ従姉さん」
アイナは、やんわりと、アターシャを制し。
「アイナ様・・・」
アターシャは、不承不承と言った感じで。
かたや俺は、アターシャの、ずずいっ、っとした強気の、その雰囲気にちょい押され気味だったが・・・。でも、この惑星イニーフィネの五世界には、俺が元居た地球というか、日本には存在しなかった『異能』や『魔法』など、、、の超常的な力が存在する。
「お、おう、それは分かっているって、アターシャ。正臣さんは、真面目な人だったんだろうなぁ、って」
しかも、この五世界には幻獣や、地球では絶滅した古代種が普通に存在している。ということは、『竜』が存在していてもなんら不思議ではない、ということで。
「えぇ、ケンタさま」
「うん。きっと『天雷山踏破録』っていう日記を残すぐらいの人だもんな」
「はい、ケンタさま」
ほっ、っと、俺は。今のアターシャの顔の表情を見ていたら解る、アターシャは内心喜んでいるようだ。
きっとたぶん。性格の面では、生真面目なアターシャは父親似で、レンカお兄さんとホノカは母親のウルカナさん似だと、俺は思うんだ。
さて、っと、アターシャの機嫌が直ったところで―――、
「・・・」
―――、俺は再び、正臣さんが遺した手記に目を通していく。
「『飛翔する『ソレ』とは、紺色の、、、いや青黒い鱗に全身を覆われた大きな竜だったのだ。その空を駆ける青黒い竜は、二枚の翼を、つまりその背中に、二本の両腕とは違う独立した二つの大きな翼を持っており、羽搏き、滑空し、まるで空を駆けるかのように、その二枚の翼で飛んでいたのだ。青黒い竜のその前脚、つまり両腕のことなのだが、その手には鋭い鉤爪が生え揃い、後ろ足は、筋骨隆々まるで野太い広葉樹の樹木の幹のよう。おそらくこの青黒い竜は、地面に降り立っても、充分に歩けるに違いない。足にも、尖った鉤爪が数本生え揃っている。ヒトが、この竜に蹴られれば、一たまりもないだろう』―――まじか、っつ」
まざまざと。
正臣さんの遺したその手記の、その内容を読んで―――、俺の頭の中に、その『ソレ』の想像図が、組み立てられていく―――。
「『青黒い竜の、鱗に覆われたその大きな頭には、二本の後ろを向いた角が生え―――。その眼は、黄金色で、まるで猫の瞳のよう―――。オオトカゲかワニを連想させる顔と頸元。時おり我々を威嚇するかのように開かれる青黒い竜の、その大口には尖った白い歯牙が並ぶ。背中には立派な二枚の被膜?の翼。その青黒い竜は、ずんぐりむっくりとした、肥えたような体型ではなく、青黒い鱗にびっしりと覆われたすらりとした背中、そしてまるで鞭のような、カナヘビに似た長い尾を持っていたのだ。』―――っ。竜だ―――、まじか・・・」
正臣さんが記した手記。そこに書かれていたのは、まさしく空飛ぶ竜だ。竜蛇のような、日本の昔話に出て来る龍神のような細長い形態の竜ではなく―――、西洋の、ヨーロッパ的な爬行するドラゴンに近いと思う、正臣さんの、彼が遺した手記を読む限りでは。
俺は続いて、正臣さんの遺した手記『天雷山踏破録』を目で追うように、読み進め―――、