第二百八十三話 正攻法で、あの断崖絶壁を登攀したのか、、、
まさか、当の本人、その既に亡くなっている正臣さんは、俺に、自身の手記を読まれるとは露にも思っていなかっただろうが―――。
第二百八十三話 正攻法で、あの断崖絶壁を登攀したのか、、、
正臣さんの、恋文のような箇所を読んでいる―――
「、っ、、」
―――俺は、こほんっ、っと、一度咳払い。
俺は、津嘉山三兄妹の親父さんの故・正臣さんの手記の、当時付き合っていたカノジョであり恋人の―――、今の津嘉山三兄妹の母親であるウルカナさんを想う、故・正臣さんのアツい想いが書かれた、その部分はできるだけ流し読みをしてあげて、アターシャのタッチパネル搭載のタブレット端末を指でスワイプ。
その次の、次の頁というか、写真を端末の画面に持ってくる。
ちなみに、正臣さんの、ウルカナさんを想い書かれた手記のページは、二ページに及んでいた。
初めて彼女ウルカナフラム皇女殿下に、正臣さんが出会ったときの様子や、お茶に初めて誘ったとき、逢引した事、互いに愛を確かめ合ったそのときの様子―――。両親への紹介。自分が、ウルカナフラム皇女殿下の親に正式に、『お付き合いしている』と、伝えたときの情景―――など。
もはや、その内容は『天雷山』を登ったときに記した『天雷山踏破録』ではないのでは?と思うほどだった。
まぁ、正臣さんの参考にすべきところは。俺にもアイナのことで、あり、だな。
それは置いておいて、ともかくだ。
「―――、っ」
アイナの親父さんの故・ルストロさんと、故・正臣さんは、いったいどうやって、どのような手段で、あの―――、俺も下の大地から仰望した『神雷の台地』に至る、断崖絶壁を突破したんだろうか?
「えっと、なになに―――、、、」
俺は、タブレット端末の画面上で写真に撮られた、ポケットサイズのノートの、その横書きされた日記、もしくは、冒険の記録のような日誌である『天雷山踏破録』に、この目を走らせてゆく―――。
「『我々は、この絶壁を踏破する手段を考えあぐねたが、結局はこの『神雷の台地』を、真っ直ぐに、直登することに決めたのだ。ルストロ殿下が言われた『俺の姉貴に一緒に来てもらいたかったぁ』つまり、それはウルカナさまの異能を用いて登りたかったというわけだが、今はウルカナさまはおらず、それは叶わなかったのだ。まさか今から彼女を、このような危険なところまでお呼び立てするわけにはいかない、なぜなら私がウルカナさまを、こんな道中危ないところまで来させたくはないからだ』、、、っ―――」
―――なるほど、、、正臣さんは、直登で、そのように考えたのか。
もし、俺が正臣さんの立場だったとしたら、やっぱり俺も正臣さんと同じ気持ちになるかな。
恋人のアイナを、あんな天雷樹海を超えてここまで徒歩で来てくれ、なんて言えないもんな。もし、今のアイナが、『空間跳躍』の異能を使えなかったとしての“仮定”としての、俺の思い、考えだ。
次に書かれていることは、、、なになに―――、俺は、正臣さんの遺した手記を、目で読み進め、、、。
「―――、『だから、ルストロ殿下と私は、この女神フィーネさまの『神雷の台地』に、畏れ多くも、ハーケンを衝き立てて、カラビナを付けながら、ザイルとシュリンゲで登っていくという、ある意味岩登りにおいては、『正攻法』という手段で、この聖なる台地の断崖を直登することに決めたのだ』」
俺は、一度文面から視線を切った。
「―――、、、すごい・・・っ」
まじか、、、っ。つまり―――、過去の、正臣さんとルストロさんは、正攻法で、あの断崖絶壁を登攀したのか、、、。
「『『神雷の台地』到着後、一日の休息と登攀への準備を挟んで、次の日の早朝より、ルストロ殿下と私は、絶壁を登り始める。まずは臣下たる私が、先陣を切り、女神様の台地に、このハーケンを衝き立てた。岩壁を穿ち火花が散る―――。だが、幸いにして、女神フィーネさまよりの、神罰が私に、ルストロ殿下にも降ることはなかった。これは、女神フィーネさまにとって我々が“招かれざる客”と思われていない証かもしれん。そうであってほしい、と私は思う。嗚呼、女神フィーネさま万歳』、、、えっと・・・」
ここで、正臣さんの手記『天雷山踏破録』の、このページは終わっている。正臣さんは、いつどこで、この手記に文章を書いたのか、殴り書きのような文字の感じではなく、落ち着いたような綺麗な文字で綴られた手記のページを写した写真だった。
俺は、アターシャの、アターシャが映してくれているタブレット端末の画面から、一度視線を切り、、、顔を上げる。
「二人はあの、あんな絶壁断崖を直登していったのか、、、」
あんな切り立った岩の壁を攀じ登る、だ。信じられない。あんな絶壁、、、―――直射日光や雨、風、、、それを遮るものもなく、きっと荒れた天気に、もしなったら・・・。
俺が、昨日の昼間に、あの『神雷の台地』へと至る断崖絶壁を見た感じ―――、
「・・・っ」
あんな絶壁の岩壁は、きっと吹き曝しで、宙ぶらりんになったら、、、。それに夜はどうすんだ?まさか、昼夜絶えず攀じ登りっぱなしっていうわけにはいくまい。
俺は、『どうする?』の意志を籠めた視線で、アイナ、そしてアターシャに、この視線に向けた。
「「―――」」
二人の沈黙―――。
俺の言葉を聞いて、アイナとアターシャは何を思っているのか。二人とも真面目な表情だ。
すると、アターシャは、ややっ、っとその口を開く。
「ケンタさま。その労苦だけではありません。読み進めていただくと、ケンタさまにも解るかと思いますが、、、さらに、この先、私の父とルストロ様を待ち受けるものは―――、」
アターシャの沈黙―――、
彼女アターシャはやや視線を落として、揺らぐその瞳。
それが、いったい何を指すのか? きっと、あの絶壁を岩登りするのに、苦労したんだろうな、ルストロさんと正臣さんは。
「待ち受けるものは・・・?」
食糧不足か、もしくは、天雷山の過酷な自然環境か。それとも、用を足す方法か。きっとそんなところだろう。
俺は、言葉を止めたアターシャに訊き返した。
横のアイナも、アターシャと同じような、やや思い詰めたような表情。
「えぇ、ケンタ・・・、最大の難関です。父やおじさまの前に立ちはだかる、、、」
きっとアイナは、この先の正臣さんの手記を、先に目を通したのだろう。この先に書かれていることを、既に知っているアイナとアターシャは、二人とも同じ気持ち、なのかもしれない。
「「・・・、、、っ」」
そんな、アイナとアターシャを見てか、羽坂さんも一之瀬さんも、俺と同じように。
「はい、ケンタさま。次の写真を、父の手記の次の頁を読んでくださいませ」
きっと良いことは、正臣さんの手記には書かれていないんだな。俺は彼女達アイナとアターシャの、その雰囲気だけでそれを察する。
「あぁ、分かった」
アターシャに言われるがまま、俺は、タッチパネル搭載のタブレット端末の画面を、指でスワイプ。
画面の写真が横に、左から右に切り替わり、アターシャ次に写した『手記』のページの写真が出てきた。
俺は、その頁を声に出して読み―――、
「『神雷の台地。岩壁登攀開始一日目。ハーケンで岩壁を穿ち、カラビナを掛け、ザイルをそれに通し、シュリンゲで、という一連の動作で我々は、神雷の台地の絶壁を登り始めた。ゆっくりと、だが、確実に上へ上へと登って行く。下を見れば、下の大地が、そこに生える木々が眼下に小さく見える位置にまで、神雷の台地を登った。もし、ザイルが切れてここから真っ逆さまに落ちれば、命はないだろう。本当に、岩を登る一式の道具を持って来ていて良かった、と私は思う。我々が登った高度は、どのくらいだろう?正確には判らないが、日が傾き始め、持ってきていた携行用の保存食を、ルストロ殿下と分け合って私は夕食を摂った。携行トイレは持ってきているものの、用を足すときのことを考えると、あまり水は飲めないし、飲み水は有限である。そして、夕暮れとなる前に、我々は、寝袋をハーケンにぶら下げ、床に就いた。天雷山の、神雷の台地の夜は、大小数多く、、、まるで振り撒いた光る砂のような、本当に大小様々な星々が空に瞬いていた。また、そのような夜は恐ろしく静かで、風はあまり吹かない。しかも、明らかにおかしい。真下の、今まで我々が踏破してきた大地と違って、ここは夜も暖かい。女神フィーネさまの御加護だろうか?』・・・、」
・・・、やっぱりか。やっぱり落ちたら死ぬのか。そして、寝袋でぶら下がって寝るのか。まるでミノムシ。でも、こっちは六人だろ? 六人なんて大人数で、、、。みんな、岩壁に、寝袋でぶらぶら。―――、―――・・・?
「―――、―――・・・?」
ん?
―――・・・、違う。俺達は、
アイナの『空間跳躍』で、帰投し、また次の日、同じ場所まで『空間跳躍』し、登頂開始の攻略方法だ。
でも、今から、これより先は、その方法はできるのか?それ。『神雷の台地』の岩壁に、アイナの異能で空間転移、、、。・・・?
「ん・・・?」
アイナが、俺達を連れて岩壁に空間跳躍した瞬間に、俺達全員は、真っ逆さまに、下の大地に向かって落ちそうだが、、、。
いや、確実に真っ逆さまだよな?