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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第三ノ巻
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第二十八話 その涙を見て俺は

第二十八話 その涙を見て俺は


 あ、アターシャと視線が合った・・・。俺がアターシャを見ていたことをアターシャ本人に気づかれ、アターシャはその表情を改めて、俺に向き直る。あ、俺アターシャの主人と抱き締めあってる・・・、なんか気まずいな、そんなとこをアターシャに見られるのは・・・。

「っつ・・・」

 さすがにアターシャから見て主人のアイナと抱擁し合っているところを従者であるアターシャに見られるのはちょっと気まずかった。

「―――」

「・・・」

 あれ?アターシャさん全然気にならないの?俺きみの主人のアイナと抱擁し合ってるのに?なんかアターシャってこういうのに厳しいイメージがあったからさ、小言の一つくらいは言われるものかと・・・。でも、俺はアイナと真の両想いになったんだから別にこうしてるからといって(やま)しいなんて思わないけどな。

 そうして何もないただ、さざ波立つ空間から現れたアターシャは両手を自身のお腹の上で交差させ、深々と一礼する。それからアターシャはゆっくりとした動きでその顔を上げた。

「コツルギ=ケンタさま。貴方さまから頂いた御髪(おぐし)を鑑定にかけ、またコツルギ=ゲンゾウ氏には動画及び写真にて確認を取ったところ―――」

「!!」

 祖父ちゃんに見せたの!? そっか、祖父ちゃんにも確認を取ったのか・・・。俺はずっと今まで祖父ちゃんが消えたのはただの失踪だと思っていた。でも、それは違っていて俺の勝手な思い込みだった・・・それを今になって気がつくなんて。

 祖父ちゃんは、まるで祖父ちゃんの後を追うようにこの五世界イニーフィネに転移してきた俺のことをなんて思ったんだろう・・・。

「―――貴方さまが正真正銘のコツルギ=ケンタさまであることが証明されました。貴方さまを疑ったこの私の数々のご無礼をお許しください」

 アターシャはもう一度、腰を折り、深々と頭を下げたんだ。

「申し訳ありませんでした、コツルギ=ケンタさま―――」

 アターシャはその腰を直角に折ったまま、通常であれば顔を上げる頃合いなのに、まだ彼女アターシャは腰を折ったままだったんだ、だから俺は。

「ん、いや。いいって顔を上げてよ、アターシャさん」

「あ、ありがとうございます、ケンタさま」

「うん。俺は別に気にしてないからさ―――」

 言い終えて、俺はアターシャに向けていた視線を、俺のすぐ傍のアイナに戻した。俺がアターシャと喋っていたからかな?

「―――・・・」

 アイナは俺の背中に回していたアイナ自身の腕と手をゆっくりとほどき、その代わりに両手の手の平を俺の胸に置いた。

 あっよかった。アイナもう悲しそうじゃない。

 アイナは俺と抱き合う距離を少し取り、その顔を上げたんだ。もうそのアイナの顔に悲哀といった感情は見られなくなっていた。俺自らの行動でアイナがもし、俺がアイナをそうしたのならば、こんなにも嬉しいことはないって。


「ケンタ―――」

「アイナ?」

 そのアイナの綺麗な藍玉のような眼からの上目遣いの視線は俺を捉えている。俺もまた自身の視線をアイナの眼に合わせている。

「・・・ケンタ。私はあの街に降り立った際、そこで起きた新たなる惨状をこの目で見てきました。ですので、ケンタ貴方の身に降りかかった大体の事情は私も解っているつもりです―――」

「え?」

 そっか、俺があの小屋の中にいると思ってアイナはもう一度あの街に、俺を迎えに来てくれたのか。

「ケンタ貴方は死してなおも彷徨う、あの街の住人達に襲われたのですね・・・?」

「あぁ、うん」

 そう、そのとおりだよ。俺はそんなアイナに首を縦に振り、アイナのその問いに肯いた。

「私がケンタにあの街で待っているように言った所為で、ケンタ貴方に怖い思いをさせてしまったのなら、それは私の落ち度です」

 確かにこわかったけど、そんなに申し訳なさそうにしないでアイナ。俺から視線を外し、少し視線を下げたアイナ。でも、すぐに俺の眼にその視線を戻すアイナ。

「あ、いや・・・」

 もうそれはいいんだ、アイナ。それはアイナの落ち度じゃなくて、俺が魁斗達の立ち聞きを聞いた限りでは魁斗達『イデアル』の所為だ。

「ほんとうにごめんなさい、ケンタ―――」

 アイナはまた悲しそうにその藍玉のような眼の視線を下げてしまった。え?まさかアイナほんとに泣いて―――。そのときアイナの長い睫がわずかに濡れていることに俺は気が付いたんだ。

 魁斗・・・ッお前―――お前らがアイナを泣かせたんだよな・・・!!

「ッ」

 俺は、アイナの目を湿らせるその涙を知り、明らかな怒りを覚えた。それは無論アイナではなく、アイナを泣かした、アイナに悲しみと悔しさの涙を流させたイデアルの連中だ。

 アイナのぬくもりが、アイナが俺から離れていく。っつ。ぬくもりは名残惜しくなんかないっ、だと言うのにさっ。

「―――」

 そのとき俺がイデアルに怒りを覚えていると、アイナのぬくもりがすぅっと俺から離れていったんだ。元々俺がアイナを強く抱き締めていなかったこともある、そのアイナのぬくもりがすぅっと遠ざかっていったことを、俺は少し残念に思った。

 そうしてアイナは俺から視線を外し。でも、アイナは俺の立ち位置から離れていくわけじゃない、傍らにいてくれる。

「そして、私はその者がこの場にいるということで確証が持てました」

「その者? 確証が持てた?」

 アイナのその言葉の対象は俺ではなく、その藍玉のような眼の視線が見ているのも俺ではない。

「はい、ケンタ―――その者とはそこにいる騎士のことです」

 鎧男のこと?アイナが言ったのは? アイナは俺のすぐ傍らで俺に寄り添うように立ちつつ、俺達と向かい合って相対する目の前のその鎧男に厳しい視線を向けていた。

「アイナ?」

 アイナと鎧男?二人はなにか関係あるのかもしれない。でも、きっと仲がよろしくない関係だ。だって、その証拠に。アイナのその表情は俺に向けていた優しい顔と打って変わっていて、その鎧男を視るアイナの眼差しは非難するような厳しいものだった。アターシャのほうは?

「―――」

 アターシャ・・・きみもか。そして、アターシャも辛辣(しんらつ)な眼差しでこの鎧男を見つめているから。いったい過去なにがあったんだろう・・・。

 少なくともアイナはこの鎧男のことを知っていて、それでそのせいで、さっきアイナが俺からすぅっと離れていったんだ。

 鎧男が水を差したんだな、この鎧男の所為か。アイナはきっとこの鎧男をよく思っていないって解るのに、俺は鎧男に軽い不満と苛立ちを覚えてしまった。せっかく俺はアイナとの再会をよろこんで彼女と抱擁しあっていたのに、アイナ自身の良し悪しの感情はあれ、鎧男の所為でアイナの視点がそっちに移ってしまったんだ。

「・・・!!」

 んなわけないだろ・・・なに勝手に鎧男に嫉妬してんだ、俺。やっぱ俺まだまだ未熟だ。アイナの気持ちを解ってるくせにさ・・・。俺ばかだわ。

 そんなことを思う、自分の負の心情と感情に俺は気が付き、嫉妬心を起こす度量の小さなちっぽけな自分のことが恥ずかしくなった。俺ってこんなにも独占欲みたいなものが強かったっけ?ってさ。


「――――――」

 一方のアイナは、こんなドロドロとした俺の内なる心情に気づく様子は露ほどもなく、アイナはじぃっと眼前の鎧男を無言で非難するように見つめていた。よかったぁ、俺のこんなちっぽけな心と気持ちをアイナに知られてなくて。

「おぉっ貴女はやはりっアイナ様でしたかっ。―――お久しゅうございます、アイナ様っ。このような場所で貴女様にお会いできるなど露と思わず―――」

 鎧男はアイナを一目見て、目を見開き驚いている様子だった。そして、驚きつつも先に仰々しく口を開いたのは鎧男だった。


「!!」

 む・・・!!ひょっとして鎧男、バカにしていないか?アイナのことを。

 その、まるで慇懃無礼(いんぎんぶれい)な鎧男の態度に俺はちょっと不快感を覚えた。―――この鎧男の大げさな態度は、実はアイナのことを小ばかにしているんじゃないのか?ほんとはって。

「―――大きくなられましたなぁ、アイナ様」


「―――!!」

 やっぱりさっき俺が感じたとおり、この鎧男とアイナは知り合い・・・でも、アイナのあの辛辣な厳しい表情を見る限り、なんかその・・・やっぱりアイナはこの鎧男のことをよく思っていないみたいだ。

「ッ、貴方に『アイナ様』と呼ばれる道理はありませんし、―――どの口を(もっ)て私にそう親しげに語りかけられるのか、それが私には理解できません」

 アイナは淡々と鎧男にそう言い放ち、そのアイナの口調を聞いた俺は、アイナの発した口調に少し冷たい印象を受けた。正直言うと、感情もあまり籠っていない、と思う。

「・・・」

 アイナと鎧男二人の関係はどういったもので、過去になにがあったんだろう・・・ちょっと知りたいけど、アイナの心にずかずかと土足で踏み入るのはちょっと違うって。

 俺はそれを、―――きっとアイナは俺に話してくれるときが必ずくるって―――。俺はアイナと鎧男の過去を少し知りたいと思ったんだけど、いつかアイナが俺に話してくれるだろうと思い、今はなにも口を挟まずアイナの動向を静観することにしたんだ―――。

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