第二百八十二話 聳える天雷山に、更なる聳える『神雷の台地』
第二百八十二話 聳える天雷山に、更なる聳える『神雷の台地』
アターシャと羽坂さんも、それと、その二人の周りに集まったアイナも一之瀬さんも、そこらに転がっている適当な、ちょうど座るのに適した石に腰を落とした。
「ハサカさま。これは、マナ結晶を添削・加工するための氣導具になります」
「え、えっと・・・」
「彫刻刀を扱うときと同じような要領で。そう指を、この刃の付け根に添え、こう―――刃を立て、くるん、と寝かせ。このように、薄く、マナ結晶を剥離させるように」
「こう? あれ?でも刃が結晶の表面で、、、滑って」
「えぇ、ハサカさま。この鋩でマナ結晶を削るときに、こう、なんと言えばよろしいでしょうか、この指先から刃の鋩に、念じて『氣』を籠め、自身の『氣』を乗せ、『氣』を彫刻刀の刃に通すようなイメージで。そうです、マナ結晶を削るように、ですハサカさま」
「うん、あれれ?結晶が・・・削れた。 あの、こんな感じ?かれんねえさん」
「えぇ、ハサカさま。そうです。そのように、自身の籠める氣を、緩急つけることにより、鋩の硬度の調整と言いましょうか、そのように氣に緩急をつけるようにマナ結晶を削っていくのです」
「すごい・・・!!」
羽坂さんは、小指ほどの、雷氣のマナ結晶を左手に持ち、器用に右手で持った結晶細工刀を、動かし―――、それに集中し始める。
「、、、」
それに何気に羽坂さんって、アターシャにも懐いているんだよな。アイナにだけ懐いているわけじゃなくてさ。
しばらくして、アターシャのところにいた羽坂さんは、彼女アターシャに謝意を述べ、今度は、とことことこ、っとアイナに近寄り、ん、っとその手の平をアイナに見せる。
「アイナも見る・・・、ふんすっ。マナ結晶で、できたダルマさんを作ろうと、思った。でも、真ん中でちょんぎれた」
羽坂さんは、アターシャだけではなく―――、
「っつ」
―――、もちろんアイナにも、とても懐いている。
こんな性格だったんだ、羽坂さんって。気の合う、というか、羽坂さんって、慣れたら、一度自分が信用した人には、めちゃくちゃ懐く人なんだな、羽坂さん。
目の前の、ほんのすぐ目の前の、大地に聳える巨岩の絶壁の、と言うか大地の上に乗っかった台地の、その下で、俺達は小一時間、雷氣のマナ結晶を採集したあと、今日は、もうおひらき、日府にある津嘉山の迎賓館に帰投にすることになった。
マナ結晶を採集していると、日が傾き出して、このままでは日が暮れる、じゃ帰ろう、という自然な流れで帰ることになり。
「では、帰るとしましょう―――」
俺達は、アイナの使う『空間跳躍』の異能で、津嘉山の迎賓館に帰投することになったんだ。
そして、その日の夕食後の団欒時、―――アイナの御茶会で、出た議題は、もちろん。いや、俺も、初めてあの切り立った断崖絶壁を見たときに、疑問に思っていたことだ。
「あの岩壁って、いったいどうやって登ったんだ?二人の親父さん達は」
暗に俺は、アイナに、そして、アターシャに親父さんが遺したという『天雷山踏破録』には、なんて書かれていたんだ?って訊いてみた。
すると、アターシャは、アイナに目くばせしたあと、俺に向き直り。
「はい、ケンタさま。父達、アイナ様の父君ルストロ殿下も、私の父も、当初あの断崖絶壁を登るには、かなり苦戦したようでして、」
そうか、やっぱり。だよな、あんな、九十度のほぼ直角の岩壁。
「うん」
あんな直角の、垂直に切り立った断崖絶壁の岩の壁の登るのは、正攻法なら、ザイルとハーケン、シュリンゲなどを用いた、岩壁直登の岩登りロッククライミングなんだろうが、、、。
「・・・」
アターシャは、その給仕服より、タブレット端末を取り出す。
「っ」
だからそれ、いつも給仕服の中から取り出すそのタブレット端末のことだ。アターシャは、どことなくいつも給仕服の懐より取り出すけど、、、謎だ。
そのタブレット端末ほどの大きさのものが、アターシャの懐の中に入っているとは思えないんだよな、俺。だからそれ、いつも謎。
アターシャは、そっとタブレット端末を円卓の上に置き、、、
「父によると―――」
タブレット端末の画面。なにが、もしくは、なんて書かれてあるんだ?
「っ」
ひょいっ、っと、俺はそのタブレット端末の画面を、アターシャが『天雷山踏破録』を写した写真の画面を、覗き込む。
「どうぞ、ケンタさま」
おっ。
「ありがとう、アターシャ」
俺でも普通に読める日之国の文字だ。基本的には、ひらがな、カタカタ、漢字を使う日本と同じであり、アターシャのタブレット端末の画面の写真は、皇国文字で書かれた手記ではない。
俺は、正臣さんの手記『天雷山踏破録』を、それを撮影した写真を映したタブレット端末に視線を遣り、
「えっと―――、
『私が『神雷の台地』と名付けたこの大地だが、まるで我々の立つ、住むこの日之国の大地に乗ったかのような女神の台地へと続くこの断崖を登るのは、かなり苦労することだろう。見上げて仰望しても、その台地の上は、雷氣に煙るように杳々としていてその姿は確認できず』」
「『神雷の台地』―――っ・・・」
アターシャの親父さん正臣さんは、『神雷の台地』、と、あの絶壁の上に広がる土地を、そう名付けたんだ、あの台地を。
ひょっとして、、、あの台地―――、俺も正臣さんの言葉を引用して、『神雷の台地』は、俺の考察だが、ひょっとして、『世界統一化現象時代』より以前の、あの乗っかった台地は、『大イニーフィネ』だったときの地面だったりして・・・。
なんとなく俺は、そう、旧時代の遺物の残滓かと、そう思ってしまった。
俺は、タブレット端末の画面を、再び正臣さんの手記『天雷山踏破録』に視線を落とす。
「『下から、その『神雷の台地』の高さまで数里以上はあるやもしれない。果たしてその高さまで、我々は岩登りができるのかどうか、、、。私の懸念に際し、ルストロ皇子は、』、、、―――」
、、、―――やっぱり正攻法で岩壁登攀、、、岩登りか・・・。
俺は、正臣さんの手記を声に出して読み進め―――、
「『“あー、俺の姉貴に一緒に来てもらいたかったぁ”、っと言っている。ルストロ皇子がいう“俺の姉貴”とは、・・・。ルストロ皇子には、何人かの姉君がおられるが、この場合の、皇子の“俺の姉貴”というのは、ウルカナフラム=イニーフィナさまのことであろう。・・・。つまり、私の、私が心からお慕いする、、、―――』。。。?」
あれ? なんか、正臣さんの、愛の告白・・・?まるで、それっぽいぞ?
「ぁ、あの?ケンタさま。そのように、読まれるときに、声にして出されなくても、、、」
よろしいのではありませんか? 、と―――、さっ、っと、アターシャはタブレット端末を、自身の手元に引き寄せ、その胸元へ、さっ、っと、俺の視線からタブレット端末の画面を隠そうとする。
「まぁまぁ、ちょっと待って、アターシャ」
ここからおもしろいことが、書かれていそうなのに。
そう、徐々に、津嘉山三兄妹の親父さんで、この手記を書いた正臣さんの心情が、出てきたぞ?
「っ。ケンタさま・・・っ」
俺は、アターシャの行動を制し―――、タブレット端末を元の位置に戻してもらった。
「『つまり、私の、私が心からお慕いする、ウルカナフラムさまのことである。私は、貴女に恋焦がれ―――、貴女と私は晴れて恋仲となれました、あぁ、貴女のその緋色の燃えるような、長く赤い髪。その香しい匂いと、さらさらした髪の手触りを、嗚呼私は『貴女』を思い出すだけで、私の心はどうにかなってしまいそう。私は貴女に早く逢いたい、ウルカナ皇女殿下。数か月もの間、天雷山をルストロ殿下と征く私は、恋焦がれる貴女に逢えないと思うだけで、私の心は張り裂けそう。嗚呼逢いたい。私は貴女に逢いたい、そして、私はこの腕で、この胸に、貴女を、貴女のその腰を、この両腕で抱きすくめ―――、私の愛を、貴女の耳元にて囁き、私は愛する貴女の香しき匂いと、ぬくもりに包まれ』・・・っ!?」
お、おぅ、っ・・・!?
「おぅ・・・!?」
こ、これは・・・っ―――、まさしく恋文なのでは、正臣さん。しかも、だんだんと、正臣さんの、綴る心情が、熱っぽく、あやしいものになってきたぞ?
「あ、あの・・・ケンタさま、、、。そ、そのように父の手記を、声に出されて読まれますと―――、その、娘の私としては、両親の恋路を間近で聞かされ、、、とても気恥ずかしいものがあります。よって、、、父の、その部分は省略し、」
にやにや、にやにやっ、っ、一方でアイナは、にやにや、と、アターシャに対していやらしい笑みを浮かべる。
「でゅふふふ―――、従姉さん♪」
「ァ、アイナ様、、、その、下品な笑いは、お、おやめください」
まさか、当の本人、その既に亡くなっている正臣さんは、俺に、自身の手記を読まれるとは露にも思っていなかっただろうが―――。