第二百七十八話 彼女の『家』は武官の家
あれ? 一之瀬さんのそんな興味深そうにした眼差しを、俺は初めて見るよ?
「―――、そうなのですね、健太殿下」
一之瀬さんは、その目を興味深そうに大きくしている―――。
第二百七十八話 彼女の『家』は武官の家
「うん。ま、『薙刀』と違って『刀』だけどな、俺の家のは」
「・・・刀ですか」
と、一之瀬さん。
打ち刀の、神棚にあった『一颯』だ。今、その名刀『一颯』は、祖父ちゃんの庵にある。
「あぁ。名刀『一颯』。今は俺の祖父ちゃんが使っている、のかな」
今でも、その刀で祖父ちゃんは瞑想を。
「名刀『一颯』? 私は日之国国家警備局境界警備隊隊長として、日之国中の『名刀』をそれなりに知識っているつもりですが、健太殿下。そのような『一颯』なる名刀の銘など、私は聞いたことがないのですが?」
言った一之瀬さんの、振り返れば、俺のすぐ後ろを歩く一之瀬さんの、その凛とした声のトーンが、やや落ちた気がする。
そりゃそうだ。『一颯』は、祖父ちゃんが、こっちの世界イニーフィネに、日本から持って来た小剱の家に伝わる、伝家の宝刀なのだから。
「まぁ、そうなるかな、ははは」
俺は、言葉を濁して曖昧にし、一之瀬さんには詳細に答えず、語らず、、、。なんか面倒くさいことになりそうだからな。前に祖父ちゃん家に押しかけてきた『日之国国家警備局の定連さん』のときと同じような、国家警備局として、そういう事情聴取めいたことになりそうだから。
「ひょっとして、その『一颯』なる日之刀は、近年になって造られた軍刀や模造刀の類なのでは?健太殿下」
一之瀬さんが、そう思うのは無理ないか。
「ん~、どうだろ。俺も『一颯』が鍛えられた、はっきりとした由来や年代を、祖父ちゃんに聞かなかったから」
もっと祖父ちゃんに、『一颯』のことを訊いておけばよかったかな。
あのときは、祖父ちゃんから聞かされた、日下部市で起こったことのほうが、遥かに衝撃な事で、すっかりと、俺は失念していた。
「、、、」
すると―――。
電話を取り出し、立ち止まって、なにやら画面を、指で操作している一之瀬さん。
「なるほど、確かに健太殿下の家にある『一颯』なる名刀は、日之国国家警備局『名刀貸与許可証一覧』にも、その名前はないようですし―――」
ややうつむき加減で、一之瀬さんは、自身の電話の画面で、その『名刀貸与許可証一覧』なるリストを見ているのかもしれない。
すっ、っと一之瀬さんの、できた影の顔が上がる。一之瀬さんは、電話を隊服のポケットに仕舞った。
「―――『名刀貸与許可証一覧』の一覧に、その銘が記載されていないということは、その『一颯』なる刀は、『名刀』でも『霊刀』でも、『妖刀』でもない、ただの刀なのかもしれませんよ、健太殿下」
なるほど、一之瀬さんも、そういう見解か。
そういえば、―――『名刀貸与の許可証』って、あのとき祖父ちゃんの庵を攻めてきた定連さんも、同じことを言っていたな。
それにしても、一之瀬さん。リストにないからといって、『一颯』を、そこから外すのはちょっと性急すぎ、だぜ。
『名刀貸与許可証一覧』か。
「―――」
その一覧、それ『名刀貸与許可証一覧』に記載されているという名刀の数々。境界警備隊の隊長なら誰でも、知っているものなのかもしれない。
「春歌」
そんなとき、前方から声が。この声は、二番手を歩く羽坂さんのものだ。
ちなみに、すぐ前を歩くアイナは、明らかに笑いを堪えるような顔をしている。
俺が、アイナ自身を見詰めていることが分かると、アイナは―――
「ふふ・・・♪」
と、意味深に俺に振り向いて、微笑んでくれる。
羽坂さんには成り行きで『雷切』と『雷基理』のことを、話さざるを得なかったら話したが、彼女羽坂さんは、事情の殆ど知っている。
俺の『天雷山』を征く真の目的『雷基理の回収』までも。
一之瀬さんには、まだ『その事』を話していない。いずれは、一之瀬さんにも、話さないといけないことだろうけれど、あのときは、すぐに、一之瀬さんに言うと、諏訪さんへ、その俺達の情報と状況が『筒抜け』になりそうだったから言わなかったんだ。
翻って、羽坂さんの先ほどの、『春歌』、の呼び声に、俺のすぐ後ろを歩く一之瀬さんは。
「奈留さん?」
「ん、春歌、健太に失礼。まだまだ私達が知らないことは多い。でも、私は知った。健太のお祖父さんが持つ『一颯』なる名刀が、その貸与リストに載っていないのは当たり前。名刀『一颯』をくゆらす剱聖小剱愿造の前に敵は無し。第六感社の空挺部隊を壊滅させ、戦闘ヘリ掃討部隊も全てばらばらにして撃墜。そして、極め付けは、『イデアル十二人会』の一人、ネオポリスの重量級機人の『執行官』を、僅か一刀のもとで斬り捨てた凄腕の剣客。そんな剱聖の孫小剱健太殿下に失礼―――ふんすっ」
「は、はぁ?奈留さん?」
??っと、いった様子一之瀬さん。
たぶん、一之瀬さんは、羽坂さんが自慢げに語る話の内容の意味を、よく分かっていないと思う。
一之瀬さんはおそらく、小説かゲームの中の話を、羽坂さんはしているんだろうと。
そして、羽坂さんが語った内容に関して一つ違うところがある。だから、俺は―――、
「あ、いや羽坂さん。『第六感社』の空挺部隊を倒したのは、塚本さんだったって、祖父ちゃんは言ってたけど?」
「つかもと? だれ?それ。私しらない」
「、、、」
おふぅ―――塚本さん。羽坂さんにすっかりときらわれてしまったようです。
でも実は、塚本さんは、元・イニーフィネ皇国近衛異能団団長のエシャール卿『紅のエシャール』をも、倒しているんだけどな。
そして、紹介が遅れてしまったが、隊列の六番目であり、殿の座を譲らなかったサーニャと、俺達の隊列は続く。
天雷山脈の、一つの山塊のなだらかな尾根を、軽快に歩く俺達六人。俺達の征くこの山塊の向こうに、木々の間から、奥の、さらに一つ抜き出て見える、今の山塊より高い山塊が見えてくる。
天雷樹海の雲霧林帯を抜け、針葉樹林帯に入った今、天雷山、、、天雷山脈は、そういった山塊の集まりのようで、俺達は一山越え、二山、三山と山塊を越えつつ、着実に高度を上げていっている。
既に、木が生えることのできない切り立った岩場も、ちらはらと見えはじめ、、、ほら、あの俺達の征く手、岩の壁とか。
うおっ―――マジか。
声が出ない。物理的に声が出せない、のではなく、感嘆として声が出ないんだ、俺は。
「―――」
こんな光景、、、日本では見たこともない自然地形だ。
大地の上に、台の形をした大地が乗っかっているかのような、ものすごい自然地形だ。絶景と言ってもいいのかもしれないな。
今まで歩いてきた天雷山脈の大地の上に、『台地』が乗っかっている地形だ。そこの突き当りに俺達は至ったというわけだ。
「すごい。まるで壁だな、、、」
上を見上げれば、仰望すれば、その台地の上に、垂れ込める黒雲。そして、稲光が走るのが視得る。
なんでまた、しかも、今歩いているこの、秋の冷涼な森林地帯とは、全く違う環境の土地が存在しているんだろう?
「―――・・・」
不思議だ、不思議すぎるだろ、この『五世界』。
普通なら針葉樹林帯の、次は、高山地帯だろう?ハイマツや、高山植物が咲き乱れ、ところどころ荒野にも似た亜寒帯林のはずだ。その次の、さらなる高度域は、荒野であり、氷雪に覆われた森林限界のはずだ。
「・・・」
なのにどうして、これは・・・。
俺の異能『選眼』の『遠目』で視得る台地の上の上空には―――、黒雲垂れ込め、雷光稲光、、、。まるで、先の雲霧林のような森に覆われ、霧に煙っているんだ?
きっと、その台地の大地には生き物だっていることだろう。
ふっ、っと俺の前を歩いていたアイナが立ち止まる。
「、、、」
今日はここまでか。もう大体解ってきた、アイナが帰投しようと思いだす距離や、風景が。ちょうど今は、これからが難所、というキリのいいところだ。
「従姉さん。今日はこの辺りで帰投します」
「はい。アイナ様」
「っ」
俺がそんなことを思っていたときだった、アイナがアターシャに、そのように声を掛けたんだ。
「ふぅ・・・」
っと、一之瀬さんは、そこら中にある岩の袂に、自身が背負って歩いてきた彼女自身の迷彩柄のリュックを置き、自身はその岩の上に腰を掛ける。
すすっ、っと、サーニャはアイナの傍に近づき。
「姫様」
サーニャは、アイナの下に侍る。
「えぇ、サーニャ」
「今日はここまで?アイナ」
やけに気さくにアイナに話しかけるのは、羽坂さんだ。
「えぇ、ナル」
「う~ん、、、なんか―――、」
羽坂さんは、眼前に聳え立つ台地の大地を、目を眇めるように見上げる。
「・・・」
先日の、俺が夜話のことを羽坂さんに話して以降、羽坂さんとアイナの距離感が、ぐっ、っと近づいた感じだ。そんな感じが、俺はする―――。